「猫に鰹節」の語源と初出 江戸の前は「猫に乾鮭」も
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武田勝頼の軍議の席で、側近の長坂長閑は、攻め取った国や郡を人に渡すなどというのは、下々のたとえに言う猫に鰹の節を預けたようなものだ、と言って家老の進言に反対しています。17世紀はじめの軍記『甲陽軍鑑』の一場面で、精選版日本国語大辞典が「猫に鰹節(ねこにかつおぶし)」のいちばん古い用例に挙げているのもこの本です(同項)。意味は、猫のそばに好物の鰹節を置くことから、油断できないこと、危険であることのたとえで(デジタル大辞泉「猫に鰹節」の項)、「ことわざを知る辞典」は、責められているのは猫ではなく、承知のうえで預けた人のほうだと説明しています(コトバンク「猫に鰹節」の項)。語源をたどって江戸の本をめくっていくと、この言葉はもともと「預ける」までがひと続きで、猫の前に置かれたのも鰹節だけではありませんでした。
出典:ColBase(歌川国芳筆「鼠よけの猫」・東京国立博物館蔵 A-10569-5506・CC BY 4.0)https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-5506
「かつおぶし」の書き方は一定しないので、次世代デジタルライブラリーの全文検索を古典籍に絞って、いくつもの形で引きました。「猫に鰹」で12冊、「猫にかつを」で3冊、「猫にかつほ」で3冊が出て、年代順に並べた先頭のほうにあったのが『甲陽軍鑑』です。江戸初期につくられた軍記で、武田信玄一代の戦功や軍法を中心に、子の勝頼の一代記を加えたもの(コトバンク「甲陽軍鑑」の項)。国立国会図書館には19巻の写本があり(書写年は不明)、その10冊めのコマ24に、探していた言葉がありました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『甲陽軍鑑 19巻』[10]・NDL PID:2563281 コマ24・著作権保護期間満了)
武田の軍議で、もう「下々のたとえ」だった
筆で写されたくずし字の本で、右ページのなかほどの列を拡大すると、次のように読めます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『甲陽軍鑑 19巻』[10]・NDL PID:2563281 コマ24・著作権保護期間満了)
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を人の方へ渡といふ儀ハ下劣のたとへに猫に鰹の
現代語訳
(取った国郡)を人の方へ渡すということは、下々のたとえに「猫に鰹の(ふしを預けた)」と言うのも——。次の列の「ふしをあつけたると申も」へ続く。
「を人の方へ渡といふ儀ハ下劣のたとへに猫に鰹の」。次の列は「ふしをあつけたると申も」と続きます。場面は品第五十一、勝頼の代で、明治26年の活字本で前後を読むと、家老の高坂弾正が勝頼に、攻め取った土地を織田・徳川方に渡して和睦し、そのうえで小田原の北条を攻めるべきだ、という趣旨の進言をしています(『甲陽軍鑑』山田弘道校・NDL PID:899828 コマ230〜231)。これに長坂長閑が反対し、勝頼は長坂の意見を採って、弾正の進言は取りあげられなかった、と本は書いています(同コマ231)。
写本は書写年が分からないので、刊年のはっきりした本でも同じくだりを探すと、元禄7年(1694年)刊の『甲陽軍大全』に出てきました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『甲陽軍大全』[17]・NDL PID:2563294 コマ69・著作権保護期間満了)
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渡ス云儀ハ下劣のたとへに猫に鰹のふしを預たると申も大かた此弾正分別の様なる
現代語訳
(取った国郡を人に)渡すということは、下々のたとえに「猫に鰹の節を預けた」と言うのも、おおかたこの弾正の考えのようなことだ。
