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魚のことば

「イカサマ」の語源はイカ墨? 明治の辞書は「なるほど」から

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この記事の目次

十返舎一九の『江之島土産』では、登場人物が相手の話に「いかさま」と相づちを打っています。いかにも、なるほど、という意味で、江戸の「いかさま」は人をだます話とは関係のない、ふつうの言葉でした。いまの「イカサマ」は、いんちき、ごまかしのことで、「イカサマ師」「イカサマ賭博」のように使い、その語源としては、イカの墨で書いた証文は時間がたつと字が消えてしまうから人をだますことをイカサマと言うのだ、という話がよく知られています。

イカ墨の証文の話そのものは、たしかに江戸の本にありました。ただ、それを「いかさま」に結びつけた江戸の文は見つからず、明治の辞書は、だますほうのいかさまを、なるほどのいかさまから説明しています。

『梅園魚品図正』の見開き。左に鯛、右に長い触腕を持つイカが描かれ、「烏賊魚」の書き入れがある
江戸後期の博物家・毛利梅園が写生したイカ(烏賊魚、右)と鯛(左)。イカの書き入れに「墨有腹中ニ故墨魚ト云」、腹の中に墨があるので墨魚(ぼくぎょ)ともいう、とある。右下に「癸巳二月」(天保4年=1833年)。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻1・毛利梅園・NDL PID:1287112 コマ17・著作権保護期間満了)

江戸の学者が書き写した「消える証文」

国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで、江戸以前の古典籍に絞って「烏賊墨」と引くと9冊が出てきて、その中に国学者・小山田与清(おやまだ・ともきよ)の随筆『松屋筆記』がありました。読んだ本の中から気になった記事を書き抜いては考えを添えた、大部の書き留め帳で、写本のコマ81、丸で囲んだ二十一番めの項の見出しが、まさに「烏賊墨もて書たる書」です。

『松屋筆記』コマ81の見開き。写本の細かい字が並び、左ページに丸数字の項目が続く
『松屋筆記』巻62-63の一丁。丸で囲んだ番号ごとに、書き抜きと考えが続く。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『松屋筆記』巻62-63・小山田与清・写本・NDL PID:2574506 コマ81・著作権保護期間満了)
『松屋筆記』コマ81の「烏賊墨もて書たる書」の項と翻刻
「烏賊墨もて書たる書……雑劇本子(おそめ久松の浄瑠璃)烏賊の墨をもて……消失るよしいへり……南越志曰 烏鰂懐墨而知礼 江東人或取其墨書契以紿人物 書迹如淡墨 逾年墨消 空紙耳 と見ゆ」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『松屋筆記』巻62-63・小山田与清・写本・NDL PID:2574506 コマ81・著作権保護期間満了)
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烏賊墨もて書たる書……雑劇本子(おそめ久松の浄瑠璃)烏賊の墨をもて……消失るよしいへり……南越志曰 烏鰂懐墨而知礼江東人或取其墨書契以紿人物書迹如淡墨 逾年墨消 空紙耳 と見ゆ

現代語訳

烏賊の墨で書いた文書(は年がたつと消える)。芝居の本、お染久松の浄瑠璃に、烏賊の墨で書いたものが消え失せる、という話がある。……『南越志』に言う。烏賊は墨を抱いて礼を知る。江東の人は、その墨で証文を書いて人の財物をだまし取る。書いた跡は薄墨のようで、年を越すと墨が消えて白紙になるだけだ――と見える。

与清はまず、お染久松の浄瑠璃に、烏賊の墨で書いたものが消え失せるという話が出てくると書き、そこから中国の古い本『南越志』の一節を引いています。江東の人は烏賊の墨で証文を書いて人の財物をだまし取るが、書いた跡は薄墨のようで、年を越すと墨が消えて白紙になってしまう、という話で、「紿」はあざむくという字ですから、イカ墨で証文を書いて人をだます話を、江戸の学者はたしかに書き写していたことになります。

同じ話は本草の本にも出てきて、紀州の本草家・畔田翠山(伴存)が熊野の産物をまとめた写本『熊野物産初志』の「烏賊魚」の項では、人を見ると墨を吐いて潮を黒くし後ろへ飛び去る、と書いたあとに引かれています。

