古代と江戸の辞典9冊を『鯉コヒ』で引いてみた。淡水魚なのに「諸魚之長」——900年間、誰もが認めた魚の王がいた
川魚の代表、鯉。いまの食卓ではすっかり脇役ですが、古い書物のなかでは「諸魚之長」——魚の王と呼ばれ続けた魚でした。
実は国立国会図書館のサイトでは、江戸時代の辞典や図鑑の原本が誰でも無料で読めます。古い本で魚を引いてみたら、いつもの魚がもっと面白くなるんじゃないか——そう思って、平安の『倭名類聚抄』から江戸の『本草綱目啓蒙』まで、900年分・9冊の書物で鯉を引いてみました。
結果、9冊中8冊が鯉を独立項目にしていました。しかも、ただ載せているだけではなく、どの書物でも「諸魚之長」(魚の王)と呼ばれている。
さらに面白いのは、鯉の記録が中国古典からの引用で構成されている割合が極めて高いこと。「三十六鱗」「登竜門」「六六魚」など、中国由来の伝承を日本の学者がどう受け止め、どう再解釈したかという構図になっています。
🐟
「魚の王」は、どこまで本気の敬称だったのか。900年分の書物が鯉をどう扱ったのか、じっくり見ていきましょう。読めなかった箇所は正直にそう書きます。
SAKANA編集部
いきなり核心から。江戸最大級の食物百科『本朝食鑑』が、鯉の項の冒頭に書きつけた一文です。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)
今回あたった9つの古文献
成立年順に並べます。いずれも国立国会図書館デジタルコレクションで画像閲覧可能な資料です。
書名 | 成立 | 著者 | 鯉の扱い |
|---|---|---|---|
箋注倭名類聚抄 | 931年頃(原典) | 源順(狩谷棭斎 校注) | 独立項(コヒ=古比) |
頭書増補訓蒙図彙 | 1695年(原版1666) | 中村惕斎 | 独立項+図版+三十六鱗+薬効 |
本朝食鑑 | 1697年 | 人見必大 | 巻七の筆頭。「諸魚之長」 |
大和本草 | 1709年 | 貝原益軒 | 独立項。「河海諸魚ノ内最貴者」 |
和漢三才図会 | 1712年頃 | 寺島良安 | 独立項+図版(河湖有鱗魚の筆頭) |
東雅 | 1717年 | 新井白石 | 独立項(「ヒ」で終わる魚名の系譜) |
物類称呼 | 1775年 | 越谷吾山 | 独立項(地方呼称) |
日本山海名産図会 | 1799年 | 蔀関月 | 独立項なし |
本草綱目啓蒙 | 1803年 | 小野蘭山 | 独立項(六六魚・龍公子・錦鱗の別名) |
9冊中8冊が鯉を独立項目にしています。載せなかった1冊は日本山海名産図会——各地の「名産品」を図版で紹介する産業誌です。鯉は名産品ではなく「どこにでもいる魚」だから載らなかった。これはマアジが名産図会に載らなかったのと同じ理由です。
しかし、載せた8冊の扱いが尋常ではありません。本朝食鑑は鯉を巻七の筆頭に置き、大和本草は「河海諸魚ノ内最貴者」と明記し、和漢三才図会は河湖有鱗魚セクションの最初に配置した。どの書も鯉を「一番目」に持ってきている。マグロやマアジ、サバを同じ方法で引いたときにも、ここまでの待遇はありませんでした。
古代:鯉は「コヒ(古比)」と読んだ
『箋注倭名類聚抄』(源順、931年頃 / 狩谷棭斎 校注)
鯉の古典的記録を辿ると、平安中期の『倭名類聚抄』に至ります。今回閲覧したのは狩谷棭斎の校訂注釈版(PID 991791 コマ23)です。

