魚図鑑

古代と江戸の辞典でマグロを引いたら、9冊が9通りの答えを返した

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江戸の辞典でマグロを引いてみました。前にマアジ・マイワシでやった方法と同じで、国会図書館デジタルコレクションの原典画像と OCR API を使って、一次資料から検証するやり方です。本記事では、OCR で取得したテキストのうち画像での逐語照合が済んでいない箇所は、鉤括弧を付けず「OCRテキスト」として提示しています。

ただ、今回は一つ違うことに気づいてしまいました。私が今まで『三大古文献』と呼んできた『東雅』『本朝食鑑』『和漢三才図会』の枠組みだけでは、マグロは見えてこないのです。

なぜなら、三冊のうち 2冊がマグロを独立項目にしていないからです。『東雅』も『本朝食鑑』も、マグロに独立の見出しを立てていなかった。

そこで枠を外して、江戸〜明治の多くの辞典・百科事典・方言辞典・絵入り名産図会を並列で掘ってみたら——マグロを巡る記録のねじれと豊かさが、想像以上に深かった。

🐟

マグロは江戸時代「下魚」だったとよく言われます。でも「なぜ下魚だったのか」「どのくらい下魚だったのか」は、一次資料に当たってみないと見えてこない。今回はそれを9冊で確かめます。

SAKANA編集部

今回あたった9つの古文献

成立年順に並べます。いずれも国立国会図書館デジタルコレクションで画像閲覧可能な資料です。

書名

成立

著者

鮪の扱い

倭名類聚抄

931年頃

源順

独立項(シビ)

頭書増補訓蒙図彙

1695年(原版1666)

中村惕斎

独立項+図版

本朝食鑑

1697年

人見必大

独立項なし

大和本草

1709年

貝原益軒

独立項(シビ)

和漢三才図会

1712年頃

寺島良安

独立項+図版

東雅

1717年

新井白石

独立項なし

物類称呼

1775年

越谷吾山

独立項(地方呼称詳細)

日本山海名産図会

1799年

蔀関月

独立項+見開き大の漁図

本草綱目啓蒙

1803年

小野蘭山

独立項なし

9冊中3冊(東雅・本朝食鑑・本草綱目啓蒙)がマグロを独立項目にしていません。一方で、絵入り辞典・方言辞典・名産図会は詳しく記述している。この「不在」と「詳細」の落差が、今回の記事の核心です。

古代:鮪は「シビ」と読んだ

『倭名類聚抄』(源順、931年頃)——日本最古の分類辞典

マグロを扱った日本最古級の辞典は、平安中期の源順が編纂した『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』です。

今回閲覧したのは、その源順本の校訂注釈版である狩谷棭斎『箋注倭名類聚抄』(明治16年=1883年、印刷局刊)。源順の原本は NDL では個人送信限定なので、この校訂本(IIIF 公開、PID 991791)で代替しました。

『箋注倭名類聚抄』巻第8 龍魚部 コマ7 見開き全体(PID 991791)
『箋注倭名類聚抄』巻8 龍魚部、PID 991791 コマ7 見開き全体。右ページから鮪(シビ)の項を含むコマで、狩谷棭斎の校注が付されている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
『箋注倭名類聚抄』鮪の項 クローズアップ(PID 991791 コマ7)
鮪の項の冒頭部分のクローズアップ。「鮪 委音 一名黃頰魚 之比」「武烈訓注 鮪此云慈紀寐 万葉集同訓」などが記されているとされる。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

【原文】

「鮪 食療經云、鮪、委音、一名黃頰魚、之比」
「武烈訓注、鮪此云慈紀寐、万葉集同訓」
「下總本有爾雅注云、大爲王鮪、小爲射鮪」

【現代語訳】

鮪(読み「シビ」)。食療經(唐代・崔禹錫の食物書)によれば、「鮪、発音は委、一名を黄頰魚といい、和名は之比(シビ)」とある。
武烈天皇紀の訓注には「鮪 此をチキビと云う」とあり、万葉集も同じ訓みを用いる。
下總本(倭名類聚抄の写本の一つ)にある爾雅の注には「大きいものを王鮪、小さいものを射鮪と呼ぶ」とある。

