魚図鑑

「鮭」はもともとフグの字だった——江戸の学者が三代にわたって「それは誤り」と書き続けた話

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スーパーの切り身に書いてある「」。この一字を、江戸の学者たちは見るたびに「それは誤りだ」と書き残しました。

一人ではありません。貝原益軒、寺島良安、新井白石——江戸を代表する三人が、それぞれの本で同じことを指摘しています。

では、何が誤りだったのでしょうか。

『梅園魚品図正』2帖コマ35 に描かれたサケ
『梅園魚品図正』2帖(毛利梅園)コマ35 のサケ。天保6年(1835年)の写生で、絵のわきに「乙未東呂十有九日 真寫」と日付が書き添えられています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『梅園魚品図正』2帖(NDL PID:1287113 コマ35・著作権保護期間満了)

「鮭」はフグの字である

いちばんはっきり書いているのは『和漢三才図会』です。

寺島良安が編んだ江戸の百科事典で、巻48「河湖有鱗」にサケの項があります。

『和漢三才図会』巻48 サケの項の異名注記と翻刻
左が原本の該当箇所(赤枠)、右がその翻刻と現代語訳。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『和漢三才図会』中之巻(NDL PID:898161 コマ182・著作権保護期間満了)

見出しのわきに小さく、こう注記されています。

「鮭 河豚 俗用之誤也」「和名 佐介」。

つまり——「鮭」という字はフグを指す。俗にこれをサケに使うのは誤りだ。サケの和名は「佐介(さけ)」である。

同じページには挿絵も載っています。

『和漢三才図会』巻48 サケの項の挿絵
上は干して竿に吊るした鮭、下は生の鮭。江戸の百科事典が読者に見せたサケの姿です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『和漢三才図会』中之巻(NDL PID:898161 コマ182・著作権保護期間満了)

正しい字は「鮏」だった

では正しい字は何か。貝原益軒の『大和本草』(1709年)が答えを書いています。

『大和本草』サケの項の赤枠注釈と翻刻
左が原本の該当2列(赤枠)、右がその翻刻と現代語訳。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『大和本草』(NDL PID:2557359 コマ5・著作権保護期間満了)

「順和名抄ニ曰鮏和名佐介 介俗用鮭字非也」。

源順の『和名抄』には「、和名は佐介」とある、俗に「鮭」の字を用いるのは誤りだ——という意味です。

魚へんに「生」で「鮏」。江戸の本草書がサケの字として挙げるのは、こちらです。

益軒は同じ項で、サケは「本邦東北州ノ大河ニ多シ、南州ニハ無之」とも書いています。東北の大きな川に多く、西日本にはいない、と。

なぜ「鮭」ではいけないのか

理由を掘り下げたのが新井白石の『東雅』です。

白石は「鮭は説文に魚臭也と見えし」と書きます。中国最古の字書『説文解字』では、「鮭」は魚のにおいを表す字で、魚の名前ではない、というのです。

さらに「圭」と読むときは河豚(フグ)の別名になる、とも整理しています。だから「鮭」をサケに当てるのは筋が通らない、というわけです。

朝鮮の学士に、サケを見せてみた

『東雅』にはもうひとつ、忘れがたい場面が記録されています。

正徳のはじめ、朝鮮通信使が来日して京都に滞在していたときのこと。本草学者の稲生若水が、使節の学士に会いに行きました。

『東雅』朝鮮通信使との問答の赤枠注釈と翻刻
左が原本の該当箇所(赤枠)、右がその翻刻と現代語訳。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『東雅』(NDL PID:993111 コマ31・著作権保護期間満了)

