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魚のことば

「鯖の生き腐れ」の意味と由来 臭わないのに腐っている

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この記事の目次

文政3年(1820年)、柳亭種彦は笑い話の本の序に、足の速い船を「生鯖船」と呼ぶのは鯖の生き腐れにちなむのだと書きました。「鯖の生き腐れ」の意味は、鯖は傷みやすく、見た目は新しそうでも、もう腐りはじめていることがある、ということで、種彦はそれを世間でふつうに言われる「世の常言」として扱っています。その2年前には詩人が同じことを漢文で書き、さかのぼって元禄の食物百科は鯖を生で食べるなと注意し、大正の化学の本は、なぜ生きたまま腐って見えるのかを酵素の働きで説明していました。

歌川広重『魚尽』の鯖。青い背の鯖が、朝顔と蟹とともに描かれている
歌川広重の『魚尽(うおづくし)』の一枚。濃い藍の背から白い腹へぼかした鯖に、赤い朝顔と蟹を取り合わせている。左上に狂歌が一首。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(広重『魚尽』〔さば・かに・朝顔〕・NDL PID:1306177・著作権保護期間満了)

1820年、「世の常言にも鯖の生ぐされ」

次世代デジタルライブラリーで昔の表記に合わせて「鯖の生腐」と引き、古典籍に絞ると、出てきたのは1冊だけで、題名がそのまま『落噺生鯖船(おとしばなし いきさばぶね)』でした。文政3年に出た、落とし噺、つまり笑い話を集めた本です。

『落噺生鯖船』の見返しと序の冒頭。右ページに大きく「落話生鯖船」、振り仮名「おとしばなし いきさばぶね」
右ページが見返し。上の枠に「文政庚辰春」(文政3年=1820年の春)、「柳亭種彦閲并序」「玉虹楼一泉著述」「落話生鯖船 初編」「柳川重信画図」「永寿堂梓」。左ページから柳亭種彦の序が始まる。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『落噺生鯖船』・玉虹楼一泉作・柳川重信画・柳亭種彦閲并序・文政3年・NDL PID:8929888 コマ3・著作権保護期間満了)

話を集めたのは玉虹楼一泉で、序文は戯作者として名高い柳亭種彦が書いています。一泉が笑い話の小冊子を持ってきて題をつけてくれと言うので、種彦は筆をとって「生鯖船」と名づけた、というのが序の書き出しです。

『落噺生鯖船』コマ4の見開き。くずし字の序文が続き、左ページの終わりに「文政三年庚辰春正月 柳亭種彦戯述」
柳亭種彦の序の後半。左ページの末尾に「文政三年庚辰春正月」「柳亭種彦戯述」とある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『落噺生鯖船』・玉虹楼一泉作・柳川重信画・柳亭種彦閲并序・文政3年・NDL PID:8929888 コマ4・著作権保護期間満了)

その名づけの理由が、次のように続きます。

『落噺生鯖船』コマ4の「世の常言にも鯖の生ぐされといひて」から「鯖の生腐臭のつきしも交るなるべし」までの列と翻刻
「生鯖船と名づくることは世の常言にも鯖の生ぐされといひて 鯖ほど腐やすき物はなし ……他國へおくるといふこゝろにて早船を生鯖船と号よし……実ハ鯖の生腐臭のつきしも交るなるべし」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『落噺生鯖船』・玉虹楼一泉作・柳川重信画・柳亭種彦閲并序・文政3年・NDL PID:8929888 コマ4・著作権保護期間満了)
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翻刻

生鯖船と名づくることは世の常言にも鯖の生ぐされといひて鯖ほど腐やすき物はなし……他國へおくるといふこゝろにて早船を生鯖船と号よし……実ハ鯖の生腐臭のつきしも交るなるべし

現代語訳

この本を「生鯖船」と名づけたのは、世のことわざにも「鯖の生き腐れ」と言って、鯖ほど腐りやすいものはない。……生きのいいまま他国へ送るという心で、早船を生鯖船と呼ぶそうだ(と、ある老人に聞いていたので)。……(新しい話を楽しんでくれというが)実は鯖の生き腐れの臭いがついた(古い)話も混じっているだろう。

