江戸の辞典10冊すべてが鯛を載せていた——「魚の王」が特別だった本当の理由
江戸の辞典で鯛を引いてみました。マアジ・マイワシ・マグロに続く古文献シリーズの第4弾です。
今回の結論を先に言います。調べた10冊の古典籍すべてに、鯛の記述がありました。これは前の3魚にはなかったことです。マグロは3冊が独立項目なし、マイワシも一部の書では軽い扱い。ところが鯛は——語源辞典も食物百科も博物書も方言辞典も名産図会も——例外なく記録していました。
しかも、ただ載っているだけではありません。和漢三才図会は有鱗魚の巻頭に鯛の図を置き、本朝食鑑は巻8の最初の魚として鯛を据えた。意図的に「筆頭」として配置されているのです。
🐟
「めでたい魚」として知られる鯛ですが、なぜめでたいのか、いつからめでたいのか。古文献をたどると、神話時代から続く深い理由が見えてきます。
SAKANA編集部
今回あたった10の古文献
成立年順に並べます。いずれも国立国会図書館デジタルコレクションで画像閲覧可能な資料です。
書名 | 成立 | 著者 | 鯛の扱い |
|---|---|---|---|
倭名類聚抄 | 931年頃 | 源順 | 独立項(タヒ) |
頭書増補訓蒙図彙 | 1695年 | 中村惕斎 | 独立項+図版 |
本朝食鑑 | 1697年 | 人見必大 | 巻8冒頭(有鱗魚の筆頭) |
大和本草 | 1709年 | 貝原益軒 | 独立項(海魚の上品) |
和漢三才図会 | 1712年頃 | 寺島良安 | 巻49冒頭+図版(有鱗魚の筆頭) |
東雅 | 1717年 | 新井白石 | 独立項(語源の詳細考証) |
物類称呼 | 1775年 | 越谷吾山 | 独立項(地方呼称詳細) |
日本山海名産図会 | 1799年 | 蔀関月 | 独立項+見開き大の漁図 |
本草綱目啓蒙 | 1803年 | 小野蘭山 | 独立項 |
守貞謾稿 | 江戸後期 | 喜田川守貞 | 鯛に言及あり |
10冊中10冊が鯛を扱っている。うち2冊(和漢三才図会・本朝食鑑)は有鱗魚の最初の魚として配置し、2冊(和漢三才図会・訓蒙図彙)は図版を添えている。マグロが9冊中3冊で独立項目すら与えられなかったのとは、扱いが根本的に違います。
「魚の王」の根拠——なぜ筆頭に置かれるのか
『和漢三才図会』(寺島良安、1712年頃)——巻49の冒頭に鯛
寺島良安が編纂した百科事典『和漢三才図会』は、全105巻の巨大な著作です。その巻第四十九「江海有鱗魚」の冒頭に、鯛が配置されています。有鱗魚——鱗のある海の魚の中で、最初に紹介される魚として選ばれたのが鯛なのです。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

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画像から確認できるように、巻49の扉ページに「和漢三才圖會 卷第四十九」「魚類 江海有鱗魚」と記され、その直下に鯛の挿絵と本文が始まります。
OCRテキストによれば、本文冒頭には崔禹錫の食經を引いて鯛の特徴を記述し、延喜式の和名「太比(タヒ)」を挙げ、中国の棘鬣魚との対応を論じる内容が続いています。
ここで注目すべきは、和漢三才図会が鯛を「棘鬣魚(きょくれつぎょ)」に同定している点。「棘鬣」は背鰭に棘があるという意味で、マダイの形態的特徴を的確に捉えています。さらに寺島良安は、この魚が 本草綱目や三才圖會(中国の百科事典)に載っていない ことを指摘し、「中華に希有な魚」であると記しています。つまり鯛は、日本近海に特に豊富な魚として認識されていたのです。
コマ191のOCRからは、各地の鯛の品種や産地について詳細に記されていることがわかります。摂泉の内海の鯛を「惣じて前の魚と賞す」とし、播州明石浦の産を佳品とするなど、鯛の産地格付けが明確に記録されています。