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【原文】
「鯉魚 七卷食經云、鯉魚(上音里、古比)」
【現代語訳】
鯉魚。七巻食経(崔禹錫食経)に「鯉魚」とあり、音は「里」、和訓は「コヒ(古比)」。なお棭斎の校注には「下總本有和名二字」(下総本には「和名」の二字がある)と注記され、「和名古比」と書く写本の存在も記録されています。
狩谷棭斎の校注では、さらに中国古典からの引用として「五尺之鯉一寸之鯉、但大小殊而鱗之數等同」(五尺の鯉も一寸の鯉も、大小は異なれど鱗の数は同じ)と、また「鯉背中鱗一道毎鱗有小黑點大小皆三十六鱗」(鯉の背中の鱗の一条は、各鱗に小さな黒い点があり、大小すべて三十六鱗)という注記が付されています。
「三十六鱗」の伝説
鯉は大きさに関係なく必ず三十六枚の鱗を持つ——この記述は中国の北戸録や酉陽雑俎に由来し、931年の倭名類聚抄を経て、以後800年にわたって江戸の学者全員が繰り返すことになります。
実際の鯉の鱗の数は個体差がありますが、側線鱗数は一般に33〜39枚で、36枚前後が多いとされます。古代中国の観察が完全に的外れだったわけではない、というのが面白い。
📚 NDLで原典を読む
▶ 『箋注倭名類聚抄』コマ23(鯉魚の項)を NDL で開く
江戸前期の絵入り辞典:『頭書増補訓蒙図彙』(1695年)
中村惕斎編纂の絵入り百科事典。鯉はコマ18に図版付きで登場します。鯛や鯖など海の魚と同じ見開きに、鯉も並んで描かれています。

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【内容の要旨】
頭書はくずし字のため逐語引用は控えますが、鯉は頭から尾まで鱗に大小の差がなく三十六鱗あること、煮て食えば水腫によいこと——という趣旨の説明が読み取れます(上のクローズアップ参照)。
子ども向けの教育図鑑が、まず「三十六鱗」から書き始めている。江戸前期の庶民が鯉について最初に教わったのは、味でも薬効でもなく、「鱗が三十六枚ある」という豆知識だったわけです。鯉の挿絵も、波間を泳ぐ姿が生き生きと描かれています。
📚 NDLで原典を読む
▶ 『頭書増補訓蒙図彙』水族の部 コマ18 を NDL で開く
人見必大『本朝食鑑』(1697)——「鯉は魚の主、諸魚の長」
巻七の「鱗部之一 河湖有鱗」の筆頭
京都の医師・人見必大が著した食物百科事典。鯉は巻七 鱗部之一 河湖有鱗類十一種の筆頭として、PID 2557333 のコマ135(目録)・コマ136(本文冒頭)に登場します。巻七の目録で最初に名前が出てくるのが「鯉魚」です。

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【原文】(コマ136、集解冒頭)
「古曰鯉最爲魚之主、故後人爲諸魚之長。是能神變躍登禹門之故乎。其脊鱗一道、從頭至尾無大小三十六鱗」(訓点・送り仮名は省略)
【現代語訳】
古来、鯉は魚の主(あるじ)とされている。だから後世の人は諸魚の長(おさ)としてきた。これは鯉が神変(不思議な力)をもち、躍り上がって禹門(龍門)に登るからであろうか。その背の鱗の一条(側線)は、頭から尾まで大小なく三十六鱗である。
「諸魚之長」——魚の王の称号
マグロは「下魚」と蔑まれ、マアジは「当たり前」と無視され、サバは「足が速くて危険」と警告された。ところが鯉は「魚の王」と呼ばれている。
しかもこの称号は必大の個人的見解ではなく、「古曰(古来こう言われている)」と前置きされている。中国の古典を通じて、和漢共通の認識として定着していた格付けです。
産地ランキング——淀川の鯉が日本一
コマ137には詳細な産地品評が展開されています。