『熊野物産初志』コマ126の見開き。左ページに「烏賊魚 イカ」の項、右ページはエイの項
左ページが「烏賊魚 イカ」。人を見ると墨を吐いて潮を黒くし、後ろへ飛び去る、と書いたあとに『南越志』の同じ一節を引き、続けて「マイカ」「シリヤケ」「コウイカ」と熊野のイカを並べる。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『熊野物産初志』5巻[2]・畔田伴存・写本・NDL PID:2575473 コマ126・著作権保護期間満了)

ここでも「江東人或取其墨書契以紿人物、書迹如淡墨、逾年墨消空紙耳」と『南越志』の同じ一節があり(NDL PID:2575473 コマ126)、イカ墨の証文は、イカの項に書き添えておく話として本草家にも知られていたようですが、与清も翠山も、この話を「いかさま」という言葉には結びつけていません。

江戸の「いかさま」は、なるほどの相づち

冒頭の『江之島土産』(文化6〜7年=1809〜1810年)では、登場人物が「コリやおかしかろう」と応じて「いかさま」と相づちを打っています(NDL PID:2563590 コマ7)。漢字で書けば「如何様」で、古くは「いかさまにせん(どのようにしよう)」のように、どのようにという意味でも使われ、そこから、いかにもそのとおりという相づちにもなった言葉です。

明治の辞書は「なるほどと思わせる」から説いた

大槻文彦がまとめた明治22〜24年(1889〜1891年)の国語辞書『言海』では、「いかさま」は二つの項に分けて載っています。

『言海』コマ94の「いか-さま」の二つの項と翻刻
「いか-さま(副)如何樣 實ニ然リト肯フ意ニイフ語。ナニサマ。ナルホド。實ニ尤モ。」「いか-さま(名)〔いかさま然リト思ハスル意〕似セテ眞ヲ欺クコト。(東京俗語)「-ノ品」「-ニハメル」」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『言海』・大槻文彦編・明治22〜24年・NDL PID:992954 コマ94・著作権保護期間満了)
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翻刻

いか-さま(副)如何樣實ニ然リト肯フ意ニイフ語。ナニサマ。ナルホド。實ニ尤モ。いか-さま(名)〔いかさま然リト思ハスル意〕似セテ眞ヲ欺クコト。(東京俗語)「-ノ品」「-ニハメル」

現代語訳

「いかさま」(副詞・如何様)本当にそのとおりだ、と同意するときに言う語。なにさま。なるほど。実にもっとも。/「いかさま」(名詞)〔「いかさま(なるほど)そうだ」と思わせる、という意味から〕似せて本物だと欺くこと。(東京の俗語)「いかさまの品」「いかさまにはめる」

一つめは副詞で、本当にそのとおりだと同意するときの「なるほど」「実にもっとも」。二つめは名詞で、〔いかさま然リト思ハスル意〕、つまり「いかさま(なるほど)そうだ」と相手に思わせるところから来た、似せたもので本物だとだますことを指し、東京の俗語として「いかさまの品」「いかさまにはめる」と使う、とあります。『言海』はだますほうの「いかさま」を、なるほどの「いかさま」から説明していて、イカ墨はどこにも出てきません。

大正4年(1915年)の『大日本国語辞典』も同じ筋で、名詞の「いかさま」を「如何にも其の物ならんと思はするほど、似せたるもの」、いかにも本物だろうと思わせるほど似せたもの、と説明しています(NDL PID:1871514 コマ109)。

『大日本国語辞典』コマ109の「いかさま」「いかさまし」「いかさまもの」の項と翻刻
「……いかさま故ある御身やらん」㈡實に然り。なるほど。ほんに。いかにも。なにさま。」「いかさま-し 如何樣師(名)いかさま物を造る人。僞造者。」「いかさま-もの 如何樣物(名)いかさまの品物。かぶせ物。にせ物。贋物。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大日本国語辞典』あ-き・上田万年、松井簡治著・大正4年・NDL PID:1871514 コマ109・著作権保護期間満了)
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……いかさま故ある御身やらん」㈡實に然り。なるほど。ほんに。いかにも。なにさま。いかさま-し 如何樣師(名)いかさま物を造る人。僞造者。いかさま-もの 如何樣物(名)いかさまの品物。かぶせ物。にせ物。贋物。