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▶ 『和漢三才図会』巻49 鯛の項 コマ190 を NDL で開く
『本朝食鑑』(人見必大、1697年)——巻8の冒頭に鯛
江戸時代最大級の食物百科事典『本朝食鑑』もまた、巻之八「鱗部之二 江海有鱗」の最初の魚として鯛を配置しています。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

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画像から「本朝食鑑 卷之八」「鱗部之二 江海有鱗」の巻頭題が確認でき、その直後に「鯛」の大見出しが置かれています。「釋名」として「赤女(アカ)」と古名が記され、続いて「平魚」(延喜式での表記)も挙げられています。
本文(上のクローズアップ)からは、以下の記述が確認できます:
- 神祇・天子への供進:「自古供宗廟之祀薦至尊之膳」——古来、宗廟の祭祀に供え、至尊(天子)の膳に薦めてきた。続けて「神祇大膳内膳等の式に悉く載す」とあり、鯛が宮中の供進儀礼に組み込まれていたことがわかる
- 神話の典拠:釋名を「赤女(アカ)」とし、題下に「日本紀坤卷」を引く。日本書紀(神代下)の海幸山幸説話に連なる古名で、鯛が神話世界に位置づけられていたことを示す
- 旬と「櫻鯛」:春三月、桃花の頃に多く獲れることから「櫻鯛」と呼ぶ(歌書に見える名)
- 各地の産地:摂州西宮の社前海上の鯛を最上とし、相・豆・総・越・佐・讃・予など諸州に多いとする(産地の詳述はコマ159に続く)
鯛は「神の魚」だった
本朝食鑑の記述で最も重要なのは、鯛が単なる美味い魚ではなく、宗廟の祭祀に供え、天子の膳に薦める、神聖な魚として位置づけられていたという点です。「めでたい」のダジャレ以前に、宗教的・政治的な意味づけが先にあった。鯛が「魚の王」である理由は、味よりもまず、神事における格にあったのです。
コマ159には鯛の産地の詳細な品評が続き、摂州西宮の前の魚を筆頭に、各地の鯛や近縁の名が列挙されています(個々の品種名はクローズアップ未取得のため逐語の列挙は控えます)。
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▶ 『本朝食鑑』巻8 鯛の項 コマ158 を NDL で開く
語源——「タヒ」とは何か
『東雅』(新井白石、1717年)——語源の徹底考証
新井白石の語源辞典『東雅』は、巻19 鱗介部に鯛の項を設けています。白石は鱸(スズキ)の項の直後に鯛を配置しており、かなりの長文を費やしています。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

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このクローズアップ画像から、白石の考証の骨子が確認できます:
- 舊事紀・日本紀の神話:天孫の尊が海神の宮に赴いた説話(海幸山幸)に鯛が登場し、その古名を「赤女(アカ)=即ち鯛」とする。「アカ=赤」「メ=太古の常の語」と分解し、のちに「タヒ」と呼ぶようになったと説く
- 倭名鈔・食經への言及:倭名鈔が引く崔禹錫食經の「鯛味甘冷無毒、貌似鯽而紅鬣者也」(味は甘く冷、毒なし、姿は鮒に似て紅いひれ)を引用して論じる(同じ食經の引用は『大和本草』巻13 PID 2557359 コマ18でも確認できる)
- 朝鮮の「道味魚」:三韓(朝鮮)の方言で鯛を「トミ」と呼び「道味魚」の字を当てると記す(「即今も朝鮮…」と当時の用例にも触れる)
コマ28に進むと、白石はさらに踏み込んだ考証を展開しています。OCRからは、白石が当時の学者・若水稻子(=稲生若水、博物学者)と鯛の字について議論した記録が読み取れます。膳夫錄の記述を根拠として示したところ相手が驚いた、という逸話も見えます(コマ28はクローズアップ未取得のため要約にとどめます)。
