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魚のことば

「亀の甲より年の功」の意味と由来 烏賊や蟹の甲でもよかった

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この記事の目次

明治の辞書を開くと、「亀の甲より年の功」のすぐそばに「烏賊(いか)の甲より年の功」「蟹の甲より年の劫」という言い方まで載っていて、しかも「功」の字は誤りだと書いた辞書まであります。ことわざの意味そのものは、年長者が長い年月で身につけた経験は尊い、というもので、亀の甲羅よりも人が重ねた年のほうに値打ちがある、というたとえです。ところが、なぜ亀の「甲」なのかについては、江戸の絵本と明治の辞書とで、言うことがまるで違っていました。

『梅園魚品図正』のイカの図。細かな斑点のある胴と長い触腕が描かれ、右に「烏賊魚」「海螵蛸ハ伊加ノ甲ヲ云」などの書き入れがある
江戸後期の博物家・毛利梅園が写生したイカ(烏賊魚)。書き入れに「海螵蛸(かいひょうしょう)ハ伊加ノ甲ヲ云」とあり、胴の中にある平たい骨を「イカの甲」と呼んでいた。右下に「癸巳二月」「真寫」。癸巳は天保4年(1833年)。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻1・毛利梅園・NDL PID:1287112 コマ17・著作権保護期間満了)

烏賊の「甲」と言われても、すぐには思い当たらないかもしれません。上の図は毛利梅園が天保4年(1833年)に写生したイカで、書き入れには「海螵蛸ハ伊加ノ甲ヲ云」とあり、胴の中にある平たい骨を、江戸の人はイカの甲と呼んでいました。亀や蟹のような外の殻でなくとも、甲と呼ぶものを持っていれば、このことわざに入りこむ余地があったわけです。

江戸の本で引けるのは亀だけ

国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで、江戸以前の古典籍に絞って「烏賊の甲より」と引くと0冊、「蟹の甲より」も0冊でした。ところが「亀の甲より」なら、江戸の本がいくつか出てきます。そのうち刊行年のはっきりした一冊が『絵本以呂波歌(えほんいろはうた)』で、いろは歌の一文字ごとに教えの歌を一首、絵と短い文章を添えて並べた、天明8年(1788年)刊行の本です。

『絵本以呂波歌』上巻の表紙。鶴と松の模様の表紙に「絵本以呂波歌 上」の題簽が貼られている
『絵本以呂波歌』上巻の表紙。鶴と若松の模様の上に、題簽「絵本以呂波歌 上」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『絵本以呂波歌』3巻・鈴木春信画・天明8年刊・NDL PID:2533134 コマ2・著作権保護期間満了)

表紙をめくって「と」の文字のページまで進むと、年寄りを友として昔の話を聞きなさい、という趣旨の一首が出てきます。絵のほうでは、杖をついた老人と若い男が、松の生えた水辺で向かい合って立っています。

1788年の絵本に「世の諺に」

『絵本以呂波歌』コマ8の見開き。右ページに丸で囲んだ「と」と歌、杖をついた老人と若い男が水辺で話す絵。左ページは「ち」の歌と三人の女性の絵
右ページが「と」。杖をついた老人と若い男が、松の生えた水辺で向かい合う。絵の上の枠の中に、歌に添えた教えの文章がある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『絵本以呂波歌』3巻・鈴木春信画・天明8年刊・NDL PID:2533134 コマ8・著作権保護期間満了)

歌に添えた文章は、年寄りを「愚か者に何の役に立つ」と軽んじる若者をたしなめていて、そう思う心こそ愚かだと言ったうえで、次のように結んでいます。

『絵本以呂波歌』コマ8の「世の諺に万年の亀の甲より人の年の功といふならずや」の列と翻刻
「その愚者の眼より人の賢愚が見わかるべきか 世の諺に万年の亀の甲より人の年の功といふならずや 若き人よくわきまへ給へかし」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『絵本以呂波歌』3巻・鈴木春信画・天明8年刊・NDL PID:2533134 コマ8・著作権保護期間満了)
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翻刻

……その愚者の眼より人の賢愚が見わかるべきか 世の諺に万年の亀の甲より人の年の功といふならずや 若き人よくわきまへ給へかし

現代語訳

(年寄りを愚か者と軽んじる若者こそ愚か者で、)その愚か者の目で人の賢さ愚かさが見分けられるだろうか。世のことわざに「万年生きる亀の甲より、人の年の功」と言うではないか。若い人はよくわきまえなさい。

