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魚のことば

「尾ひれがつく」の意味と由来 江戸の作者は何の魚に掛けたか

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この記事の目次

元禄14年(1701年)の浮世草子に、噂を「尾ひれをつけて」言いふらす場面がもう出てきます。「尾ひれがつく」の意味は、話が人から人へ伝わるうちに事実にないことまで付け加わって大げさになることで、自分で付け足すときは「尾ひれをつける」と言います。尾ひれは魚の尾とひれのことで、江戸の作者たちはこの言い回しを使うたびに、生け船の鯛や、はねる鰹や、恋に掛けた鯉鮒を持ち出して遊んでいました。

歌川広重の魚づくしのスズキとキンメダイ。スズキの大きな尾びれが画面の右上に伸びている
歌川広重の魚づくしの一枚。大きな尾びれを広げたスズキと赤いキンメダイに、紫蘇の葉と穂が添えられている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(広重魚ずくし〔すゞき・金目鯛・しそ〕・NDL PID:1306180・著作権保護期間満了)

1701年、噂に「尾ひれをつけて」

次世代デジタルライブラリーで江戸以前の古典籍に絞って字を変えながら引くと、「尾ひれをつけ」で4冊、「尾鰭をつけ」で8冊、「尾鰭を付」で4冊、「尾ひれを付」で2冊が出てきました。刊年のわかる本でいちばん古いのが、八文字屋から出た江島其磧の『けいせい色三味線』で、題の「けいせい(傾城)」は遊女のことです。そのコマ17に、寄り合いの場で噂が広まる場面があります。

『けいせい色三味線』コマ17の見開き。くずし字の本文に読み仮名がふられている
『けいせい色三味線』の見開き。くずし字の本文の漢字に、ところどころ読み仮名がついている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『けいせい色三味線』5巻[1]・江島其磧・八文字屋八左衛門・元禄14年・NDL PID:2554537 コマ17・著作権保護期間満了)
『けいせい色三味線』コマ17の「此噂ばつと尾ひれをつけて申せしゆへ」の2列と翻刻
「……二日寄合の次而に会所にて此噂ばつと尾ひれをつけて申せしゆへ……」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『けいせい色三味線』5巻[1]・江島其磧・元禄14年・NDL PID:2554537 コマ17・著作権保護期間満了)
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翻刻

……二日寄合の次而に会所にて此噂ばつと尾ひれをつけて申せしゆへ……

現代語訳

……二日の寄り合いのついでに、会所でこの噂をぱっと、尾ひれをつけて言いふらしたので……

二日の寄り合いのついでに、会所でこの噂をぱっと、尾ひれをつけて言いふらしたので、という一文で、噂に尾ひれをつけて広めるという、今とまったく同じ使い方が300年以上前の本に出てきます。其磧はこのことばに何の説明もつけていません。元禄の読者には、説明なしで通じる言葉だったようです。

『けいせい色三味線』コマ17の「尾ひれをつけて」の大写し
「尾ひれをつけて」。「尾」の右に読み仮名の「お」が振られている。コマ17の左の列の頭を切り出したもの。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『けいせい色三味線』5巻[1]・江島其磧・元禄14年・NDL PID:2554537 コマ17・著作権保護期間満了)

江戸の作者は、魚に掛けた

同じ八文字屋から享保3年(1718年)に出た、八文字自笑の『野傾咲分色孖』の目録(もくじ)には、こんな見出しが立っています。

『野傾咲分色孖』目録コマ2の「ひんのぬすみに鯉鮒の尾ひれを」の見出しと翻刻
「第二 奈良の鏡界かすかの身代」「ひんのぬすみに鯉鮒の尾ひれをつけて……」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『野傾咲分色孖』5巻[4]・八文字自笑・八文字屋八左衛門・享保3年・NDL PID:2565853 コマ2・著作権保護期間満了)
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翻刻

第二 奈良の鏡界かすかの身代ひんのぬすみに鯉鮒の尾ひれをつけて……

現代語訳

第二話の見出し。「貧の盗みに恋の歌」のことわざの「恋」を「鯉鮒」に掛け、その尾ひれをつけて……

「ひんのぬすみに鯉鮒の尾ひれを」のもとになっているのは「貧の盗みに恋の歌」ということわざで、明治43年(1910年)の『諺語大辞典』は、貧に迫られると盗みをし、恋に責められると歌を詠むようになる、と説明しています(NDL PID:862766 コマ453)。その「恋」を「鯉鮒」に言いかえ、魚になったのだから尾ひれをつける、という、ことわざと慣用句を重ねた洒落です。

江島其磧の『和漢遊女容気』には、もっとはっきり魚が出てきます。

『和漢遊女容気』コマ10の「生船の鯛鱸のはたらきを見て尾鰭をつけて」の4列と翻刻
「……都生れの人ハ難波に行て浦めづらしく。生船の鯛鱸のはたらきを見て尾鰭をつけて見ぬ人に咄すばかりも慰ぞかし」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢遊女容気』5巻 上・江島其磧作・西川祐信画・NDL PID:8943085 コマ10・著作権保護期間満了)
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翻刻

