フグを「てっぽう」と呼ぶ由来——銚子では「とみ」長州では「福」
この記事の目次
安永4年(1775年)の方言辞典『物類称呼』は、江戸でフグを「てつほう」と呼ぶ理由を、当たるとたちまち死ぬからだと、洒落の種明かしまでして書いています。フグを「てっぽう」と呼ぶ由来としてよく聞く説明は、江戸の本にそのまま載っていたわけです。ところが同じころの本をめくると、銚子では「とみ」、長州の赤間関では「福」と、同じ魚がまるで違う名前で呼ばれていて、「フク」という名前そのものについても、腹がふくれるから、という説明を誰が書いたのかは、原本を見ると少し事情が違っていました。
あちこちの本を一冊ずつ当たる代わりに、入口にしたのは神宮司庁が編んだ古典籍の巨大な引用集『古事類苑』です(ここで開いた第49冊は明治43年=1910年の刊行)。その動物部でフグを探すと、コマ777から783までの数ページに『物類称呼』『魚鑑』『蒹葭堂雑録』『燕石雑志』などが集中して引かれていたので、原本の画像がある『物類称呼』は原本で、『魚鑑』『蒹葭堂雑録』『燕石雑志』などは『古事類苑』の活字で読んでいきました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1306182 コマ1・著作権保護期間満了)
広重が紅梅の枝と取り合わせたこの魚を、江戸では「てっぽう」とも呼びました。理由は、身も蓋もありません。
江戸の異名「てつほう」は「あたると急死すと云意也」
『物類称呼』は全国の方言を集めた辞典で、その巻之二「動物」に「ふぐ」の項があります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:2539349 コマ34・著作権保護期間満了)
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ふぐ○京江戸ともに○ふぐとよぶ西国及び四国にて○ふくとうと云又江戸にて異名を○てつほうと云其故はあたると急死すと云意也
現代語訳
ふぐ。京・江戸ともに「ふぐ」と呼ぶ。西国と四国では「ふくとう」という。また江戸では異名を「てつほう(鉄砲)」という。そのわけは、当たると急(たちまち)死ぬという意味である。
項の書き出しは地域ごとの呼び分けで、「ふぐ○京江戸ともに○ふぐとよぶ西国及び四国にて○ふくとうと云」、つまり京と江戸ではともに「ふぐ」、西国と四国では「ふくとう」という、とあります。そして、こう続きます。
「又江戸にて異名を○てつほうと云其故はあたると急死すと云意也」。
「急」の字の横には「たちまち」と読み仮名が振ってあり、当たるとたちまち死ぬから鉄砲だ、と辞典が自分で洒落を解説しています。「てつほう」の「ほ」には半濁点(゜)がついていませんが、同じ項の「ふぐ」「よぶ」「及び」には濁点が打ってあります。読みが「てっぽう」でよいことは、このあと出てくる『魚鑑』が「てつぽう」、『梅園日記』が「鐵炮」と書いていることから分かります。
この呼び方は、そのあとも長く使われました。弘化2年(1845年)の随筆『梅園日記』にも出てきます(『古事類苑』所引)。後で見る毛利梅園の魚の絵とは名前が似ていますが別の本で、国立国会図書館の書誌では著者は北静廬となっています。
「江戸の卑賤の者、河豚の鐵炮といふは、あたれば卽命を失ふとの意なるべし」。
70年たっても説明は同じで、ただ『梅園日記』は、これを江戸の下々の者の呼び方として書いています。
銚子の「とみ」
江戸を少し離れると、呼び名が変わります。天保2年(1831年)に武井周作が書いた魚の本『魚鑑』に、銚子の呼び名が出てきます(『古事類苑』所引)。
出典:『古事類苑』動物部十八・国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1874269 コマ779・著作権保護期間満了)
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翻刻
一名ふくべ、下總銚子の俗とみといふ、これ江戶にてつぽうといふと同意なり、漢名河豚、綱目に出づ、
現代語訳
別名を「ふくべ」という。下総の銚子では俗に「とみ」といい、これは江戸で「てつぽう」というのと同じ意味である。漢名は河豚で、『本草綱目』に出ている。
「一名ふくべ、下總銚子の俗とみといふ、これ江戶にてつぽうといふと同意なり」。