「タヒ」の語源
白石の考証から直接の語源説明を引用するには、原文のさらなる照合が必要ですが、他の文献を横断すると興味深い一致が見えます。延喜式では鯛を「平魚(ヒラウオ)」と記しています。大和本草も「延喜式ニ平魚ト云、是タヒラナリ」と明記している。物類称呼も「蟠龍子の田鯛をへいげと云は平魚なるべし」と記し、各地の方言「へいけ」「へうだひ」がいずれも「平魚」の転訛だと指摘している。
つまり「タヒ」は「タヒラ(平ら)」の省略形であり、鯛の体が左右に扁平であることに由来する——これが複数の古文献で共通して示唆される語源説です。
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▶ 『東雅』巻19 鱗介部 鯛の項 コマ27 を NDL で開く
博物学者の実証——貝原益軒の鯛
『大和本草』(貝原益軒、1709年)——「海魚之上品」
貝原益軒の『大和本草』は巻13・14の魚類の部にマダイの独立項目を設けています。益軒はマグロに対して「毒アリ 往々人ヲシム」と辛辣でしたが、鯛に対しては「海魚之上品」と最高の評価を与えています。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

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OCRテキストから読み取れる益軒の記述は非常に充実しています:
- 最上の評価:「海魚之上品」「本邦諸州此魚多シ」
- 旬:「三月至五月、最多、味最美」——旬は3月から5月で、この時期が最も美味
- 薬効:「大温無毒、補中益気、実腸胃、養五蔵」——体を温め、毒なし、中(胃腸)を補い気を益す
- 注意:傷寒・熱病の者、瘡のある者、熱のある人は食べてはならない
- 雌雄の別:「鯛ニ雌雄アリ、雄ハ色淡黒、背ニカトアリ。此ノ色紅ナリ、形ウルハシク性味最ヨシ、雄ニマサレリ」
- 延喜式の「平魚」:「延喜式ニ平魚ト云、是タヒラナリ」
- 朝鮮での名:「朝鮮ニテハ鯛ヲ道味魚ト云、又棹尾ト云」
マグロと鯛——益軒の対照的な評価
前回のマグロ記事で見た通り、益軒はマグロに「毒アリ 往々人ヲシム(食べると時に人を死なせる)」「味 堅魚ニヲトル(カツオに劣る)」と書いていました。一方、鯛に対しては「海魚之上品」「大温無毒」「味最美」。同じ博物学者が、マグロには死のリスクを警告し、鯛には「毒なし・味最高」と太鼓判を押している。
この落差は何を意味するか。冷蔵技術のない時代、白身で傷みにくい鯛と、赤身で酸化しやすいマグロでは、食の安全性に根本的な差があったということです。鯛が「魚の王」であり続けた理由の一つは、安全に美味しく食べられる信頼性にもあったのです。
益軒の記述で興味深いのは、鯛に雌雄の区別がある点です。「雌の方が色が紅く、形が美しく、性味も最も良い。雄に勝る」と記している。現代の水産学では、マダイの雄は成熟すると額のこぶが発達し体色が黒ずむことが知られています。益軒が300年前に観察した「雄ハ色淡黒、背ニカトアリ」は、この特徴と一致します。
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▶ 『大和本草』巻13 魚類 鯛の項 コマ18 を NDL で開く
地方呼称の地図——「へいけ」「へうだひ」の謎
『物類称呼』(越谷吾山、1775年)——鯛の方言
越谷吾山の方言辞典『物類称呼』は、鯛の地方呼称を詳細に記録しています。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
OCRテキストから読み取れる、鯛の方言情報は以下の通りです:
- 豊前:へいけ(吾山は「平魚」の意とみる)
- 土佐:へうだひ(その子をへうごと呼ぶ)
- 延喜式:平魚
- 桜鯛:泉州堺の名産。桜の花盛りの頃の呼称
- 麦藁鯛:中国・四国
「へいけ」「へうだひ」は源平合戦と関係あるか?