……都生れの人ハ難波に行て浦めづらしく。生船の鯛鱸のはたらきを見て尾鰭をつけて見ぬ人に咄すばかりも慰ぞかし

現代語訳

京に生まれた人は大坂へ行って海辺を珍しがり、生け船の鯛や鱸がはねるのを見て、尾ひれをつけて、見ていない人に話すだけでも楽しみなのだ。

京に生まれた人は大坂へ行って海辺を珍しがり、生け船の鯛や鱸がはねるのを見て、尾ひれをつけて、見ていない人に話すだけでも楽しみなのだ、という一節です。相手が見ていないからこそ尾ひれがつけられる、という理屈まで一文に入っています。

『和漢遊女容気』コマ10の「生船の鯛」「鱸」「尾鰭をつけて」の大写し
右から「生船の鯛」「鱸」「尾鰭をつけて」。同じコマの2列から3か所を切り出し、読む順に右から並べた。「鱸」の読み仮名は原本では「すゞき」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢遊女容気』5巻 上・江島其磧作・西川祐信画・NDL PID:8943085 コマ10・著作権保護期間満了)

生け船(いけぶね)は生きた魚を入れておく水槽のことで(『大日本国語辞典』第1巻、NDL PID:954645 コマ116)、そこではねる魚の尾とひれに、話の「尾ひれ」を掛けています。この文のすぐ前の列には「月はおしまれて入桜は散をめでたしと」という一句があり(同じコマ10)、月は惜しまれて沈み、桜は散るのがよいと詠まれてきた、という前置きから「都生れの人」の話に入る運びです。同じ文は、安永2年(1773年)刊の『栄花世継男』にも同じ字配りのまま載っています(NDL PID:2554529 コマ9)。

十返舎一九は、これを江戸に置きかえました。『木曽街道続膝栗毛』六編の書き出しです。

『木曽街道続膝栗毛』六編上巻の書き出しの見開き。左ページに題と「東都 十返舎一九著」
左ページが『木曽街道続膝栗毛』六編上巻の書き出し。右のページには、曲亭馬琴作『新編金瓶梅』の知らせが刷られている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『道中膝栗毛』8編続12編[29]・十返舎一九作・画・NDL PID:2559025 コマ7・著作権保護期間満了)
『木曽街道続膝栗毛』六編コマ7の「鰹の生てはたらくを見しより。尾鰭をつけて見ぬ人に咄す」の3列と翻刻
「……東都の人。……江之嶋金沢にゆきて。鯛鰈を……鰹の生てはたらくを見しより。尾鰭をつけて見ぬ人に咄す……」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『道中膝栗毛』8編続12編[29]・十返舎一九作・画・NDL PID:2559025 コマ7・著作権保護期間満了)
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翻刻

……東都の人。……江之嶋金沢にゆきて。鯛鰈を……鰹の生てはたらくを見しより。尾鰭をつけて見ぬ人に咄す……

現代語訳

江戸の人がたまたま江の島や金沢へ行き、鯛や鰈を……、鰹が生きてはねるのを見てからは、尾ひれをつけて見ていない人に話す……

江戸の人がたまたま江の島や金沢へ行き、鯛や鰈を……、鰹が生きてはねるのを見てからは、尾ひれをつけて見ていない人に話す、という中身で、原本の一行目を見ると、書き出しは「月ハおしまれて入。桜ハ散をめでたしと」と、其磧の文の前置きと同じ句になっています。

その先の運びも其磧をなぞっていて、其磧の「都生れの人ハ難波に行て」が一九では「東都の人。たま〳〵江之嶋金沢にゆきて」に、「生船の鯛鱸のはたらきを見て」が「鰹の生てはたらくを見しより」に替わり、「尾鰭をつけて見ぬ人に咄すばかりも」は一字も変わりません。其磧の結びの「慰ぞかし」が一九では「一興なり」になっているだけで、上方の文を、江戸の読者向けに鰹と江の島で書きかえたのです。

「尾鰭が付く」「尾に尾をつける」

「つける」だけでなく「付く」の形も、浄瑠璃にあります。明治27年(1894年)に山田美妙の評注で出た『日本浄瑠璃叢書 近松門左衛門著作集』巻1に収める、『恋八卦柱暦』です。

『日本浄瑠璃叢書』巻1コマ72の「結句物に尾鰭が付く」の列と翻刻
「……何事と、結句物に尾鰭が付く。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本浄瑠璃叢書 近松門左衛門著作集』巻1・山田美妙評注・明治27年・NDL PID:876733 コマ72・著作権保護期間満了)
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翻刻

