「てつぽう」「とみ」「福」——江戸の人がフグにつけた名前
歌川広重が、梅の枝と一緒にフグを描いています。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1306182 コマ1・著作権保護期間満了)
江戸の人は、この魚を「てっぽう」と呼びました。
理由は、身も蓋もありません。
1. 「あたると急死すと云意也」
安永4年(1775年)に、『物類称呼』という本が出ています。全国の方言を集めた辞典です。
その巻之二「動物」に、「ふぐ」の項があります。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
「又江戸にて異名を〇てつほうと云其故はあたると急死すと云意也」。
また江戸では異名を「てつほう」という。その理由は、当たると急死するという意味である——。
辞典が、洒落の種明かしまで書いています。
「てつほう」と濁点がないのは、この時代の版本の書き方です。読みは「てっぽう」。
同じ項の書き出しには、地域ごとの呼び分けも並んでいます。京と江戸では「ふぐ」、西国と四国では「ふくとう」。
この「てっぽう」という呼び方は、そのあと長く使われました。弘化2年(1845年)に出た『梅園日記』にも、こう書かれています。
「江戸の卑賤の者、河豚の鐵炮といふは、あたれば卽命を失ふとの意なるべし」。
当たれば即座に命を失う、という意味だろう、と。70年たっても説明は同じです。
2. 銚子では「とみ」
ところが、少し海沿いに離れると、呼び名が変わります。
天保2年(1831年)に武井周作が書いた『魚鑑』という魚の本に、こうあります。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
「一名ふくべ、下總銚子の俗とみといふ、これ江戶にてつぽうといふと同意なり」。
下総の銚子では、俗に「とみ」という。これは江戸で「てつぽう」というのと同じ意味である——。
「とみ」は富くじのことです。
鉄砲も、富くじも、「当たる」。
片方は死に、片方は大金。まったく逆の結果を、同じ一語でつないでいます。
銚子の漁師は、この魚を賭けごとに見立てていたわけです。
3. 長州赤間関では「福」
西の端では、さらに逆になります。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
「又長州赤間ケ關の邊にては、河豚は福の音義なればとて、祝儀事の贈物に用ひて、大に珍重するよし」。
長州の赤間ケ関——いまの下関のあたりでは、「ふく」は「福」と同じ音だからといって、祝い事の贈り物に用い、たいそう珍重している、と。
江戸では「当たると死ぬ鉄砲」。下関では「福」。
同じ魚です。
この記述を残したのは、大坂の学者・木村蒹葭堂の遺稿をまとめた『蒹葭堂雑録』です。刊行は安政6年(1859年)。
4. そもそも「フク」とは何か
ここまで「ふぐ」「ふく」「てっぽう」「とみ」「福」と出てきました。
では、いちばん元の「フク」は、どこから来た言葉なのか。
江戸後期の考証学者・狩谷棭斎が『倭名類聚抄』に注をつけた『箋注倭名類聚抄』巻八に、答えが書かれています。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
「是魚怒則腹脹、故名布久」。
この魚は怒ると腹が脹れる。だから「布久(フク)」と名づけた。
「ふくれる」の「フク」です。
続きがあります。「腹脹如匏、故或名布久辨」。
脹れた腹が匏(ふくべ=ひょうたん)のようなので、「布久辨(フクベ)」ともいう。
『魚鑑』が「一名ふくべ」と書いていたのは、これです。
そして最後の一行が効いています。
「京及江戶俗譌呼布具」——京と江戸では、俗に訛って「布具(フグ)」と呼ぶ。
つまり、濁るほうが訛りでした。
下関の人が今も「ふく」と言うのは、方言というより、古い形のほうを残しているということになります。
5. 「鰒」という一字
名前の話は、いつも笑い話で終わるわけではありません。
