「サバを読む」の語源は魚屋? 最古の用例は1687年の西鶴だった
この記事の目次
井原西鶴が貞享四年(1687年)に書いた浮世草子に、年をとった役者が節分の豆の数まで「さばよみ」にして年をかくす、という一節があります。「サバを読む」は年齢や数を自分の都合のいいほうへごまかすことで、語源を聞かれると、たいてい「魚屋がサバを急いで数えたから」、サバは傷みやすいので魚市場では数えるのも大急ぎで、だから数が合わない、と説明されます。ところが、その魚屋の説が辞書に載るのは昭和に入ってからで、いちばん古い用例との間には240年の開きがありました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:1287112 コマ31・著作権保護期間満了)
江戸の本で見つかったのは2冊
慣用句の由来は、魚の本を開いても出てきません。「サバを読む」は魚の話ではなく、ことばの話なので、次世代デジタルライブラリーの全文検索で「鯖読」「さばよみ」「鯖を読む」と字を変えながら引いてみると、明治以降の辞書がずらりと並ぶなかで、江戸以前の本でヒットしたのはたった2冊でした。そのうち古いほうが、貞享四年に刊行された西鶴の『男色大鑑(なんしょくおおかがみ)』です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『男色大鑑 8巻』[2]・NDL PID:2554897 コマ4・著作権保護期間満了)
『男色大鑑』は八巻からなり、後半の四巻は歌舞伎の若衆役者たちの話です。目録に「本朝若風俗(ほんちょうわかふうぞく)」という別題が見えます。
第五之巻の途中、年をとった役者の身の上を語るくだりに、問題の一行があります。
1687年、すでに「年をかくす」ために使われていた
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『男色大鑑 8巻』[2]・NDL PID:2554897 コマ25・著作権保護期間満了)
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翻刻
外へは年をかくし節分の大豆も鯖読にして
現代語訳
外に対しては年をかくし、節分の豆(年の数だけ食べる豆)も「さばよみ」にして。
「外へは年をかくし節分の大豆も鯖読にして」。世間には年をかくし、年の数だけ食べるはずの節分の豆の数まで少なめにごまかす、という文脈です。前後を読むと、三十四、五になっても若衆の顔をして人の懐に入り込む役者の話で、その手口として出てきます。
記録に残るいちばん古い「サバを読む」は年齢のサバ読みで、魚屋も魚市場も出てきません。
同じ年のもう一冊は、数を多めに読む話
もう一冊は『浮世栄花一代男(うきよえいがいちだいおとこ)』。こちらも貞享年間の刊本で、大正5年に国書刊行会が活字にした『江戸時代文芸資料』第五に収められています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『江戸時代文芸資料』第五・NDL PID:1884192 コマ17・著作権保護期間満了)
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翻刻
手にわたらず、角のちびざる一歩を給はり、ひとり機嫌にて鯖讀にしけるに、物數四百はしたゝかなるもらい物ぞかし
現代語訳
まだ人の手に渡っていない、角の欠けた一歩金をもらい、ひとりで上機嫌になって「さばよみ」してみると、物の数にして四百は、たっぷりしたもらい物であることよ。
「角のちびざる一歩を給はり、ひとり機嫌にて鯖讀にしけるに、物數四百はしたゝかなるもらい物ぞかし」。角のすり減っていない一歩金をもらって、ひとり上機嫌で「さばよみ」してみると、物にして四百はある、たっぷりのもらい物だ、という場面です。
こちらは、もらった金の値打ちを多めに見積もる意味で使われています。年を少なく言うのも金を多く言うのも同じ「さばよみ」で、都合のいいほうへ数を動かすという核だけが共通しています。
幕末の絵入り本にも出てくる
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『御婢子育桂川鮎 6巻』・NDL PID:10301220 コマ7・著作権保護期間満了)
江戸のヒット数は2冊でしたが、検索の字を「さばよみ」の仮名にすると、幕末の合巻(ごうかん)も引っかかります。
文政11年(1828年)の『御婢子育桂川鮎(おんひいきこそだてかつらがわあゆ)』。上の見開きの左のページに、「さばよみ」で一枚よけいに取ってきた、という趣旨のせりふがあります(出典:同書・NDL PID:10301220 コマ7)。
くずし字で細かい字まで逐語で確かめきれないので要約にとどめますが、数をごまかす意味で町人のせりふに使われていることは読み取れます。
明治の辞書は「俗の隠語」としか書かなかった
ここから辞書の時代です。明治26年(1893年)、山田美妙の『日本大辞書』は、この語をこう説明しました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本大辞書』・NDL PID:902835 コマ400・著作権保護期間満了)
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翻刻
さば・よみ 名。〔鯖讀み〕數ヲ詐ッテソノ利益ヲ己レガ取ルコト。〔鯖ヲ讀ムトイフ俗ノ隱語カラ基イタ語〕。—西鶴、若風俗、「節分ノ豆モさばよみニシテ」。
現代語訳
さばよみ(鯖読み) 数をいつわって、その利益を自分が取ること。〔「鯖を読む」という俗の隠語からできた語〕。用例は西鶴『若風俗』の「節分の豆もさばよみにして」。
「數ヲ詐ッテソノ利益ヲ己レガ取ルコト。〔鯖ヲ讀ムトイフ俗ノ隱語カラ基イタ語〕」。数をいつわって利益を自分が取ること、と意味を書き、「鯖を読む」という俗の隠語からできた語だとしています。
用例には「西鶴、若風俗」として、さきほどの『男色大鑑』の「節分の豆もさばよみにして」が引かれています。「若風俗」は目録にあった別題「本朝若風俗」のことです。