……何事と、結句物に尾鰭が付く。

現代語訳

(夫をさしおいて手代に言うとは)何事だ、と、かえって話に尾ひれがつく。

助右衛門に言えばしかめ面をして、その足で夫の以春さまに告げ口するに決まっている、夫をさしおいて手代に言うとは何事かと、かえって話に尾ひれが付く。今の「話に尾ひれがつく」とまったく同じ形です。宝暦2年(1752年)の八文字屋本『夕霧有馬松』にも「世間の人の悪口さぞや尾ひれを付ていふで有ふ」とあり(NDL PID:2534228 コマ30)、悪口に尾ひれがつくのを心配する使い方も江戸からありました。

尾を足すだけの言い方もあって、安永8年(1779年)序の『百安楚飛』では、傾城が出てくるのを待つ客が、大声で「尾に尾をつけて」話して見栄を張っています(NDL PID:2534174 コマ15)。

辞書の「尾と鰭と」

明治43年の『諺語大辞典』は「尾鰭ヲツケル」を見出しに立て、「事を誇大にいひなすをいふ。尾ニ尾ヲツケルと同義」と説明していて(NDL PID:862766 コマ578)、『百安楚飛』の言い方も同じ意味として拾っています。同じ辞典の「尾ニ鰭ツケル」の項が引く『後撰夷曲集』の歌は「尾に鰭のそふる小歌の一節を申さば鯖のさし踊かな」で(NDL PID:862766 コマ577)、ここでも尾ひれの歌に魚の鯖が詠み込まれていました。

大正8年(1919年)の『大日本国語辞典』第4巻は、ことばの成り立ちから書いています。

『大日本国語辞典』第4巻コマ730の「をひれ」の項と翻刻
「を-ひれ 尾鰭(名)尾と鰭と。又、魚類・游水類の尾端にあるひれ。」「をひれ を つける 附尾鰭 事實以上に種種つけ加へをなす。おまけをつく。言葉を飾る。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大日本国語辞典』第4巻・上田万年・松井簡治著・大正8年・NDL PID:954648 コマ730・著作権保護期間満了)
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翻刻

を-ひれ 尾鰭(名)尾と鰭と。又、魚類・游水類の尾端にあるひれ。續俳家奇人談「掛鯛に尾鰭もちけり藁細工」をひれ を つける 附尾鰭事實以上に種種つけ加へをなす。おまけをつく。言葉を飾る。女殺油地獄下「尾鰭をつけていはしやんせ」

現代語訳

「尾鰭」尾と鰭。また、魚などの尾の端にあるひれ。/「尾鰭をつける」事実以上にいろいろ付け加えること。おまけをつける。言葉を飾る。

尾鰭はまず「尾と鰭と」で、「尾鰭をつける」は事実以上にいろいろ付け加えること、おまけをつける、言葉を飾ること、と説明し、用例に『女殺油地獄』の「尾鰭をつけていはしやんせ」を引いています。「尾と鰭と」「おまけをつく」という説明を読むと、魚の体に尾とひれを足していく絵が、辞書の言葉の向こうに浮かびます。

刊年のわかる本だけで追うと、1701年の「此噂ばつと尾ひれをつけて申せしゆへ」から、1718年の鯉鮒の洒落、1752年の悪口、1773年に『和漢遊女容気』の生け船の文がそのまま再び刊行され、1779年序の「尾に尾をつけて」へと、江戸の百年足らずのあいだに言い方はほぼ出そろっています。明治43年と大正8年の辞書は、それを「事を誇大にいひなすをいふ」「尾と鰭と」と説明しただけで、言葉の中身はほとんど動いていません。変わったのは使われ方のほうで、江戸の作者がこの言い回しを出すたびに添えていた鯛や鱸や鰹は、いまの「話に尾ひれがつく」からはすっかり抜け落ちています。

この記事でわかったこと

  • 話が伝わるうちに、事実にないことまで付け加わって大げさになることです。

    明治43年の『諺語大辞典』は「尾鰭ヲツケル」を「事を誇大にいひなすをいふ」(NDL PID:862766 コマ578)、大正8年の『大日本国語辞典』は「事實以上に種種つけ加へをなす」と説明しています(NDL PID:954648 コマ730)。

  • 魚の尾とひれのことです。

    『大日本国語辞典』第4巻は「尾鰭」を「尾と鰭と。又、魚類・游水類の尾端にあるひれ」と説明しています(NDL PID:954648 コマ730)。

  • 国立国会図書館の全文検索で、刊年のわかる本でいちばん古いのは、元禄14年(1701年)の江島其磧『けいせい色三味線』の「此噂ばつと尾ひれをつけて申せしゆへ」です(NDL PID:2554537 コマ17)。くずし字の機械読み取りは取りこぼしが多いため、これより古い例が無いとは言えません。

  • 同じ意味の古い言い方です。

    安永8年(1779年)序の『百安楚飛』に「尾に尾をつけて」とあり(NDL PID:2534174 コマ15)、『諺語大辞典』は「尾鰭ヲツケルと同義」としています(NDL PID:862766 コマ577)。

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