UOMEDIA

魚のことば

「肴」の語源は酒菜か酒魚か 魚を「さかな」と呼ぶまで

公開
更新
読む時間
約15分
共有B!LINE
この記事の目次

平安時代の辞書『倭名類聚鈔』を開くと、「肴」の字は魚の部ではなく、酒のことばを集めた棚のいちばん端に置かれていて、和名は「佐加奈」とあります。酒の席で「何かさかなはないか」と言えば刺身でも枝豆でも出てくるように、「肴」の語源は酒と「な」で、もとは酒に添える食べもの全般でした。いっぽう海や川を泳ぐ「魚」は、同じ辞書では別の巻で「うを」と呼ばれています。「肴」の語源は「酒菜(さかな)」で、魚はもともと「うお」と呼んだ、という説明は半分は本のとおりですが、「な」に「菜」を当てるか「魚」を当てるかは、江戸の本でも明治の辞書でも割れていました。

歌川国貞(三代豊国)の錦絵「東海道五十三次之内 日本橋 松魚売」。手ぬぐいをかぶった魚売りの男の大首絵で、うしろに日本橋と荷をかつぐ人びと
嘉永5年(1852年)の錦絵。右上の題に「東海道五十三次の内 日本橋 松魚賣」とあり、手前に鰹売りの男、うしろに日本橋と、天秤棒で桶をかつぐ人びとが描かれている。所蔵館の目録では役者絵で、役名は「松魚売」。
出典:東京都立中央図書館(TOKYOアーカイブ)「東海道五十三次之内 日本橋 松魚売」・歌川豊国(3世)画・辻岡屋文助・嘉永5年・請求記号 N274-2・パブリックドメイン

平安の辞書では、「肴」は酒の棚にあった

次世代デジタルライブラリーで「酒菜」「酒魚」「佐加奈」「さかなといふ」「魚をさかな」と書き方を変えて引き、ヒットした本は該当のコマを画像で開いて字を一つずつ確かめました。「佐加奈」で出てきたのが、源順(みなもとのしたごう)が漢字のことばを部門ごとに並べ、日本での呼び名を万葉仮名で書きそえた『倭名類聚鈔(わみょうるいじゅしょう)』で、公開されているのは元和3年(1617年)に刷られた版です。

『倭名類聚鈔』元和3年版の見開き。大きな字の見出しの下に、二行の小さな字で説明が入る。右ページの右端に「肴」の項がある
『倭名類聚鈔』巻十六の見開き。大きな字が見出しと本文、二行に割った小さな字が注。右ページのいちばん右が「肴」の項で、そのすぐ左から「水漿類第二百七」が始まる。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『倭名類聚鈔』20巻[8]・源順撰・那波道円刊・元和3年・NDL PID:2544223 コマ30・著作権保護期間満了)

「肴」の項が置かれているのは「酒醴類第二百六」という区分で(見出しはコマ28)、酒にかかわることばが並んだ、その最後が「肴」でした。

『倭名類聚鈔』コマ30の「肴」の項と翻刻
「肴 野王案凡非穀而食謂之肴」。小さな字の注は「胡交反字亦作餚 和名佐加奈 一云布久之毛乃 見本朝令」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『倭名類聚鈔』20巻[8]・源順撰・元和3年・NDL PID:2544223 コマ30・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

肴 野王案凡非穀而食謂之肴(胡交反字亦作餚 和名佐加奈 一云布久之毛乃 見本朝令)

現代語訳

肴。野王の説では、穀物でなくて食べるものをすべて肴という。(字は餚とも書く。和名はサカナ。フクシモノともいう。本朝の令に見える)

「凡非穀而食謂之肴」、穀物でなくて食べるものをすべて肴という、と「野王」という人の説を引いて説明しています。米や麦のような主食でないもの、つまりおかず全般のことで、魚とは書いてありません。注には日本での呼び名が万葉仮名で書いてあります。

『倭名類聚鈔』コマ30から見出しの「肴」と注の「和名佐加奈」を大きく切り出したもの
コマ30の「肴」の項から、見出しの「肴」(右)と、注の「和名佐加奈」(左)を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:2544223 コマ30・著作権保護期間満了)

「和名佐加奈」で「さかな」と読み、もう一つ「布久之毛乃(ふくしもの)」という呼び名も添えてあります。泳ぐほうの魚はというと、巻十九の「鱗介部」の、龍と同じ「龍魚類」の中にありました(見出しはPID:2544225 コマ2)。