豊前で鯛を「へいけ」と呼ぶことから、「壇ノ浦の平家の亡霊が鯛になった」という伝承を思い浮かべる人もいるかもしれません。しかし越谷吾山の解釈は違います。吾山はこれを「平魚(ひらうお)」=平たい魚の意とみており、単に体が平たいことから「ヘイケ」と呼んだと説明しています。土佐の「へうだひ」も同じく平魚系の語とする。
つまり鯛の方言の多くは「タヒラ(平ら)」系の変形で、語源の本筋は延喜式の「平魚」にある。越谷吾山は1775年の時点で、この系統をしっかり追いかけていたわけです。
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▶ 『物類称呼』巻2 鯛の項 コマ29 を NDL で開く
讃州鯛漁の壮大な図
『日本山海名産図会』(蔀関月、1799年)——鯛網の見開き大図
前回のマグロ記事でも登場した『日本山海名産図会』は、鯛についても壮大な見開き大の漁図を残しています。コマ23に描かれた「讃州榎股 鯛擾(さくり)網之次第」は、讃岐国(現在の香川県)の鯛の大網漁を描いた木版画です。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
この図版は圧巻です。数隻の漁船が海上に大きな円弧を描き、網を広げて鯛を追い込んでいく様子が鳥瞰的に描かれています。遠景に山並みが霞み、海面には波頭の表現。漁船の動きの連続性——網を仕掛けていく「次第」——が、見開きの画面いっぱいに展開されています。
コマ21の本文には、鯛漁の詳細が記されています。OCRから読み取れる内容としては:
- 明石鯛・淡路鯛を畿内で佳品とすること
- 讃州榎股で手操網による大規模漁が行われていたこと
- 小鯛は延縄で釣ること
- 「ぶり」(追い板)を使って魚を追い込む漁法

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
コマ26では、鯛を中国の本草書に載らない魚とし、棘鬣魚を正字とする字源説や、延喜式の「平魚」に基づく「タヒラ(平ら)」語源説に触れています。あわせて、万葉集に鯛を詠んだ歌があることにも言及しています(コマ26は今回クローズアップ画像を取得していないため、逐語引用は避け要約にとどめます)。
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▶ 『日本山海名産図会』讃州鯛漁図 コマ23 を NDL で開く
▶ 同 鯛の本文 コマ21 を NDL で開く
絵入り辞典の鯛
『頭書増補訓蒙図彙』(中村惕斎、1695年)
江戸前期の絵入り百科事典『訓蒙図彙』も、鯛を独立の図入り項目で扱っています。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
見開きのページに複数の魚が並んで描かれ、各魚に短い解説が添えられた構成です。OCRからは、鯛を棘鬣魚とする趣旨の説明が読み取れます(くずし字交じりで逐語の判読は容易ではありません)。絵入り百科事典としての『訓蒙図彙』は、庶民の教養書として広く読まれたもので、鯛が江戸の庶民にとっても「知っておくべき魚」だったことを示しています。
現代との比較——300年の「不変」と「変化」
ここまでの古文献の記録を、現代の一般知識と重ねてみましょう。他の魚(マアジ・マイワシ・マグロ)の記事では、古代と現代の落差が際立ちました。マグロは「下魚」から「王様」へ、マイワシは「卑しい魚」から栄養食へ。しかし鯛は——
1. 地位の不変性