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【原文要旨】(コマ137)
以下の趣旨の記述が確認できます(漢文のOCR精度を考慮し、画像照合済みの要旨としてまとめます):
- 「先以城州淀河爲第一」——まず山城国(京都)の淀川の鯉を第一とする
- 「宇治勢多琵琶湖次之」——宇治・瀬田・琵琶湖がそれに次ぐ
- 「江東所賞美者、江都淺草川・常州箕輪田之鯉也」——江戸で賞美されるのは、江戸の浅草川と常陸国箕輪田の鯉
- 「信之諏訪湖亦美、然路遠不能送其鮮」——信濃の諏訪湖の鯉も美味だが、道が遠く鮮魚のまま送れない
- 「凡西都之鯉者水清流潜…肉色紅白相交而麗如桃花盛開」——京都の鯉は水が清く流れが深く、肉の色は紅白入り交じって美しく、桃の花が咲き誇るよう
- 「淺草之鯉者水濁…稍覺泥氣」——浅草の鯉は水が濁り、やや泥の気を感じる
「肉色紅交而麗如桃花」——桃花のような鯉肉
必大の鯉肉の描写は文学的です。京都の鯉の肉は「紅白入り交じって美しく、桃の花が満開になったよう」。一方、浅草の鯉は「やや泥の匂いがする」。水の質が直接肉の味に影響することを、必大は体験的に記録しています。
現代でも「泥抜き」は鯉料理の基本工程で、清流で育った鯉と泥底の池で育った鯉では味が大きく違うとされます。300年前の品評が、今の常識と完全に一致している。
薬効——鯉は万能薬

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【原文要旨】(コマ137-138)
以下の趣旨が確認できます:
- 「肉気味甘温無毒」——肉は甘く温かい性質で、毒はない
- 水腫・黄疸・喘嗽(ぜんそく)・湿熱の治療に効く
- 小便を利し、暴痢(急性の下痢)を止める
- 「鯉ノ眼胞及ヒ珠子…冷水飲之則乳汁逆出」——鯉の目玉を冷水で飲めば乳の出が良くなる
- 膽(胆)は目の痛みや腫れを治す
- 鱗を焼いて灰にすれば、婦人の血消・帯下に効く
鯉は肉・目・膽・鱗まで、全身が薬として記録されています。マグロは「毒アリ」と警告され、マアジは「味甘温無毒」だけ、サバは「脚気に効く」程度。鯉の薬効記述の充実度は他の魚を圧倒しています。
📚 NDLで原典を読む
▶ 『本朝食鑑』巻七 目録 コマ135 を NDL で開く
▶ 『本朝食鑑』鯉の項 コマ136 を NDL で開く
貝原益軒『大和本草』(1709)——「河海諸魚ノ内最貴者」
同じ『大和本草』で、益軒はマグロに「毒アリ 往々人ヲ醉シム」と書いています(マグロの記事)。その益軒が、鯉についてはどう書いたか。PID 2557359 コマ4に独立項目として登場します。

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【原文】
「鯉 河海諸魚ノ内最貴者。尓雅釋魚以鯉冠篇。神農書曰鯉為魚之主。和漢共ニ是ヲ上品トス。両傍ノ一條ノ鱗大小トナク皆三十六アリ。煮食ヘハ水腫ヲ治シ小便ヲ利シ脾胃ヲ補フ。作膾温補ス。新鮮ナルハ尤美。山州淀ノ産ヲ佳トス」
【現代語訳】
鯉は、河(川)の魚でも海の魚でも、すべての中で最も貴い魚である。爾雅(中国最古の辞典)の釈魚篇では鯉を筆頭に掲げている。神農の書にも「鯉は魚の主(あるじ)」とある。和漢ともにこれを上品(最高級)とする。両側の一条(側線)の鱗は、大小に関わらずすべて三十六ある。煮て食えば水腫を治し、小便を利し、脾胃を補う。膾(なます)にすれば温補する。新鮮なものはことに美味い。山城国淀川の産を佳品とする。