『倭名類聚鈔』巻十九コマ3から見出しの「魚」と注「語居反和名宇乎俗云伊遠」を大きく切り出したもの
巻十九コマ3の「魚」の項から、見出しの「魚」(右)と、二行の注「語居反和名宇/乎俗云伊遠」(左)を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『倭名類聚鈔』20巻[10]・源順撰・元和3年・NDL PID:2544225 コマ3・著作権保護期間満了)

「和名宇乎俗云伊遠」、和名は「うを」で、世間では「いを」とも言う。この辞書では、「さかな」は酒の席の食べもの、「うを」は水の中の生きもので、二つは別の巻の別の棚に分かれていたのです。

「酒菜」と書いたのは、江戸の故実家だった

「さかな」を「酒菜」と説明している本を探すと、武家のしきたり(故実)を調べた伊勢貞丈の覚え書き『貞丈雑記(ていじょうざっき)』に行きあたります。国立国会図書館の書誌では天保14年(1843年)に版本が出ていて、ここでは明治の活字本で読みました。

『貞丈雑記』巻之六コマ14の「さかなと云ふは酒菜也」の二列と翻刻
「一女の詞に魚をまなと云ふ眞菜也なとはさいの事なり蔬菜に對して眞菜と云ふ也今も京の詞に鮓魚をすしなと云ふ又魚屋をなやと云ふもなは魚の事なり魚類のさいを眞菜と云ひさかなと云ふは酒菜也(さけのさいなり)」。「酒菜」の右に「サカナ」の振り仮名がある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『故実叢書 貞丈雑記』巻之6-8・今泉定介編・吉川弘文館・明治32〜39年・NDL PID:771947 コマ14・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

一女の詞に魚をまなと云ふ眞菜也なとはさいの事なり蔬菜に對して眞菜と云ふ也今も京の詞に鮓魚をすしなと云ふ又魚屋をなやと云ふもなは魚の事なり魚類のさいを眞菜と云ひさかなと云ふは酒菜也(さけのさいなり)

現代語訳

女のことばで魚を「まな」と言うのは真菜である。「な」とはおかずのこと。野菜のおかずに対して真菜と言う。いまも京のことばで鮓の魚を「すしな」と言い、魚屋を「なや」と言うのも、「な」が魚のことだからだ。魚のおかずを真菜と言い、「さかな」と言うのは酒菜、酒のおかずである。

「さかなと云ふは酒菜也(さけのさいなり)」、さかなというのは酒菜、酒のおかずのことだ、とはっきり書いてあります。おもしろいのはその前で、貞丈は「な」を「さい」、つまりおかずのことだとし、野菜のおかずに対して魚のおかずを「真菜(まな)」と呼ぶ、と言っています。京では魚屋を「なや」と言う、「なは魚の事なり」とも書いていて、「な」一字で魚を指すこともあったわけです。

江戸時代に編まれた俗語の辞書を、明治32年(1899年)に井上頼圀と近藤瓶城が増補して出した『俚言集覧(りげんしゅうらん)』も同じ向きで、「サカナは酒菜の義歟」とし、「魚もナといへともサカナは魚に限るへからず」、魚も「な」と言うけれど、さかなは魚に限らない、と念を押しています(NDL PID:991570 コマ75)。

もうひとつの説、「酒魚」

同じ江戸時代に、ちがう字をあてた本もあります。安永4年(1775年)に出た越谷吾山の『物類称呼(ぶつるいしょうこ)』は、ものの呼び名が土地ごとにどうちがうかを集めた本です。

『物類称呼』巻二コマ31の見開き。枠で囲んだ魚の名の見出しの下に、くずし字まじりで各地の呼び名が並ぶ
『物類称呼』巻二の見開き。右ページに「鮎魚女(あいなめ)」の項があり、各地の呼び名のあとに「な」という語の説明が続く。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『物類称呼』5巻・越谷吾山編・安永4年・NDL PID:2539349 コマ31・著作権保護期間満了)

