江戸時代のマグロは下魚だった? 原本は「下品ナリ」と書いた
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宝永6年(1709年)刊の貝原益軒『大和本草(やまとほんぞう)』は、マグロについて「小毒アリ。味アレトモ下品ナリ」と書いています。味はあるが、等級は下。いまはすし屋の主役で高級魚の代表なのに、江戸時代のマグロは「下魚(げざかな)」、格の低い魚だったという話がよく語られますが、そのもとになる文は、たしかに江戸の本草書と産地の案内書の両方に残っていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ32・著作権保護期間満了)
天保のころに毛利梅園が写したこの一尾は、右下の見出しが「小鮪」で、左上には「金鎗魚 ハツ マクロ 江都」と別の書き方と呼び名が書き入れてあり、ハツという名はあとで読む産地の本にも出てきます。『大和本草』は、中国の「本草」の学問で日本の産物を一つずつ説明した本で、魚を集めた巻十三の読み取りテキストを「マグロ」で引くと、コマ25とコマ41の2か所に出てきます。項として立っているのはコマ41のほうですが、その見出しは「マグロ」ではなく「シビ」でした。益軒は大きなものをシビ、小さいものをマグロと呼び分けていて、評価もそれぞれに書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ41・著作権保護期間満了)
シビの項にある「毒アリ」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ41・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
鰹ノゴトク略マルシ。皮ノ色、カシラ尾ノ形モ鰹ノ如シ。有鱗。口トガレリ。皮色淡白。頭扁シ。長一間ハカリ。肉赤シ。肥大ナリ。味ブリノ如シ。毒アリ。往々人ヲ醉シム。西州
現代語訳
(シビは)鰹のようにほぼ丸い。皮の色、頭や尾の形も鰹のようだ。鱗がある。口がとがっている。皮の色は淡い白。頭は平たい。長さは一間(約1.8メートル)ほど。肉は赤い。よく太っている。味はブリのようだ。毒がある。ときどき人を酔わせる(中毒を起こす)。西国では――。
益軒の書くシビは、鰹のように丸く、長さは一間(約1.8メートル)ほどの魚で、「肉赤シ。肥大ナリ。味ブリノ如シ」と、赤い肉がよく太っていて味はブリのようだとほめるところから始まります。ところが、ほめ言葉のすぐあとにこう続きます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ41・著作権保護期間満了)
「毒アリ。往々人ヲ醉シム」。この「酔わせる」は、食べて具合が悪くなることをいう言い方で、益軒は、シビを食べて当たる人がときどきいることを書きとめていたことになります。赤身の大きな魚をおいしいと認めながら、手放しでは勧めていません。
マグロは等級が下
同じ見開きの左ページで、益軒は「マグロ」の段落を立てています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ41・著作権保護期間満了)
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翻刻
○マグロ 是シビノ小ナルヲ云。ブリノ子ヲハマチト云カ如シ。シビトマグロト非二物。又マルタトモ云。大ナルハ長三四尺アリ。其最小ナルハメジカト云。又鰹ニ似テ大ナリ。肉赤シ。小毒アリ。味アレトモ下品ナリ。漁人ホシテカツヲトス。味堅魚ニヲトル。……
現代語訳
マグロ。これはシビの小さいものをいう。ブリの子をハマチというのと同じだ。シビとマグロは二つの別の物ではない。マルタともいう。大きいものは長さ三、四尺ある。いちばん小さいものはメジカという。また鰹に似て大きい。肉は赤い。少し毒がある。味はあるけれども下品(下等)である。漁師は干して鰹節にする。味は鰹に劣る――。
「マグロ、是シビノ小ナルヲ云」、マグロとはシビの小さいものをいう、というのが書き出しで、ブリの子をハマチというのと同じだから、シビとマグロは別の魚ではない、いちばん小さいものはメジカという、と説明が続きます。そのあとに評価が来ます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ41・著作権保護期間満了)