若水は、サケの魚そのものを見せて名前を尋ねました。

学士・李重叔の答えは「其國の松魚なり」。我が国ではこれを「松魚」と呼ぶ、と。

本ではなく現物を突き合わせた、江戸の魚名研究の現場です。

ちなみに日本では「松魚」はカツオに当てられてきた字で、カツオの記事でも触れたとおりです。同じ二字が、海をへだてて別の魚を指していたことになります。

毛利梅園も、冒頭に載せたサケの図のわきに異名を並べ、その一つとして「松魚 東醫寶鑑」と書き添えています。朝鮮の医書『東医宝鑑』でいう松魚がこれだ、という注記です。

越後の商人は、丸ごと一章を「鮭の字」に使った

この議論は学者の書斎だけの話ではありませんでした。

越後・塩沢の商人、鈴木牧之の『北越雪譜』には「鮭の字の考」と題した一章があります。

雪国の暮らしを書いたベストセラーの中で、牧之は平安初期の字書『新撰字鏡』までさかのぼって、サケの字を検討しています。

そして同じ本には、サケ漁の実景が描かれています。

『北越雪譜』の鮭漁の図
上が「鮭漁打切の圖」(牧之画圖)、下が「鮭洲を走る圖」(京水筆)。川に柵を打ち切って追い込む漁と、砂洲に乗り上げたサケを人が追いかける場面。
出典:国書データベース(国文学研究資料館蔵)『北越雪譜』コマ82(パブリックドメイン)

川をふさぐ柵、舟、そして砂洲の上を走るサケを追う人々。字の詮索の隣に、こういう絵が並んでいるのが『北越雪譜』の面白さです。

「氷頭」は、江戸でも鱠の第一品だった

食べ方の記録もそろっています。

『本朝食鑑』(1697年)は、サケの頭にある軟らかい骨に触れています。

『本朝食鑑』サケの「集解」の赤枠注釈と翻刻
左が原本の該当2列(赤枠)、右がその翻刻と現代語訳。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『本朝食鑑』(NDL PID:2557333 コマ141・著作権保護期間満了)

「頭枕骨甚軟如瑪瑙 呼稱氷頭」。頭の骨が瑪瑙のように軟らかく、これを「氷頭(ひず)」と呼ぶ、と。

いまも新潟や北海道で「氷頭なます」として食べられている、あの部位です。

同じ項には卵についても「子有二胞 胞中不知幾千粒」——卵巣は二つあり、その中の粒は何千あるか分からない、とあります。筋子のことです。

保存食の記述もあります。塩引について「近世諸州でこれを造る」としたうえで、越後・陸奥の名を挙げています。

毛利梅園も図のわきに、頭の中の油骨を「ヒヅ」と呼び「鱠の第一品」とすること、『和名抄』が背腸を「ミナワタ」と呼ぶことを書き留めています。氷頭となますの組み合わせは、江戸の記録にすでに現れているわけです。

北のサケ、もうひとつの道具

サケは、和書だけの魚ではありません。

マレク(サケ漁用の銛)東京国立博物館蔵
北海道アイヌのマレク(サケ漁用の銛)。19世紀。竿の先に回転する鉤がついていて、突いた魚が外れにくい構造です。
出典:ColBase(国立文化財機構所蔵品統合検索システム)/東京国立博物館蔵 K-25770(ウィーン万国博覧会事務局引継)CC BY

東京国立博物館が所蔵する19世紀のマレク。北海道アイヌがサケを突くのに使った銛です。

竿の先で鉤が回るしくみで、突き刺したサケが暴れても外れません。字の議論が江戸で続いていたころ、北ではこの道具がサケを獲っていました。

それでも「鮭」が残った

結論から言えば、江戸の学者たちは負けました。

いま私たちが使うのは「鮏」ではなく「鮭」です。正字だと主張された字のほうが消えました。

現代の分類では、日本でふつうサケと呼ぶ魚は Oncorhynchus keta (Walbaum, 1792)。英名は chum salmon。

FishBase によれば最大全長100センチ、最大体重18.1キロ。北太平洋——朝鮮半島・日本からオホーツク海、ベーリング海、アラスカを経てカリフォルニア州サンディエゴまで分布する遡河回遊性の魚です。