開いたのはアイナメという魚の項で、奥州や佐渡、駿河での呼び名を並べたあと、話は魚を指す「な」という語に移り、そこで「さかな」が出てきます。

『物類称呼』コマ31の「肴と云も酒魚」の列と翻刻
「又日本紀萬葉等に魚を。なと訓ず」「又江戸に云納屋も魚屋也 肴と云も酒魚/なり」。「納屋」「魚屋」にはどちらも「なや」、「肴」「酒魚」にはどちらも「さかな」の振り仮名がある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『物類称呼』5巻・越谷吾山編・安永4年・NDL PID:2539349 コマ31・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

……又日本紀萬葉等に魚を。なと訓ず…………又江戸に云納屋も魚屋也 肴と云も酒魚なり……

現代語訳

また日本書紀や万葉集などでは「魚」を「な」と読む。(中略)江戸でいう納屋(なや)も魚屋(なや)である。肴(さかな)というのも酒魚(さかな)である。

『物類称呼』コマ31から「肴と云も酒魚」を大きく切り出したもの
コマ31の列の下の端、「肴と云も酒魚」。「肴」と「酒魚」の右に、小さく「さかな」と振ってある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:2539349 コマ31・著作権保護期間満了)

「肴と云も酒魚なり」と、こちらは「菜」ではなく「魚」の字です。日本書紀や万葉集では「魚」を「な」と読み、江戸でいう「納屋(なや)」も魚屋のことだから、「さかな」の「な」も魚だ、というのが吾山の理屈でした。

谷川士清がまとめた辞書『倭訓栞(わくんのしおり)』も、「さかな」の項で「酒魚の義なるへし」と書いています(文政13年=1830年刊の冊・NDL PID:2562792 コマ9)。ただ士清はすぐあとに中国の字書を引いて、「字義ハ必しも海味に限らさる也」、「肴」という字の意味は海のものに限らない、とつけ加えました。「さか」が酒であることはどの本も同じで、割れているのは「な」がおかずの「菜」か「魚」か、という一点です。

元禄の本は「精進物をさかなと言うな」

もっと古い本にも、「な」は魚だと考えた人がいます。元禄5年(1692年)に出た『まことぐさ』は、ことばづかいの心得を一つ書きで並べた本です。

『まことぐさ』巻上コマ5の見開き。太い枠の中に、大きなくずし字の仮名文が一行ずつ並ぶ
『まことぐさ』巻上の見開き。右ページの「一さかなといふ事も」から、「さかな」ということばの使い方の条が始まり、左ページへ続く。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『まことぐさ』3巻・万屋清四郎刊・元禄5年・NDL PID:2534251 コマ5・著作権保護期間満了)
『まことぐさ』コマ5の「さかなといふ事も精進物のうへにてハ申まじき」からの四列と翻刻
「一さかなといふ事も精進物のうへにてハ申まじき/事とかや。ことに人の忌中などへ。精進物を/をくり侍るせうそこにさかなとかく事然る/べからず さかなといふこゝろは。酒の魚といふ」。「魚」の右に「まな」の振り仮名がある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『まことぐさ』3巻・元禄5年・NDL PID:2534251 コマ5・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

一さかなといふ事も精進物のうへにてハ申まじき事とかや。ことに人の忌中などへ。精進物ををくり侍るせうそこにさかなとかく事然るべからず さかなといふこゝろは。酒の魚といふ

現代語訳

「さかな」ということばも、精進物(肉や魚を使わない食べもの)については言ってはならないのだとか。とくに喪中の人へ精進物を贈る手紙に「さかな」と書くのはよろしくない。「さかな」という意味は、酒の魚ということ(か)。

「さかなといふ事も精進物のうへにてハ申まじき事とかや」、肉や魚を使わない精進物のことを「さかな」と言ってはならないそうだ、と書き、とくに喪中の人に精進物を贈るとき、手紙に「さかな」と書くのはよくない、と続けています。理由としてこの本は語源を三つ考えていて、酒の魚(まな)か、酒の半ばに出るものか、酒の慰みか、あとの二つなら精進物に使ってもかまわないはずだが、と断ったうえで、左ページで「本説ハ酒の魚といふこゝろなるべし」と結んでいます。

