魚図鑑

源五郎鮒の由来は四冊で四人——ヘラブナと呼ばれるまでの名前

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琵琶湖に源五郎鮒(げんごろうぶな)という魚がいます。鮒鮓(ふなずし)の材料として名前を聞いたことがあるかもしれません。

魚の名前に、人の名前がそのまま入っています。

では、その由来——源五郎とは誰なのか

江戸の本を開くと、ちゃんと答えが書いてあります。ただし、本によって出てくる人物が違います。漁師だったり、魚屋だったり、大名家の家臣だったり。

そして、そのうちの一冊は、他の説の根拠になっている本を名指しで「偽書」と切り捨てています。

まず、江戸の魚譜がフナをどう描いていたかを見ておきます。

『日東魚譜』の見開き。右ページにフナ二尾が淡い彩色で描かれている
写本のため、本文には朱の訓点が一つずつ打たれている。右ページ下に描かれた二尾のフナは、水の流れを表す線を添えて置かれ、左ページには気味・主治・調法(食べ方)が続く。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日東魚譜』・NDL PID:2536127 コマ9・著作権保護期間満了)

0. 江戸の本は、いま家で無料で読める

国立国会図書館デジタルコレクション(NDLデジコレ)には、江戸時代の本が撮影されたまま公開されています。会員登録も費用も要りません。ブラウザで開けば、そのまま最後のページまでめくれます。

ただ、いきなり原本を開いても、どのページに目当ての魚がいるのかは分かりません。江戸の本には索引がないからです。

そこで先に開くのが『古事類苑(こじるいえん)』です。明治政府のもとで編まれた巨大な百科事典で、テーマごとに古典の該当箇所を活字で抜き書きしてあります。活字なので機械で検索できる——これが古文献をたどるときの入口になります。

その「動物部」(NDL PID:1874269、全876コマ)を「鮒」「鯽」で走査すると、鮒の記事帯はコマ655から661に集まっていました。

『古事類苑』動物部を開いたところ。右ページ上部の欄外に「鮒 名稱」とある
右ページの欄外(柱)に「鮒 名稱」。ここから鮒の項が始まり、平安の辞書から江戸の本草書・随筆まで順に引かれていく。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『古事類苑』動物部・NDL PID:1874269 コマ655・著作権保護期間満了)

この7ページをたどると、源五郎鮒の名が何度も出てきます。そして出てくるたびに、由来の説明が変わります。

順に見ていきます。

1. まず、フナには名前が多すぎた

本題に入る前に、前提を一つ。江戸の本にとって、フナは名前がやたらに多い魚でした。

本草学者・小野蘭山の講義録『本草綱目啓蒙』は、フナの名を延々と並べます。マブナ、ヒラブナ、ニゴロ、モウズ、カタイカリ(ヱビスブナ)、檜原(小倉ブナ)、淀ブナ、ガンザウ——。

しかも、雄と雌、卵を産んだ後かどうかでも名前が変わります。ニゴロの雄はカマ、卵を散らした雌はヘラ

肝心の源五郎鮒にも、別名がいくつもあります。

『古事類苑』動物部が引く『本草綱目啓蒙』の、源五郎鮒の別名を並べた2列と翻刻
赤枠は該当2列。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1874269 コマ656・著作権保護期間満了)

「源五郎ブナハ江州ニテ單ニフナト云、又マブナ、ホンフナ、ヒラフナ、山田ブナ〈大津〉ト云フ」

マブナ、ホンフナ、ヒラフナ、山田ブナ。大津では山田ブナと呼んだ、という地名つきの但し書きまでついています。

このヒラフナという名は、記事の最後にもう一度出てきます。

そして、その列挙のいちばん最後に、こう書いてあります。

『古事類苑』動物部が引く『本草綱目啓蒙』の、近江でのフナの呼び方を記した2列と翻刻
赤枠は該当2列。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1874269 コマ657・著作権保護期間満了)