世のことわざにも「鯖の生き腐れ」と言って鯖ほど腐りやすいものはなく、だから生きのいいまま他国へ送るという心で、早船(足の速い船)を「生鯖船」と呼ぶのだと、ある老人から聞いていた。1820年の時点で、このことわざは種彦にとって「世の常言」で、しかも足の速い船の呼び名にまで入り込んでいたことになります。

『落噺生鯖船』コマ4の「世の常言にも鯖の生ぐされといひて」と「鯖ほど腐やすき物はなし」の大写し
右が見開きの右ページの終わりの列「世の常言にも鯖の生ぐされといひて」。「生」の横に振り仮名「いき」。左が左ページの最初の列「鯖ほど腐やすき物はなし」。二か所を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『落噺生鯖船』・玉虹楼一泉作・柳川重信画・柳亭種彦閲并序・文政3年・NDL PID:8929888 コマ4・著作権保護期間満了)

最後の落とし方がうまくて、この本も新しい話をいち早く楽しんでくれということだが、実は鯖の生き腐れの臭いのついた話も混じっているだろう、と種彦は書いています。新しそうに見えて、じつは古い話もあるというわけで、ことわざをそのまま笑い話の本の自虐に使っていました。

その2年前、詩人は「外は活けるが如く、内は已に餒う」

「鯖の」を外して「生腐」だけで古典籍を引き直すと、もう1冊、鯖の話が出てきます。柏木如亭(かしわぎ じょてい)の『詩本草(しほんぞう)』で、詩人が旅先で食べたものの味を漢文でつづった本です。巻頭の如亭の序は「戊寅葭月」の日付で、国立国会図書館の典拠データでは如亭は1763〜1819年の人ですから、文政元年(1818年)、種彦の序の2年前にあたります。国立国会図書館で読めるのは万延元年(1860年)の再刻本で、巻末の跋には、もとの刊本は数が少なく、長年探しても手に入らなかった、とあります(コマ26)。

『詩本草』コマ12の見開き。右ページの1行目が「吾郷青花魚味不甚佳」で始まる
『詩本草』の見開き。右ページの1行目「吾郷青花魚(サバ)味不甚佳」から、鯖の話が始まる。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『詩本草』・柏木如亭著・自序 文政元年〔戊寅〕・万延元年再刻・NDL PID:2536661 コマ12・著作権保護期間満了)

如亭の文は「吾郷青花魚味不甚佳。口腹家不食之、目為生腐。言其外如活内已餒也」で、青花魚には「サバ」と振り仮名があります。わが郷里の鯖は味があまりよくないので、食通はこれを食べずに「生腐」と見なす、外は生きているようなのに内はもう傷んでいるということだ、という意味です。

『詩本草』コマ12の「口腹家不食之目為生腐言其」と「外如活内已餒也」の大写し
右が1行目の後半「口腹家不食之目為生腐言其」、左が2行目の頭「外如活内已餒也」。二か所を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『詩本草』・柏木如亭著・自序 文政元年〔戊寅〕・万延元年再刻・NDL PID:2536661 コマ12・著作権保護期間満了)

この一文は、機械が読み取ったテキストだけでは意味が通りません。次世代デジタルライブラリーのテキストは「其外如活内已也」となっていて、「言」と、肝心の「餒」の字が抜けているため、「外は活けるが如く、内は已に」で文が切れてしまうのです。原本の画像を開くと「已」の下に「餒」がはっきり刷られていて、直前の「生腐」を言い換えた一文ですから、ここは「傷む・腐る」の意味で読めます。見た目は生きがいいのに中はもう傷んでいるという、のちに明治の辞書が書く説明とほとんど同じことを、如亭は1818年の序をもつ本で書いていました。

