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魚のことば

えびす顔の意味とは 鯛を釣り上げた恵比須の、あの笑い顔

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この記事の目次

江戸の錦絵のなかで、座敷に飾られた恵比寿の像が、目を細め、口の端を上げて笑っています。えびす顔とは、その恵比寿の像のような、にこにこした福々しい顔のことで、大正4年(1915年)の『大日本国語辞典』は「惠比須神の像に似たる顏。福相なる顏」と書いています。腕に抱えているのは鯛で、同じ辞典は恵比須の像を、鯛を釣り上げた姿だと説明しています。笑い顔の言葉のもとに、魚を手にした神さまがいるわけです。

鳥高斎栄昌の錦絵「恵比寿講」の部分。烏帽子をかぶった恵比寿の像が目を細めて笑い、片腕に大きな鯛を抱えている
鳥高斎栄昌「恵比寿講」の右上の部分。積み上げた箱の上に置かれた恵比寿の像が、目を細めて笑いながら鯛を抱えている。鯛は頭を下に、尾を上にして描かれている。
出典:東京国立博物館所蔵・ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-2694)・CC BY 4.0。原画から恵比寿の像のまわりを切り出した

辞典が書く、えびす顔と恵比須の姿

『大日本国語辞典』の第1巻は「え」の項の終わり近くに、えびすで始まる語をまとめて並べています。見出しの「えびす-がほ」には漢字で「惠比須顏」とあて、意味を二つの言い方で重ねたあと、用例に近松門左衛門の浄瑠璃『長町女腹切』の一節を引いています。

『大日本国語辞典』第1巻コマ266の「えびす-がほ」の項と翻刻
「えびす-がほ 惠比須顏(名)惠比須神の像に似たる顏。福相なる顏。長町女腹切「お寺ならば大黑、爰ではわっさり、惠比須顏して見せましや」」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(上田万年・松井簡治『大日本国語辞典』第1巻・金港堂書籍・大正4年・NDL PID:954645 コマ266・著作権保護期間満了)
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翻刻

えびす-がほ 惠比須顏(名)惠比須神の像に似たる顏。福相なる顏。長町女腹切「お寺ならば大黑、爰ではわっさり、惠比須顏して見せましや」

現代語訳

えびすがお。恵比須神の像に似た顔。福々しい顔。用例に近松の『長町女腹切』をあげる。

同じページの少し前には、神さまのほうの「えびす」が立っています。蛭子の神の呼び名だといい、「七福神の一にて、其の像、風折烏帽子に狩衣・指貫を著けて、鯛を釣り上げたる狀をなす。商家の神として祭る。」と続きます。機械で読み取った文字では「商家」が「南方」になっていましたが、画像を見ると、はっきり「商家」です。

『大日本国語辞典』第1巻コマ266の「えびす」の項と翻刻
「其の像、風折烏帽子に狩衣・指貫を著けて、鯛を釣り上げたる狀をなす。商家の神として祭る。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大日本国語辞典』第1巻・大正4年・NDL PID:954645 コマ266・著作権保護期間満了)
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翻刻

えびす 惠比須 夷(名)蛭子の神の稱なりといふ。七福神の一にて、其の像、風折烏帽子に狩衣・指貫を著けて、鯛を釣り上げたる狀をなす。商家の神として祭る。……

現代語訳

えびす。蛭子の神の呼び名という。七福神の一つで、その像は風折烏帽子に狩衣・指貫を着て、鯛を釣り上げた姿をしている。商家の神として祭る。

烏帽子に狩衣という公家風の身なりで、鯛を釣り上げている。辞典の説明はそれだけで、なぜ鯛なのかには触れていません。ただ、恵比寿の像を思い浮かべれば、えびす顔が「笑った顔」になる理由は分かります。福の神の像はどれも機嫌のいい顔をしていますが、なかでも恵比寿は、獲物を手にして顔をほころばせているからです。鯛が釣りの餌の海老との取り合わせで語られる話は、「海老で鯛を釣る」の記事に書きました。そこで引いた狂歌も、鯛を抱えて笑う夷三郎(恵比寿)をからかったものです。

寛文5年の句集で、桜鯛と並ぶ「ゑひすかほ」

国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーの全文検索で、表記を変えて引き直すと、2026年10月23日の時点で「恵比須顔」は131冊、「恵比寿顔」は84冊、「ゑびす顔」は30冊、「ゑびすがほ」は28冊、「えびすがほ」は21冊、「戎顔」は12冊がヒットしました。「夷顔」は162冊と多いのですが、のぞいてみると漢籍の「伯夷顔淵」(伯夷と顔淵)のように、二人の名前がたまたま続いた例が大半でした。くずし字で刷られた江戸以前の本(古典籍)に絞ると、ほとんど何も出てきません。くずし字は機械読み取りの精度が低いので、出てこないことは、使われていなかったことを意味しません。国立国会図書館の書誌で1705年刊とされる『長者機嫌袋』にも「ゑびすがほ」の読み取りがありましたが、画像で前後を見ても字の読みが確定できず、どういう意味で使っているのか分からなかったので、ここでは取り上げません。