狩谷棭斎の大胆な批正

この項で興味深いのは、校注者の狩谷棭斎(1775〜1835)が源順の訓を批判している点です。

【原文】

「鮪未詳、然據口在頷下、其甲可摩薑、肉色自則鮫魚之類、非之比、訓鮪爲之比、未允、之比、万具呂之屬」

【現代語訳】

鮪(という魚)の正体は詳らかでない。しかし口が顎の下にあり、その甲(鱗)が薑(しょうが)を摩れるほど硬く、肉の色が自ずから鮫魚の類に近いという特徴から見るに、これはシビではない。鮪を「シビ」と訓むのは不適切である。シビは万具呂(マグロ)の属だ

ここは大事なポイント。狩谷棭斎の意見では、古代中国の「鮪」はチョウザメ類を指していた可能性が高い。一方、日本で「シビ」と呼ばれていたのはマグロ属の魚。源順が『倭名類聚抄』で「鮪=シビ」とした対応は、棭斎から見れば古代中国の文献の誤解釈だった、ということになります。現代の魚類学でも「中国古典の鮪はチョウザメを指した可能性が高い」と一般に説明されます。

📚 NDLで原典を読む
▶ 『箋注倭名類聚抄』巻8 鮪の項 コマ7 を NDL で開く

万葉集の鮪

倭名類聚抄がその根拠にしている『万葉集』には、鮪(シビ)を詠んだ歌がいくつかあります。よく引かれるのは奈良期の歌人・山辺赤人の句で、「藤井の浦にしび釣り」という表現が物類称呼・日本山海名産図会でも引用されています(本記事後半で登場)。

つまり、マグロはすでに奈良時代には詠み込まれるほど身近な魚だった。古代から江戸期まで1000年近く、「シビ」という呼称が生き続けていたわけです。

江戸前期の絵入り辞典:『頭書増補訓蒙図彙』(1695年)

書誌

江戸前期、寛文6年(1666)に中村惕斎が編纂した『訓蒙図彙(きんもうずい)』は、日本最古の体系的な絵入り百科事典です。今回閲覧したのはその増補版『頭書増補訓蒙図彙』(元禄8年=1695年刊、全8冊)。鮪は第7冊 PID 2557103 コマ22「水族の部」に独立項目と図版があります。

『頭書増補訓蒙図彙』水族の部 鮪の項(PID 2557103 コマ22)
『頭書増補訓蒙図彙』巻14 水族の部、PID 2557103 コマ22。鮪(しひ)のずんぐりした魚の挿絵と、隣に海馬(タツノオトシゴ)、海牛の図が並ぶ。絵入り百科事典ならではの分類。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

絵入り辞典らしく、短い解説と共にマグロの魚体が描かれています。体型はずんぐりしており、鱗の描き込みがあり、「鮪 しひ」と題されています。江戸前期の民衆向け辞典が、マグロを独立項目で扱っていたことは注目に値します。

📚 NDLで原典を読む
▶ 『頭書増補訓蒙図彙』鮪の図版 コマ22 を NDL で開く

ところが『本朝食鑑』はマグロを省いている

1697年刊、人見必大『本朝食鑑』——江戸時代最大級の食物百科事典にして、マアジ編・マイワシ編では重要な資料として登場した書物。全12巻で約440品目の食材を収録している、この本が、マグロを独立項目にしていません

巻9の目録(PID 2557334 コマ2)に「鱗部之三 江海無鱗類 三十七種」とありますが、そこに並ぶのは鯨魚・鱶魚・鱏魚・鱝魚・餘鱁・鮹魚・八目鰻・海鼠……で、「鮪魚」の見出しがない。巻8の目録(有鱗類35種)を確認しても、鯛・鱸・鯖・鰹・鰈・鰯などはあるのに、鮪は無い。

今回の OCR 検索でも、PID 2557333 全193コマ、PID 2557334 全152コマを「鮪」「シビ」「しび」で走査しましたが、独立項目として記述されている箇所は見つかりませんでした。鮪は鯨や鱶(サメ)、鰹の集解本文中に短く言及される程度とみられます。

「載せない」ことの意味
食物百科事典にマグロが独立項目として載っていない——これは当時のマグロが「食材として特記すべき対象ではなかった」ことをうかがわせます。人見必大が各食材について記述した「釈名・集解・気味・主治」のフォーマットに、マグロはふさわしくないと判断されたと考えられます。冷蔵技術がなく赤身が腐敗しやすい時代、マグロは日常的に食べるより塩蔵・乾物として扱われ、「下魚」の代表格とされていました。