少し毒があり、味はあるけれども下品である、という一文の「下品」は、今の「品がない」ではなく、品定めの等級で「下のもの」を指します。『大和本草』はこの言葉をよく使い、同じページのいちばん右の列でも、前の項の魚について「黒筋ノ紋アリ。下品也。性味不佳」と書いています。味は悪くないのに、魚としての格付けは下に置く。益軒のマグロ評は、「下魚」という言い方とそのまま重なっています。
干して鰹節の代わりに
マグロの段落には、もう一つ見過ごせない一文があります。「漁人ホシテカツヲトス。味堅魚ニヲトル」、漁師はマグロを干して鰹節にするが、その味は鰹に劣る、というものです。同じ話は、テキスト検索で引っかかったもう一か所、コマ25の鰹の項の終わりにも出てきました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ25・著作権保護期間満了)
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翻刻
……○今案、漁人往々マグロト云魚ヲ用テ乾テカツヲトス。性味ヲトレリ。可擇。
現代語訳
(鰹の項の終わり)考えるに、漁師はときどきマグロという魚を使って、干して鰹節にしている。性質も味も劣る。えり分けるべきである。
「今案、漁人往々マグロト云魚ヲ用テ乾テカツヲトス」と、考えるに漁師はときどきマグロという魚を干して鰹節にしている、と書き、「性味ヲトレリ。可擇」、性質も味も劣るのでえり分けるべきだ、と結んでいます。鰹の項から見れば、マグロは鰹節にまぎれこむ一段落ちる魚で、買う側が気をつけるべきものとして扱われていました。
『日本山海名産図会』の「賤物に陥りて」
江戸後期の『日本山海名産図会(にほんさんかいめいさんずえ)』は、全国の名産のとり方やつくり方を絵入りで紹介した本で、巻之三に「鮪(しび)」の項があります。本草の学者ではなく、産地の側から書かれた本です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本山海名産図会』巻之三・法橋関月画・NDL PID:2575828 コマ14・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本山海名産図会』巻之三・法橋関月画・NDL PID:2575828 コマ14・著作権保護期間満了)
本文はまず「筑前宗像讃州平戸五島に網する事夥し」と、筑前の宗像、讃岐、平戸、五島でたくさん網でとることを挙げ、そのうえでこの魚の別名「ハツ」の由来を書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本山海名産図会』巻之三・法橋関月画・NDL PID:2575828 コマ14・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
又是をハツと名付る事は、昔此肉を賞して……駈て募るに、人其先鋒を争ひて求る事、今東武に初鰹の遅速を論ずるがごとし。此を以て初網の先駈をハツとはいひけり
現代語訳
またこれ(シビ)をハツと名づけたわけは、昔はこの肉をほめたたえて……先を争って求めることが、いま江戸で初鰹の早い遅いを言い立てるのと同じだったからだ。それで、その年はじめての網でとれたものをハツと言ったのである。
「昔此肉を賞して」、昔はこの肉をほめたたえ、人々が先を争って買い求めたので、「今東武に初鰹の遅速を論ずるがごとし」、いま江戸(東武)で初鰹が早いか遅いかを言い立てるのと同じように、その年はじめての網でとれたものをハツと呼んだ、という説明です。昔のシビは、江戸の初鰹のような、先を争うごちそうだったことになります。それが、図の見開き(コマ15)をはさんだコマ16の文でひっくり返ります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本山海名産図会』巻之三・法橋関月画・NDL PID:2575828 コマ16・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
後世此味の美癖を悪んで、終にふるされ賤物に陥りて饗饌の庖厨に加ふることなし。されども今も賤夫の為には八珍の一つに擬て、さらに…… (小書き)○此魚の小なるを干て干鰹のにせものともするなり
現代語訳
