魚へんに弱の読み方はイワシ|鰯の漢字の由来、江戸の三冊で割れた
この字、読めますか?
鰯
- 訓
- いわし
- 画数
- 21画
この記事の目次
イワシの漢字「鰯」は、魚へんに「弱」と書きます。魚の名前に弱いとはずいぶんな字ですが、その由来を「水から出るとすぐ死ぬから弱」と説明した文は、元禄10年(1697年)刊の『本朝食鑑』にもう出てきます。しかも書いた人見必大は、昔からこの字には解説がないので自分で考えた、と断ってから論じていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ11・著作権保護期間満了)
毛利梅園が写したこの見開きでは、右上の青緑の背の小魚がイワシで、右下にマアジ、左にイシモチが並んでいます。イワシの見出しは「鰮」と「鰯」の二つが立っていて、どちらの字を当てるのかという話は、江戸の本を何冊開いても繰り返し出てきます。
「鰯」の基本データ
- 読み
- いわし(訓)
- 画数
- 21画(魚へん11画+右側10画)
- 形
- 魚へんに「弱」
- 由来
- 『本朝食鑑』(1697年)は「鰯ハ音ハ弱」とし、水から出るとすぐ死に、柔弱で傷みやすいからと書いた
- 江戸の字
- 『本朝食鑑』は「和字」、『和漢三才図会』は「俗字」。貝原益軒は中国の本の字「鰮」を引いた
- 難易度
- 初級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9C2F)による
人見必大の「鰯ハ音ハ弱」
『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』は食べものを一品ずつ解説した本で、次世代デジタルライブラリーの読み取りテキストを「鰯」「以和之」の字で引いていくと、巻八のコマ175に見出し「鰯」の項が見つかります。巻八は海でとれるうろこのある魚を集めた巻で、コマ158の鯛の項から始まって、十数コマ先にイワシが出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』12巻[2]・人見必大著・元禄10年・NDL PID:2557333 コマ175・著作権保護期間満了)
名前の由来を説く「釋名」の欄で、人見必大(ひとみ・ひつだい)は、宮中の女性たちが鰯という名を賤しいとして避け、「御紫(おむらさき)」と呼ぶ話などを書いたあと、字の話に入ります。その入り口に置かれた一句が「按、鰯ハ和字也」で、考えるに鰯は和字、日本で作った字だとまず断っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』12巻[2]・人見必大著・元禄10年・NDL PID:2557333 コマ175・著作権保護期間満了)
「也」の字から次の列に入ると、いよいよ弱の話です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』12巻[2]・人見必大著・元禄10年・NDL PID:2557333 コマ175・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
(按、鰯ハ和字)也。古來無音釋。故今論之、則鰯ハ音ハ弱。言此魚出水即死、性柔弱易餒敗也。
現代語訳
(考えるに、鰯は和字=日本の字)である。昔から(この字には)音や意味の解説がない。そこでいま論じてみると、鰯の音は弱(じゃく)である。この魚は水から出るとすぐ死に、性質が柔弱で傷みやすいことを言っているのである。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』12巻[2]・人見必大著・元禄10年・NDL PID:2557333 コマ175・著作権保護期間満了)
「古來無音釋」、昔からこの字には音や意味の解説がない。「故今論之、則鰯ハ音ハ弱」、そこでいま論じてみると鰯の音は弱で、「言此魚出水即死、性柔弱易餒敗也」、この魚が水から出るとすぐ死に、性質が柔弱で傷みやすいことを言っているのだ、と続きます。手本となる解説がなかったから自分で考えた、と必大ははっきり書いていて、魚へんに弱の理由を、水揚げするとすぐ死んで傷む性質に求めました。
『和漢三才図会』は「俗字」と添えた
寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』も、同じ理由を書いています。海のうろこのある魚を集めた巻四十九のコマ36で、見出しは「鰯」、そのすぐ下に「俗字」と、世間の字であることを断り、脇には「鰮」の字も置いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ36・著作権保護期間満了)
右ページの区画には二匹のイワシが小さく描かれ、そのすぐ脇に見出しが立っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ36・著作権保護期間満了)
注は「和名以和之」、和名はいわしで始まり、続く「性柔弱、故俗字從弱」で、性質が柔弱なので世間の字は弱に従うとしています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ36・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
和名以和之性柔弱、故俗字從弱訓與和之乃相通
現代語訳
和名は以和之(いわし)。性質が柔弱なので、世間の字は弱に従う。訓(いわし)は与和之(よわし)と通じる。
良安はさらに「訓與和之乃相通」、いわしという訓は「與和之(よわし)」と通じる、と書き足しました。字だけでなく、イワシという名前そのものも「よわし」から来たと見ていたようで、必大より一歩踏み込んでいます。
見出しの字が読めない『大和本草』