寺島良安『和漢三才図会』(1712頃)——図版付きで独立項を立てた

一方、同じ江戸中期の百科事典でも、寺島良安『和漢三才図会』は 巻51 江海無鱗魚 に鮪の独立項目を立てています(PID 898161 コマ216)。

『和漢三才図会』巻51 鮪の項 見開き全体(PID 898161 コマ216)
『和漢三才図会』巻第51 江海無鱗魚、PID 898161 コマ216 の見開き全体。左ページに鮪(しび)の項目と波間を泳ぐマグロの木版画、右ページには関連する魚類の項目。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
『和漢三才図会』鮪の図版クローズアップ(PID 898161 コマ216 左ページ)
『和漢三才図会』鮪の項のクローズアップ。波間を泳ぐマグロの木版画が確認できる。見出し字「鮪」、読み「しび」のほか、「王鮪」「叔鮪」などの呼称を含むコマ。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

【OCRテキスト(判読困難・参考)】

王鮪 宇豆和[?]更小者名絡 目目鹿 黑有鬣無鱗頭略大鼻雖長不甚[?]口在領下[?]兩頰顯浮見[?]咳其求也底[?]肉谷滿爲美味
小者名叔[?] 三尺以下者多爲銃[?] 一二尺以下小鮪亦可爲哉 名細鱗
子叔鮪王鮪 和名之比[?] 俗云目鹿 俗云目[?] 或云波豆[?]

【内容の要約】

王鮪(大きなマグロ)、一名を宇豆和(ウヅワ)という。さらに小さいものは「絡」と呼ぶ。目鹿(メジカ)は黒みがあり、髭がなく、鱗が目立たず、頭がやや大きい。鼻は長いが極端ではなく、口は顎の下にある。両頬が浮き出て見え、肉の味は甘く、美味であるという趣旨が記される。中くらいのものは叔鮪(シュクシビ)といい、三尺(約90cm)以下のものは別名で、一、二尺以下の小さな鮪は「細鱗」と呼ぶこともあると記される。子鮪・叔鮪・王鮪の和名は「之比(シビ)」。俗に「目鹿(メジカ)」、あるいは「波豆(ハツ)」などの呼称が挙げられている。

ここで和漢三才図会は、マグロを 大きさによって呼び分ける「出世魚」 として整理しています。「王鮪>叔鮪>子鮪」の三階層、そして和名「シビ」、俗称「メジカ」「ハツ」などの多様な呼び名を記録している。1712年時点で、マグロの呼称体系の複雑さが既に言語化されていたわけです。

📚 NDLで原典を読む
▶ 『和漢三才図会』巻51 鮪の項 コマ216 を NDL で開く

貝原益軒『大和本草』(1709)——「味 堅魚にをとる」の衝撃

貝原益軒の『大和本草』は、日本博物学の金字塔と呼ばれる名著です。全16巻+附録2巻+諸品図2巻、10冊構成でNDL IIIF公開(PID 2557353〜2557362)。マグロは 第7冊 PID 2557359 コマ41(巻13 魚類)にあります。

『大和本草』巻13 魚類 鮪(シビ)の項 見開き全体(PID 2557359 コマ41)
『大和本草』巻13 魚類、PID 2557359 コマ41 の見開き全体。独立項「シビ」を含むコマで、マグロ・メジカの階層的呼称、産地、味、毒性などが記される。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
『大和本草』シビ項のクローズアップ(PID 2557359 コマ41)
『大和本草』シビ項の本文クローズアップ。「皮色淡白頭扁シ長一間ハカリ肉赤シ肥大ナリ味ブリノ如シ毒アリ往々人ヲシム」などが記されているとされる、漢字カタカナ交じり文のコマ。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

【OCRテキスト(画像での逐語照合は未了)】

シビ 日本ニ昔ヨリノ字ヲシビトヨム…今シヒト云魚ハ其形鰹ノコトク略マルシ皮ノ色カシラ尾ノ形モ鰹ノ如シ有鱗…皮色淡白頭扁シ長一間ハカリ肉赤シ肥大ナリ味ブリノ如シ毒アリ往々人ヲシム西州ニハ五嶋平戸ニ多ク捕ル…○マグロ是シビノ小ナルヲ云…漁人ホシテカツヲトス味堅魚ニヲトル…王ハシビ 叔ハマグロ 子ハメジカナルベシ