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益軒のマグロ評価 vs 鯉評価——同じ著者の180度の落差
マグロについて:「毒アリ 往々人ヲ醉シム」(毒がある。しばしば人を酔わせる)
鯉について:「河海諸魚ノ内最貴者」(すべての魚の中で最も貴い)
同じ貝原益軒が同じ『大和本草』の中で、ここまで正反対の評価をしています。マグロは「危険な魚」、鯉は「最高の魚」。
しかも益軒はマアジには独立項目すら立てなかった。「当たり前の魚」にはページを割かなかった実用主義者が、鯉には惜しみない賛辞を送っている。魚の格付けにおいて、鯉は益軒にとって文句なしの頂点だった。
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▶ 『大和本草』巻十三 鯉の項 コマ4 を NDL で開く
寺島良安『和漢三才図会』(1712頃)——図版つきの「魚の王」
全105巻の百科事典。鯉は巻第四十八 河湖有鱗魚の筆頭として、PID 898161 コマ179に図版付きで登場します。

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【原文要旨】(コマ179)
画像照合により以下の趣旨が確認できます:
- 「本草綱目云鯉爲魚品上」——本草綱目に「鯉は魚品の上」とある
- 「陰魚故有六六陰數」——陰の魚だから六六(=三十六)の陰数を持つ
- 「其脇一道從頭至尾無大小三十六鱗」——脇の一条(側線)は頭から尾まで、大小なく三十六鱗
- 「脊上兩筋及黑血有毒」——背の上の二筋と黒い血には毒がある
- 「能神變至江湖」——神変(不思議な力)をもって江湖に至る
産地・年齢の詳細(コマ180)

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【原文要旨】(コマ180)
画像照合により以下が確認できます:
- 鯉のサイズと年齢の対応:四年で尺三四寸、五年で尺五六寸、三尺に近い者は稀
- 「三尺有餘者呼曰尺之鯉、有化龍之勢」——三尺以上の鯉は「尺の鯉」と呼ばれ、龍に化ける勢いがある
- 「奧州北地鮒有而鯉全無」——奥州(東北地方の北部)には鮒はいるが鯉はまったくいない
- 「城州淀川者最」——城州(京都)の淀川が最上
- 「武州」——武蔵国も産地として言及
- 「江州琵琶湖 信州諏訪湖」——近江琵琶湖と信州諏訪湖も名産地

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「化龍之勢」——登竜門の伝説
「三尺以上の鯉には龍に化ける勢いがある」——中国の登竜門の伝説が、良安の記述にも反映されています。黄河上流の急流「龍門」を登りきった鯉は龍になるという伝説。これが「登竜門」の語源であり、現代でも「出世の関門」を指す慣用句として生きています。
良安はまた「奧州北地に鯉全くなし」という興味深い地理情報を記録しています。寒冷な東北北部には鯉が分布しなかったということで、現代の分布域(本州以南が中心)とも整合します。
📚 NDLで原典を読む
▶ 『和漢三才図会』巻48 鯉の項 コマ179 を NDL で開く
新井白石『東雅』(1717)——「ヒ」で終わる魚名たちの謎
語源辞典『東雅』の鯉の項は、PID 993111 コマ33に登場します。

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【原文】
「鯉 コヒ 倭名鈔に七卷食經を引て。鯉魚はコヒと註せり。義不詳。凡魚介の類よびて。ヒといふ物多し。鯉をコヒといひ。鯛をタヒといひ。鱏魚をエヒといひ。王餘魚をカラエヒとも。カレヒともいひ。鮬をセヒといひ。また鰕をエビといひ。貝蛤にカヒといひ。甲蠃をツビといひ。鰒をアハビといふが如き。本其義ありぬべけれと。今に於ては詳ならす」
【現代語訳】
鯉(読み「コヒ」)。倭名抄(倭名類聚抄)は七巻食経を引いて、鯉魚は「コヒ」と注釈している。語義は不明。そもそも魚介の類で「ヒ」で終わる名前は多い。鯉をコヒと呼び、鯛をタヒと呼び、鱏(エイ)をエヒと呼び、王余魚(カレイ)をカラエヒともカレヒとも呼び、鮬をセヒと呼ぶ。また鰕(エビ)をエビと呼び、貝をカヒと呼び、甲蠃(つび、巻き貝)をツビと呼び、鰒(アワビ)をアハビと呼ぶ。もとは何か意味があったのだろうが、今となっては詳しくはわからない。

