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魚のことば

「かまとと」の語源と意味 蒲鉾と「とと」を明治の辞書で確かめる

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この記事の目次

明治40年(1907年)に三省堂が出した国語辞典『辞林』を「かま」の見開きまでめくっても、「かまど」の次は「かまどめ」で、「かまとと」という見出しはどこにもありません。知っているのに知らないふりをして、うぶに見せることを「かまとと」と言い、「かまととぶる」「カマトトぶってる」とも言いますが、この言葉が本に出てくる例として見つかったのは、ずっと後の昭和のものでした。

かまととの語源は、蒲鉾(かまぼこ)を指して「これ、とと(魚)?」と聞いたことから、と説明されます。蒲鉾が魚から作ることくらい誰でも知っているのに、わざと聞いてみせたという筋書きで、言葉の前半が蒲鉾、後半が子どもの言う魚にあたります。

『梅園魚譜』のハモの彩色図。見開きいっぱいにのびる長い魚と、右上の見出し「海鰻鱺」
毛利梅園が描いたハモ。右上の見出しは「海鰻鱺」。その左に「ハモ」「ハム 和名抄」、さらに左に「俗ニ用鱧ノ字ヲ」と書き添えてある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚譜』・毛利梅園・NDL PID:1286914 コマ45・著作権保護期間満了)

「かまとと」では引けない

国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで、「かまとと」「カマトト」「かまとゝ」と書き方を変えて本文を引いてみても、出てくるのは「なかまと」「民のかまど」のような、別の言葉の切れ端ばかりでした(2026年10月15日に検索)。言葉ごと探すのはあきらめて、「かま(蒲鉾)」と「とと」の二つに割り、部品のそれぞれが昔の辞書でどう説明されているかを先に押さえることにしました。

開いたのは冒頭の『辞林』で、金沢庄三郎の編、見出しは五十音順に並んでいます。

『辞林』コマ146の見開き。「かま」で始まる見出しが三段組でぎっしり並び、右ページ下段にカマキリの小さな挿絵
『辞林』の見開き。右ページの柱は「かまぎ―かまく」「かま―かまき」など、左ページの柱は「かまち―かまび」「かまひ―かまぼ」。「かま」で始まる言葉が三段組で並ぶ。右ページの下段にはカマキリの小さな挿絵がある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(金沢庄三郎編『辞林』・三省堂・明治40年・NDL PID:863016 コマ146・著作権保護期間満了)

「かまど」「かまぼこ」と同じ見開きに、「かま」で始まる言葉が三段組でぎっしり並んでいて、もし「かまとと」が載っているなら、このあたりに入るはずです。

明治の辞書に「かまとと」はなかった

『辞林』コマ146の見出し「かまど[竈]」「かまどめ[鎌止]」「かまどり[釜取]」「かまな[鎌菜]」の部分と翻刻
「かまど[竈](名)」の次は「かまどめ[鎌止](名)」、その次が「かまどり[釜取](名)」、続いて「かまな[鎌菜](名)」。各項の説明は省いた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(金沢庄三郎編『辞林』・三省堂・明治40年・NDL PID:863016 コマ146・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

かまど[竈](名)……かまどめ[鎌止](名)……かまどり[釜取](名)……かまな[鎌菜](名)……

現代語訳

「かまど」の次は「かまどめ」「かまどり」「かまな」。明治40年の辞書の、ちょうど「かまとと」が入るはずのあたりに、その見出しはない。

「かまど」の次は「かまどめ」(鎌止め。山の草木を刈るのを禁じること)、その次が「かまどり」、そして「かまな」と続き、「かまとと」の見出しはありません。大正から昭和の初めに出た、新しい言葉や隠語を集めた辞典も次世代デジタルライブラリーで本文を引いてみましたが、そちらでも見つかりませんでした。言葉そのものが見当たらない以上、確かめられるのは部品のほうで、同じ見開きの左ページに「かまぼこ」の項があります。

「蒲鉾」は、蒲の穂に似た形から

『辞林』コマ146の「かまぼこ[蒲鉾]」の項と翻刻
「かまぼこ[蒲鉾](名)……魚類の肉を叩き……みてすり砕き、これを固めて焼きたるもの、昔時は、おもに竹串を心とし圓長形に塗り、其形蒲の花穂に似たりしより此名起りたれど、近時は、多くこれを長方形の薄板の上に低き穹窿形に盛る、これをいたつきかまぼこともいふ。」読み切れなかった字は「……」とした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(金沢庄三郎編『辞林』・三省堂・明治40年・NDL PID:863016 コマ146・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