平安の辞書では穀物以外の食べものすべてだった「さかな」が、元禄のこの本では、野菜だけの料理には使いにくいことばになっていたことになります。

天保の本に出てくる「さかな屋」

魚を売る人の呼び方は、また別の本に出てきます。冒頭の錦絵と同じ日本橋の、魚の絵をもう一枚置いておきます。

錦絵『江戸自慢三十六興 日本橋初鰹』。鰹を一尾さげた女と、輪を手にした若い男
右上の題箋に「日本橋 初鰹」。女が手にさげているのが鰹で、右の若い男は棒の先に輪をさげて身をかがめている。上に日本橋の賑わいと富士。広重画・豊国筆。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『江戸自慢三十六興 日本橋初鰹』・NDL PID:1303607・パブリックドメイン)

天保6年(1835年)の『街能噂(ちまたのうわさ)』は、平亭銀鶏が大坂に旅して、江戸とのちがいを会話のかたちで書いた本で、そのなかに魚売りの話が出る場面があります。

『街能噂』春の巻コマ32の「今さかな屋が」から「魚屋がみんな籠へいれてあるきやす」までの列と翻刻
枠で囲んだ「万松」は話し手の名。「今さかな屋が」と始まり、小さい鰯の呼び名の話をはさんで、「御覧じやし。江戸と違て/魚屋がみんな籠へいれてあるきやす。」と続く。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『街能噂』4巻 春・平亭銀鶏作・歌川貞広画・天保6年・NDL PID:8942927 コマ32・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

万松「今さかな屋が………………御覧じやし。江戸と違て魚屋がみんな籠へいれてあるきやす。

現代語訳

万松「いま、さかな屋が(そう)言いました」。(中略)ごらんなさい。江戸とちがって、魚屋がみんな籠に入れて売り歩いています。

「今さかな屋が」と、仮名で「さかな屋」です。酒の席の話ではなく、鰯を売る人のことをそう呼んでいて、続けて大坂では「江戸と違て魚屋がみんな籠へいれてあるきやす」、江戸とちがって魚屋が籠に入れて売り歩く、と言い、相手は、半台(はんだい)よりあのほうが便利だ、と応じています。少なくとも天保のころには、売り歩く魚そのものを「さかな」と呼ぶ言い方が、本の中の会話に出てきていました。

明治の辞書は「魚菜」とまとめ、教師の本は「誤り」とした

明治22〜24年(1889〜91年)に出た国語辞書『言海(げんかい)』は、江戸で割れていた二つの字を並べて書きました。

『言海』コマ266の「さかな」の項と翻刻
「さかな(名)肴〔さかハ酒ナリ、なハ魚菜ノ稱〕(一)肉菜等、スベテ酒飮ム助ケトスル食物。フクシモノ。(二)魚。(多ク肴ニ用ヰルニ因テ名ヲ專ニス)」。左に「さかないち」「さかなうり」の項が続く。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『言海』・大槻文彦編・明治22〜24年・NDL PID:992954 コマ266・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

さかな(名)肴〔さかハ酒ナリ、なハ魚菜ノ稱〕(一)肉菜等、スベテ酒飮ム助ケトスル食物。フクシモノ。(二)魚。(多ク肴ニ用ヰルニ因テ名ヲ專ニス)

現代語訳

さかな。「さか」は酒、「な」は魚や菜の呼び名。(一)肉や菜など、すべて酒を飲む助けにする食べもの。(二)魚。(多く肴に使うので、名を独りじめした)

「さかハ酒ナリ、なハ魚菜ノ稱」。大槻文彦は「な」を魚と菜の呼び名とし、意味を二つに分けて、(一)を酒を飲む助けにする食べもの全般、(二)を魚としています。魚の意味には「多ク肴ニ用ヰルニ因テ名ヲ專ニス」、肴にはたいてい魚を使うので、魚が「さかな」の名を独りじめした、という理由が添えてあり、平安の辞書にあった「フクシモノ」もここに残っています。

明治29年(1896年)の『帝国大辞典』は「酒魚の義なり」と「魚」の字をとり、二つめの意味を「魚類をすべいふ」としていて(NDL PID:2387590 コマ356)、辞書の中でも字は一つに決まっていません。ところが学校の先生むけの本、明治37年(1904年)の『国語読方教法及教授案』には、「肴」の字の音と訓を示したところに、こんな一行があります。

『国語読方教法及教授案』コマ56の「地方により魚をさかなと稱するところありこれ誤れるなり」の列と翻刻
「肴」の字に「コー」「サカナ」と音訓を示し、その下に「地方により魚をさかなと稱するところありこれ誤れるなり。」とある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『国語読方教法及教授案』高等小学科第3学年 前期・日本書籍・明治37年・NDL PID:812126 コマ56・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