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白石の驚くべき気づき——「ヒ」で終わる魚名の系譜
マアジの項では「義不詳…詳なる事を知らず」で締めくくった白石が、鯉の項では全く異なるアプローチを見せています。鯉の語源を「コヒ」単体で考えるのではなく、「ヒ」で終わる魚介名を片っ端からリストアップして、共通パターンを探ろうとしている。
コヒ(鯉)、タヒ(鯛)、エヒ(鱏=エイ)、カレヒ(カレイ)、セヒ(鮬)、エビ(鰕)、カヒ(貝)、ツビ(甲蠃=巻き貝)、アハビ(鰒)——これは300年前の形態素分析です。現代の国語学でも「ヒ」の語源は諸説あり、白石が「本其義ありぬべけれと。今に於ては詳ならず」と留保したのは、まったく適切な判断でした。
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▶ 『東雅』巻19 鱗介部 コマ33(鯉の項)を NDL で開く
越谷吾山『物類称呼』(1775)——鯉の地方呼称
方言辞典の傑作『物類称呼』。鯉はPID 2539349 コマ28に独立項目で収録されています。

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【内容の要旨】
くずし字のため逐語引用は控えますが、項の末尾に「武藏にて鯉魚の小なるを○○と称す」という趣旨の一節があり、武蔵国(現在の東京・埼玉・神奈川の一部)に小さな鯉を呼ぶ専用の名があったことが記録されています(呼び名の仮名は判読を保留します)。
マアジが「とつか」「とつぱこ」「こびら」「ぢんだんご」「さくさね」と地方名が乱立していたのに対し、鯉の地方名はかなり少ないようです。鯉は「コイ」という名前が全国で安定していた魚で、方言的な揺れが少なかった。サバが「アヲサバ」と「サバ」の二系統があったのとも対照的です。これは、鯉が「魚の王」として格式を持っていたからこそ、正式名称が定着しやすかったのかもしれません。
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▶ 『物類称呼』巻2 鯉の項 コマ28 を NDL で開く
蔀関月『日本山海名産図会』(1799)——鯉は「名産」ではなかった
各地の名産品を図版付きで紹介する産業誌。PID 2575828 の全31コマを走査しましたが、鯉の独立項目は見つかりませんでした。
日本山海名産図会は「特産品」として名を馳せた魚を取り上げる書物で、鯉は「どこにでもいる魚」だから名産品としての特産性がなかった。淀川・琵琶湖・諏訪湖と全国に産地が分散しているため、どこか一カ所の「名産」にはなりにくかったのでしょう。
小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1803)——六六魚・龍公子・錦鱗
本草学の大著『本草綱目啓蒙』。鯉はPID 2555647 コマ4に「鯉魚 コヒ」として独立項目で登場します。巻之四十の「鱗之三 魚類三十一種」の筆頭です。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション(著作権保護期間満了)

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【原文】
「鯉魚 コヒ。和名マゴヒ。…龍公子。六六魚。錦鱗。赤鯶公。…鯉ハ首ヨリ尾ニイタルマデ鱗ノ數三十六アリ故ニ六六魚ノ名アリ。…京師ニテハ近江鯽淀鯉ト稱」
【現代語訳】
鯉魚、読み「コヒ」。和名はマゴヒ(真鯉)。別名は龍公子(龍の息子)、六六魚(六×六=三十六の鱗を持つ魚)、錦鱗(錦のような鱗)、赤鯶公。…鯉は頭から尾に至るまで鱗の数が三十六あるので、六六魚の名がある。…京師(京都)では「近江鮒(鯽)・淀鯉」と称する。