【内容の要約】

シビ。日本では昔からこの字を「シビ」と読む。今「シヒ」と呼ぶ魚は、その形が鰹のように丸みを帯びていて、皮の色も頭尾の形も鰹に似ている。鱗はある。…皮の色は淡白、頭は扁平、長さは約一間(約1.8m)、肉は赤く肥大している。味はブリのようだが、毒があり、しばしば人を死なせるという趣旨が記される。西州(九州)では五島・平戸で多く獲れる。
○マグロ これはシビの小さなもののことである。…漁師はこれを干して堅魚(カツオ節)の代用にするが、味は堅魚に劣るとされる。
大きさで呼び分けて、王(大)はシビ、叔(中)はマグロ、子(小)はメジカと呼ぶのだろう、と記される。

「毒アリ 往々人ヲシム(人を死ましむ)」とされる記述
益軒のこの記述は印象的です。マグロには毒があり、食べて死亡した例が往々にしてあるという趣旨が記されている。原典は毒の正体を記していませんが、後世の食品衛生の観点では、当時の冷蔵技術の不在のもとで腐敗した赤身が引き起こした食中毒(ヒスタミン中毒等)と説明されることがあります。マグロが「下魚」と呼ばれた物理的・健康的な理由がここに重なります。

さらに印象的なのが「味 堅魚(カツヲ)ニヲトル」の一節。マグロの味はカツオに劣ると、博物学の権威である益軒が書いている。現代ではマグロのほうがカツオより高級魚として流通することが多いので、300年前の価値観との逆転を示す記述です。

📚 NDLで原典を読む
▶ 『大和本草』巻13 魚類 シビの項 コマ41 を NDL で開く

新井白石『東雅』(1717)——白石もマグロを独立項にしなかった

マアジ・マイワシ編では本丸の資料だった新井白石『東雅』。ところがマグロは独立項目がなく、巻19 鱗介部のコマ33左ページ「堅魚(カツヲ)」の項の中で、わずかに言及されるのみ。

『東雅』巻19 鱗介部 堅魚の項 見開き全体(PID 993111 コマ33)
『東雅』巻19 鱗介部、PID 993111 コマ33 の見開き全体。右ページに前項(鯛)の続き、左ページ上段右から「堅魚(カツヲ)」の項が始まるコマ。マグロはこの堅魚項の内部に、カツオの類縁として言及されており、独立した見出しを持たない。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
『東雅』堅魚項 マグロ言及部のクローズアップ(PID 993111 コマ33 左ページ)
『東雅』堅魚項のクローズアップ。本文中に「サハラ」「サマシ」「メヂカ」「マグロ」のカタカナ魚名がカツオの類縁種として並ぶとされるコマ。「マグロといふは其眼の黑きなり」の記述を含む。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

【原文】

「今試に此にサハラといひ。サマシといひ。メヂカといひ。マグロといふ物を見るに皆これ其類也。…メヂカとは。マグロといふ者の小さきなるをいふなり。二つの物並に身圓にして腰濶し。呼でマグロといふは。其眼の黑きなり」

【現代語訳】

今試みに、サハラ・サマシ・メヂカ・マグロというものを見てみると、これらはいずれも堅魚(カツオ)の類である。…「メヂカ」とは、マグロというものの小さなもののことを言う。この二つの魚はどちらも身が丸く腰が広い。「マグロ」と呼ぶのは、その眼が黒いからである

白石の認識で興味深いのは、マグロをカツオの類と見なしている点。現代の分類学ではカツオ属(Katsuwonus)とマグロ属(Thunnus)は同じサバ科でも属レベルで別ですが、白石の時代は外形の類似と食感から「同じ仲間」と整理されていた。そして「マグロ=眼の黒い魚」という語源説が本草学の文献で明示的に記録されている珍しい例です。

📚 NDLで原典を読む
▶ 『東雅』巻19 鱗介部 堅魚の項 コマ33 を NDL で開く

越谷吾山『物類称呼』(1775)——地方呼称の地図

江戸中期の方言辞典の傑作が『物類称呼(ぶつるいしょうこ)』です。越谷吾山が全国を歩いて集めた方言を整理した全5巻の辞典で、魚の地方呼称も豊富に記録されています。鮪は 巻2 生類の部、PID 2539349 コマ33〜34に独立項目で収録。

『物類称呼』巻2 鮪の項 見開き全体(PID 2539349 コマ33)
『物類称呼』巻2 生類の部、PID 2539349 コマ33 の見開き全体。鮫→鮪→鰤の順で項目が並び、各地の方言が記録されているコマ。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
『物類称呼』鮪項のクローズアップ(PID 2539349 コマ33)
『物類称呼』鮪項のクローズアップ。見出し「鮪 しひ」のほか、「畿内にてハツと呼す 江戸にてマグロとよぶ」など地方呼称の差が記されているとされるコマ。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