肴(コー・サカナ) 地方により魚をさかなと稱するところありこれ誤れるなり。

現代語訳

肴。地方によっては魚を「さかな」と呼ぶところがある。これは誤りである。

「地方により魚をさかなと稱するところありこれ誤れるなり」。魚を「さかな」と呼ぶ地方があるが、それはまちがいだ、というのです。十年以上前の辞書がもう「魚」の意味を載せているのに、教える側のこの本は「誤り」としていました。その前の年には国語学者の上田万年が、全体を指すことばが一部の名前になる例として、兵士を「兵隊」と言うのと並べて「魚をさかな(酒菜)といふやうに」と書いています(『国語のため 第二』明治36年・NDL PID:993665 コマ83)。

「とと」は子どものことば、「ととや」は近畿

魚の呼び名には「とと」もあり、『言海』は「とと」に「魚」の字をあてて「ウヲ。(小兒ノ語)」、子どものことばだと説明しました(NDL PID:992954 コマ437)。語源については「韃靼語ナリトモ云」と、韃靼(だったん)のことばだとも言う、と伝え聞きのかたちで一つ挙げるだけです。同じコマの「ととや」には「魚ヲ賣ル家。ウヲヤ。(近畿)」とあって、魚屋を「ととや」と言うのは近畿だ、という注がついています。

「菜」か「魚」か

平安の『倭名類聚鈔』の「和名佐加奈」から明治の『言海』まで、「さか」が酒であることはどの本も一致していました。「な」のほうは、1692年の『まことぐさ』と1775年の『物類称呼』、1830年刊の『倭訓栞』が「魚」、伊勢貞丈と明治の『俚言集覧』が「菜」をとり、1889〜91年の『言海』が「魚菜」と両方を並べ、1896年の『帝国大辞典』がまた「魚」に戻るというふうに、行ったり来たりしています。「酒菜」だけが正解とは、今回開いた原本からは言えません。

魚を「さかな」と呼ぶ言い方がいつ始まったのかも、決められませんでした。確かめられたのは、元禄の本が精進物に「さかな」を使うなと書いていること、天保の本の会話に「さかな屋」が出てくること、明治の辞書が魚の意味を載せたあとも1904年の教師むけの本が「誤れるなり」としていたこと、までです。

この記事でわかったこと

  • 「肴(さかな)」の語源は「酒(さか)+な」で、酒を飲むときに添える食べものという意味です。

    「な」を「菜」(おかず)とする本と「魚」とする本があり、『貞丈雑記』は「さかなと云ふは酒菜也」(NDL PID:771947 コマ14)、『物類称呼』は「肴と云も酒魚なり」(NDL PID:2539349 コマ31)と書いています。『言海』は「なハ魚菜ノ稱」としました(NDL PID:992954 コマ266)。

  • 魚を「さかな」と呼ぶのは、酒の肴に魚を多く使ったからだと、明治の辞書『言海』は説明しています。

    「(二)魚。(多ク肴ニ用ヰルニ因テ名ヲ專ニス)」とあります(NDL PID:992954 コマ266)。

  • 平安時代の辞書『倭名類聚鈔』は、魚の和名を「宇乎(うを)」、世間での言い方を「伊遠(いを)」としています(NDL PID:2544225 コマ3)。

    同じ辞書で「佐加奈(さかな)」は「肴」の和名で、酒のことばを集めた区分に置かれていました(NDL PID:2544223 コマ30)。

  • 魚を「さかな」と呼びはじめた時期は、今回開いた本からは決められませんでした。

    天保6年(1835年)の『街能噂』には鰯を売る人を「さかな屋」と呼ぶ会話があり(NDL PID:8942927 コマ32)、明治37年(1904年)の教師むけの本は「地方により魚をさかなと稱するところありこれ誤れるなり」としています(NDL PID:812126 コマ56)。

  • 魚を指す「とと」は子どものことばだと、『言海』は説明しています。

    語源は「韃靼語ナリトモ云」と伝聞のかたちで一つ挙げるだけで、魚屋を指す「ととや」には「近畿」の注があります(NDL PID:992954 コマ437)。

この記事で開いた原本

どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。

ほかの記事で使った本もあわせて見るなら記事で開いた原本の一覧へ。

共有B!LINE