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鯉の別名の宇宙——すべてが「龍」に通じる
蘭山が列挙した鯉の別名を見ると、そのほとんどが龍に関係している:
- 龍公子(りゅうこうし)——龍の息子
- 六六魚(ろくろくぎょ)——6×6=36枚の鱗。陰の極数
- 錦鱗(きんりん)——錦のように美しい鱗
「魚の王」であるだけでなく、「龍になりうる唯一の魚」として鯉が位置づけられていたことがわかります。他のどの魚にもこのような「変身譚」はありません。
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▶ 『本草綱目啓蒙』コマ4(鯉魚の項)を NDL で開く
現代との比較——鯉はなぜ「王」だったのか
ここまでの8冊の記録を、現代の一般知識と重ねてみましょう。
1. 分類学上の位置
現代では一般に、マゴイ(真鯉)はコイ目コイ科コイ属(Cyprinus carpio)の淡水魚と説明されます。原産地は中央アジアとされ、古くから食用・観賞用として世界中に持ち込まれました。体長は60〜100cm、大型個体は1mを超えることもあります。
江戸の学者たちが「河湖有鱗魚」に分類したのは正確で、鯉は淡水域の有鱗魚の代表種です。
2.「三十六鱗」は本当か
9冊中8冊が「三十六鱗」を記述していますが、実際にはどうでしょうか。現代の魚類学では、コイの側線鱗数は33〜39枚(個体差あり)とされています。36枚前後が最も多い範囲に入る、というのが事実です。
つまり「必ず三十六」は厳密には正しくないが、「おおむね三十六前後」は間違いではない。古代中国の観察者が何百匹もの鯉の鱗を数え、36が最頻値だと気づいた——その実証精神には驚かされます。
なお「三十六」は中国の数秘学では「六六の陰数」(6×6=36、陰の極数)とされ、和漢三才図会の良安も「陰魚故有六六陰數」と明記しています。実際の鱗数の最頻値が36前後だったことと、数秘学的な意味づけが重なって、「三十六鱗」の伝統が形成されたと考えられます。
3.「諸魚之長」の背景——なぜ鯉が王なのか
鯉が「魚の王」とされた理由は、現代の目で見ると複合的です:
- 長寿:鯉は淡水魚の中でも極めて長命で、数十年生きる個体もある(記録では70年以上)
- 巨大化:1mを超える大型になる。和漢三才図会の「三尺有餘者…有化龍之勢」もこれを反映
- 生命力:酸欠や水温変化に強く、泥水でも生き延びる
- 登竜門:急流を遡上する力強い泳ぎが「龍門を登る=立身出世」の象徴に
- 全身が薬:本朝食鑑が記録したように、肉・目・膽・鱗まで薬効がある
一方、現代の食文化では鯉は「高級魚」ではあるものの、マグロやサーモンに比べると存在感が薄い。「諸魚之長」の座は、事実上、空位になっています。
4. 産地ランキングの変遷
江戸時代のランキングでは淀川が日本一、琵琶湖・諏訪湖が次ぎ、浅草川は「泥の匂いがする」と評された。
現代の鯉の主要産地は福島県・茨城県・長野県で、養殖が中心です。淀川の天然鯉が日本一だった時代は過去のものとなり、養殖技術の発達で産地地図は大きく塗り替わりました。しかし長野県(信州)が産地に含まれるのは、必大と良安が「信之諏訪亦美」と評価した300年前と変わりません。
5. 鯉の文化的地位——端午の節句と錦鯉
鯉は食材を超えた文化的存在でもあります:
