「鯛の尾より鰯の頭」の意味 江戸のことわざは逆だった
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明治43年(1910年)の『諺語大辞典』をめくると、「い」の部に「鰯の頭をせんより鯛の尾につけ」という項があって、鰯の頭になるくらいなら鯛の尾につけ、つまり大きなものに従え、と説いています。いまよく知られている「鯛の尾より鰯の頭」とは魚の順番も教訓も逆で、こちらの意味は、大きな組織の末端にいるより小さな組織でも頭になれ、という中国の「鶏口となるも牛後となるなかれ」の日本版として、就職や進路の話でよく引かれます。同じ辞書の「た」の部にはその今の形も載っていて、明治の辞書は正反対の二つを、どちらも生きたことわざとして並べていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園筆・NDL PID:1287112 コマ11・著作権保護期間満了)
国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで古典籍に絞って「鯛の尾より鰯の頭」と引くと0冊、「鰯の頭をせんより」でも0冊で、くずし字の本ではこの言い回しを機械では拾えなかったので、明治の辞書から入ることにしました。『諺語大辞典』は、ことわざを五十音順に集めて出典の本の名を添える辞典で、「い」の部と「た」の部に一項ずつあり、まず「い」の部のコマ76を開きます。
「反対」と「同じ」の注記
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『諺語大辞典』・藤井乙男編・明治43年・NDL PID:862766 コマ76・著作権保護期間満了)
「い」の部の見開きで、「鰯ノ頭モ信ジカラ」の長い項のすぐ次に、問題の項が立っています。カタカナ交じりの見出しを括弧でくくり、その下に注と出典を書き、この項にはさらに英語の諺まで添えてあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『諺語大辞典』・藤井乙男編・明治43年・NDL PID:862766 コマ76・著作権保護期間満了)
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翻刻
【鰯ノ頭ヲセンヨリ鯛ノ尾ニツケ】雞口トナルモ牛後タル勿レの反對〔毛吹草〕――。Choose rather to be the tail of lions than the head of foxes.―Hebrew.
現代語訳
鰯の頭をせんより鯛の尾につけ。「鶏口となるも牛後となるなかれ」の反対。出典に『毛吹草』。狐の頭より獅子の尾になれ、というヘブライの諺を添える。
見出しは「鰯の頭をせんより鯛の尾につけ」で、注は「鶏口となるも牛後となるなかれ」の反対、出典は『毛吹草』です。『毛吹草』は正保2年(1645年)刊の俳諧の手引き書で、ことわざを集めた巻があるので、辞書はこの形が17世紀のことわざ集にあったと言っていることになります。ただし出典は辞書の中で〔毛吹草〕と書名が示されているだけで、今回は『毛吹草』そのものの原本までは開いていません。添えられた英文は、狐の頭より獅子の尾になれ、というヘブライの諺で、西洋にも大きなものの尾につけという向きの言葉がある、という注でした。
同じ辞書の「た」の部、コマ322には、いまの形が出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『諺語大辞典』・藤井乙男編・明治43年・NDL PID:862766 コマ322・著作権保護期間満了)
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翻刻
【鯛ノ尾ヨリ鰯ノ頭】雞口トナルモ牛後トナル勿レに同じ。其條參照。
現代語訳
鯛の尾より鰯の頭。「鶏口となるも牛後となるなかれ」に同じ。その項を見よ。
こちらは「鶏口となるも牛後となるなかれ」に同じ、とあるだけの短い項です。1910年の辞書は、正反対の二つのことわざを、片方に「反対」、片方に「同じ」と注記して、どちらも載せていたわけです。