世のことわざに「万年の亀の甲より人の年の功」と言うではないか、と念を押す口ぶりです。1788年の時点で、このことわざはもう「世の諺」として引かれていて、しかも亀には「万年の」がついています。万年も生きる亀の甲羅より、人の重ねた年のほうが尊いのだから、若い人はよくわきまえなさい、というお説教で、ここでの亀ははっきり長生きの代表として持ち出されています。

『梅園介譜』の亀の図。長い尾のある亀が左向きに歩く姿で描かれ、上に漢文の書き入れが並ぶ
毛利梅園が写生した亀。上の書き入れは中国の本草書『本草綱目』巻四十五の亀の項を書き写したもので、「甲蟲三百六十而神亀為之長」(甲羅を持つ生き物は三百六十種、神亀がその長である)に始まり、「故霊多寿」で終わる。右下に「甲午八月廿六日捕 庭園真写」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園介譜』・毛利梅園・NDL PID:1286918 コマ33・著作権保護期間満了)

江戸の博物家・毛利梅園も、庭で捕まえた亀の絵のわきに、中国・明の李時珍がまとめた薬と生き物の書『本草綱目』の一節を書き写していて、その一節は「甲蟲三百六十而神亀為之長」、甲羅を持つ生き物は三百六十種あって神亀がその長である、に始まり、「故霊多寿」、ゆえに霊妙で長生きである、で結ばれていました。亀が長寿のしるしだという見方は、江戸の人にとってごく当たり前のものだったのでしょう。

幕末の芝居では、からかい半分

このことわざは芝居の台詞にもそのまま出てきます。元治元年(1864年)の『処女翫浮名横櫛』は、河竹新七(二世、のちの河竹黙阿弥)が書いた歌舞伎の台本で、国立国会図書館にはその写本が残っています。人の懐から財布を抜き取った男が、それを仲間に見せる場面です。

『処女翫浮名横櫛』コマ6の「さすがは古狸だ」「亀の甲より年の功だ」の列と翻刻
「さすがは古狸だ そつはねへの」「亀の甲より年の功だ」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『処女翫浮名横櫛』・河竹新七二世作・元治元年・写本・NDL PID:2537893 コマ6・著作権保護期間満了)
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翻刻

さすがは古狸だ そつはねへの亀の甲より年の功だ

現代語訳

「さすがは古狸だ、抜かりがないねえ」「亀の甲より年の功だ」――仲間の財布をまんまと抜き取ってみせた男を、二人がはやし立てる台詞。

さすがは古狸だ、抜かりがないねえ、と言ってから「亀の甲より年の功だ」と続けるのは、年寄りへの敬意というより、手ぎわのよさを冷やかしている使い方で、1788年の絵本のお説教とはずいぶん調子が違います。

明治の辞書では「烏賊の甲」が見出しに

明治になると、ことわざを集めた辞書がつぎつぎに作られます。明治39年(1906年)の『俚諺辞典』は、熊代彦太郎が編み、作家の幸田露伴が目を通した本ですが、「か」の部で「亀の甲より年の功」を引いても説明はなく、「いかの甲より年の功(イの部)に同じ」とあるだけです(NDL PID:900343 コマ77)。本体は「い」の部、烏賊のほうに立っていました。

『俚諺辞典』コマ22の「烏賊の甲より、年の功」の項と翻刻
「烏賊の甲より、年の功。年功の貴きをいふ。年長者は年少者よりは多く物事に經驗ありて、何事も能く心得居るとなり。(「龜の甲より年の功」ともいふ)烏賊にも龜にも甲あり功に對する爲に假りていふ、別に意味あらず。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俚諺辞典』・熊代彦太郎編・幸田露伴閲・明治39年・NDL PID:900343 コマ22・著作権保護期間満了)
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翻刻

烏賊の甲より、年の功。年功の貴きをいふ。年長者は年少者よりは多く物事に經驗ありて、何事も能く心得居るとなり。(「龜の甲より年の功」ともいふ)烏賊にも龜にも甲あり功に對する爲に假りていふ、別に意味あらず。

現代語訳

「烏賊の甲より年の功」。年を重ねた功の尊さを言う。年長者は年少者より多くの物事を経験していて、何でもよく心得ている。(「亀の甲より年の功」とも言う)烏賊にも亀にも甲があるので、「功」と対にするために借りて言うだけで、特に意味はない。

意味の説明は、年功の貴いことを言い、年長者は年少者より物事の経験が多くて何事もよく心得ている、というもので、いまの理解と変わりません。目を引くのはそのあとで、烏賊にも亀にも甲があって、「功」と対にするために借りて言うだけで別に意味はない、という説明です。この辞書は烏賊か亀かにまったくこだわっておらず、「こう」という音が合いさえすれば、甲を持つものなら何でもよかったことになります。1788年の絵本が「万年の亀」をわざわざ持ち出していたのとは、考え方がずいぶん違います。