ただし如亭は、鯖を嫌っていたわけではありません。すぐ続けて、名立の浜で網から揚げたばかりの鯖を食べたときの風味は忘れられない、と書いています(「余嘗食新出網者于名立海濱、風味不可忘矣」)。とれたてなら旨いというのは、傷みの早い魚だからこそ出てくる感想です。

元禄の食物百科は「生で食べるとあたる」

鯖が傷みやすいことは、それより100年以上前の本にも書かれています。人見必大の『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』は、日本の食べ物の性質や食べ方を漢文でまとめた百科事典で、著者の序の日付は元禄5年(1692年)です(NDL PID:2557332 コマ15)。

必大は鯖の前の項で、まず魚全体について「凡魚性温而令人醉者多矣、醉者必有毒、若河豚堅魚師魚鯖之類、倶宜乾用而不宜生用也」と注意しています(NDL PID:2557333 コマ173)。人を「酔わせる」魚は多く、酔わせる魚には必ず毒があるので、フグ、カツオ、鯖などはどれも干して使うのがよく、生で使うのはよくない、というのです。鯖の項そのものは、こうなっています。

『本朝食鑑』コマ174の「凡生用不佳 而多食則醉 作鮑食則不醉 呼鮑曰刺鯖」の列と翻刻
「凡生用不佳 而多食則醉 作鮑食則不醉 呼鮑曰刺鯖 氣味勝于生魚 故上下賞美」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八・人見必大・元禄5年序・NDL PID:2557333 コマ174・著作権保護期間満了)
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翻刻

凡生用不佳 而多食則醉作鮑食則不醉 呼鮑曰刺鯖氣味勝于生魚 故上下賞美

現代語訳

およそ生で用いるのは良くない。たくさん食べると酔う(あたる)。塩干しにして食べれば酔わない。この塩干しを刺鯖と呼ぶ。味は生の魚にまさるので、身分の上下を問わず賞美する。

生で使うのはよくなく、たくさん食べると酔うが、塩をした干物にすれば酔わない。これを刺鯖(さしさば)と呼び、味は生よりまさるので身分の上下なく好まれる、という内容で、ここでの「酔う」は体にあたることです。生で食べるより塩をして干したほうがよいと、『本朝食鑑』ははっきり勧めていました。

明治の辞書は「見た目は新しいのに」

明治になると、家庭向けの本やことわざの辞書が、このことわざの意味を説明するようになります。明治35年(1902年)に衛生研究会が編んだ一般向けの養生の本『通俗養生法』には、「鯖は生腐りと云ふて、生々として居ても腐り氣の有るのがあるから注意して用ゐなければならぬ」とあります(NDL PID:837066 コマ53)。

明治39年(1906年)の『俚諺辞典』は、熊代彦太郎が編み、作家の幸田露伴が目を通したことわざ辞典で、見出しの「鯖の生腐」には「さばのいきぐさり」と振り仮名がついています。

『俚諺辞典』コマ120の「鯖の生腐。鯖は既に腐り居りても、外見猶生鮮なるが如し」の項と翻刻
「鯖の生腐。鯖は既に腐り居りても、外見猶生鮮なるが如し。故にいふ。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俚諺辞典』・熊代彦太郎編・幸田露伴閲・明治39年・NDL PID:900343 コマ120・著作権保護期間満了)
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翻刻

鯖の生腐。鯖は既に腐り居りても、外見猶生鮮なるが如し。故にいふ。

現代語訳

「鯖の生き腐れ」。鯖はもう腐っていても、見た目はまだ新鮮なように見える。だからこう言う。

鯖はもう腐っていても見た目はまだ新鮮なようなので、こう言う、という説明です。「生き腐れ」の「生き」は、生きがいい、の生きで、ことわざの芯は傷みやすさそのものより、見た目と中身が食い違うところにありました。如亭の「外は活けるが如く」と同じ見方です。