熊代彦太郎が編み、幸田露伴が閲した明治39年(1906年)の『俚諺辞典』も同じ扱いで、「い」の部に「鰯の頭をせんより、鯛の尾につけ」を立て、「鶏口と為るも牛後となるな」の意味と反対だ、と書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俚諺辞典』・熊代彦太郎編・幸田露伴閲・明治39年・NDL PID:900343 コマ37・著作権保護期間満了)
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翻刻
鰯の頭をせんより、鯛の尾につけ。雞口と爲るも牛後となるなの意と反對なり。
現代語訳
鰯の頭になるより鯛の尾につけ。「鶏口となるも牛後となるな」の意味と反対である。
さらに「お」の部には、鯛と鰯を大鳥と小鳥に替えた形があります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俚諺辞典』・熊代彦太郎編・幸田露伴閲・明治39年・NDL PID:900343 コマ58・著作権保護期間満了)
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翻刻
大鳥の尾より小鳥の頭。雞口となるも牛後となるな(ケの部)に同じ。
現代語訳
大鳥の尾より小鳥の頭。「鶏口となるも牛後となるな」に同じ。
「大鳥の尾より小鳥の頭」は「小さくても頭」の向きで、明治の辞書は、鶏口牛後と同じ意味のことわざを、魚と鳥の二通りで持っていたことになります。
もとは『戦国策』の蘇秦の言葉
どちらの向きも、比べる相手は鶏口牛後で、『俚諺辞典』の「け」の部がその出典を引いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俚諺辞典』・熊代彦太郎編・幸田露伴閲・明治39年・NDL PID:900343 コマ96・著作権保護期間満了)
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翻刻
雞口となるも牛後となるな。大なる者の後に從はんよりは、小なる者の「戰國策」「蘇秦爲趙合從…寧爲雞口。無爲牛後。」
現代語訳
鶏口となるも牛後となるな。大きな者の後ろに従うよりは、小さな者の(先頭に立て)という意味。出典は『戦国策』の蘇秦の言葉「寧ろ鶏口と為るも、牛後と為る無かれ」。
出典は『戦国策』で、縦横家の蘇秦が韓の王を説いた言葉です。寧ろ鶏口と為るも牛後と為る無かれ、つまり大国の秦に従うより小国でも独立を保て、という説得でした。この言葉は日本でも室町時代から漢文の教科書で読まれていて、中国史の入門書である曾先之の『十八史略』は室町時代に日本でも刊行され、開いたのは『立齋先生標題解註音釋十八史畧』という長い題の室町刊本で、その注にこう書かれています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『立齋先生標題解註音釋十八史畧』7巻 [1]・室町刊・NDL PID:2543643 コマ43・著作権保護期間満了)
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翻刻
雞口、雖小貴也。牛後、雖大賤也。喩寧爲小國之君、無爲大(國之臣)。
現代語訳
鶏口は小さくても貴い。牛後は大きくても賤しい。小国の君となっても大国の臣となるな、というたとえ。室町時代に日本で刊行された『十八史略』の注。
鶏口は小さくても貴く、牛後は大きくても賤しい、小国の君となっても大国の臣となるな、というたとえで、頭と尾で大小を比べる発想はここから来ています。江戸の町人の読み物にも入っていて、文政3年(1820年)の合巻『小説由井ケ浜』には、仕官の望みを語る場面で「鶏口となるとも牛後となるとなかれ」の文句が出てきます(NDL PID:10303627 コマ11)。難しい漢籍の言葉が、絵入りの本の台詞になるほど広まっていたのです。
鯛と鰯で二つの向きができたわけ
鶏と牛のたとえには、鶏の口と牛の後ろという上下がはっきりありますが、鯛と鰯はどちらも魚で、鯛は高い魚、鰯は安い魚という違いしかありません。そのため「鯛の尾」は、大きな組織の末端という意味にも、上等なものの一部という意味にも読めます。『毛吹草』の時代の「鰯の頭をせんより鯛の尾につけ」は後者の読み方で、安い魚の頭になるより、高い魚の尾でもよいからそちらにつけ、身分の高い家に仕えよ、という向きになります。