【OCRテキスト(画像での逐語照合は未了)】

鮪 しひ。畿内にて ハツと呼す。江戸にて マグロとよぶ。江戸にてマグロのすきみといふものを畿内にて ハツのすきみ と云。又江都の魚店にて シビ・マグロ・ビンナガ 等の品有といへとも、東国の俗 皆 マグロと云。然共 至て大なるなし。…又 二尺以下の小なるを 江戸にて メジカ と云。一名 ソウダ と云。ヒラソウダ・丸ソウダ と二種有。京都難波の俗 メグロ といふ 是なり。
まぐろとは その眼の黒き也

【内容の要約】

鮪(読み「しひ」)。畿内(大阪・京都周辺)ではハツと呼び、江戸ではマグロと呼ぶ。江戸で「マグロのスキミ」(赤身の切り身)と呼ぶものを、畿内では「ハツのスキミ」と言う。また江戸の魚屋ではシビ・マグロ・ビンナガという品種が区別されて売られているが、東国(関東以東)では皆「マグロ」と総称する。ただし非常に大きいものは出回らない。…また二尺(約60cm)以下の小さなものを、江戸では「メジカ」といい、一名「ソウダ」とも呼ぶ。ヒラソウダ・マルソウダの二種がある。京都・難波の俗語では「メグロ」と呼ぶ、これが同じものだ。
「マグロ」とは、その眼の黒いことに由来する、という趣旨が記される。

江戸の地方呼称マップ

  • 畿内(関西圏):ハツ。赤身スキミも「ハツのすきみ」
  • 江戸:マグロ・シビ・ビンナガ(魚店で区別販売)
  • 東国一般:すべてマグロと総称
  • 京都・難波:メグロ(小型)
  • 相模:ヨカゴ(2尺未満)、メダイシビ(1尺余り)

越谷吾山の時代、マグロの呼称は 東西で明確に分かれ、さらに大きさ別・地域別に細分化されていた。現代でも「ヨコワ」「メジマグロ」など呼称のブレが残っていますが、その原型が江戸中期にすでに記録されています。

📚 NDLで原典を読む
▶ 『物類称呼』巻2 鮪の項 コマ33 を NDL で開く

蔀関月『日本山海名産図会』(1799)——マグロ漁の迫真

江戸後期の名産・産業誌『日本山海名産図会』は、マグロ漁の迫真の見開き大図を残していることが最大の価値です。巻3 PID 2575828 コマ17 の「鮪冬網」と題された木版画は、江戸時代のマグロ漁業を視覚的に伝える一級資料です。

『日本山海名産図会』巻3「鮪冬網」見開き大図(PID 2575828 コマ17)
『日本山海名産図会』巻3、PID 2575828 コマ17「鮪冬網」。見開き大のマグロ冬漁の木版画。多数の船・網・漁師と海景を描いた構図で、江戸時代の大規模なマグロ漁の様子を視覚的に伝える。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

この図版は一見に値します。波頭の描写、船上の漁師たちの配置、網を繰り出す動作。これは単なる図鑑の挿絵ではなく、マグロ漁を一つの産業として記録した絵画作品です。

『日本山海名産図会』巻3 鮪の本文ページ(PID 2575828 コマ18)
『日本山海名産図会』巻3 コマ18、鮪の項本文。字源・和名の考証から始まり、産地・漁期・大小別の呼称、名産地の格付けなどを記すコマ。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

【OCRテキスト(画像での逐語照合は未了)】

○鮪の字をシビに充ること其義本草又字書の釈義に適はず…和名抄は書によりて魚の大小の名をも異にすること其故なりきにしもあらざるべし…
しび ○魚大なるを王鮎 中なると叔賄 俗にめくろト云 小なるを鯰子といへり 東国にてはまくろと云…筑前宗像讃州平戸五島に網する事夥し 中にも平戸岩清水の物を上品とす 凡八月彼岸より取はじめ

【内容の要約】

○鮪の字を「シビ」と読むことは、その意味が本草書や字書の釈義と合わない。和名抄(倭名類聚抄)は書物によって魚の大小の名を異にしており、それが理由かもしれない。
シビ:大きな魚を「王鮎」、中くらいのものを「叔賄」といい、俗に「めぐろ」と呼ぶ。小さいものを「鯰子」と言う。東国では「まぐろ」と呼ぶ。…筑前宗像、讃岐、平戸、五島で大規模に網漁をする。中でも平戸の岩清水のものを上品とする。漁は大体、旧暦八月の彼岸から始める、という趣旨が記される。