大正の化学は「細菌のしわざではない」

見た目が新しいまま腐る理由は、大正時代に化学の本が説明するようになります。大正6年(1917年)の若林欽『海の自然科学』は、鯖の節で、この魚はほかの魚より死んでから早く腐りやすく、傷んだ身はプトマインという毒を生じるので、腐った魚を食べると中毒することがある、と書きます(NDL PID:955398 コマ162〜163)。続けて「即ち鯖の生腐と稱するの譯にして、夏期などは漁獲せる後、二時間を經過すれば著しく腐敗する」(コマ163)と、夏ならとれてから2時間でひどく傷むことまで書いていました。

同じ年、沢村真の『食物化学』は、肉は細菌で腐るほかに「自個消化」でも分解するとして、「自個消化は魚類に於て多し」「魚に生腐れと云ふことあるは之が爲めなり」と書きました(NDL PID:956493 コマ134)。3年後、同じ沢村真の『飲食物の話』(大正9年=1920年)は、自己消化とは肉の中にある酵素の働きで蛋白質などが分解されることで細菌の作用ではない、と同じページで説明したうえで、もう一歩進めています。

『飲食物の話』コマ195の「生腐れは細菌の作用でないから、惡臭などは發せぬが肉が柔になる」の列と翻刻
「又肉に自己消化の起るとは、魚に生腐れと稱する現象があるので知ることを得る。生腐れは細菌の作用でないから、惡臭などは發せぬが肉が柔になる。これが即ち一種の自己消化である。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『飲食物の話』・沢村真著・大正9年・NDL PID:960363 コマ195・著作権保護期間満了)
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翻刻

又肉に自己消化の起るとは、魚に生腐れと稱する現象があるので知ることを得る。生腐れは細菌の作用でないから、惡臭などは發せぬが肉が柔になる。これが即ち一種の自己消化である。

現代語訳

肉に「自己消化」が起こることは、魚に「生き腐れ」という現象があることからわかる。生き腐れは細菌のしわざではないので、悪臭などは出ないが、身がやわらかくなる。これがつまり一種の自己消化である。

生き腐れは細菌のしわざではないので悪臭は出ないが、身はやわらかくなる、これが自己消化だ――。臭わないから鼻では気づけず、見た目も新しいから目でも分からない。明治の辞書が言った「外見は新鮮なのに腐っている」を、大正の化学の本は、魚の身の中の酵素の働きとして説明したのです。

元禄の本が生で使うなと書き、文政のはじめに詩人が「生腐」と呼び、すぐに「世の常言」として船の呼び名にまでなった言葉は、明治の辞書でことわざの意味として整理され、大正には臭いが出ない理由まで説明されるようになりました。鼻でも目でも見抜けない傷み方だったからこそ、ことわざにして覚えておく必要があったのでしょう。鯖の数え方にまつわる「鯖を読む」の由来は、「サバを読む」の語源で原本をたどっています。

この記事でわかったこと

  • 鯖は傷みやすく、見た目は新しそうでも、もう腐りはじめていることがある、という意味です。

    明治39年の『俚諺辞典』は「鯖は既に腐り居りても、外見猶生鮮なるが如し。故にいふ」と説明しています(NDL PID:900343 コマ120)。

  • 文政3年(1820年)の『落噺生鯖船』で、柳亭種彦が序に「世の常言にも鯖の生ぐされといひて」と書いています(NDL PID:8929888 コマ4)。

    この時点で世間のことわざでした。その2年前、文政元年(1818年)の序をもつ柏木如亭『詩本草』も、食通は鯖を「生腐」と見なす、と書いています(NDL PID:2536661 コマ12)。

  • 柳亭種彦の序によれば、腐りやすい鯖を生きのいいまま他国へ送るという心で、早船を「生鯖船」と呼ぶ、とある老人から聞いた、とあります(NDL PID:8929888 コマ4)。

    種彦はこの名を笑い話の本の題にしました。

  • 大正9年の『飲食物の話』は、生き腐れは細菌ではなく魚の身の自己消化によるもので、「惡臭などは發せぬが肉が柔になる」と説明しています(NDL PID:960363 コマ195)。

    臭わず、見た目も新しいまま傷むため、と当時は考えられていました。

この記事で開いた原本

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