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魚のことば

鯖折り(さばおり)とは 明治の相撲の本は「腰折キ」と書いた

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この記事の目次

明治35年(1902年)に出た『日本相撲伝』は、相撲の手「挫き(くじき)」の説明を書き終えたところで、括弧でくくって「相撲社會の人々は此手を鯖折と云ふ」と一言だけ添えています。鯖折り(さばおり)とは、四つに組んで相手の廻しを両手で引きつけ、あごを相手の肩に当てて上から覆いかぶさり、相手の腰をくじく相撲の手のことで、明治の本では「挫き」「腰挫き(こしくじき)」のほうが見出しに立つ名前、鯖折りは相撲社会の人たちが使う呼び名という扱いでした。

では鯖の字はどこから来たのかというと、それを書いた本には行き当たりませんでした。国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで、2026年10月20日に「鯖折」(55冊)「さばをり」(34冊)「さばおり」(32冊)「鯖折り」(13冊)「サバヲリ」(5冊)と書き方を変えて引き、「鯖をり」「鯖ヲリ」「鯖を折」「鯖折とは」は0冊、さらに技の名前の側から「腰挫」「こしくじき」「腰くじき」でも引き直しましたが、どの本も「俗に」「相撲社會の人々は」と呼び名の出どころを断るところまでで、名前の理由には触れていません。「さばおり」のヒットの大半は「麻羽織(あさばおり)」「打裂羽織」など羽織の読み仮名の一部でした。

『梅園魚品図正』のサバの彩色図。緑の背に黒い波模様、銀白の腹。右に「鯖」の見出しと書き入れ
毛利梅園が天保4年(癸巳)7月24日に写生したサバ。右上の見出しは「鯖」。その左下には、もう一つの名「青花魚」も書き入れてある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ31・著作権保護期間満了)

『日本相撲伝』の「挫き」と、相撲社会の呼び名

見つかった明治の相撲の本は、どれも手を一つずつ絵に描いて短い説明を添える作りで、鯖折りもその中に、別の名前で入っていました。

『武家相撲絵巻(模本)』の一場面。褌姿の二人が手を伸ばして組み合おうとし、左右で装束姿の人々が見守る。右と中ほどに詞書
江戸時代の17世紀に狩野山雪が描いた絵巻を、天保11年(1840年)に写した模本の一場面。小柄な男と大柄な男が手を取り合うように組みかかり、左右で弓や矢を負った装束姿の人々が見ている。
出典:東京国立博物館所蔵『武家相撲絵巻(模本)』(三村晴山・井上昆得・岩崎信盈 模、原本 狩野山雪 筆)・ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-2996)・CC BY

『日本相撲伝』は鎗田徳之助(雪乃家漁叟)が編んで、明治35年に大黒屋画舗から出た本です。開いたコマの左ページの上段が「第十九圖 挫き」の絵で、一人がもう一人の廻しを両手でつかみ、上から体をかぶせるようにして組み伏せています。説明は右ページの下段の「●挫き」から始まり、四つに組んで互いに廻しを引き合ったとき、仕掛ける側が両手に力を入れて相手を充分に引きつけ、あごを突き出して相手の肩を押さえる、と続いて、左ページの絵の脇へ折り返して終わります。

『日本相撲伝』コマ58の見開き。右ページに「第十八圖 逆捻」、左ページに「第十九圖 挫き」と「第二十圖 引落し」の絵
右ページ上段は「第十八圖 逆捻」の絵、下段に逆捻と挫きの説明。左ページ上段が「第十九圖 挫き」の絵で、挫きの説明の終わりがその脇に組まれている。下段は「第二十圖 引落し」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(鎗田徳之助 編『日本相撲伝』・大黒屋画舗・明治35年・NDL PID:860431 コマ58・著作権保護期間満了)

絵の脇の、説明の終わりの3行です。

『日本相撲伝』コマ58の「をおさへ付け覆ひ冠ぶさつて相手の腰を挫くを云ふ(相撲社會の人々は此手を鯖折と云ふ)」の3列と翻刻
「をおさへ付け覆ひ冠ぶさつて相手の腰を挫くを云ふ(相撲社會の人々は此手を鯖折と云ふ)」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(鎗田徳之助 編『日本相撲伝』・大黒屋画舗・明治35年・NDL PID:860431 コマ58・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

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をおさへ付け覆ひ冠ぶさつて相手の腰を挫くを云ふ(相撲社會の人々は此手を鯖折と云ふ)