江戸後期のマグロ漁業
『日本山海名産図会』の記述は、江戸後期(1799年)時点で マグロ漁が一大産業化していたことを示します。筑前宗像、讃岐、平戸、五島——これらは九州〜瀬戸内の拠点漁場で、中でも平戸岩清水のマグロが最上品とされていた。漁期は旧暦八月(新暦9月頃)から。江戸では「下魚」と呼ばれていたマグロが、産地では大規模な産業を支えていた、という東西の落差がここから読み取れます。

📚 NDLで原典を読む
▶ 『日本山海名産図会』巻3 「鮪冬網」 コマ17 を NDL で開く
▶ 同 鮪の本文 コマ18 を NDL で開く

小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1803)——本草学は独立項目を立てていない

もう一冊、江戸後期の本草学の到達点とされる小野蘭山『本草綱目啓蒙』(全48巻、1803〜1806年)。これも確認したところ、鮪の独立項目がないことがわかりました。NDL OCR で魚類部(巻39・40、PID 2555647)を全走査しましたが、鮪/シビ/マグロ/志比のヒントがゼロでした。

これは李時珍の『本草綱目』(1596年、中国)本体が、鮪を「鱣(チョウザメ)」の釈名として扱い、独立項目を立てていないことと関連します。蘭山は中国原典の構成を尊重したと考えられます。

つまり 中国由来の本草学の正統派は、マグロを独立項目にしない。これが先ほどの狩谷棭斎の「古代の鮪はチョウザメ類だった」という指摘と響き合います。

現代との比較——マグロはなぜ「王様」になれたのか

ここまでの9冊の記録を、現代の一般知識と重ねてみましょう。

1. 分類学上の位置

現代では一般に、マグロはサバ科マグロ属(Thunnus)の大型外洋回遊魚と説明されます。世界に約8種(クロマグロ、タイセイヨウクロマグロ、ミナミマグロ、メバチ、キハダ、ビンナガ、コシナガ、タイセイヨウマグロ)とされ、日本近海の主要種はクロマグロ(Thunnus orientalis)、メバチ、キハダ、ビンナガ等。

一方、カツオ(Katsuwonus pelamis)は同じサバ科でもカツオ属で、マグロ属とは属レベルで別。白石の「マグロはカツオの類」という認識は、現代分類では「近縁ではあるが同属ではない」に整理されます。益軒の「マグロを干してカツオの代用にした、ただし味は劣る」も、分類学的に近いが別の魚、ということで整合します。

2. 「下魚」だった理由——大和本草の「毒アリ 往々人ヲシム」に集約される

冷蔵技術がなかった時代、マグロの赤身は酸化・腐敗が早く、食あたりを起こしやすかったと考えられます。益軒が「毒アリ 往々人ヲシム」と書き残したのは、こうした実態を反映した記述という見方ができます。脂の多いトロは最も敬遠され、「ねこまたぎ」(猫もまたぎ通る)と呼ばれた時期もある、と食文化史でよく言われます。

江戸の辞典が「下魚扱い」していた背景は、嗜好の問題というより、保存技術の限界がもたらした健康リスクにあったという見方があります。

3. 「王様」化の経緯

マグロが寿司ネタの王様になる転機は、幕末〜明治期の醤油漬け(ヅケ)の発明と一般に説明されます。赤身を醤油に浸けて保存性と旨味を高める技法が確立し、江戸前寿司の定番ネタに。昭和の冷蔵・冷凍流通の発達で、とくに脂の多いトロが珍重されるよう嗜好が反転。現代の築地(豊洲)市場の年始初競りが象徴的な行事になっています。

つまり「マグロ=王様」は、この150年ほどで確立した新しい価値観。江戸の9冊が示すのは、その前の1000年余り、マグロは「下魚」か、良くても「シビ」「カツオの類」として扱われていた時代です。

4. 「鮪」の字源と呼称の多様性

「鮪」の字は、音符「有」を「魚のうち優れたもの」と解する説が一般に紹介されます。ただし漢籍では古くチョウザメ類を指した可能性が指摘されており、狩谷棭斎の「鮪はチョウザメ類、シビはマグロ属」という批正は現代の魚類学・漢字学の理解と整合します。

和名「シビ」の語源は「死日(傷みが早い)」説、「黒い」意の古語説、諸説あって定説はない。『東雅』『物類称呼』が共通して記す「マグロ=眼の黒き也」は、少なくとも江戸期の庶民的理解としては広く共有されていた説のようです。