「鮭」の一字は誤用から始まったのかもしれません。それでも三百年使われ続けて、いまではそれ以外に書きようがなくなりました。

切り身のパックを手に取ったとき、この一字が江戸の学者を三代にわたって悩ませたことを、少しだけ思い出してみてください。

この記事で開いた本

書名

著者・成立

この記事で見た箇所

『本朝食鑑』(NDL PID:2557333)

人見必大・1697年

コマ141(氷頭・筋子・塩引)

『大和本草』(NDL PID:2557359)

貝原益軒・1709年

コマ5(鮏の項)

『和漢三才図会』中之巻(NDL PID:898161)

寺島良安

巻48 コマ182(鮭=河豚の注記と挿絵)

『東雅』(NDL PID:993111)

新井白石

コマ31(説文の解釈・朝鮮通信使との問答)

『梅園魚品図正』2帖(NDL PID:1287113)

毛利梅園・1835年

コマ35(サケの彩色図と異名)

『北越雪譜』(国書DB・国文研蔵)

鈴木牧之

コマ74(鮭の字の考)・コマ82(鮭漁の図)

原本はいずれも公開されています。国立国会図書館デジタルコレクション『和漢三才図会』 / 国書データベース『北越雪譜』 / ColBase マレク / FishBase Oncorhynchus keta

💡 この記事でわかったこと

  1. 01

    「鮭」は本来フグを指す字だったからです。

    『和漢三才図会』巻48のサケの項には「鮭 河豚 俗用之誤也」=鮭はフグのことで、俗にこれを用いるのは誤りである、という注記があります。新井白石も『東雅』で、「鮭」は『説文解字』では魚のにおいを表す字であって魚名ではない、と指摘しています。

  2. 02

    江戸の本草学者がサケの正字としたのは「鮏」(魚へんに生)です。

    貝原益軒は『大和本草』に「順和名抄ニ曰鮏和名佐介 介俗用鮭字非也」と書き、源順の『和名抄』が「鮏、和名は佐介(さけ)」としていることを根拠に、「鮭」の字を使うのは誤りだとしました。

  3. 03

    正徳のはじめ、本草学者の稲生若水が朝鮮通信使の学士にサケの実物を見せて名前を尋ねた記録が『東雅』にあります。

    学士の李重叔は「其國の松魚なり」=我が国では松魚と呼ぶ、と答えました。日本で「松魚」はカツオに当てられてきた字なので、同じ二字が海をへだてて別の魚を指していたことになります。

  4. 04

    氷頭は江戸時代の食物書にすでに登場します。

    『本朝食鑑』(1697年)はサケの頭の骨について「頭枕骨甚軟如瑪瑙 呼稱氷頭」=頭の枕骨は瑪瑙のように軟らかく、これを氷頭と呼ぶ、と記しています。毛利梅園も『梅園魚品図正』の図のわきに、これを「鱠の第一品」と書き添えています。

  5. 05

    越後のサケ漁は『北越雪譜』(鈴木牧之)に絵入りで描かれています。

    「鮭漁打切の圖」では川に柵を打ち切って魚を追い込み、「鮭洲を走る圖」では砂洲に乗り上げたサケを人が追いかけています。同じ本には「鮭の字の考」という章もあり、雪国の商人が字の詮索と漁の記録を並べて書いています。

  6. 06

    日本でふつうサケと呼ぶ魚の学名は Oncorhynchus keta (Walbaum, 1792)、英名は chum salmon です。

    FishBase では最大全長100センチ、最大体重18.1キロ、朝鮮半島・日本からオホーツク海・ベーリング海・アラスカを経てカリフォルニア州サンディエゴまでの北太平洋に分布する遡河回遊性の魚とされています。

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SAKANA 編集部

良輔 × Claude(Anthropic)

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