- 鯉のぼり:端午の節句に立てる鯉幟は、「登竜門」伝説に由来。和漢三才図会が「化龍之勢」と書いた鯉の立身出世の象徴が、今も家々の屋根に泳いでいる
- 錦鯉:新潟県を中心に発展した観賞用の鯉。蘭山が「錦鱗」と呼んだ美しさが、19世紀以降に品種改良によって極限まで追求された。現代では「泳ぐ宝石」として海外でも人気が高い
- 鯉こく・あらい:鯉料理は各地の郷土料理として今も残る。味噌仕立ての「鯉こく」、冷水で締めた「鯉のあらい」
マグロは現代に至って「寿司ネタの王者」に登りつめ、江戸の「下魚」評価を逆転させました。しかし鯉は逆に、江戸時代の「諸魚之長」の地位から滑り落ちた魚です。文化的には今も端午の節句や錦鯉を通じて日本人の意識に根づいていますが、「食卓の王」としての地位は過去のものです。
8冊を並べて見えてきたもの
マグロ・マアジ・サバとの比較表です。
書名 | マグロ | マアジ | サバ | 鯉 |
|---|---|---|---|---|
倭名類聚抄 | ○ | ○ | ○ | ○ |
訓蒙図彙 | ○ | ○ | ○ | ○ |
本朝食鑑 | × | ○ | ○ | 筆頭 |
大和本草 | ○ | × | ○ | ○(最貴) |
和漢三才図会 | ○ | ○ | ○ | 筆頭 |
東雅 | × | ○ | ○ | ○ |
物類称呼 | ○ | ○ | ○ | ○ |
日本山海名産図会 | ○ | × | ○ | × |
本草綱目啓蒙 | × | × | ○ | 筆頭 |
鯉の特異性が際立つのは、「載せ方」です。サバは9冊全員が載せましたが、セクションの筆頭にはなっていない。鯉は1冊が載せなかったものの、載せた書の3冊が鯉をセクションの筆頭に配置しています。
- 本朝食鑑:巻七「河湖有鱗類」の最初に鯉
- 和漢三才図会:巻四十八「河湖有鱗魚」の最初に鯉
- 本草綱目啓蒙:巻四十「鱗之三 魚類」の最初に鯉
これは他のどの魚にも見られない待遇です。マグロも、サバも、マアジも、セクションの筆頭になったことはありません。鯉だけが「最初に書くべき魚」として、複数の学者に認められていた。
そしてもう一つの特異性は、全員が同じことを書いていること。マグロでは「毒アリ」と「不味い」で意見が割れ、サバでは語源が二手に分かれ、マアジでは各書が違う角度から書いていた。ところが鯉については:
- 全員が「三十六鱗」と書いている
- 全員が「魚の王」という格付けを認めている
- 全員が「淀川が最上」と書いている
- 全員が「甘温無毒」と書いている
鯉に関しては、900年間、誰も異論を唱えなかった。マグロのように「下魚」と「毒」で意見が割れることもなく、サバのように語源で二手に分かれることもなく、全員一致で「諸魚之長」としている。これは中国古典の権威がそのまま日本に受容された結果であり、同時に、日本の学者たちが鯉の実力を観察して「確かにその通りだ」と追認した結果でもあります。
鯉は、「時間を超えた対話」ではなく「時間を超えた合意」が成立していた、唯一の魚です。
「三十六鱗」は本当に正しい?
「登竜門」と鯉の関係は?
なぜ鯉が「諸魚之長」と呼ばれたの?
江戸時代に淀川の鯉が日本一だったのはなぜ?
白石が指摘した「ヒで終わる魚名」の謎は解けた?
鯉の文化的地位は今でも高い?
鯉は海にもいるの?
SAKANA 編集部
良輔 × Claude(Anthropic)
論文・古文献・信頼報道から確認した事実だけを掲載する魚の知識図鑑。 人間が判断し、AIが調査を支援する協働プロジェクトです。