5. 江戸期の呼称は現代とどう対応するか

  • シビ:古代〜近世の標準和名。現代でもクロマグロを指す伝統的呼称として残る地域あり
  • メジ(カ)/ヨコワ:クロマグロ幼魚〜若魚の呼称として現代も各地で使われる
  • ハツ:若魚・初物系の地方呼称
  • ビンナガ:現代のビンナガマグロ(Thunnus alalunga、別種)に対応するが、江戸期は鮪の一種として扱われた
  • ソウダ(ヒラソウダ・マルソウダ):現代ではソウダガツオ類(別種)だが、江戸期は小型マグロとして扱われた

つまり江戸期の「鮪類」は現代の分類より広く、近縁種を包含した概念だったと言えます。物類称呼の地方呼称の細かさは、近世日本人が外形・サイズ・味の違いを体感的に分類していた証拠です。

江戸から近代へ——明治の漁業書はマグロ漁を体系的に記録した

「下魚」とされたマグロも、明治末には専門の漁法が確立していきます。農商務省水産局の『日本水産捕採誌』(1911年)は全国の漁具・漁法を網羅した近代の一次資料ですが、ここに「鮪流網」「鮪大網(鮪建網)」といったマグロ専用の漁法が図入りで詳述されています。

日本水産捕採誌 鮪大網のページ
『日本水産捕採誌』(NDL PID:842749)コマ201、「鮪大網」の節。図「第百八圖 鮪建網の方」とともに、漁夫三十八〜四十五人を一組とする建網漁の運用が記されている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

マグロが網に入ると魚見櫓から旗で合図を送る——そうした組織的な漁が、すでに明治期には行われていました。江戸の辞書が「下魚」と書いた魚は、近代には専門の漁業対象へと姿を変えていきます。

そして現代。マグロが「下魚」とされた一因が保存技術の限界(鮮度劣化)にあったとすれば、それを解いたのは超低温技術でした。日本水産学会誌に載った研究によれば、生食用の冷凍まぐろ製品はサプライチェーンの大部分で −55℃以下の超低温で保冷されています。益軒が『大和本草』で「毒アリ」と記した鮮度の問題を、現代は超低温の流通網で封じ込めているわけです。
出典:神村裕之・薄光憲・原孝宏・溝口弘泰・横田耕介「遠洋まぐろ延縄漁船及び陸上冷凍施設における冷凍まぐろ製品の保冷温度変更による二酸化炭素排出量削減効果:ライフサイクルアセスメント(LCA)の適用に向けて」『日本水産学会誌』91巻4号 318–324頁、2025年。DOI: 10.2331/suisan.24-00013

【番外】梅園魚譜が描いた「鮪」——辞書の成長呼称が一枚の絵になる

ここまで見てきたのは文字の辞書ばかりでした。最後に、江戸後期の彩色魚譜『梅園魚品図正』(毛利梅園、1835年頃の写本)を番外として開きます。実物を見て精細な彩色図に写したこの魚譜の2帖に、マグロの図が2点あります。

梅園魚品図正2帖コマ32 鮪の彩色図
『梅園魚品図正』2帖(NDL PID:1287112)コマ32。鮪(シビ/マグロ)の彩色図。背びれ後方に並ぶ小離鰭、三日月形の尾、濃紺から銀白へ移る体色はクロマグロの形態をよく捉えている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
梅園魚譜 鮪 題字部クローズアップ
題字部のクローズアップ。「金鎗魚(マグロ)」「鮪 之比(しび)」「一名 黄頬魚」、および「大ヲ王鮪と為し、小ヲ叔鮪と為す」の文字が読める。
出典:NDLデジタルコレクション(著作権保護期間満了)

題字には「金鎗魚(マグロ)」「鮪 之比(しび)」「一名 黄頬魚」とあり、辞書群で見てきた漢名がそのまま並びます。さらに「大ヲ王鮪と為し、小ヲ叔鮪と為す」と、倭名類聚抄や大和本草が文字で記していた成長段階の呼称が、ここでは一尾の絵に注記として添えられています。

梅園魚品図正2帖コマ33 小鮪の図
『梅園魚品図正』2帖(NDL PID:1287113)コマ33。「小鮪(こまぐろ)」と題し、メジカ・ヨコワなど小型・若魚の呼称を書き添える。黄色みを帯びた鰭が描かれている。
出典:NDLデジタルコレクション(著作権保護期間満了)