「京師ニテハ皆フナト呼ヒ、江州ニテハウヲト云ヒ、フナトハ云ハズ」

京ではどれも「フナ」と呼ぶ。ところが近江では「ウヲ(魚)」といって、フナとは言わない

では近江で「フナ」と言ったら何を指すのか。

「ソノフナト呼ブモノハ、源五郎ブナノコトナリ」

近江でフナといえば、源五郎鮒のこと——。

湖のほとりでは、この魚だけが「フナ」という名前を独占していました。

2. 享保の魚譜には、名前だけが載っている

その源五郎鮒、いつから呼ばれていたのか。

江戸中期の魚譜『日東魚譜(にっとうぎょふ)』に、すでに名前が出てきます。著者は神田玄泉。毛利梅園の彩色図譜より百年ほど早い、日本の本格的な魚譜のはしりです。

『日東魚譜』鯽魚(フナ)の項。産地の名として「源五郎鮒魚」が挙がる
赤枠は該当箇所。左のページには淡彩のフナが二尾描かれている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日東魚譜』・NDL PID:2536127 コマ9・著作権保護期間満了)

「所在生池沢、有勝地、江州琵琶湖」。フナはどこの池や沢にもいるが、名高い産地がある。近江の琵琶湖である。

「産名源五郎鮒魚」。その産地の名を、源五郎鮒という。

——それだけです。なぜ源五郎なのかは、書いてありません

名前だけが、説明抜きで通用していたことになります。

3. 一人目:琵琶湖の漁師(元禄十年)

由来をはっきり書いた最初の本が、元禄十年(1697年)刊の『本朝食鑑』です。医師・人見必大が、食べものを一つずつ論じた大著です。

その巻十一の「鮒」の項に、こうあります。

『本朝食鑑』巻十一「鮒」の、源五郎の由来を記した箇所と翻刻
赤枠は該当箇所。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』・NDL PID:2557333 コマ139・著作権保護期間満了)

「近世有琵湖漁人源五郎者、能采大鮒肥美者」

近ごろ、琵琶湖の漁師に源五郎という者がいて、大きく肥えて味のよい鮒をうまく捕った。だからこの名がついた——。

人物は漁師。ここを覚えておいてください。

4. 二人目:大津の魚商人(そして「偽書」の一言)

時代が下って、宝暦年間の近江の地誌『近江国輿地志略(おうみのくによちしりゃく)』。ここで話がややこしくなります。

この本はまず、当時流布していた説を紹介します。佐々木家(近江の守護大名)の家臣に源五郎という者がいて、毎年大きな鮒を主家に献じた。その鮒が他と違って大きく美味かったので、人々がこの鮒を源五郎と呼ぶようになった——。

もっともらしい話です。ところが著者は、これを一行で片づけます。

『古事類苑』動物部が引く『近江国輿地志略』の、源五郎鮒の由来を論じた5列と翻刻
赤枠は該当5列。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1874269 コマ658・著作権保護期間満了)

「然れども江源武鑑、淡海録皆偽書なれば採用するにたらず」

しかし『江源武鑑』も『淡海録』もどちらも偽書だから、採用するに足りない——。

家臣説の出どころになっている本を、名指しで退けています。

ではどの説を採るのか。

「土俗の説には大津に源五郎といへる魚商人あり、たゞ此鮒のみを売て他の鮒をうらず」

土地の言い伝えでは、大津に源五郎という魚屋がいて、この鮒だけを売り、他の鮒を売らなかった

「故に人皆是は源五郎が鮒かといひしより、源五郎鮒の名は出来れりと云。此説よし」

だから人が皆「これは源五郎の鮒か」と言ったことから、源五郎鮒の名ができた。この説がよい——。

人物は魚屋。『本朝食鑑』の漁師とは、職業が違います。

しかもこの著者、返す刀でもう一つの説も斬っています。

近江には「にごろ(ニゴロブナ)」という別のフナがいます。これについても「仁五郎という魚商人がこの魚だけを売ったからだ」という説が土地にあった。

「源五郎鮒とおなじことはりにて、附会したると見へたり。採用すべからず」

源五郎鮒と同じ理屈をあてはめたこじつけと見える。採用すべきではない——。

自分が採った説と同じ形の説明を、別の魚では退けている。江戸の地誌が、ここまで典拠を選り分けて書いているのは、読んでいて少し驚きます。

5. 三人目:堅田の漁師(幕末の魚類誌)