かまぼこ[蒲鉾](名)…… 魚類の肉を叩き……みてすり砕き、これを固めて焼きたるもの、昔時は、おもに竹串を心とし圓長形に塗り、其形蒲の花穂に似たりしより此名起りたれど、近時は、多くこれを長方形の薄板の上に低き穹窿形に盛る、これをいたつきかまぼこともいふ。

現代語訳

魚の肉をたたいてすりつぶし、固めて焼いたもの。昔は竹串を芯にして丸く長く塗りつけ、その形が蒲の穂に似ていたのでこの名がついた。今は長方形の薄い板に低くかまぼこ形に盛る(板付きかまぼこ)。

「魚類の肉を叩き……すり砕き、これを固めて焼きたるもの」と、蒲鉾が魚から作るものだということは明治の辞書にはっきり書いてあります。名前の由来も「其形蒲の花穂に似たりしより此名起りたれど」と添えてあって、昔は竹串に丸く長く塗りつけていたので形が蒲(がま)の穂に似ており、板に盛るのは「近時」の新しい形だ、という説明です。

その昔の形を描いた絵が、安政6年(1859年)に出た『蒹葭堂雑録』に残っています。木村蒹葭堂の著、暁鐘成の編です。

『蒹葭堂雑録』巻之四コマ24の見開き。右ページの中ほどに、竹串に刺した細長い蒲鉾の小さな絵
『蒹葭堂雑録』巻之四の見開き。右ページの柱は「蒹葭堂雑録巻之四」。右ページ中ほどの列の頭に、細い棒の先に細長いかたまりをつけた絵があり、その下に「圖のごとし」とある。左ページの終わりに「蒹葭堂雑録巻之四畢」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(木村蒹葭堂著・暁鐘成編『蒹葭堂雑録』5巻のうち[4]・安政6年刊・NDL PID:2562887 コマ24・著作権保護期間満了)

右ページの「○肥前國天草にて」から始まる一節で、天草で作るものは長さ五寸あまり、細い篠竹につけてある、と書いたあとが次の列です。

『蒹葭堂雑録』コマ24の「○肥前國天草にて製する」から「圖のごとし」までの3列と翻刻
「○肥前國天草にて製する魚……の形長さ五寸余径七八分許細篠竹につけて所謂蒲の穂の鉾のごとし是こそ其始蒲の鉾に似……よりして蒲鉾と号し古風なるべし(図)圖のごとし」読み切れなかった字は「……」とした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(木村蒹葭堂著・暁鐘成編『蒹葭堂雑録』巻之四・安政6年刊・NDL PID:2562887 コマ24・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

○肥前國天草にて製する魚……の形長さ五寸余径七八分許細篠竹につけて所謂蒲の穂の鉾のごとし是こそ其始蒲の鉾に似……よりして蒲鉾と号し古風なるべし (図) 圖のごとし……

現代語訳

肥前の天草で作る(すり身の)品は、長さ五寸あまり・太さ七、八分ほどで、細い篠竹につけてあり、いわゆる「蒲の穂の鉾」のようだ。これこそはじめに蒲の鉾に似ていたので蒲鉾と名づけた、古い形だろう。図のとおり。

「所謂蒲の穂の鉾のごとし」と書き、これこそはじめ蒲の鉾に似ていたので蒲鉾と名づけた古い形だろうと続けてから、「圖のごとし」と絵を添えています。

『蒹葭堂雑録』コマ24の、竹串につけた蒲鉾の絵と「蒲の穂の鉾のごとし」の大写し
右が「蒲の穂の鉾のごとし」の列、左が同じページの次の列にある絵。棒の先に細長いかたまりがついている。同じコマの二か所を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(木村蒹葭堂著・暁鐘成編『蒹葭堂雑録』巻之四・安政6年刊・NDL PID:2562887 コマ24・著作権保護期間満了)