マダイ(Pagrus major)は、現代でも「めでたい魚」として祝事に欠かせない存在です。結婚式、お食い初め、正月、七五三。江戸の辞典が記録した「宗廟の祀に供す」という格は、形を変えて現代まで生き続けています。
マグロが「下魚」から「寿司の王様」に大逆転したのに対し、鯛は1000年以上にわたって「魚の王」の座を保ち続けた。この安定性こそが、鯛の最大の特徴です。
2. 語源説の一致
「タヒ=タヒラ(平ら)」の語源説は、現代の国語辞典でも有力説の一つとして紹介されます。延喜式の「平魚」、物類称呼が記録した方言「へいけ」「へうだひ」は、いずれもこの「平魚」系統に属する。300年前の方言辞典が記録した語源の推論は、現代の語源学でも否定されていません。
3. 益軒の観察と現代水産学
益軒が記した「鯛ニ雌雄アリ、雄ハ色淡黒」は、現代の水産学の知見と一致します。マダイの雄は成熟すると頭部にこぶ(前頭骨の隆起)が発達し、体色が全体的に黒ずんでくる。一方、雌は紅色が鮮やかなまま。益軒が300年前に目で見て記録した雌雄差は、現代の科学で裏付けられています。
「大温無毒」という薬効記述も、現代の栄養学的な常識と矛盾しません。マダイの白身は脂質が少なく消化に良い。高タンパクでビタミンB群やタウリンを含む。「傷寒熱病の者は食べるな」という注意は、発熱時に動物性タンパクの消化負荷を避ける経験則として合理的です。
4. 名産地の連続性
古文献が繰り返し挙げる名産地——明石、讃岐(瀬戸内)——は、現代でもマダイの名産地です。明石鯛は「桜鯛」として春のブランド魚となっており、瀬戸内海は天然マダイの主要漁場。江戸の辞典が記録した産地格付けが、300年経った今もほぼそのまま通用している。
一方で変化もあります。現代のマダイは養殖が市場の約8割を占める(農林水産省の統計による一般的な見解)。天然マダイの漁獲量は1980年代をピークに減少傾向にあり、養殖技術の発達が供給を支えています。江戸の辞典が記録した「自然の恵み」としての鯛漁は、産業構造として大きく変わりました。
5. 神事と祝事
本朝食鑑が記した「宗廟の祀に供す」——この伝統は形を変えて続いています。伊勢神宮の神饌(しんせん)には現在もマダイが含まれ、各地の祭礼でも鯛は重要な供物。結婚式の「鯛の塩焼き」、お食い初めの「尾頭付き」、正月の「にらみ鯛」(京都では食べずに飾る風習)。鯛は日本で最も「儀礼的な魚」であり続けています。
「めでたい」という語呂合わせは後世の付加的な意味づけでしょう。古文献が示すのは、語呂合わせ以前に——神話の時代から、宗廟の祭祀から——鯛には特別な地位が与えられていたということです。
10冊が教えてくれたこと
マグロを調べたときは「3冊が独立項目を立てなかった」ことが発見でした。マイワシでは「卑しい魚」という評価の痕跡が見つかりました。
鯛を調べてみて分かったのは、その逆です。10冊すべてが記録し、2冊が有鱗魚の筆頭に据え、神話と宗廟と祭祀と方言と漁法と薬効にわたって記述した。鯛は、日本の古文献が最も丁重に扱った魚でした。
そして、その評価は——マグロの大逆転劇とは対照的に——300年経っても変わっていない。語源も、産地も、神事での格も。
次に鯛の塩焼きを前にしたとき、その紅い色と扁平な体に、1000年分の歴史を見てもらえたら嬉しいです。
なぜ鯛は10冊すべてに載っているの?
「めでたい」のダジャレはいつからある?
「へいけ(平家)鯛」は源平合戦と関係がある?
江戸時代の鯛の名産地はどこだった?
鯛に「毒なし」と書かれているのはなぜ重要?
SAKANA 編集部
良輔 × Claude(Anthropic)
論文・古文献・信頼報道から確認した事実だけを掲載する魚の知識図鑑。 人間が判断し、AIが調査を支援する協働プロジェクトです。