なぜ鯖なのかは一言も書いておらず、「俗の隠語」と言い切ったところで説明は終わっています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『帝国大辞典』第1版・NDL PID:2387590 コマ367・著作権保護期間満了)
明治29年(1896年)の『帝国大辞典』も同じです。「數を詐りてその利益を己れ取るをいふ」「鯖を讀むといふ俗の隱語より基きたる語なり」と、ほぼ同じ文で説明しています(出典:同書・NDL PID:2387590 コマ367)。
大正5年(1916年)の『大日本国語辞典』は「いつはり數へて利益を貪ること」とし、やはり用例は『若風俗』の一節です(出典:同書第2巻・NDL PID:954646 コマ378)。
大正11年(1922年)の『言泉』になると、意味がすこし広がります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『言泉』第2巻・NDL PID:969160 コマ433・著作権保護期間満了)
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翻刻
〔諺語〕鯖を讀む【句】數をごまかして多く數ふ。いいかげんに數を讀む。さばよみ。
現代語訳
〔ことわざ〕鯖を読む 数をごまかして多く数える。いいかげんに数を読む。さばよみ。
「數をごまかして多く數ふ。いいかげんに數を讀む」。利益うんぬんが消えて、「いいかげんに数を読む」という、いまの語感に近い説明になりました。
ちなみに同じページのすぐ上には「鯖の生腐」という句が立てられ、鯖が腐りやすいことをいう、と説明されています。鯖が傷みやすいという常識は辞書にも載っていたのに、それと「鯖を読む」を結びつける文は、このページのどこにもありません。
「魚屋が数え間違える」説は、昭和2年の辞書から
おなじみの魚屋説が出てくるのは、検索で見つかった範囲でいちばん古いのは、昭和2年(1927年)の『現代語新辞典 これさへあれば』でした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『現代語新辞典これさへあれば』・NDL PID:1110546 コマ112・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
【鯖を讀む】(サバヲヨム)物を數へるに數をごまかす事。魚屋が澤山の鯖を數へる時に、わざと間違つて、數より多く讀む事か多い處から來たものである。
現代語訳
鯖を読む 物を数えるときに数をごまかすこと。魚屋がたくさんの鯖を数えるときに、わざと間違えて実際の数より多く読むことが多いところから来た言葉である。
「魚屋が澤山の鯖を數へる時に、わざと間違つて、數より多く讀む事か多い處から來たものである」。
いま語られる説そのものですが、この辞書も根拠は示しておらず、来たものである、と言い切っているだけです。
2年後の昭和4年(1929年)には、下村海南が『鯖を讀む話』という随筆集を出しています(NDL PID:1881586)。表題作では、鯖は腐りが早いので魚市場で急いで数える、という考えを著者自身の私見として述べたうえで、巻末の附記では、仏事で撒く飯「生飯(さば)」に由来するという別説を人から教わったことにも触れています。魚屋説と生飯説が並んで語られるのは、この頃からのようです。
240年の空白
「さばよみ」の用例は1687年からあって、最初から年をかくす、数を多く言う、という意味で使われていました。明治の辞書は由来を「俗の隠語」とだけ書いて、なぜ鯖なのかには触れず、魚屋が数え間違えるという説明が辞書に載るのは1927年、用例の初出から240年後のことです。
西鶴の時代の魚屋が本当にそうやって数えていたのかは、今回たどった範囲では、どの本にも書いてありませんでした。魚屋説は「そう説明されるようになった」ことまでは確かめられますが、「そこから生まれた」ことは確かめられません。
いまのデジタル大辞泉も、「サバを読む」の由来として、魚市場で鯖を数えるとき急いで数を読んだことからとする説を挙げています。その説が本に載ったのは昭和2年で、それより前に確かなのは、1687年の江戸に年をごまかす役者がいて、その手口にもう「さばよみ」という名前がついていた、ということだけです。
この記事でわかったこと
国立国会図書館デジタルコレクションの全文検索で見つかる範囲では、貞享四年(1687年)刊の井原西鶴『男色大鑑』第五之巻の「外へは年をかくし節分の大豆も鯖読にして」です(NDL PID:2554897 コマ25)。役者が年をごまかす文脈で、現代の「年齢のサバ読み」と同じ使い方です。
今回の検索で見つかった範囲では、昭和2年(1927年)の『現代語新辞典 これさへあれば』が最古です(NDL PID:1110546 コマ112)。
明治の『日本大辞書』(1893年)や『帝国大辞典』(1896年)は「俗の隠語」とだけ書き、鯖との関係は説明していません。
確定していません。
用例は1687年からありますが、なぜ鯖なのかを当時の本は説明していません。魚屋説は1927年の辞書から、生飯(さば)説は1929年の随筆に見えます。どちらも根拠となる江戸期の記述は、今回の範囲では見つかりませんでした。
この記事で開いた原本
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- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 男色大鑑 8巻.[2]
井原西鶴 貞享4 [1687]
- 江戸時代文芸資料.第五
国書刊行会 編 1916
- 御婢子育桂川鮎 6巻
墨川亭雪麿 作・渓斎英泉 画 文政11 [1828]
- 日本大辞書
山田美妙 (武太郎) 編 明26.9
- 帝国大辞典.第1版
藤井乙男, 草野清民 編 明29.10
- 大日本国語辞典.第2巻く〜し
上田万年, 松井簡治 著 大正5
- 言泉 : 日本大辞典.第2巻
落合直文 著 大正10-11
- 現代語新辞典これさへあれば
文化出版社 編 昭和2
- 鯖を讀む話
下村海南 著 1929.8
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