「功」ではなく「劫」だ、という辞書

4年後、明治43年(1910年)に藤井乙男が編んだ大部のことわざ辞典『諺語大辞典』は、見出しの字からして違っていました。

『諺語大辞典』コマ158の「龜ノ甲ヨリ年ノ劫」の項と翻刻
「【龜ノ甲ヨリ年ノ劫】年劫經驗の貴ふべきをいふ。功の字をあつるは非なり。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『諺語大辞典』・藤井乙男編・明治43年・NDL PID:862766 コマ158・著作権保護期間満了)
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翻刻

【龜ノ甲ヨリ年ノ劫】年劫經驗の貴ふべきをいふ。功の字をあつるは非なり。

現代語訳

「亀の甲より年の劫」。長い年月と経験の尊ぶべきことを言う。「功」の字を当てるのは誤りである。

「劫」は「永劫」の劫で、手柄を言う「功」ではなく、積み重ねた長い年月そのものを言う字だから、功の字を当てるのは誤りだ、というのがこの辞書の立場です。同じ辞書の中には、蟹もいます。

『梅園介譜』のガザミの図。甲羅の両端がとがった大きなカニが描かれている
毛利梅園が写生したガザミ(ワタリガニ)。書き入れに「カサメ ウミガニ」「カサミ」とあり、末尾に「癸巳七月廿日真寫」。癸巳は天保4年(1833年)。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園介譜』・毛利梅園・NDL PID:1286918 コマ20・著作権保護期間満了)

「か」の部の、蟹のことわざが並ぶところに「【蟹ノ甲ヨリ年ノ劫】龜ノ甲ヨリといふに同じ。」とあって(NDL PID:862766 コマ142)、蟹の甲でも亀の甲と同じだというのです。さらに「い」の部には「烏賊ノ甲ヨリ年ノ効」の見出しもあり(NDL PID:862766 コマ42)、一冊の辞書に甲を持つ生き物が亀、蟹、烏賊と三つそろったうえに、当てる字のほうは「劫」「劫」「効」と、同じ辞書の中でさえそろっていませんでした。

「甲」と「効」は音が通じる

大正4年(1915年)の『大日本国語辞典』は、上田万年と松井簡治による大きな国語辞典で、烏賊のほうの項に、この言い回しのしくみをはっきり書いています。

『大日本国語辞典』コマ108の「烏賊の甲より年の效」の項と翻刻
「(諺)烏賊の甲より年の效 年長者は經驗に富むこと。甲と效と音通ずるよりいふ。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大日本国語辞典』あ-き・上田万年、松井簡治著・大正4年・NDL PID:1871514 コマ108・著作権保護期間満了)
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翻刻

(諺)烏賊の甲より年の效 年長者は經驗に富むこと。甲と效と音通ずるよりいふ。

現代語訳

(ことわざ)「烏賊の甲より年の効」。年長者は経験に富むということ。「甲」と「効」の音が通じるところから言う。

甲と効の音が通じるから言う、つまりこれは音あわせのしゃれで、「こう」と「こう」をそろえるために甲を持つ生き物が引き合いに出された、という説明です。同じ辞書は亀のほうを「年の劫」の字で立てていますが、そこに引かれた用例を読むと、話がもう一段ほどけます。

『大日本国語辞典』コマ491の「龜の甲より年の劫」の項と翻刻
「(諺)龜の甲より年の劫 長年經驗を積みたるものの貴ぶべき譬へ。和歌民のかまど「龜の甲より年のかふ」 嫩綠相生源氏「そろそろと首を伸ばして這ひ出づる、龜の甲より年のかふ、九郎助が追從笑ひ」」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大日本国語辞典』あ-き・上田万年、松井簡治著・大正4年・NDL PID:1871514 コマ491・著作権保護期間満了)
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翻刻

(諺)龜の甲より年の劫 長年經驗を積みたるものの貴ぶべき譬へ。和歌民のかまど「龜の甲より年のかふ」嫩綠相生源氏「そろそろと首を伸ばして這ひ出づる、龜の甲より年のかふ、九郎助が追從笑ひ」

現代語訳

(ことわざ)「亀の甲より年の劫」。長年経験を積んだ人の尊ぶべきことのたとえ。――見出しは「劫」の字だが、用例に引かれた二つの作品では、どちらも仮名で「年のかふ」と書かれている。

用例に引かれた二つの作品は、どちらも仮名で「年のかふ」と書いていて、「かふ」は「こう」の昔の書き方です。口で言うぶんには「こう」で足りていたのですから、「功」か「劫」か「効」か、どの字を当てるかは、あとから辞書の編者たちが頭をひねったことだったと見てよさそうです。