「渡ス云儀ハ下劣のたとへに猫に鰹のふしを預たると申も大かた此弾正分別の様なる」。「下劣のたとへ」は、身分の低い人たちの言うたとえという意味に取れるので、書き手にとって「猫に鰹節」は自分が思いついた比喩ではなく、世間でとうに使われていた決まり文句だったことになります。しかもここでは「鰹節」ではなく「鰹のふし」で、「預けた」までがひと続きでした。ことわざの芯は、猫でも鰹節でもなく、「預ける」という行いのほうにあったわけです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(〔鰹・さくら〕(収載資料名:[広重魚尽])・NDL PID:1306186・著作権保護期間満了)
江戸の戯作では、預けるのは「若い娘」
戦国の軍議で使われたことわざは、江戸の町人向けの小説では、もっぱら男女の話に使われるようになります。享保18年(1733年)刊の浮世草子『那智御山手管滝』には、女を人に頼んで帰ることを、猫に鰹節を預けて帰る、と言う趣旨の一文があり(其磧・自笑作、NDL PID:2554620 コマ18)、寛延3年(1750年)刊の『頼信軍記』にも、留守を頼むことを猫に鰹の頼み、と言う趣旨のくだりがあります(NDL PID:2555007 コマ7)。
文化12年(1815年)には、式亭三馬が合巻『女房気質異赤縄』の序文を、このことわざで書き出しました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『女房気質異赤縄 5巻』・NDL PID:10301435 コマ5・著作権保護期間満了)
序文は世の中で危ないものを数えあげていき、それにもまして危ないのは、若い後家や嫁入り盛りの娘に、小粋な若い者を供につけて湯治にやることだ、という趣旨の文のあとに、このことわざが来ます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『女房気質異赤縄 5巻』・NDL PID:10301435 コマ5・著作権保護期間満了)
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湯治にやるハ猫にかつをぶしをあづけたるごとくゆだんたいてきなるべし
現代語訳
湯治にやるのは、猫に鰹節を預けたようなもので、油断大敵であろう。
「湯治にやるハ猫にかつをぶしをあづけたるごとくゆだんたいてきなるべし」。猫に鰹節を預けたようなもので油断大敵だ、というのですから、いまの辞書の語釈「油断できないこと」とそのまま重なり、ここでも動詞は「預ける」です。
天保7年(1836年)の人情本、松亭金水の『両個女児郭花笠』になると、娘と若い男のようすに気づいた母親が、心のなかでつぶやく場面に出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『両個女児郭花笠 4編』初編中・NDL PID:8943001 コマ21・著作権保護期間満了)
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れバ母のお邑ハ。心のうちに点頭て。猫に鰹節ゆだんハ
現代語訳
(ふだんと様子が違うので)母のお邑は心のうちでうなずいて、「猫に鰹節、油断は——」。ページの終わりで、次のページへ続く。
「母のお邑ハ。心のうちに点頭て。猫に鰹節ゆだんハ」とあって、ここでページが終わり、次のページへ続きます。「鰹節」の振り仮名は「かつぶし」で、もう「預ける」がありません。「猫に鰹節」だけで通じる、いまと同じ短い形になっていました。
鰹節の前に、乾鮭と生鰯があった
明治43年(1910年)の『諺語大辞典』で「猫ニ鰹節」を引くと、仲間のことわざが並んでいます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『諺語大辞典』・NDL PID:862766 コマ401・著作権保護期間満了)
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【猫ニ鰹節】猫ニ鰹節アヅケルともいふ。〔百日曾我〕お預りの大事の召人、ふか〳〵と渡さるゝは、猫に鰹、武士に似合ぬ甘いこと。〔根無草〕燒鼠を狐に預け、猫に鰹節の番とやらにて、必定しくじりの基なり。(中略)【猫ニ乾鮭】猫ニ鰹節に同じ。〔毛吹草〕