その少ないヒットのなかに、寛文5年(1665年)に野々口立圃が編んだ俳諧の句集『小町躍』がありました。「ゑひすかほ」と、濁点を打たない書き方で引いたときだけ出てきた一冊です。

『小町躍』コマ77の見開き。くずし字の発句が一句一行で並び、下の段に作者の名前が並ぶ
『小町躍』の見開き。句が一行ずつ並び、下の段に作者名がある。桜鯛を詠んだ句がまとめて載っているページで、句の頭や終わりに「桜鯛」「さくら鯛」の字が繰り返し出てくる。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『小町躍』・野々口立圃編・水田甚左衛門・寛文5年・NDL PID:2546454 コマ77・著作権保護期間満了)

見開きには、桜の咲くころの鯛、桜鯛を詠んだ句がずらりと並んでいます。右ページには「めてたけれ桜鯛」と結ぶ句もあって、祝いの席の魚としての鯛が、ここでもう詠まれています。そこから三つ左の一句は「桜鯛」で始まり、終わりの五字が「ゑひすかほ」で、下の段の作者名は「知徳」と読めます。

『小町躍』コマ77の「桜鯛」で始まり「ゑひすかほ」で終わる一句と翻刻
赤枠は知徳の一句。翻刻したのは頭の「桜鯛」と結びの「ゑひすかほ」、作者名だけで、間の字は確定できないので示していない。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『小町躍』・野々口立圃編・寛文5年・NDL PID:2546454 コマ77・著作権保護期間満了)
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翻刻

桜鯛…………ゑひすかほ知徳

現代語訳

句の頭の「桜鯛」と、結びの「ゑひすかほ(えびす顔)」、作者名の「知徳」だけを翻刻した。間の字はくずしが強く、確定できないので示さない。

間の字は筆のくずしが強く、機械読み取りは「つりて柿塩や」としていますが、二字目と漢字の二字は、画像を見ても確定できませんでした。だから句の意味は言い切れません。それでも、桜鯛で始まった句がえびす顔で結ばれていて、鯛と恵比寿の笑い顔を一句のなかで取り合わせていることは、字の読めるところだけで分かります。

『小町躍』コマ77の「桜鯛」と「ゑひすかほ」の大写し
右が句の頭の「桜鯛」、左が結びの「ゑひすかほ」。どちらもコマ77の同じ一行から切り出し、間の字を省いて並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『小町躍』・寛文5年・NDL PID:2546454 コマ77・著作権保護期間満了)

近松の浄瑠璃では「サア笑や」

辞典が用例に選んだ『長町女腹切』は、明治の半ばに活字に組み直された本で読むことができます。明治25年(1892年)の戯曲叢書の一冊、『長町女腹切・淀鯉出世滝徳』のコマ8に、そのくだりがありました。

明治25年の活字本『長町女腹切・淀鯉出世滝徳』コマ8の見開き。振り仮名つきの活字で浄瑠璃の本文が組まれている
活字に組み直された『長町女腹切』の見開き。右ページの上に「長町女腹切」と「十二」、左ページの下に「長町女腹切」と「十三」の文字がある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(近松門左衛門『長町女腹切・淀鯉出世滝徳』・戯曲叢書第10冊・武蔵屋叢書閣・明治25年・NDL PID:992835 コマ8・著作権保護期間満了)

お花という女のところへ、光満寺という坊主の客が来ている場面です。お花が浮かない顔をしているので、火車(くわしゃ)も亭主も気をもんで、こう声をかけます。

『長町女腹切・淀鯉出世滝徳』コマ8の「お寺ならば大黑。爰ではわつさり惠比壽顏して見せましや。サア笑や」の列と翻刻
「……お寺ならば大黑。爰ではわつさり惠比壽顏して見せましや。サア笑や」。次の列に「いのと迫立れば。」と続く。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(近松門左衛門『長町女腹切・淀鯉出世滝徳』・明治25年・NDL PID:992835 コマ8・著作権保護期間満了)
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翻刻

……お寺ならば大黑。爰ではわつさり惠比壽顏して見せましや。サア笑や

現代語訳

お寺でなら大黒、ここでは恵比寿顔をして見せなさいな、さあ笑いなさい(と、次の列に「いのと迫立れば」と続く)。

「お寺ならば大黑。爰ではわつさり惠比壽顏して見せましや。サア笑やいの」。客が坊主なので、お寺でなら大黒、ここでは恵比寿と、福の神の名を並べてみせた軽口で、恵比寿顔をして見せろと言ったすぐあとに「サア笑や」と重ねています。えびす顔が笑い顔のことだと、江戸の芝居の客には説明なしで通じていたことが、この重ね方からうかがえます。