現代語訳

(副詞「いかさま」の用例に謡曲『井筒』「…いかさま故ある御身やらん」)②本当にそのとおり。なるほど。ほんとうに。いかにも。/「いかさま師」いかさま物をつくる人。偽造者。/「いかさま物」いかさまの品物。かぶせ物。にせ物。贋物。

副詞の用例には室町時代の謡曲『井筒』の「いかさま故ある御身やらん」、なるほどいわれのあるお方なのだろう、が引かれていて、「いかさま師」のほうは、いかさま物をつくる人、つまり偽造者でした。

イカと結びついたのは、大正のしゃれ

イカと「いかさま」を重ねた文を全文検索で「烏賊様」と引いて探すと、いちばん古いのは大正14年(1925年)の『会社商店経営欠陥の見方』という、会社の経営を論じた実用書でした。

『会社商店経営欠陥の見方』コマ107の「烏賊樣勘定賞與金とも蛸算用賞與金とも」の列と翻刻
「加之、巨額の重役賞與金……烏賊樣勘定賞與金とも蛸算用賞與金とも、」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『会社商店経営欠陥の見方』・中村茂男著・大正14年・NDL PID:1017616 コマ107・著作権保護期間満了)
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加之、巨額の重役賞與金……烏賊樣勘定賞與金とも蛸算用賞與金とも、

現代語訳

そのうえ、巨額の重役賞与金(を出す)。……(それを)「烏賊様(いかさま)勘定賞与金」とも「蛸算用賞与金」とも(呼ぶ)。

純利益の六割以上を配当し、そのうえ巨額の重役賞与金を出すのを、「烏賊様(いかさま)勘定賞与金」とも「蛸算用賞与金」とも呼ぶというもので、「いかさま」に「烏賊様」の字を当ててタコと並べた言葉あそびです。ここにもイカ墨の証文の話は出てこず、いかさまの音にイカを重ねた、しゃれにすぎません。

こうしてたどると、イカ墨の証文の話は中国の『南越志』にあって、江戸後期の与清や翠山が書き写し、お染久松の浄瑠璃にも字が消える話として出ていたのに、江戸の「いかさま」は一九の作中では相づちのままで、明治の『言海』と大正の『大日本国語辞典』は、本物だと「なるほど」と思わせる偽物という筋で、だますほうの意味を説明していました。イカの字が「いかさま」に重なる例は、全文検索で見つかった範囲では大正の実用書の洒落がいちばん古く、イカ墨説はよくできた話ではあるものの、辞書が示してきた筋とは別のところから来たもののようです。

この記事でわかったこと

  • 明治の『言海』(1889〜1891年)は、名詞の「いかさま」を〔いかさま然リト思ハスル意〕、つまり「いかさま(なるほど)そうだ」と思わせることから、似せて本物とだますこと、と説明しています(NDL PID:992954 コマ94)。イカ墨の証文が消えるという話は江戸の本にありますが、「いかさま」と結びつけた江戸の文は全文検索では見つかりませんでした。

  • あります。

    国学者・小山田与清の『松屋筆記』は、中国の『南越志』から「江東人或取其墨書契以紿人物、書迹如淡墨、逾年墨消、空紙耳」を引いています(NDL PID:2574506 コマ81)。江東の人が烏賊の墨で証文を書いて人をだまし、1年たつと墨が消えて白紙になる、という話です。

  • 「いかにも」「なるほど」という相づちの意味で使われていました。

    十返舎一九の『江之島土産』(1809〜1810年)にもこの使い方が見えます(NDL PID:2563590 コマ7)。漢字では「如何様」と書きます。

  • 全文検索で最も古いのは大正14年(1925年)の『会社商店経営欠陥の見方』で、重役賞与金を「烏賊樣勘定賞與金とも蛸算用賞與金とも」呼ぶ、と書いています(NDL PID:1017616 コマ107)。

    「いかさま」の音にイカを重ねた言葉あそびです。

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