下総の銚子では俗に「とみ」といい、江戸で「てつぽう」というのと同じ意味だ、というのですが、『魚鑑』が書いているのはそこまでで、なぜ「とみ」なのかの説明はありません。江戸の鉄砲と同じ意味になるなら、富くじの「富(とみ)」と読むのが自然に見えます。鉄砲も富くじも「当たる」もので、片方は死に、片方は大金を得る。そう読むなら、まったく逆の結果を、同じ「当たる」の一語でつないでいることになります。
赤間関の「福」と、網に入っても海へ返す赤穂
西の端では、さらに逆になります。
出典:『古事類苑』動物部十八・国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1874269 コマ782・著作権保護期間満了)
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翻刻
又長州赤間ケ關の邊にては、河豚は福の音義なればとて、祝儀事の贈物に用ひて、大に珍重するよし、
現代語訳
また長州の赤間ケ関のあたりでは、「河豚(ふく)」は「福」と同じ音であるからといって、祝い事の贈り物に用い、たいそう珍重しているという。
「又長州赤間ケ關の邊にては、河豚は福の音義なればとて、祝儀事の贈物に用ひて、大に珍重するよし」。
長州の赤間ケ関(いまの下関)のあたりでは、「ふく」は「福」と同じ音だからといって、祝い事の贈り物にしてたいそう珍重している、という記事です。江戸では当たると死ぬ鉄砲だった魚が、赤間関では福になっていて、この一文だけを読むと「フグは縁起物だった」という話に見えます。ところが文は「又(また)」で始まっていて、その前に別の土地の話が置かれていました。少しさかのぼって読むと、話の組み立てが違って見えてきます。
出典:『古事類苑』動物部十八・国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1874269 コマ782・著作権保護期間満了)
赤間関の話の前にあるのは、播州赤穂のあたりの話です。
「只一個も食する者なし、必ず毒に中といひて、若漁夫の網に入ことあれば、則海に放つとぞ」。
一匹も食べる者がいないばかりか、漁師の網に入ればそのまま海に放してしまう、というのです。理由も書いてあって、赤穂郡の山の中には樒(しきみ)が多く生えており、その実が谷に落ちて海へ流れ出るので、その水で育ったフグはみな毒がある、と決めているのだそうです。網に入っても海へ返す赤穂と、祝いの贈り物にする赤間関を並べたあと、文は「斯有は一概にも言がたし」と続き、当たるかどうかは料理の仕方にも、季節にも、食べる人の体の具合にもよるだろう、と結んでいます。
赤間関の「福」は、土地によってフグの扱いが正反対だという話の、片方として書かれていたように見えます。『蒹葭堂雑録』は、国立国会図書館の書誌では木村蒹葭堂・暁鐘成らの名で、安政6年(1859年)の刊行とされています。
「フク」の名は誰の説か
ここまでに「ふぐ」「ふくとう」「てっぽう」「とみ」「福」と出てきましたが、「フク」という名前そのものの出どころは、『箋注倭名類聚抄』に手がかりがあります。古い辞書『倭名類聚抄』に狩谷棭斎が詳しい注をつけた本で、ここで開いたのは明治16年(1883年)に印刷局から出た版です。その巻八に、鯸鮧魚(フグ)の項があります。
出典:『箋注倭名類聚抄』巻八(明治16年 印刷局刊)・国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:991791 コマ20・著作権保護期間満了)
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翻刻
是魚怒則腹脹、故名布久、腹脹如匏、故或名布久辨、京及江戶俗譌呼布具、
現代語訳
(直前に「按脹訓布久留」=思うに「脹」の字はフクルと読む、とあり、それを受けて)この魚は怒ると腹が脹れる。それゆえ「布久(フク)」と名づけた。腹の脹れたさまが匏(ふくべ=ひょうたん)のようなので、あるいは「布久辨(フクベ)」ともいう。京と江戸では俗に訛って「布具(フグ)」と呼ぶ。
「是魚怒則腹脹、故名布久」。
この魚は怒ると腹が脹れるので「布久(フク)」と名づけた、という一文で、古い辞書がそう伝えていたのだろうと読みたくなります。ところがページを見ると、この一文は小さい字の注で、すぐ前の列から読むと、ある一字で始まる文の続きでした。