現代語訳
「猫に鰹節を預ける」とも言う。『百日曾我』と『根無草』の用例を引き、「猫に乾鮭」は同じ意味として『毛吹草』を出典に挙げる。
「【猫ニ鰹節】猫ニ鰹節アヅケルともいふ。」とあり、用例には『百日曾我』から「猫に鰹、武士に似合ぬ甘いこと」、『根無草』から「猫に鰹節の番とやらにて、必定しくじりの基なり」を引いています。そのすぐあとが「【猫ニ乾鮭】猫ニ鰹節に同じ。〔毛吹草〕」で、同じコマには【猫ニ生鰯】の項もあり、やはり「猫ニ鰹節に同じ」です。
乾鮭(からざけ)は、鮭の腹を裂いてはらわたを除き、塩をせずに陰干しにしたもの(コトバンク「乾鮭」の項)。出典の『毛吹草』は松江重頼が編んだ俳諧の本で、正保2年(1645年)刊、序文は寛永15年(1638年)です(コトバンク「毛吹草」の項)。ただ、その原本の画像は国立国会図書館で見つけられなかったので、ここではこの辞書の記載で示すにとどめます。
「猫に乾鮭」そのものは、別の原本でも確かめられました。元禄10年(1697年)刊の茶の湯の本『茶湯評林』巻之一の目録に、「猫にからさけ」という題が並んでいます(NDL PID:2567749 コマ4。「猫」に「ネコ」の振り仮名)。近松門左衛門の浄瑠璃にも出てきて、正徳3年から享保2年(1713〜1717年)の作を収めた『近松門左衛門全集』第七巻の『相模入道千疋犬』では、新田義貞の名乗りを聞いた相手が「南無三寶猫に乾鮭預けたと」うなだれます(大正12年・NDL PID:1884369 コマ98。「乾鮭」に「からざけ」の振り仮名)。ここでも動詞は「預けた」で、魚が鰹節でも乾鮭でも、江戸の人が言いたかったことは同じでした。
国学者は『後漢書』の狼を持ちだした
ことわざや俗語を集めた辞書『俚言集覧』の、明治33年(1900年)の増補版には、この仲間がまとめて載っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俚言集覧』下・NDL PID:991571 コマ9・著作権保護期間満了)
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猫に鰹節 猫のヒタヒにカツフシとも云猫にナマイワシとも云〔和漢古諺〕猫にカラサケ〔倭訓栞〕猫に堅魚節アツケルと云〔後漢書〕使餓狼守庖厨飢虎牧牢豚と云に同し〔唐話纂要〕猫頭上乾魚
現代語訳
「猫の額に鰹節」とも「猫に生鰯」とも言う。『和漢古諺』には「猫に乾鮭」。『倭訓栞』は『後漢書』の句と同じだと言う。『唐話纂要』には「猫頭上乾魚」。
「猫に鰹節 猫のヒタヒにカツフシとも云猫にナマイワシとも云〔和漢古諺〕猫にカラサケ〔倭訓栞〕猫に堅魚節アツケルと云〔後漢書〕使餓狼守庖厨飢虎牧牢豚と云に同し〔唐話纂要〕猫頭上乾魚」。猫の額に鰹節、猫に生鰯、猫に乾鮭、そして『唐話纂要』の「猫頭上乾魚」、猫の頭の上の干し魚と、置かれる魚は鰹節、鰯、鮭、干物と入れかわります。
ここで引かれている『倭訓栞(わくんのしおり)』は、谷川士清(たにかわことすが)が編んだ江戸後期の国語辞書で(デジタル大辞泉「和訓栞」の項)、文政13年(1830年)刊の冊の「ねこ」の項に、この諺の出どころについての考えが書いてあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『倭訓栞』[20]・NDL PID:2562801 コマ5・著作権保護期間満了)
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○猫に堅魚節あつけるといふ諺ハ後漢書に使餓狼守庖厨飢虎牧牢豚といふに同し
現代語訳
「猫に堅魚節(かつおぶし)を預ける」ということわざは、『後漢書』に「餓えた狼に台所を守らせ、飢えた虎に豚の檻の番をさせる」とあるのと同じだ。
「猫に堅魚節あつけるといふ諺ハ後漢書に使餓狼守庖厨飢虎牧牢豚といふに同し」。士清が引いた形も「あつける」つきで、これは中国の歴史書『後漢書』(南朝宋の范曄が432年に完成。コトバンク「後漢書」の項)の句と同じだ、と言っています。その句を、江戸の和刻本で開いてみました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『後漢書 120卷』21・NDL PID:2544805 コマ22・著作権保護期間満了)