曲亭馬琴が文化8年(1811年)に出した随筆『燕石雑志』の巻三に、こんな一件が載っています。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
自分は本草に詳しいと誇る医者がいました。
ある患者が、食べてはいけない物を書き出して、使いをやって医者に尋ねさせます。
そのリストの中に、「鰒」という字がありました。
「河豚の和訓をフクといふ、俗人音を借て鰒に作る」。フグの和訓は「フク」で、俗にその音を借りて「鰒」と書く——。
医者は、それを知りませんでした。
「讀てアハビとしてこれを許せしかば」。「アハビ(鮑)」と読んで、食べてよいと許可した。
患者は喜びました。そしてまもなくフグを食べます。
「その夜暴に死せり」。
「鰒」はアワビの字であり、フグの当て字でもある。読み方が二つある一字を、医者が片方しか知らなかった。
ここまで見てきた「名前」の話が、そのまま人の生死につながった記録です。
6. 「河豚ハ毒魚ナリ」
フグだけを論じた本も出ています。
『河豚談』。序文によれば、著者の賀屋敬は長門(長州)の侍医です。天保7年(1836年)に重訂版が出ました。
その本文は、この一行から始まります。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
「河豚ハ毒魚ナリ食用ニ列スヘキモノニ非ス」。
河豚は毒魚である。食用に列すべきものではない——。
書き出しがこれです。議論の余地を残していません。
ここで、3節の話を思い出してください。
赤間関でフグを「福」と呼んで祝儀の贈り物にしていたのも、同じ長州です。
片や藩の侍医が「食うな」と本にし、片や城下の西のはずれでは祝いの品にしていた。
ひとつの国の中で、これだけ評価が割れる魚でした。
7. 江戸の絵師が見たフグ
江戸の博物家・毛利梅園は、実物を前にしてフグを写生しています。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1286914 コマ54・著作権保護期間満了)
背中に黄色い斑点が散っています。「鹿ノ子(かのこ)フグ」という呼び名が添えられています。
もう一図。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1287113 コマ26・著作権保護期間満了)
「雑魚ノ中ニ入テ得之」。市場に並んだ雑魚の中から拾い上げた一匹だ、ということです。
毒があると分かっていても、この魚は江戸の市場にふつうに流れていました。
8. 名前がのこしたもの
ひとつの魚に、これだけの名前がつきました。
- フク——腹が脹れるから
- フクベ——脹れた腹がひょうたんに似ているから
- フグ——京と江戸で訛ったもの
- てっぽう——当たると急死するから(江戸)
- とみ——富くじと同じく「当たる」から(銚子)
- 福——「ふく」と同じ音だから(赤間関)
前の三つは、魚のかたちから来ています。
後の三つは、人間の側の事情から来ています。危ないと思えば鉄砲になり、縁起をかつげば福になる。
そして「鰒」の一字は、その言葉遊びが実際に人の生死を分けた例として残りました。
江戸の人がフグをどう見ていたかは、料理の記録より、名前のほうがはっきり語っています。
この記事で使った資料
資料 | この記事で使った箇所 | 条件 |
|---|---|---|
『物類称呼』全5巻(越谷吾山編、安永4年=1775年刊/NDL PID:2539349) | コマ34=巻之二「動物」の「ふぐ」の項。江戸の異名「てつほう」とその由来 | 著作権保護期間満了 |
『古事類苑』動物部十八 魚下(NDL PID:1874269) | コマ779=『魚鑑』下巻(武井周作、天保2年)所引の銚子「とみ」/コマ782=『蒹葭堂雑録』巻三所引の赤間関「福」、『燕石雑志』巻三所引の「鰒」の一件、『梅園日記』巻二所引の「鐵炮」 | 著作権保護期間満了 |
『箋注倭名類聚抄』巻八 龍魚部(狩谷棭斎/NDL PID:991791) | コマ20=鯸鮧(フグ)の注。「布久」「布久辨」の由来、京と江戸で「布具」と訛ること | 著作権保護期間満了 |