さらに時代が下ります。紀州の本草学者・畔田翠山(くろだ・すいざん)がまとめた魚類誌『水族志』。刊行は明治十七年(1884年)ですが、内容は江戸後期のものです。

この本は、フナの名を一つずつ挙げながら、諸説を引き比べていきます。そして源五郎鮒のところで、こう書きます。

『水族志』の、源五郎鮒の由来をめぐる3列と翻刻
赤枠は該当3列。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『水族志』・NDL PID:832733 コマ144・著作権保護期間満了)

「世俗源五郎鮒ト云、イカナル故ニヤ不知」

世間では源五郎鮒という。どういう理由なのかは分からない——。

元禄の『本朝食鑑』も、宝暦の『輿地志略』も、はっきり答えを書いていました。それを踏まえたうえで、この本は「分からない」と書いています。

そのうえで、聞いた話を一つ添えます。

「或云、堅田ノ漁人ニ源五郎ト云者アリ、能ク秋ノ紅葉鮒ヲ取ルコトヲ得テ多ク市ニ出セリ」

ある説に、堅田の漁師に源五郎という者がいて、秋の紅葉鮒をうまく捕って、たくさん市に出した。それで源五郎の名が高くなったのだと言い伝えているらしい——。

大津から堅田へ、魚屋から漁師へ。琵琶湖の対岸で、話が入れ替わっています。

整理すると、こうなります。

  • 『日東魚譜』(江戸中期)——名前だけ。由来なし
  • 『本朝食鑑』(元禄十年)——琵琶湖の漁師・源五郎
  • 『近江国輿地志略』(宝暦)——大津の魚商人・源五郎。家臣説の典拠は偽書
  • 『水族志』(江戸後期)——分からない。ただし堅田の漁師説がある

四冊で、四人。同じ湖の、同じ魚の話です。

6. 本物は、数十尾に一、二尾

もう一つ、この魚をめぐる話を紹介します。

『近世畸人伝』が伝える、堅田の祐庵という人物の逸話です。茶事に通じ、味にうるさいことで知られていました。

『古事類苑』動物部が引く『近世畸人伝』の、源五郎鮒をめぐる逸話4列と翻刻
赤枠は該当4列。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1874269 コマ658・著作権保護期間満了)

京都で茶事の友人に会ったところ、「名にしおふ源五郎鮒食せ給へ」——かの有名な源五郎鮒を食べさせてほしい、と頼まれた。

約束の日、友人が着くと、門から鮒が数十尾運び込まれていくのが見えます。ところが、食事に出てきたのはごくわずかで、腹も満たない。

友人が不審に思って尋ねると、主人は笑ってこう答えました。

「望たまふ所の源五郎鮒の真なるものは、数十の内にて一二を得がたし」

あなたの望まれる本物の源五郎鮒は、数十尾のうち一、二尾しか得がたい——。

名前の由来は諸説あっても、「本物」とそうでないものの区別は、湖のほとりではっきり存在していたことになります。

7. 鮓にする鮒には、専用の名前があった

ここまで名前の話ばかりしてきましたが、フナの名がここまで細かく分かれた理由の一端が、『水族志』のマルブナの項に書かれています。

『水族志』マルブナの項、「スシブナ」の由来を記した箇所と翻刻
赤枠は該当箇所。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『水族志』・NDL PID:832733 コマ144・著作権保護期間満了)

「此品鮓ト為ニ良ナリ、故ニ『スシブナ』ト云」

この品は鮓(すし)にするのによい。だからスシブナという——。

用途がそのまま名前になっています。煮るのに向くからニゴロ、鮓にするのに向くからスシブナ。フナの名前が十三も並ぶのは、湖のほとりでこの魚が使い分けられていたからでした。