出典:『箋注倭名類聚抄』巻八(明治16年 印刷局刊)・国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:991791 コマ20・著作権保護期間満了)
「按脹訓布久留」。
「按(あん)ずるに」は「思うに」という書き出しで、注をつける人が自分の考えを述べるときに使います。この部分は写本による字の違いを書き留めた注(「○下總本有和名二字」)のあとに続いているので、注をつけた棭斎の言葉と読めます。思うに「脹」の字はフクルと読み、この魚は怒ると腹が脹れるからフクと名づけたのだ、という理屈で、腹がふくれるからフクというのは、辞書がもともと書いていたことではなく、棭斎の考えとして書かれていました。
もとの辞書の大きい字にあるのは、中国の『崔禹食経』を引いた「犯之則怒、々則腹脹、浮出水上者」、さわると怒り、怒ると腹が脹れて水面に浮かび出るものだ、という説明です。項の頭には「布久」「布久倍」という読みも並んでいて、棭斎はこの腹が脹れるという説明とフクという名前を、「脹る(ふくる)」という読みでつないだように見えます。
注には続きがあり、「腹脹如匏、故或名布久辨」、脹れた腹が匏(ふくべ=ひょうたん)のようなので「布久辨(フクベ)」ともいう、とあります。『魚鑑』が「一名ふくべ」と書いていたのはこれです。そして最後の一行が「京及江戶俗譌呼布具」、京と江戸では俗に訛って「布具(フグ)」と呼ぶ、で、棭斎の見方では濁る「フグ」のほうが訛りでした。『物類称呼』でも、「ふぐ」と濁るのは京と江戸、西国と四国は「ふくとう」だったので、濁るのは京と江戸という点で二つの本は重なっています。
「鰒」の一字を読み違えた医者
名前の話は、いつも笑い話で終わるわけではありません。曲亭馬琴が文化8年(1811年)に出した随筆『燕石雑志』の巻三に、こんな一件が載っています(『古事類苑』所引)。
出典:『古事類苑』動物部十八・国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1874269 コマ782・著作権保護期間満了)
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〔燕石雜志三〕近屬醫師のみづから本草に誇るものありけり、患者禁好物を錄し人を遣してこれを問ふに、そのうちに鰒あり、河豚の和訓をフクといふ、俗人音を借て鰒に作る、醫師これをしらず、讀てアハビとしてこれを許せしかば、患者歡びて、やがて河豚を食ふ程に、その夜暴に死せり
現代語訳
近ごろ、自分は本草に詳しいと誇る医者がいた。患者が、食べてよい物・いけない物を書き出し、人をやって尋ねさせたところ、その中に「鰒」があった。河豚の和訓は「フク」といい、俗人はその音を借りて「鰒」と書く。医者はそれを知らず、「アハビ(鮑)」と読んでこれを許した。患者は喜んで、まもなく河豚を食べたところ、その夜に急死した——。
本草に詳しいと自分で誇る医者がいて、ある患者が食べてよい物といけない物を書き出し、使いをやってその医者に尋ねさせました。そのリストのなかに「鰒」という字がありました。
出典:『古事類苑』動物部十八・国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1874269 コマ782・著作権保護期間満了)
『古事類苑』の活字では、この「鰒」の右に「ハク」、左に「フク」と、一つの字に読み仮名が二つ添えられています。馬琴は事情をこう説明します。「河豚の和訓をフクといふ、俗人音を借て鰒に作る」。フグの和訓はフクで、俗にその音を借りて鰒と書く、ということを医者は知らず、「讀てアハビとしてこれを許せしかば」、アワビと読んで食べてよいと許してしまいました。ページに振られた二つの読みの、どちらでもない読み方です。
患者は喜んで、まもなくフグを食べ、「その夜暴に死せり」。鰒はアワビの字であり、フグの当て字でもあって、読み方が二つある一字を医者が片方しか知らなかったために、名前の話がそのまま人の生死につながった記録です。
長門の侍医は「河豚ハ毒魚ナリ」と書いた
フグだけを論じた本もあります。『河豚談』の序文には「舊交長門侍醫賀屋君恭安」とあり、著者の賀屋恭安は長門(長州)の侍医で、本文の頭には「賀屋敬編」とあります。国立国会図書館にあるのは見返しに「重訂」と刷られた本で、序文の日付は文政13年(1830年)です。本文は、この一行から始まります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:2535769 コマ5・著作権保護期間満了)