一年早い明治24年(1891年)の『お花半七長町女腹切』でも同じ場面を開くと、こちらは「大黒」を「梵妻」と書いて「だいこく」と振り仮名をつけ、えびす顔は「戎顔」と書いて「ゑびすがほ」と読ませていました。台詞の頭には「詞」の一字が添えられ、そのあとに「コレお花どふぞいの」と続きます。同じ台詞でも、本によって字の選び方がずいぶん違い、読み方のほうは振り仮名でそろえてあるわけです。

明治の二つの活字本の「惠比壽顏」と「戎顔」の大写し
右は明治25年本コマ8の「惠比壽顏して見せましや。」、左は明治24年本コマ23の「戎顔して見せまし」(振り仮名「ゑびすがほ」)。別々の本から切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(近松門左衛門『長町女腹切・淀鯉出世滝徳』・明治25年・NDL PID:992835 コマ8/近松門左衛門『お花半七長町女腹切』・近松平安堂ほか・明治24年・NDL PID:992616 コマ23・いずれも著作権保護期間満了)

借りる時のえびす顔、返す時の閻魔顔

笑い顔がいつも褒め言葉とは限りません。明治39年(1906年)に熊代彦太郎が編み、幸田露伴が目を通した『俚諺辞典』は、えびす顔を閻魔の顔と組にしたことわざを載せています。

『俚諺辞典』コマ79の「借る時の惠比須顏、返す時の閻魔顏」の項と翻刻
「借る時の惠比須顏、返す時の閻魔顏 金を借る時は好機嫌にして返すときは不機嫌なるをいふ。「破評鐵推」「借る時の笑顔すます時の十王づら」」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(熊代彦太郎編・幸田露伴閲『俚諺辞典』・金港堂・明治39年・NDL PID:900343 コマ79・著作権保護期間満了)
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翻刻

借る時の惠比須顏、返す時の閻魔顏金を借る時は好機嫌にして返すときは不機嫌なるをいふ。「破評鐵推」「借る時の笑顔すます時の十王づら」

現代語訳

金を借りるときは機嫌がよく、返すときは不機嫌になることをいう。

「借る時の惠比須顏、返す時の閻魔顏」。金を借りるときは愛想よく、返すときは不機嫌になる人のことで、辞典は似た言い方として『破評鉄推』の「借る時の笑顔すます時の十王づら」も引いています。十王は閻魔をはじめとする冥途の裁きの王たちで、えびす顔の反対側に、地獄の役人のしかめ面を置いた形です。全文検索では、同じことわざが昭和の初めの本にも出てきます。

奥村政信の版画「恵比寿と美人」。竹を振り上げた恵比寿と、羽子板を持つ女。左下に赤い鯛が描かれている
奥村政信「恵比寿と美人」。笹竹を振り上げる恵比寿と、羽子板を手にした女を描く。左下に鯛が描かれている。
出典:東京国立博物館所蔵・ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-19)・CC BY 4.0

奥村政信の版画の恵比寿は、竹を振り上げて上機嫌で、その足もとにも鯛がいます。冒頭に一部を切り出した栄昌の「恵比寿講」も、絵の全体を見ると、恵比寿の像を飾った座敷で、女が台に載せた大きな鯛を運んでいる場面です。ここに挙げた二枚の絵では、どちらも恵比寿のそばに鯛がいて、恵比寿は笑っている。辞典が恵比須を「鯛を釣り上げたる狀」と書き、えびす顔を「福相なる顏」と書いたのは、この二つが絵のなかでいつも一緒だったからだと考えると、すんなり腑に落ちます。釣った鯛を抱えて笑う神さまの顔は、浄瑠璃では客をもてなす愛想笑いに、ことわざでは金を借りに来た人の笑顔に、そのまま借りられていきました。

この記事でわかったこと

  • 恵比寿の像のような、にこにこした福々しい顔のことです。

    大正4年の『大日本国語辞典』は「えびす-がほ」の項で「惠比須神の像に似たる顏。福相なる顏」と書いています(NDL PID:954645 コマ266)。

  • 「恵比須顔」「恵比寿顔」「戎顔」「夷顔」などと書きます。

    近松の『長町女腹切』も、明治25年の活字本は「惠比壽顏」、明治24年の活字本は「戎顔」(振り仮名ゑびすがほ)で、本によって字が違います(NDL PID:992835 コマ8、PID:992616 コマ23)。

  • 恵比寿の像が鯛を持っているからです。

    『大日本国語辞典』は恵比須の像を「風折烏帽子に狩衣・指貫を著けて、鯛を釣り上げたる狀をなす」と説明しています。寛文5年(1665年)の句集『小町躍』には、「桜鯛」で始まり「ゑひすかほ」で終わる句があります(NDL PID:2546454 コマ77)。

  • お金を借りるときは愛想がよく、返すときは不機嫌になることを言うことわざです。

    明治39年の『俚諺辞典』に「金を借る時は好機嫌にして返すときは不機嫌なるをいふ」とあります(NDL PID:900343 コマ79)。

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