『重訂河豚談』(賀屋敬編、天保7年=1836年重訂/NDL PID:2535769) | コマ3=序文「旧交長門侍医賀屋君恭安」/コマ5=本文冒頭「河豚ハ毒魚ナリ食用ニ列スヘキモノニ非ス」 | 著作権保護期間満了 |
『梅園魚譜』1帖・『梅園魚品図正』2帖(毛利梅園/NDL PID:1286914・1287113) | コマ54=「河豚 一種鹿ノ子フグ」の彩色図/コマ26=「河豚 一種 海産 無鱗」の彩色図と書き込み | 著作権保護期間満了 |
〔広重魚づくし〕(歌川広重/NDL PID:1306182) | コマ1=〔いなだ・ふぐ・梅〕 | 著作権保護期間満了 |
出典: 国立国会図書館デジタルコレクション『物類称呼』 / 『古事類苑』動物部 / 『箋注倭名類聚抄』 / 『河豚談』 / 『梅園魚譜』1帖 / 『梅園魚品図正』2帖 / 〔広重魚づくし〕
💡 この記事でわかったこと
- 01
フグが「てっぽう」と呼ばれたのは、鉄砲と同じく「当たると死ぬ」からです。
安永4年(1775年)刊の方言辞典『物類称呼』巻之二の「ふぐ」の項に「又江戸にて異名を〇てつほうと云其故はあたると急死すと云意也」とあります。当時の版本は濁点を省くため「てつほう」と書かれています。弘化2年(1845年)の『梅園日記』巻二にも「江戸の卑賤の者、河豚の鐵炮といふは、あたれば卽命を失ふとの意なるべし」とあり、同じ説明が70年後まで受け継がれています。
- 02
銚子の「とみ」は富くじのことで、江戸の「てっぽう」と同じ「当たる」の洒落です。
天保2年(1831年)に武井周作が著した『魚鑑』下巻に「一名ふくべ、下總銚子の俗とみといふ、これ江戶にてつぽうといふと同意なり」とあります(『古事類苑』動物部十八 所引)。鉄砲に当たれば死に、富くじに当たれば大金を得る。正反対の結果を同じ一語で言い表している点が、この二つの呼び名の面白いところです。
- 03
下関で「ふく」と呼ぶのは「福」と同じ音だからで、その言い習わしは江戸時代の記録にさかのぼります。
『蒹葭堂雑録』巻三に「又長州赤間ケ關の邊にては、河豚は福の音義なればとて、祝儀事の贈物に用ひて、大に珍重するよし」とあります(安政6年=1859年刊、『古事類苑』動物部十八 所引)。赤間関はいまの下関にあたります。なお『箋注倭名類聚抄』巻八は「京及江戶俗譌呼布具」——京と江戸では俗に訛って「フグ」と呼ぶ、と記しており、濁らない「フク」のほうが古い形です。
- 04
「フグ」の名は、この魚が怒ると腹をふくらませることに由来します。
『箋注倭名類聚抄』巻八の鯸鮧(フグ)の注に「是魚怒則腹脹、故名布久」——この魚は怒ると腹が脹れる、ゆえに「布久(フク)」と名づけた、とあります。さらに「腹脹如匏、故或名布久辨」と続き、脹れた腹が匏(ふくべ=ひょうたん)に似ているので「布久辨(フクベ)」ともいう、と説明されています。『魚鑑』が「一名ふくべ」と記すのもこの系統です。
- 05
「鰒」は本来アワビを指す字ですが、江戸時代には「フク」という音を借りてフグにも当てられ、両方に読めたため事故のもとになりました。
曲亭馬琴の『燕石雑志』巻三には、患者が書き出した禁忌の品目にあった「鰒」を医者が「アハビ」と読んで許可し、患者がフグを食べてその夜に急死したという一件が記されています(文化8年=1811年刊、『古事類苑』動物部十八 所引)。「河豚の和訓をフクといふ、俗人音を借て鰒に作る」と、当て字の事情もあわせて説明されています。
- 06
フグ食を正面から否定した本として、長門(長州)の侍医・賀屋敬が編んだ『河豚談』があります。
天保7年(1836年)の重訂版の本文は「河豚ハ毒魚ナリ食用ニ列スヘキモノニ非ス」——河豚は毒魚であり食用に列すべきものではない——という一行から始まります。興味深いのは、同じ長州の赤間関(現在の下関)ではフグを「福」と呼んで祝儀の贈り物にしていたことで、同じ国の中でも評価が大きく割れていました。
SAKANA 編集部
良輔 × Claude(Anthropic)
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