貝原益軒(かいばら・えきけん)の『大和本草(やまとほんぞう)』(宝永6年=1709年刊)では、魚の巻、巻十三のコマ30にイワシの項がありますが、ここで少し戸惑いました。ほかの項なら見出しの字が立つ列の頭に、小さな字が一つ、横倒しに刷られているだけなのです。画像を回してみると「魚」の形で、「鰯」でも「鰮」でもなく、この項は見出しを読み取れないまま、本文から読むことになります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ30・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ30・著作権保護期間満了)
本文の「順和名鰯和名イハシ本文未詳トイヘリ」は、源順の『和名類聚抄』が鰯に和名イハシを当て、出典はわからないと言っている、という紹介です。益軒はそこに「今俗モ鰯ノ字ヲ用ユ」、いまも世間では鰯の字を使うと続け、「閩書曰鰮」、中国の『閩書』という本では鰮と書く、と並べました。平安の辞書の「鰯」と中国の本の「鰮」を並べたうえで、鰯は今の世間の字だという扱いで、凡例でも鰯を世間が作った「倭字」の例に挙げています(『大和本草』[1]・NDL PID:2557353 コマ25。魚へんの国字の記事で読んでいます)。益軒は弱の理由には触れていません。
新井白石『東雅』の「イワシとは弱也」
新井白石(あらい・はくせき)の語源辞典『東雅(とうが)』(享保2年=1717年成立)は、同じ話をさらに押し進めています。ここは明治36年(1903年)刊の活字本の巻十九、コマ37で読みました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『東雅』巻十九・新井白石・明治36年大槻如電校訂の活字本・NDL PID:993111 コマ37・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『東雅』巻十九・新井白石・明治36年大槻如電校訂の活字本・NDL PID:993111 コマ37・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
イワシとは弱也其水を離れぬればたやすく死するをいふ也
現代語訳
「イワシ」とは「弱し」である。水から離れると、たやすく死んでしまうことを言うのである。
白石はまず、『和名類聚抄』が鰯の字を「未詳」としていることを引き、『漢語抄』が堅魚を一字にして「鰹」と書いた例にならえば、「弱魚」を一字にして「鰯」と書いたのかもしれない、と推しはかります。そのうえで「イワシとは弱也。其水を離れぬれば、たやすく死するをいふ也」と、字だけでなく名前自体が「よわし」だと言い切っていて、必大の「出水即死」、良安の「訓與和之乃相通」と同じ筋の説明が、ここで一つにまとまっています。
梅園の書き入れは「本文不詳」
冒頭に掲げた毛利梅園(もうり・ばいえん)の図は、天保6年(1835年)の序がある『梅園魚品図正(ばいえんぎょひんずせい)』巻一のコマ11で、絵の上の書き入れを大きくすると、二つの字が左右に分けて書かれています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ11・著作権保護期間満了)
右に「閩書曰 鰮 和名イハシ」、左に「順和名抄 鰯 本文不詳」。中国の本の字は「鰮」、日本の辞書の字は「鰯」で、その出どころはわからないという、益軒と同じ整理です。梅園も、魚へんに弱の理由には触れていません。
こうして五冊を開いてみると、江戸の本は「鰯」を日本の字・世間の字と見て、中国の本の字は「鰮」としていました。魚へんに弱の理由として原本に書いてあったのは、水から出るとすぐ死ぬ、柔弱で傷みやすいという説明で、開いたなかでいちばん古い1697年の必大は、それを「昔から解説がないので自分で論じる」と断ってから書いていたのです。
鰯
- 読みは「いわし」。魚へんに弱、21画
- 『本朝食鑑』(1697年)は「鰯ハ音ハ弱」。水から出るとすぐ死ぬから
- 『和漢三才図会』は「性柔弱、故俗字從弱」。鰯は「俗字」
- 貝原益軒は「今俗モ鰯ノ字ヲ用ユ」とし、中国の本の字「鰮」を引いた
UOMEDIA|uomedia.jp

この記事でわかったこと
元禄10年(1697年)の『本朝食鑑』は「古來無音釋。
故今論之、則鰯ハ音ハ弱。言此魚出水即死、性柔弱易餒敗也」と書き、水から出るとすぐ死に、柔弱で傷みやすいからだとしています(NDL PID:2557333 コマ175)。『和漢三才図会』も「性柔弱、故俗字從弱」と書いています(NDL PID:2596381 コマ36)。
『和漢三才図会』は「訓與和之乃相通」(いわしという訓はよわしと通じる)とし(NDL PID:2596381 コマ36)、新井白石『東雅』は「イワシとは弱也。
其水を離れぬれば、たやすく死するをいふ也」と書いています(NDL PID:993111 コマ37)。
『和漢三才図会』は見出しの「鰯」に「俗字」と添え(NDL PID:2596381 コマ36)、『本朝食鑑』は「按、鰯ハ和字也」(NDL PID:2557333 コマ175)、貝原益軒『大和本草』は「今俗モ鰯ノ字ヲ用ユ」と書いたうえで中国の『閩書』の「鰮」を引いています(NDL PID:2557359 コマ30)。毛利梅園も「順和名抄 鰯 本文不詳」としています(NDL PID:1287112 コマ11)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 本朝食鑑 12巻.[2]
丹岳野必大千里 著 [江戸時代]
- 和漢三才図会 : 105巻首1巻尾1巻.[34]
寺島良安尚順 編 [江戸時代]
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[7]
貝原篤信 宝永6 [1709]
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[1]
貝原篤信 宝永6 [1709]
- 東雅 : 20巻目1巻.4(巻之17-20)
新井白石 編・大槻如電 校 1903
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