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河豚ハ毒魚ナリ食用ニ列スヘキモノニ非ス
現代語訳
河豚は毒魚である。食用に列すべきものではない。
「河豚ハ毒魚ナリ食用ニ列スヘキモノニ非ス」。
河豚は毒魚であって食用に列すべきものではない、と本文の最初の一行で言い切っています。赤間関でフグを「福」と呼んで祝儀の贈り物にしていたのも同じ長州ですから、片や長門の侍医が食べるべきでないと本に書き、片や赤間関では祝いの品にしていたことになり、ひとつの国のなかでこれだけ評価が割れる魚でした。
梅園が写した鹿ノ子フグ
毛利梅園の魚の図にもフグが出てきて、図の横には「真寫」、実物を写した、と書き添えてあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1286914 コマ54・著作権保護期間満了)
背中に黄色い斑点が散っていて、「鹿ノ子(かのこ)フグ」という呼び名が添えられています。もう一図のほうには、どこで手に入れたかが書き込まれていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1287113 コマ26・著作権保護期間満了)
「雑魚ノ中ニ入テ得之」は、雑魚に混じって入っていたのを手に入れた、ということで、書き入れの続きには「行徳」の地名と「持来」(持ってきた)の字も見えます。毒があると知られていても、雑魚に混じって人の手に渡ってくる魚だったようです。
六つの名前が語ること
ひとつの魚に、これだけの名前がつきました。
- フク——腹が脹れるから(棭斎の考え)
- フクベ——脹れた腹がひょうたんに似ているから(棭斎の考え)
- フグ——京と江戸で訛ったもの(棭斎の見方)
- てっぽう——当たると急死するから(江戸)
- とみ——富くじと同じく「当たる」から(銚子)
- 福——「ふく」と同じ音だから(赤間関)
前の三つは、棭斎の説明では魚のかたちから来ていて(フグはその訛り)、後の三つは人間の側の事情から来ています。危ないと思えば鉄砲になり、縁起をかつげば福になる。同じ魚でも赤穂では網に入っても海へ返し、赤間関では祝いの品にして、「鰒」の一字は当て字の読み違いが人の生死を分けた例として残りました。江戸の人がフグをどう見ていたかは、料理の記録よりも、名前のほうがはっきり語っています。
この記事で使った資料
資料 | この記事で使った箇所 | 条件 |
|---|---|---|
『物類称呼』全5巻(越谷吾山編、安永4年=1775年刊/NDL PID:2539349) | コマ34=巻之二「動物」の「ふぐ」の項。京江戸「ふぐ」・西国四国「ふくとう」、江戸の異名「てつほう」とその由来 | 著作権保護期間満了 |
『古事類苑』動物部十八 魚下(第49冊、神宮司庁編、明治43年=1910年刊/NDL PID:1874269) | コマ779=『魚鑑』下巻(武井周作、天保2年)所引の銚子「とみ」/コマ782=『蒹葭堂雑録』巻三所引の播州赤穂と赤間関「福」、『燕石雑志』巻三所引の「鰒」の一件、『梅園日記』巻二(北静廬)所引の「鐵炮」 | 著作権保護期間満了 |
『箋注倭名類聚抄』巻八 龍魚部(狩谷棭斎著、明治16年=1883年 印刷局刊/NDL PID:991791) | コマ20=鯸鮧魚の項。本文の『崔禹食経』引用と、棭斎の注「按脹訓布久留、是魚怒則腹脹、故名布久…京及江戶俗譌呼布具」 | 著作権保護期間満了 |
『重訂河豚談』(賀屋敬編、序は文政13年=1830年/NDL PID:2535769) | コマ3=序文「舊交長門侍醫賀屋君恭安」/コマ5=本文冒頭「河豚ハ毒魚ナリ食用ニ列スヘキモノニ非ス」 | 著作権保護期間満了 |
『梅園魚譜』・『梅園魚品図正』巻2(毛利梅園/NDL PID:1286914・1287113) | コマ54=「河豚 一種鹿ノ子フグ」の彩色図(「真寫」の書き入れ)/コマ26=「河豚 一種 海産 無鱗」の彩色図と書き込み | 著作権保護期間満了 |
〔広重魚づくし〕(歌川広重/NDL PID:1306182) | コマ1=〔いなだ・ふぐ・梅〕 | 著作権保護期間満了 |