現代語訳

(相手の肩を)押さえつけ、覆いかぶさって相手の腰をくじくのをいう。相撲の世界の人たちは、この手を鯖折と呼んでいる。

「覆ひ冠ぶさつて相手の腰を挫くを云ふ」までが技の説明で、そのあとの「相撲社會の人々は此手を鯖折と云ふ」は括弧の中に入っています。本の見出しは「挫き」で、鯖折りは相撲の世界の内側で通っていた言い方として、わざわざ断って書き足されているわけです。上からのしかかって腰を折るという形は、絵を見ても説明を読んでも分かりますが、そこに鯖が出てくる理由は、この本には書かれていません。

明治18年の『古今相撲大要』は「腰折キ」

同じ説明を、もう少し古い本でも見つけました。明治18年(1885年)に攻玉堂から出た、岡敬孝 編『古今相撲大要』です。手の絵に名前と短い説明を付けた本で、このコマの見開きには四つの手が並び、左ページの下段の絵では、一人が相手の廻しを取って引きつけ、相手の背中に顔を押しつけるように覆いかぶさっています。

『古今相撲大要』コマ33の見開き。手の名前と説明を添えた力士の絵が四つ並び、左ページ下段が「腰折キ」
左右のページに二つずつ、手の名前と説明を添えた力士の絵が並ぶ。左ページ下段が「腰折キ」で、説明に俗称が片仮名で添えてある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(岡敬孝 編『古今相撲大要』・攻玉堂・明治18年・NDL PID:859970 コマ33・著作権保護期間満了)

説明の頭には漢字で「腰折キ」とあり、その「折」の字に「くじ」と振り仮名がついています。腰を折ると書いて、こしくじきと読ませているわけで、この本の段階で、技の名前にはもう「折」の字が入っていました。

『古今相撲大要』と『相撲宝鑑』の「腰折キ」の見出しを大きく切り出して並べたもの。どちらも「折」に「くじ」の振り仮名
右が『古今相撲大要』コマ33、左が『相撲宝鑑』コマ36の見出し「腰折キ」(振り仮名「こしくじ」)。二冊から切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:859970 コマ33/NDL PID:860309 コマ36・著作権保護期間満了)

続く説明は「相手の廻シを取て引付け又其胸へ腮を當て其腰をくぢくなり」で、その前に「俗に」と片仮名の呼び名が小さく入っているのですが、この版は刷りがかすれていて、二字目の濁点と三字目の形が見分けきれませんでした。同じ説明は、9年後の明治27年(1894年)に魁真書楼から出た半渓散史『相撲宝鑑 四十八手図解』にもそっくり載っていて、こちらは一字ずつはっきり読めます。

『相撲宝鑑』コマ36の「腰折キ 俗に「サバヲリ」ともいふ相手の廻シを取て引付け又其胸へ腮を當て其腰をくぢくなり」の6列と翻刻
見出し「腰折キ」(振り仮名「こしくじ」)と「俗に「サバヲリ」ともいふ相手の廻シを取て引付け又其胸へ腮を當て其腰をくぢくなり」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(半渓散史『相撲宝鑑 四十八手図解』・魁真書楼・明治27年・NDL PID:860309 コマ36・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

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腰折キ俗に「サバヲリ」ともいふ相手の廻シを取て引付け又其胸へ腮を當て其腰をくぢくなり

現代語訳

腰折キ(こしくじき)。俗に「サバヲリ」ともいう。相手の廻しを取って引きつけ、さらにその胸へあごを当てて、腰をくじく手である。

「俗に「サバヲリ」ともいふ」。正式な名前は腰折キで、世間ではサバヲリとも呼ぶ、という順番です。技そのものの説明は「相手の廻シを取て引付け又其胸へ腮を當て其腰をくぢくなり」、廻しを取って引きつけ、相手の胸にあごを当てて腰をくじく、というもので、8年後の『日本相撲伝』が書いた「腮を突き出して相手の肩」を押さえる形と、あごを当てる場所が胸か肩かの違いはあっても、同じ手を指しています。

『相撲宝鑑』の「俗に「サバヲリ」と」と『日本相撲伝』の「此手を鯖折と」を大きく切り出して並べたもの
右が『相撲宝鑑』コマ36の「俗に「サバヲリ」と」、左が『日本相撲伝』コマ58の「此手を鯖折と」。片仮名の呼び名と漢字の「鯖折」を、二冊から切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:860309 コマ36/NDL PID:860431 コマ58・著作権保護期間満了)

明治27年の本では片仮名、明治35年の本では漢字で、見つかった範囲では、片仮名のサバヲリが先、漢字の鯖折があと、という順に並びます。とはいえ見つかった本の数は少なく、くずし字の本は機械の読み取りが弱いので、江戸の本に鯖の字で書いた例が無いとまでは言えません。