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使餓狼守庖厨飢虎牧牢豚
現代語訳
餓えた狼に庖厨(台所)を守らせ、飢えた虎に牢の豚を牧(か)わせる。
「使餓狼守庖厨飢虎牧牢豚」、餓えた狼に台所を守らせ、飢えた虎に檻の豚の番をさせる、という句で、後漢の仲長統(ちゅうちょうとう)の伝に引かれた「理乱篇」の一節です(NDL PID:2544805 コマ18〜22)。愚かな君主が、お気に入りや后の一族ばかりを取りたてた結果を言う文脈で、狼と虎が日本では猫になり、台所の肉と豚が鰹節になったことになります。スケールはずいぶん小さくなりましたが、責められているのが「番をさせた側」である点は変わりません。
「猫に鰹節」は、もともと「猫に鰹節を預ける」でした。17世紀はじめの『甲陽軍鑑』では領地を、1815年の三馬の序文では若い娘を、預けてはいけない相手に預けることを言っていて、1836年の金水の人情本で「預ける」が落ち、いまの短い形になっています。そして17世紀には、猫の前にあったのは鰹節だけではなく、乾鮭でもありました。『甲陽軍鑑』の書き手が「下々のたとえ」と呼んだあの一行は、写本のコマ24で、いまもくずし字のまま読めます。
この記事でわかったこと
精選版日本国語大辞典は、17世紀はじめの軍記『甲陽軍鑑』を挙げています。
国立国会図書館の写本では品第五十一に「下劣のたとへに猫に鰹のふしをあつけたる」とあり(NDL PID:2563281 コマ24)、元禄7年(1694年)刊の『甲陽軍大全』にも同じくだりがあります(NDL PID:2563294 コマ69)。攻め取った領地を他人に渡すことをたとえた言葉でした。
猫に好物の鰹節の番をさせれば食べられてしまう、という見たままのたとえです。
古い形は「猫に鰹節を預ける」で、1830年刊の『倭訓栞』も「猫に堅魚節あつけるといふ諺」と書き、中国の『後漢書』の「餓えた狼に台所を守らせ、飢えた虎に豚の番をさせる」と同じだと説明しています(NDL PID:2562801 コマ5)。
「猫に鰹節」と同じ意味の古いことわざです。
明治43年の『諺語大辞典』は出典に『毛吹草』を挙げています(NDL PID:862766 コマ401)。元禄10年(1697年)刊の『茶湯評林』の目録に「猫にからさけ」があり、近松門左衛門の浄瑠璃にも「猫に乾鮭預けたと」というせりふがあります。ほかに「猫に生鰯」「猫の額に鰹節」という形も明治の辞書に載っています。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 甲陽軍鑑 19巻.[10]
高坂弾正 [著]・[春日惣次郎] [書継]・[小幡景憲] [補] [1---] [写]
- 甲陽軍鑑
高坂弾正 著・山田弘道 校 明25,26
- 甲陽軍大全.[17]
小嶺弘興 元禄7
- 〔鰹・さくら〕
一立斎広重
- 那智御山手管滝 5巻.[2]
其磧・自笑 享保18 [1733]
- 頼信[ボタン]軍記 5巻.[2]
其笑・瑞笑 寛延3 [1750]
- 女房気質異赤縄 5巻
式亭三馬 作・歌川国直 画 文化12 [1815]
- 両個女児郭花笠 4編.初編中
松亭金水 作・歌川国直・芳藤 画 天保7 [1836]
- 諺語大辞典
藤井乙男 編 明43.3
- 茶湯評林 9巻.[1]
遠藤元閑 元禄10 [1697]
- 近松門左衛門全集 : 10巻.第七巻
高野斑山, 黒木勘蔵 校訂 大正12
- 俚言集覧.下 明治33 に−を
村田了阿 編・井上頼圀, 近藤瓶城 増補 明治33
- 倭訓栞.[20]
谷川士清 纂 文政13 [1830]
- 後漢書 120卷.21
(劉宋) 范曄 撰・(唐) 李賢 注・志 (晉) 司馬彪 撰・(梁) 劉昭 注 [寛永前期頃]
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