出典: 国立国会図書館デジタルコレクション『物類称呼』 / 『古事類苑』動物部 / 『箋注倭名類聚抄』 / 『河豚談』 / 『梅園魚譜』 / 『梅園魚品図正』巻2 / 〔広重魚づくし〕
この記事でわかったこと
フグが「てっぽう」と呼ばれたのは、鉄砲と同じく「当たると死ぬ」からです。
安永4年(1775年)刊の方言辞典『物類称呼』巻之二の「ふぐ」の項に「又江戸にて異名を○てつほうと云其故はあたると急死すと云意也」とあり、「急」には「たちまち」と振り仮名があります。原本は「てつほう」と書いて半濁点を打っていませんが、『魚鑑』は「てつぽう」、『梅園日記』は「鐵炮」と書いています。弘化2年(1845年)の『梅園日記』巻二(北静廬)には「江戸の卑賤の者、河豚の鐵炮といふは、あたれば卽命を失ふとの意なるべし」とあり(『古事類苑』動物部十八 所引)、同じ説明が70年後にも見られます。
天保2年(1831年)に武井周作が著した『魚鑑』下巻によれば、銚子の「とみ」は江戸の「てっぽう」と同じ意味の呼び名です。
原文は「一名ふくべ、下總銚子の俗とみといふ、これ江戶にてつぽうといふと同意なり」(『古事類苑』動物部十八 所引)。なぜ「とみ」なのかは書かれていませんが、「てっぽう」と同じ意味であれば、富くじの「富(とみ)」と読むのが自然に見えます。鉄砲に当たれば死に、富くじに当たれば大金を得る、という「当たる」つながりです。
『蒹葭堂雑録』巻三に「又長州赤間ケ關の邊にては、河豚は福の音義なればとて、祝儀事の贈物に用ひて、大に珍重するよし」とあり、赤間関(いまの下関)では「ふく」が「福」と同じ音だとして祝いの贈り物にしていたことがわかります(安政6年=1859年刊、『古事類苑』動物部十八 所引)。ただしこの文の直前には、播州赤穂ではフグを一匹も食べず、網に入っても海に放す、という話が置かれていて、土地によって扱いが正反対だという文脈の中の一文です。なお『箋注倭名類聚抄』巻八で狩谷棭斎は「京及江戶俗譌呼布具」——京と江戸では俗に訛って「フグ」と呼ぶ——と書いています。
江戸時代の学者の説明としては、腹をふくらませることから「フク」と名づけた、というものがあります。
『箋注倭名類聚抄』巻八の鯸鮧魚の項で、注をつけた狩谷棭斎が「按脹訓布久留、是魚怒則腹脹、故名布久」——思うに「脹」はフクルと読む、この魚は怒ると腹が脹れる、ゆえに「布久(フク)」と名づけた——と述べています。これは棭斎の考え(按)で、もとの辞書の本文は『崔禹食経』を引いて、さわると怒って腹が脹れ、水面に浮かぶと説明しています。棭斎はさらに「腹脹如匏、故或名布久辨」とし、脹れた腹が匏(ふくべ=ひょうたん)に似ているので「布久辨(フクベ)」ともいう、と書いています。
江戸時代には両方に読まれ、それが事故のもとになりました。
曲亭馬琴の『燕石雑志』巻三には、患者が食べてよいかを尋ねた品目にあった「鰒」を、医者が「アハビ」と読んで許可し、患者がフグを食べてその夜に急死したという一件が記されています(文化8年=1811年刊、『古事類苑』動物部十八 所引)。同じ箇所に「河豚の和訓をフクといふ、俗人音を借て鰒に作る」と当て字の事情も書かれており、『古事類苑』の活字ではこの「鰒」に「ハク」「フク」の二つの振り仮名がついています。
フグ食を正面から否定した本として、賀屋敬(恭安)の『河豚談』があります。
序文で著者は長門(長州)の侍医と紹介され、国立国会図書館所蔵の「重訂」本は序文の日付が文政13年(1830年)です。本文は「河豚ハ毒魚ナリ食用ニ列スヘキモノニ非ス」——河豚は毒魚であり食用に列すべきものではない——という一行から始まります。同じ長州の赤間関(現在の下関)ではフグを「福」と呼んで祝儀の贈り物にしていたという記録もあり(『蒹葭堂雑録』)、評価が大きく割れていました。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 〔いなだ・ふぐ・梅〕
広重
- 物類称呼 5巻
越谷吾山 編 安永4 [1775]
- 古事類苑.第49冊
神宮司庁 編 明治43
- 箋注倭名類聚抄.巻第8
狩谷棭斎 著 1883
- 河豚談
賀屋敬 文政13序
- 梅園魚譜
毛利大江元寿梅園白石瑛<毛利梅園>//撰輯
- 梅園魚品図正.巻2
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
ほかの記事で使った本もあわせて見るなら記事で開いた原本の一覧へ。



