魚図鑑

江戸の本のタコは、夜になると畑へ上がって茄子を盗む

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江戸時代の名産案内『日本山海名産図会』に、タコ漁の絵があります。

『日本山海名産図会』巻五「豫州長濱 章魚」の見開き図。舟の上の漁師と、海面に浮かぶ道具
舟には壺のような器がいくつも積まれている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本山海名産図会』5巻・NDL PID:2575829 コマ28・著作権保護期間満了)

舟に積まれている器に注目してください。

これが蛸壺です。

1. 壺の中には、紅い絹と唐辛子

小野蘭山の『重訂本草綱目啓蒙』が、その仕掛けを具体的に書いています。

『重訂本草綱目啓蒙』章魚の項、蛸壺漁の手順を記した箇所と翻刻
赤枠は該当5列(ルビを含む)。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

「採法ハ長繩ニ長尾壺トヨブ」

「長尾壺」と書いて、ルビは「タコツボ」

その中に何を入れるか。

「中ニ紅帛片及紅熟番椒等少許イレタルモノ數箇ヲ連綴シ海底ニシヅメ置」

紅い絹の切れ端と、熟した唐辛子を少し入れる。それを数個つないで、海底に沈めておく——。

赤いものを入れておく、という仕掛けです。

2. 引き揚げても、出てこない

続きが、この記述のいちばん面白いところです。

「必章魚壺中ニ入テ出ズ、陸ニ引揚テモ敢テイデズ」

必ずタコは壺の中に入って出てこない。陸に引き揚げても、けっして出ない——。

では、どうやって取り出すのか。

「指爪ヲモッテ壺底ヲ搔トキハ、便ミナ走リイヅ」

指の爪で壺の底を掻く。すると、みな走り出る——。

壺を割るわけでも、棒で突くわけでもありません。爪で底を掻く。

漁師が毎日くりかえして身につけた、この一手が書き留められています。

そのあとには、こんな一文も続きます。「ソノ壺久クモチユル者ハ、外ニ蠣殻及小介粘著シテ」——長く使った壺には、外側に牡蠣の殻や小さな貝が付く。

使い込まれた壺の様子まで書いてあるわけです。

3. 同じ本の、数行あと

ところが同じ『重訂本草綱目啓蒙』の次のページには、こう書かれています。

『重訂本草綱目啓蒙』章魚の項、タコが陸に上がるという記述と翻刻
赤枠は該当4列。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

「小ナルモノモ夜中陸ニ上リ、腹ヲ上ニシ足ヲ下ニシテ健走スルコト飛ガゴトクシテ」

小さいタコも夜中に陸へ上がり、腹を上に、足を下にして、飛ぶように走る——。

どこへ行くのか。

「菜圃ニ入、茄ヲツミ、芋ヲホリ食フ」

畑に入って、茄子を摘み、芋を掘って食う

さらに念を押しています。「晝ニテモ人ナキトキハ出ト云」——昼でも人がいないときは出てくるという。

壺の底を爪で掻く話と、茄子を盗む話が、同じ項目の中に並んでいます。

4. 牛馬を取り、うわばみと戦う

もっと大きな話もあります。

貝原益軒の『大和本草』巻十三です。

『大和本草』巻十三、章魚の項の該当箇所と翻刻
赤枠は該当6列。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