辞書の「鯖折」は「くじき(挫)に同じ」

国語辞典に鯖折が見出しとして載るのは、見つかった範囲では大正5年(1916年)、上田万年と松井簡治の『大日本国語辞典』第2巻でした。植物の名の「さば-をぐるま」の次に、短い一項があります。

『大日本国語辞典』第2巻コマ379の「さば-をり 鯖折(名) くじき(挫)に同じ。」の項と翻刻
「さば-をり 鯖折(名) くじき(挫)に同じ。」。「(挫)」のあとに、くじきの項の三番目の意味を指す小さな「三」がある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(上田万年・松井簡治『大日本国語辞典』第2巻・金港堂書籍・大正5年・NDL PID:954646 コマ379・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

さば-をり 鯖折(名) くじき(挫)〔三〕に同じ。

現代語訳

さばおり(鯖折)。名詞。「くじき(挫)」の三番目の意味に同じ。

読みは「さば-をり」、説明は「くじき(挫)に同じ」だけで、語源の注記はありません。相撲の手としての中身は「くじき」の項に任せていて、辞書の上でも、本名は挫き、鯖折はその別名という関係がそのまま引き継がれています。

鯖釣りの舟で聞こえた「鯖の首を折る」音

名前の由来を書いた本は見つかりませんでしたが、検索の途中で一つだけ、鯖と「折る」が並ぶ一節に出会いました。大正8年(1919年)に天佑社から出た万造寺斉の『颱風』で、舟で鯖を釣る場面です。

万造寺斉『颱風』コマ155の見開き(302・303ページ)。舟で糸を垂れる場面の本文が続き、左ページの終わりに「次ぎに鯖の首を折るらし」
右ページは舟で糸を下ろす場面の本文、左ページで平川の糸に鯖がかかり、最後の行が「すると、艫の方に坐つてゐる權翁の方にも、また糸を手繰る忙しい音と、次ぎに鯖の首を折るらし」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(万造寺斉『颱風』・天佑社・大正8年・NDL PID:962856 コマ155・著作権保護期間満了)

平川という男の糸に一尾の鯖がかかったすぐあと、舟の後ろに座る權翁の方からも「また糸を手繰る忙しい音と、次ぎに鯖の首を折るらしい金屬性の音とが聞えた」と書かれていて、文はページをまたいで終わります。

『颱風』の「次ぎに鯖の首を折るらし」と「い金屬性の音とが聞えた。」の2列を大きく切り出して並べたもの
右がコマ155の最後の列「次ぎに鯖の首を折るらし」、左が次のコマ156の最初の列「い金屬性の音とが聞えた。」。ページをまたぐ一文を、二コマから切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(万造寺斉『颱風』・天佑社・大正8年・NDL PID:962856 コマ155・156・著作権保護期間満了)

釣った鯖の首をその場で折ることが、音だけで察しのつく手順として書かれています。ただ、この場面を相撲の鯖折りと結びつけて書いた本は見つかっておらず、相撲の本のほうも「俗に」「相撲社會の人々は」と言うだけなので、鯖の首を折ることが名前の元になったと、ここから決めることはできません。原本で確かめられたのは、明治の本が鯖折りを俗な呼び名として断り書きつきで載せていたことと、片仮名のサバヲリから漢字の鯖折へという書き方の順番までです。

鯖の字そのものの話は鯖の漢字の由来、同じ鯖のことばはサバを読むと鯖の生き腐れで読んでいます。ほかの魚のことばは魚のことばの一覧へ。

この記事でわかったこと

  • 相撲の手の一つで、四つに組んで相手の廻しを引きつけ、あごを相手の肩や胸に当てて覆いかぶさり、相手の腰をくじくものです。

    明治35年の『日本相撲伝』は「挫き」の見出しで説明し、「覆ひ冠ぶさつて相手の腰を挫くを云ふ(相撲社會の人々は此手を鯖折と云ふ)」と書いています(NDL PID:860431 コマ58)。

  • 鯖の字がつく理由を書いた本は、国立国会図書館の全文検索で表記を変えて引いた範囲では見つかりませんでした。

    明治27年の『相撲宝鑑』は、技の名を「腰折キ」とし、「俗に「サバヲリ」ともいふ」と世間の呼び名として添えています(NDL PID:860309 コマ36)。同じ文は明治18年の『古今相撲大要』にもあります(NDL PID:859970 コマ33)。

  • 明治18年の『古今相撲大要』と明治27年の『相撲宝鑑』は「腰折キ」(こしくじき)、明治35年の『日本相撲伝』は「挫き」を見出しにしていて、鯖折りは別名として添えられていました(NDL PID:859970 コマ33、PID:860309 コマ36、PID:860431 コマ58)。

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