「或地方では烏賊の甲」

「烏賊の甲」は辞書の中だけの言い方ではなく、全文検索で「烏賊の甲より」を全期間で引くと30冊が出てきます。いちばん古いのは明治37年(1904年)、中村吉蔵(春雨)の『司法大臣』で、登場人物が「烏賊の甲より年の功、眞實に萬事私に相談して」と言い聞かせる場面でした(NDL PID:877313 コマ47)。明治42年(1909年)に和田垣謙三が若い人に向けて書いた『青年諸君』には、「老年論」の章にこうあります。

『青年諸君』コマ44の「俗に龜の甲より年の功、或地方ては烏賊の甲より年の功と云ふ、どちらでも宜い」の列と翻刻
「俗に龜の甲より年の功、或地方ては烏賊の甲より年の功と云ふ、どちらでも宜い、」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『青年諸君』・和田垣謙三著・明治42年・NDL PID:757525 コマ44・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

俗に龜の甲より年の功、或地方ては烏賊の甲より年の功と云ふ、どちらでも宜い、

現代語訳

世間では「亀の甲より年の功」と言い、ある地方では「烏賊の甲より年の功」と言う。どちらでもよい。

世間では亀、ある地方では烏賊と言うが、どちらでもよい――。明治の終わりには、亀と烏賊が土地による言い方の違いとして並んでいたわけです。

どの土地で烏賊と言ったのかは、大正から昭和の初めに各地の教育会や町が作った郡誌・町誌が手がかりになります。土地の暮らしを記録する本で、その土地で言われていることわざを一覧にしている巻があり、大正7年(1918年)の『三重県三重郡誌』は、「い」の段に「烏賊の甲より年の功」(NDL PID:953178 コマ153)、「か」の段に「龜の甲より年の功」(同コマ156)と、両方を載せていました。

大正12年(1923年)の兵庫県の『多可郡誌』(NDL PID:978710 コマ185)、同じ年の愛知県の『西春日井郡誌』(NDL PID:978660 コマ368)、昭和7年(1932年)の愛知県の『刈谷町誌』(NDL PID:1209008 コマ268)でも、一覧の中に「烏賊の甲より年の功」(西春日井郡誌は「いかの甲より年の功」)が並んでいます。伊勢、播磨、尾張、三河と、烏賊の甲は土地のことわざとしてあちこちで書き留められていました。

万年の亀と、音あわせの烏賊

江戸の絵本が亀を万年生きる長寿の代表として持ち出していたのに対し、明治の辞書はこれを「甲」と「こう」の音あわせだと説明して、烏賊でも蟹でもかまわないとし、字も「功」か「劫」かで分かれました。芝居の台詞では冷やかしに使われ、郡誌では土地のことわざとして烏賊の形が記録されているので、一つの言い回しが、時代と場所によってずいぶん違う顔を見せていたことになります。

全期間の全文検索では「亀の甲より」371冊に対して「烏賊の甲より」30冊で、いま亀の形のほうがよく知られているのは、音あわせのしゃれに「亀は万年」の長生きのイメージが重なっていたからかもしれません。

この記事でわかったこと

  • 年長者が長い年月で身につけた経験は尊い、という意味です。

    明治39年の『俚諺辞典』は「年長者は年少者よりは多く物事に經驗ありて、何事も能く心得居るとなり」と説明しています(NDL PID:900343 コマ22)。

  • 天明8年(1788年)の『絵本以呂波歌』は「万年の亀の甲より人の年の功」と書き、長生きの亀を引き合いに出しています(NDL PID:2533134 コマ8)。

    一方、大正4年の『大日本国語辞典』は「甲と效と音通ずるよりいふ」、つまり「甲」と「こう」の音あわせだと説明しています(NDL PID:1871514 コマ108)。

  • 言います。

    明治39年の『俚諺辞典』は「烏賊の甲より年の功」を見出しにして「烏賊にも龜にも甲あり功に對する爲に假りていふ、別に意味あらず」と書き(NDL PID:900343 コマ22)、明治43年の『諺語大辞典』には「蟹ノ甲ヨリ年ノ劫」もあります(NDL PID:862766 コマ142)。

  • 明治の辞書でも分かれています。

    『俚諺辞典』(1906年)は「功」、『諺語大辞典』(1910年)は「劫」として「功の字をあつるは非なり」と書き(NDL PID:862766 コマ158)、『大日本国語辞典』(1915年)が引く用例はどちらも仮名の「年のかふ」です(NDL PID:1871514 コマ491)。

この記事で開いた原本

どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。

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