「但馬ニアル大ダコハ甚大ナリ、或牛馬ヲトリ、又夜泊ノ小舟ニ手ヲノベテ人ノ有無ヲサグルト云、又夜ヒカル」

但馬の大ダコはたいそう大きい。牛や馬を捕ることがあり、夜に泊まっている小舟に手を伸ばして人がいるかどうかを探るという。夜に光るとも——。

そして、こんな一件が書き留められています。

「丹後熱松ノ海ニテ蟒ト章魚トタヽカヒ、ツイニ蟒ヲ海ヘ引入」

丹後の熱松の海で、蟒(うわばみ)とタコが戦い、ついにうわばみを海へ引き入れた——。

うわばみも抵抗します。

「蟒傍ノ木ニマキツキタレトモ、松ノ枝サケテ引シヅメラル、今ニ松残レリト云」

うわばみはかたわらの木に巻き付いたけれども、松の枝が裂けて引き沈められた。その松はいまも残っているという——。

「今に松残れり」。証拠の木がある、という書き方です。

5. 精密さと、怪異のあいだ

ここまで見てきた記述は、二つに分かれます。

  • 壺に紅い絹と唐辛子を入れる/爪で底を掻くと走り出る/使い込むと牡蠣が付く
  • 夜に畑へ上がって茄子を盗む/牛馬を取る/うわばみと戦って海へ引き込む

前者は、いま読んでも実用書として通ります。後者は伝聞です。

そして重要なのは、どちらも同じ本の、同じ項目に、同じ調子で書かれていることです。

江戸の本草家は、産地の漁師から聞いた話を集めて書いていました。壺の使い方も、畑の茄子の話も、同じ場所から出てきた話だったのでしょう。

タコが夜に陸を歩くという話は、いまも各地に残っています。実際にタコが短時間なら陸上を移動できることも知られています。

茄子のほうは、確かめようがありません。ただ、江戸の人がタコを「よく分かっている食材」であると同時に、何をするか分からないものとして見ていたことは、この並びからよく伝わってきます。

この記事で使った資料

資料

この記事で使った箇所

条件

『重訂本草綱目啓蒙』(小野蘭山/NDL PID:2555647)

コマ58=蛸壺漁の手順(長尾壺・紅帛・番椒・爪で壺底を掻く)/コマ59=夜に陸へ上がり茄子を摘む

著作権保護期間満了

『大和本草』巻十三(貝原益軒、宝永6年=1709年刊/NDL PID:2557359)

コマ36=但馬の大ダコ、丹後熱松の海での蟒との一件

著作権保護期間満了

『日本山海名産図会』5巻(NDL PID:2575829)

コマ28=「豫州長濱 章魚」の見開き図

著作権保護期間満了

出典: 国立国会図書館デジタルコレクション『重訂本草綱目啓蒙』 / 『大和本草』 / 『日本山海名産図会』5巻

💡 この記事でわかったこと

  1. 01

    蛸壺の中には紅い絹の切れ端と熟した唐辛子を少し入れていました。

    『重訂本草綱目啓蒙』(小野蘭山)の章魚の項に「採法ハ長繩ニ長尾壺トヨブ、中ニ紅帛片及紅熟番椒等少許イレタルモノ數箇ヲ連綴シ海底ニシヅメ置」とあります。「長尾壺」には「タコツボ」とルビが振られています。赤いものを入れた壺を数個つないで海底に沈めておく、という仕掛けでした。

  2. 02

    壺に入ったタコは指の爪で壺の底を掻くと出てきました。

    『重訂本草綱目啓蒙』に「必章魚壺中ニ入テ出ズ、陸ニ引揚テモ敢テイデズ、指爪ヲモッテ壺底ヲ搔トキハ、便ミナ走リイヅ」とあります。陸に引き揚げてもタコは壺から出てこないが、爪で底を掻くとみな走り出る、という具体的な手順です。壺を壊したり突いたりする必要はなかったことになります。

  3. 03

    江戸時代の本草書に、そう書かれた記述が実際にあります。

    『重訂本草綱目啓蒙』の章魚の項に「小ナルモノモ夜中陸ニ上リ、腹ヲ上ニシ足ヲ下ニシテ健走スルコト飛ガゴトクシテ、菜圃ニ入、茄ヲツミ、芋ヲホリ食フ」——小さいタコも夜中に陸へ上がり、腹を上に足を下にして飛ぶように走り、畑に入って茄子を摘み芋を掘って食う——とあります。さらに「晝ニテモ人ナキトキハ出ト云」と続きます。伝聞として記された内容で、事実として確認されたものではありません。

  4. 04

    貝原益軒の『大和本草』巻十三には、但馬の大ダコが牛馬を捕らえ、夜泊まりの小舟に手を伸ばして人の有無を探るという記述があります。

    さらに「丹後熱松ノ海ニテ蟒ト章魚トタヽカヒ、ツイニ蟒ヲ海ヘ引入」——丹後の熱松の海で蟒(うわばみ)とタコが戦い、ついにうわばみを海へ引き入れた——という一件も記されています。うわばみが巻き付いた松の枝が裂けて引き沈められ、その松がいまも残っているとされています。

  5. 05

    京都に出回るタコは播州の二見浦で獲られ、摂州の兵庫を経て送られていました。

    『重訂本草綱目啓蒙』の章魚の項に、京都の市に来るものはみな播州二見浦で漁をし、兵庫から送られてくること、兵庫では漁をしないことが記されています。二見浦は現在の兵庫県明石市の海域にあたり、明石のタコの評価は江戸時代からのものだったことになります。

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SAKANA 編集部

良輔 × Claude(Anthropic)

論文・古文献・信頼報道から確認した事実だけを掲載する魚の知識図鑑。 人間が判断し、AIが調査を支援する協働プロジェクトです。

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