串に刺した細長いすり身は、たしかに水辺の蒲の穂そっくりで、「かまとと」の前半の「かま」は、この魚の練り物の名前の頭です。

「とと」は、小さな子どもの言う魚

後半の「とと」は、『辞林』を「と」の部まで進めると、同じ形の見出しが二つ並んでいます。

『辞林』コマ578の見出し「とと[父]」と「とと」の2項と翻刻
「とと[父](名)「ちち」の轉。(小兒の語)。」「とと(名)うを又は雞などの稱。(小兒の語)。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(金沢庄三郎編『辞林』・三省堂・明治40年・NDL PID:863016 コマ578・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

とと[父](名)「ちち」の轉。(小兒の語)。とと(名)うを又は雞などの稱。(小兒の語)。

現代語訳

「とと」には見出しが二つある。一つは父のこと。もう一つは、魚(うお)や鶏などを指す、小さな子どもの言葉。

一つめの「とと[父]」は「ちち」がなまった子どもの言葉で、二つめが「うを又は雞などの稱。(小兒の語)」、魚や鶏などを指す小さな子どもの言葉です。明治の辞書は、魚だけでなく鶏まで「とと」と呼ぶと書いているのが面白いところです。

子どもが本当にそう言っていたことは、大正5年(1916年)の『幼児の精神査定及幼児取扱法』からも分かります。三田谷啓が幼い子の心の見立て方と接し方を述べた本で、子どもの言葉が育っていく順を話したくだりに出てきます。

『幼児の精神査定及幼児取扱法』コマ16の「例へば魚をトトとか、食物をウマ〳〵とか」の列と翻刻
「右の狀態がだん〳〵進んで參りますと今度は大分意味のある言葉が出て來る。例へば魚をトトとか、食物をウマ〳〵とか、或はワン〳〵と云へば、犬を意味すると云ふ譯で子供の言葉は初は單音が出て、それから」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(三田谷啓述『幼児の精神査定及幼児取扱法』・児童書院ほか・大正5年・NDL PID:980091 コマ16・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

右の狀態がだん〳〵進んで參りますと今度は大分意味のある言葉が出て來る。例へば魚をトトとか、食物をウマ〳〵とか、或はワン〳〵と云へば、犬を意味すると云ふ譯で子供の言葉は初は單音が出て、それから

現代語訳

喃語の時期が進むと、意味のある言葉が出てくる。たとえば魚を「トト」、食べ物を「ウマウマ」、「ワンワン」と言えば犬のこと。

意味のある言葉が出はじめるころの例として、「例へば魚をトトとか、食物をウマ〳〵とか」と、真っ先に「トト」が挙がっています。

『辞林』の「とと(名)うを又は雞などの稱。(小兒の語)。」と『幼児の精神査定及幼児取扱法』の「例へば魚をトトとか、」の大写し
右が明治40年『辞林』コマ578の見出し「とと(名)うを又は雞などの稱。(小兒の語)。」、左が大正5年『幼児の精神査定及幼児取扱法』コマ16の「例へば魚をトトとか、」。二冊から切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:863016 コマ578/NDL PID:980091 コマ16・著作権保護期間満了)

蒲鉾は魚のすり身で、ととは子どもの言う魚。二つの部品の意味は明治・大正の本でそのとおりに確かめられ、蒲鉾はととかと聞くのが、子どもじみた、わかりきった問いであることも腑に落ちます。

「カマトト」が本や歌の題になる

言葉そのものについては、次世代デジタルライブラリーの検索で引っかかったたしかな例は戦後のものばかりで、手がかりになったのは国立国会図書館がまとめた『全日本出版物総目録』でした。その年に出た本やレコードが、題名ごとに並んでいる目録です。

『全日本出版物総目録』昭和29年版コマ314の見開き。柱に「特殊資料」「音盤(声楽曲)」、曲名が二段組で並ぶ
左右の柱に「特殊資料」、上に「音盤(声楽曲)」。この年に出たレコードの曲名が、作詞・作曲・歌い手・発売月とともに並ぶ。左ページの左の段の中ほどに「ノー・ノー・ノー」、その次の行に「カマトト・ベビー」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(国立国会図書館収書部編『全日本出版物総目録』昭和29年版・国立国会図書館・1956年・NDL PID:2969122 コマ314・著作権保護期間満了)