もう一枚は「小鮪(こまぐろ)」。こちらにはメジカ・ヨコワといった若魚の呼び名が並びます。文字の辞書が「大=シビ/中=マグロ/小=メジカ」と段階で書き分けていた呼称体系が、梅園では実際の彩色図として描き分けられているわけです。文字資料と図譜資料が、同じマグロの呼称体系を別の手段で記録していたことが見えてきます。

9冊を並べて見えてきたもの

最初に書いた通り、東雅・本朝食鑑・本草綱目啓蒙の「独立項目なし」という事実がこの記事の出発点でした。でも9冊を並べてみると、事情はもっと複雑だったことがわかります。

  • 本草学系(正統派):本朝食鑑・本草綱目啓蒙・東雅は独立項目なし。中国本草書の構成を尊重した結果
  • 絵入り辞典・百科事典系:訓蒙図彙・和漢三才図会は図版付きで独立項目あり。視覚的記録を重視
  • 博物学系:大和本草は独立項目+詳細な実証観察。益軒の現場主義
  • 方言辞典系:物類称呼は地方呼称の詳細な地図
  • 産業誌系:日本山海名産図会は漁業の迫真の記録

マグロは「下魚だから記録されなかった」のではなく、書物の性格によって記録されたり、されなかったりした魚でした。そして「下魚」扱いの理由は、味への嫌悪より保存技術の限界がもたらした健康リスクと物流の困難にあった、という見方ができます。

現代のスーパーでマグロを買うとき、冷凍・チルドで鮮度が保たれていることを当たり前に感じます。でも300年前は、マグロは「おいしいかもしれないけれど、食べると死ぬかもしれない魚」とされることもありました。益軒が書いた「往々人ヲシム」は、現代の食品衛生の歴史の出発点にあたる記録と言えるでしょう。

次にマグロを食べるとき、このあたりの歴史を思い出してみてください。「王様」になる前の、長い「下魚」の時代があったこと。その時代でも、方言辞典や名産図会には、確かにマグロを大切に記録した人々がいたこと。

なぜ三大辞典の半数がマグロを独立項目にしていないの?
江戸の「食物百科」「語源辞典」「本草学書」は、中国由来の学問体系に従って編纂される傾向があり、中国原典で独立項目でない食材は日本版でも独立化しにくい構造がありました。マグロはその影響を受けた代表例で、中国の本草書では「鱣(チョウザメ)」の釈名扱いのため、日本の本草学系もそれに倣ったと考えられます。
「シビ」と「マグロ」はどう違う?
江戸期の文献を横断すると、大きく分けて2つの呼称体系がありました。(1)大きさ別:大=シビ/中=マグロ/小=メジカ、という出世魚的階層(大和本草など)。(2)地域別:畿内=ハツ、江戸=マグロ、東国=マグロ、京都=メグロ、など(物類称呼)。現代では「マグロ」に統一されていますが、各地の方言にはシビ・メジ・ヨコワ等が残っています。
「毒アリ 往々人ヲシム」は本当?
貝原益軒が『大和本草』に記したこの記述について、原典は毒の正体を記していませんが、現代の食品衛生の観点では、鮮度劣化による食中毒(ヒスタミン中毒等)と説明されることがあります。赤身魚は鮮度が落ちるとヒスチジンがヒスタミンに変化し、蕁麻疹・頭痛・嘔吐等を引き起こすことがあるためです。冷蔵技術がない時代、内陸部で流通したマグロの赤身は、現代の基準で見れば取り扱いの難しい状態だったと考えられます。
「鮪冬網」の図はどんな漁法?
日本山海名産図会の「鮪冬網」は、大型の網を複数の船で海中に設置し、マグロの群れを囲い込んで獲る大網漁を描いています。現代の巻き網漁の原型にあたる漁法で、江戸後期に筑前宗像・讃州・平戸・五島で盛んに行われていたと記録されています。数十人の漁師が協働する大規模漁業で、マグロは産地では重要な水産物でした。
古代中国の「鮪」はマグロではなかった?
狩谷棭斎は『箋注倭名類聚抄』で、古代中国の「鮪」はチョウザメ類を指していた可能性が高いと指摘しています。理由として、中国の古典(爾雅注等)の鮪の描写が「口が顎の下にある」「甲(鱗)が硬い」「肉色が鮫魚の類」など、チョウザメ類の特徴と合致する点を挙げています。現代の魚類学・漢字学の一般的な説明も、この棭斎の見解と概ね一致しています。

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SAKANA 編集部

良輔 × Claude(Anthropic)

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