後の世には、この味のくせを嫌って、とうとう古びたものとされ、賤しい物に落ちて、もてなしの料理場に加えられることはなくなった。けれども今も、身分の低い人々にとっては八珍(すばらしいごちそう)の一つに数えられて……。(小さな字の注)この魚の小さいものを干して、鰹節のにせものにもする。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本山海名産図会』巻之三・法橋関月画・NDL PID:2575828 コマ16・著作権保護期間満了)
「後世此味の美癖を悪んで、終にふるされ賤物に陥りて」、後の世にはこの味のくせが嫌われて、とうとう古びたものとされ、賤しい物に落ちた。だから「饗饌の庖厨に加ふることなし」、客をもてなす料理には使われなくなった。それでも「されども今も賤夫の為には八珍の一つに擬て」、身分の低い人々にとっては、今でも八珍(とびきりのごちそう)の一つに数えられている――。
「下魚」という言葉そのものは出てきませんが、昔はありがたがられたのに今は宴席に出さない、ただし庶民にとってはごちそう、という中身は、まさにその言葉が指すものです。小さな字で添えられた注は「此魚の小なるを干て干鰹のにせものともするなり」で、この魚の小さいものを干して鰹節のにせものにもすると、益軒と同じことを言っていました。宴席には出さないと書いた同じ本が、次の見開きでは、そのシビを網でとる光景を大きく描いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本山海名産図会』巻之三・法橋関月画・NDL PID:2575828 コマ17・著作権保護期間満了)
図の題は「鮪冬網(しびふゆあみ)」で、網の中で跳ねる大きな魚を、何艘もの舟に乗った漁師たちが熊手のような道具で引き上げ、左の山の上には見張りの小屋まで描かれています。
低く見られていたのは「格」
産地では大がかりな網漁が組まれるほどの魚だったのですから、「下魚」は、とれない魚、食べない魚という意味ではありませんでした。益軒は等級を「下品」とし、名産図会は「賤物」と書いていて、江戸時代のマグロが下魚だったという話は、原本の上でも確かめられます。理由として書かれているのは、益軒の「毒アリ」「小毒アリ」と、名産図会の「此味の美癖を悪んで」、つまり食べて当たることがあり、味のくせが嫌われたことです。
それでいて、どちらの本も、マグロが食べられていなかったとは書いていません。味はある、庶民にはごちそう、小さいものは鰹節の代わりにもなる。低く見られていたのは、宴席や贈り物にふさわしいかどうかという「格」のほうで、台所から締め出されていたわけではなかったのです。
マグロの字「鮪」がもとは中国でチョウザメの仲間を指したことは鮪の漢字の由来の記事で読んでいます。鰹節のもとになったカツオの話は鰹の語源の記事へ。

この記事でわかったこと
原本で確かめられます。
貝原益軒『大和本草』(1709年)はマグロを「小毒アリ。味アレトモ下品ナリ」と書き(NDL PID:2557359 コマ41)、『日本山海名産図会』は、昔は初鰹のように賞したが「後世……賤物に陥りて饗饌の庖厨に加ふることなし」、宴席の料理には使わなくなったと書いています(NDL PID:2575828 コマ14・16)。
原本に書かれている理由は二つです。
『大和本草』はシビ(大きなマグロ)に「毒アリ。往々人ヲ醉シム」、ときどき食べた人が具合を悪くすると書き(NDL PID:2557359 コマ41)、『日本山海名産図会』は「此味の美癖を悪んで」、味のくせが嫌われたと書いています(NDL PID:2575828 コマ16)。
『日本山海名産図会』は、宴席には出さないが「今も賤夫の為には八珍の一つに擬て」、庶民にとってはごちそうだと書いています(NDL PID:2575828 コマ16)。
また『大和本草』も『日本山海名産図会』も、小さいマグロを干して鰹節の代わりにすることを書いており、『大和本草』は「味堅魚ニヲトル」と評しています(NDL PID:2557359 コマ25・41)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[7]
貝原篤信 宝永6 [1709]
- 日本山海名産圖會 5巻.[3]
法橋關月 画 [18--]
ほかの記事で使った本もあわせて見るなら記事で開いた原本の一覧へ。