昭和29年(1954年)版のレコードの欄に「カマトト・ベビー」という曲名があり、昭和31年(1956年)版には桃源社の「宮本幹也選集」の巻立てが載っていて、その第5巻の題が「カマトト令嬢」です(PID:2977563 コマ417)。

同じ昭和31年の9月には、国会でもこの言葉が使われました。衆議院法務委員会の小委員会で、猪俣浩三委員が、そのころ「太陽映画」と呼ばれた映画に反発する人たちについて述べたくだりです。

「福田恆存君は、これを「かまとゝ族」と言っておりますが」(第24回国会 衆議院法務委員会閉会中審査小委員会 第3号・昭和31年9月11日)。

発言はこのあと、その人たちの反感の中心は「性的刺激を与え過ぎるという点」だ、と続くので、映画の性の描写に反発する人たちを福田恆存が「かまとと」にたとえて呼んだ、という紹介になっています。昭和36年(1961年)版の総目録には、曾野綾子の本『かまとと追放』(集英社)も見えます(PID:2969129 コマ192)。

『全日本出版物総目録』の「カマトト・ベビー」「第5巻 カマトト令嬢」「かまとと追放」の大写し
上から、昭和29年版コマ314の曲名「カマトト・ベビー」、昭和31年版コマ417の「第5巻 カマトト令嬢」、昭和36年版コマ192の「かまとと追放」。三冊から切り出して縦に並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(国立国会図書館収書部編『全日本出版物総目録』NDL PID:2969122 コマ314/PID:2977563 コマ417/PID:2969129 コマ192・著作権保護期間満了)

昭和30年前後には、歌の題にも、小説の題にも、国会の発言にも使われる言葉になっていたわけです。

語源の話は、まだ紙の上で見つかっていない

蒲鉾をととかと聞いた、という話そのものを書いた古い本は、今回探した範囲では見つかりませんでした。部品の蒲鉾は1859年の『蒹葭堂雑録』に串刺しの絵があり、1907年の『辞林』はとと(名)を子どもの言葉として載せ、1916年の三田谷啓も魚をトトと呼ぶ例を挙げているのに、「かまとと」という見出しは明治40年の辞書になく、見つかった早い例は1954年の曲名です。

話し言葉は、本に書かれるより先に口の端にのぼるもので、機械読み取りの検索では引けなかった例が、どこかの本に眠っている見込みは十分にあります。昭和29年の「カマトト・ベビー」は、あくまで見つかった範囲でいちばん古い例、ということになります。

ほかの魚のことばは魚のことばの一覧へ。冒頭の図のハモについてはハモの漢字「鱧」で読んでいます。

この記事でわかったこと

  • 知っているのに知らないふりをして、うぶに見せることや、そうする人のことです。

    「かまととぶる」とも言います。昭和31年の国会では、映画を批判する人たちを福田恆存が「かまとゝ族」と呼んだことが紹介されています(衆議院法務委員会閉会中審査小委員会 第3号・昭和31年9月11日)。

  • 「蒲鉾(かまぼこ)はとと(魚)か」と、わかりきったことを知らないふりで聞いたことから、と説明されます。

    部品の意味は古い辞書で確かめられ、明治40年の『辞林』は「とと」を「うを又は雞などの稱。(小兒の語)」、蒲鉾を「魚類の肉を叩き……すり砕き、これを固めて焼きたるもの」としています(NDL PID:863016 コマ578・146)。蒲鉾をととかと聞いた話そのものを書いた古い本は、今回は見つかっていません。

  • 国立国会図書館の全文検索で見つかった早い例は、『全日本出版物総目録』昭和29年版のレコードの曲名「カマトト・ベビー」です(NDL PID:2969122 コマ314)。

    昭和31年には「宮本幹也選集」第5巻「カマトト令嬢」があり、国会でも「かまとゝ族」という言葉が出ています。明治40年の『辞林』には見出しがありません。これより古い例が無いとまでは言えません。

  • 小さな子どもが魚を呼ぶ言葉だからです。

    明治40年の『辞林』は「とと」を「うを又は雞などの稱。(小兒の語)」とし、大正5年の三田谷啓『幼児の精神査定及幼児取扱法』も「例へば魚をトトとか、食物をウマ〳〵とか」と書いています(NDL PID:863016 コマ578/PID:980091 コマ16)。

この記事で開いた原本

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