その「鮓」は、いつからあったのか。『古事類苑』は、平安時代の法令集『延喜式』を引いています。

『古事類苑』動物部が引く『延喜式』内膳司の、鮒・鮒鮨の貢納記事と翻刻
赤枠は該当箇所。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1874269 コマ657・著作権保護期間満了)

「近江國〈中略〉鮒 美濃國〈中略〉鮒鮨隔月三缶 大宰府〈中略〉鮒鮨一百七十八斤五缶」

近江国からは鮒。美濃国からは鮒鮨(ふなずし)を隔月に三缶。大宰府からは鮒鮨百七十八斤、五缶——。

宮中の台所(内膳司)に毎年おさめる品目のなかに、鮒鮓が数量つきで並んでいます。缶(かん)という容器の単位で数え、斤で目方を書く。ちゃんと制度に組み込まれた食べものだったことが分かります。

8. 梅園が描いた、金鮒と黒鮒

最後に、江戸のフナの姿を。

毛利梅園(もうり・ばいえん)は、目の前の実物を写生し、日付まで書き入れた彩色図譜『梅園魚品図正』を残しました。

『梅園魚品図正』2帖より。上にメバル、下に「金鮒」と「黒鮒」が並ぶ
下段の左が「金鮒(キンブナ)」、右が「黒鮒(クロブナ)」。同じフナでも、鱗の色がはっきり違う。右上には「鯽魚」に始まる異名が並ぶ。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』・NDL PID:1287112 コマ36・著作権保護期間満了)

同じフナが、金色と黒で描き分けられています。『本草綱目啓蒙』が「キンブナは金色を帯ぶ」と書いたのと同じ区別が、絵になっている。

名前が十三に分かれるのは、細かすぎる分類のように見えて、実物を並べれば確かに違う——ということでもありました。

9. その魚は、いま「ヘラブナ」と呼ばれている

最後に、現在の話を少しだけ。

釣りをする人にとって、ヘラブナはおなじみの魚です。全国の池や湖に釣り場があり、専用の道具と釣り方があり、専門誌まであります。

このヘラブナが、源五郎鮒です

国立環境研究所の侵入生物データベースは、ゲンゴロウブナ(学名 Carassius cuvieri)の項に、和名・別名として「ゲンゴロウブナ, ヘラブナ, カワチブナ」を並べています。同じ魚の呼び名です。

そして、そこに書かれている分布がおもしろい。

自然分布は「琵琶湖・淀川水系」。もともと、この魚がいた場所はそれだけです。

いっぽう国内移入分布は「ほぼ全国」。侵入経路の欄には「食用,釣り対象("ヘラブナ")として放流」とあります。霞ヶ浦へは1930〜1931年に移植放流された、とも記されています。

つまり、いま全国の釣り堀にいるヘラブナは、人の手で琵琶湖から運び出された魚の子孫ということになります。

ここで、さきほどの『本草綱目啓蒙』を思い出してください。源五郎鮒の別名として並んでいた名前のなかに、ヒラフナがありました。

江戸の本が「ヒラフナ」と書き、いまの釣り人が「ヘラブナ」と呼ぶ。同じ魚です。ただし、現在の「ヘラブナ」という呼称が、江戸の「ヒラフナ」から来たものかどうかは、今回調べた資料では確かめられませんでした。体高が高く平たいという特徴から、それぞれ別に生まれた呼び名かもしれません。ここは断定せずに置いておきます。