『諺語大辞典』がこの項に「Choose rather to be the tail of lions than the head of foxes」というヘブライの諺を添えていることからも、大きなものの末端にいることに価値を認める考え方が、東西どちらにもあったと分かります。いまの「鯛の尾より鰯の頭」は、鶏口牛後の向きに揃えた形で、明治の辞書が両方を載せ、鳥の形「大鳥の尾より小鳥の頭」まで併記していたなかから、漢籍に沿った形のほうが今に残りました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』中之巻・寺島良安編・明治18年刊・NDL PID:898161 コマ190・著作権保護期間満了)
寺島良安の『和漢三才図会』は、海の魚の巻の先頭に鯛を置いていて、江戸の百科事典のなかでも鯛は魚の格の頂点にいました。その鯛の尾をどう見るかで、ことわざの向きが変わります。鰯のほうは田の肥やしにもなる安い魚で、「鰯の頭も信心から」と、ありがたくないものの代名詞でもありましたから、高い魚と安い魚の組み合わせだからこそ、尾と頭のどちらを取るかで二通りの教訓が作れたと考えられます。
読んだ本を年代順に追うと、室町時代の『十八史略』和刻本の注が「雞口、雖小貴也。牛後、雖大賤也。」と鶏口牛後を教え、1645年の『毛吹草』には(『諺語大辞典』の引用によれば)逆向きの「鰯の頭をせんより鯛の尾につけ」があり、1820年の合巻では「鶏口となるとも牛後となるとなかれ」が芝居がかった台詞になっています。明治に入ると、1906年の『俚諺辞典』と1910年の『諺語大辞典』が、鯛を尾につける形には「反対」、鰯を頭にする形には「同じ」と書き分けたうえで、両方を同じ本に収めました。江戸のことわざ集に載っていた古い向きは、辞書の上では明治の終わりまで残っていて、ただ「反対」という注記をつけられて、鶏口牛後の脇に置かれていたことになります。
同じ二匹の魚で正反対のことを言うことわざが、百年前の辞書の中では、まだ隣り合って暮らしていました。
この記事でわかったこと
大きな組織の末端にいるより、小さな組織でも頭になれ、という意味です。
明治43年の『諺語大辞典』は「【鯛ノ尾ヨリ鰯ノ頭】雞口トナルモ牛後トナル勿レに同じ」と説明します(NDL PID:862766 コマ322)。元は『戦国策』の蘇秦の言葉「寧爲雞口、無爲牛後」で、明治39年の『俚諺辞典』が出典として引いています(NDL PID:900343 コマ96)。
「鯛の尾より鰯の頭」と正反対のことわざです。
鰯の頭になるより鯛の尾につけ、つまり大きなものに従え、という意味で、『諺語大辞典』は「雞口トナルモ牛後タル勿レの反對」とし、出典に正保2年(1645年)刊の『毛吹草』を挙げます(NDL PID:862766 コマ76)。『俚諺辞典』も「雞口と爲るも牛後となるなの意と反對なり」と書いています(NDL PID:900343 コマ37)。
『戦国策』で蘇秦が韓の王に説いた言葉です。
室町時代に日本で刊行された『十八史略』の注は「雞口、雖小貴也。牛後、雖大賤也。喩寧爲小國之君、無爲大國之臣」と説明します(NDL PID:2543643 コマ43)。文政3年(1820年)の合巻『小説由井ケ浜』にも「鶏口となるとも牛後となるとなかれ」の台詞があります(NDL PID:10303627 コマ11)。
この記事で開いた原本
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- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 諺語大辞典
藤井乙男 編 明43.3
- 俚諺辞典
熊代彦太郎 編・幸田露伴 閲 明39.9
- 立齋先生標題解註音釋十八史畧 7卷.[1]
(元) 曾先之 撰・(明) 陳殷 音釋・(明) 王逢 校 室町刊
- 小説由井ケ浜 6巻.前
山東京山 作・歌川国貞 画 文政3 [1820]
- 和漢三才図会.中之巻
寺島良安 (尚順) 編 明18
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