確かなのは、二百年前の近江で「フナ」という言葉を独占していた魚が、いまは全国の池にいて、別の名前で呼ばれている、ということです。

まとめ

源五郎鮒の源五郎は、江戸の本を四冊ひらくと、四人とも別人でした。

琵琶湖の漁師(『本朝食鑑』)。大津の魚商人(『近江国輿地志略』)。佐々木家の家臣(ただし典拠は偽書として退けられた)。堅田の漁師(『水族志』)。

そして『水族志』は、はっきり「イカナル故ニヤ不知」——どういう理由か分からない、と書きました。

面白いのは、江戸の本が由来を必ずしも決めたがらないことです。『輿地志略』は根拠になる本を「偽書」と切り、似た形の説を「附会」と切り、そのうえで土地の言い伝えを一つだけ採る。『水族志』は、先行する二冊が断定していることを、そのまま受け取らずに「分からない」と書く。

名前の由来が決まらないまま、魚の名前だけが三百年以上残っている。原本をめくると、その決まらなさが、そのまま書き残されています。

そしてその魚は、いまヘラブナと呼ばれて、琵琶湖から遠く離れた池で釣られています。

出典

💡 この記事でわかったこと

  1. 01

    同じ魚です。

    国立環境研究所の侵入生物データベースは、ゲンゴロウブナ(学名 Carassius cuvieri)の和名・別名として「ゲンゴロウブナ, ヘラブナ, カワチブナ」を挙げています。自然分布は「琵琶湖・淀川水系」ですが、国内移入分布は「ほぼ全国」で、侵入経路は「食用,釣り対象("ヘラブナ")として放流」と記載されています。なお江戸期の『本草綱目啓蒙』は、源五郎鮒の別名として「マブナ、ホンフナ、ヒラフナ、山田ブナ(大津)」を挙げています。ただし現在の「ヘラブナ」という呼称が、この「ヒラフナ」に由来するかどうかは、本記事で調べた資料では確認できませんでした。

  2. 02

    江戸時代の本のなかでも説が分かれています。

    『本朝食鑑』(元禄十年刊)は「近世有琵湖漁人源五郎者、能采大鮒肥美者」——琵琶湖の漁師だとし、『近江国輿地志略』は大津の魚商人だとして「此説よし」と結論しました。いっぽう『水族志』は「世俗源五郎鮒ト云、イカナル故ニヤ不知」と書き、堅田の漁師に源五郎という者がいたという伝聞を添えるにとどめています(NDL PID:2557333 コマ139/PID:1874269 コマ658/PID:832733 コマ144)。

  3. 03

    『近江国輿地志略』が、源五郎鮒の由来を佐々木家の家臣に求める説について「然れども江源武鑑、淡海録皆偽書なれば採用するにたらず」と書いています。

    つまり、その説の出どころとなる本が信用できないという理由で、説そのものを退けています。同書は「にごろ」の名を仁五郎という魚商人に結びつける説も「附会したると見へたり。採用すべからず」と退けました(『古事類苑』動物部 NDL PID:1874269 コマ658)。

  4. 04

    『本草綱目啓蒙』にそう書かれています。

    フナの名を十三挙げたうえで「京師ニテハ皆フナト呼ヒ、江州ニテハウヲト云ヒ、フナトハ云ハズ、ソノフナト呼ブモノハ、源五郎ブナノコトナリ」——京ではどれもフナと呼ぶが、近江では「ウヲ」と言ってフナとは言わず、近江でフナと呼ぶものは源五郎鮒のことである、と(『古事類苑』動物部 NDL PID:1874269 コマ657)。

  5. 05

    平安時代の法令集『延喜式』の内膳司の年料(毎年おさめる品)に「鮒鮨」が挙がっています。

    美濃国から隔月に三缶、大宰府から百七十八斤・五缶といった数量つきの記載です。また江戸期の『水族志』は、マルブナについて「此品鮓ト為ニ良ナリ、故ニ『スシブナ』ト云」と、鮓にする用途がそのまま名前になったことを記しています(『古事類苑』動物部 NDL PID:1874269 コマ657/『水族志』NDL PID:832733 コマ144)。

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SAKANA 編集部

良輔

論文・古文献・信頼報道から確認した事実だけを掲載する魚の知識図鑑。 古文献の記事は、国立国会図書館デジタルコレクション等で公開されている原本画像を 拡大して字を目視で照合し、読めた箇所だけを引用しています。