「タコ配当」の意味と由来 蛸が足を食うのは明治の「俚説」
この記事の目次
明治43年(1910年)の石川文吾『商業通論』は、資本金を削って配当に回す会社のやり方を「蛸配当」と呼んだその場で、蛸は食べ物に困ると自分の脚を食う、というのは俚説、世間の言い伝えだ、と断っています。「タコ配当」の意味は、会社が利益を出していないのに資本や資産を削って株主に配当することで、見かけの配当を続けるほど会社そのものはやせていきます。由来としていつも持ち出される蛸の話は、言葉が生まれたころから、たしかめられた事実ではなく言い伝えとして書かれていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』・毛利梅園・NDL PID:1287112 コマ35・著作権保護期間満了)
上の絵は江戸後期の博物家・毛利梅園が写生した章魚で、八本の腕が紙の外へはみ出しそうな勢いで広がり、吸盤が一つずつ白く描き分けられていて、自分の足を食べるような気配はどこにもありません。国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで昔の字の「蛸配當」を引くと672冊が出てきて、多くは商法や会社法の本でしたが、いちばん古い層を開いていくと、明治43年の二冊に行き当たりました。
『商業通論』の「所謂」と「俚説」
その一冊が『商業通論』で、商業のしくみを、利益の処分や積立金まで順に説明した本です。「利益金及び其処分」の章を開くと、右ページの前半、株式会社の重役の不正な配当を論じたくだりに、その言葉が出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『商業通論』・石川文吾著・明治43年・NDL PID:803131 コマ437・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『商業通論』・石川文吾著・明治43年・NDL PID:803131 コマ437・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
是等の方法に由りて虛僞の計算に由りて假空の利益を造り資本金を割きて配當金に充て以て一時を糊塗せんとするものあり所謂「蛸會社」「蛸配當」是なり蓋し蛸は食に究するに方り其の脚を食ふとの俚說に出るものなるべし悲むべきかな
現代語訳
(株式会社の重役の中には)こうした方法で、うその計算によって架空の利益をつくり、資本金を削って配当金に回し、その場をとりつくろおうとする者がいる。いわゆる「蛸会社」「蛸配当」がこれである。思うに、蛸は食べ物に困ると自分の脚を食う、という言い伝えから出たものだろう。悲しむべきことだ。
うその計算で架空の利益をつくり、資本金を削って配当に回してその場をとりつくろう者がいる、それがいわゆる「蛸会社」「蛸配当」で、思うに蛸は食べ物に困ると自分の脚を食うという俚説から出たのだろう、悲しむべきことだ、という一節です。
目を留めたいのは、「所謂(いわゆる)」と「俚説」の二語です。所謂とつけている以上、明治43年の時点で「蛸配当」は世間でもう通じる言葉になっていて、「蛸会社」という言い方もあったようです。そして著者は、蛸が自分の脚を食うことを、事実としてではなく、そういう言い伝えがあるという形で書いていました。
同じ年の庵地保『商人道』も、株価を上げるために財産を実際より高く見積もることを「俗に云ふ、蛸配當をなし」と書いていて(NDL PID:803209 コマ41)、ここでも俗に云ふ、と世間の言葉として扱っています。さらに一年さかのぼる明治42年(1909年)の『東京の裏面』は、ない利益を見せかける会社のやり方を手品にたとえたあとで、「蛸が自分の足を」食うのと同じだ、と書いていて(NDL PID:994963 コマ131)、蛸配当という名前より先に、蛸のたとえのほうが使われていたことになります。
明治44年の商法改正の解説書
翌年には、この言葉が法律の解説書に入ります。明治44年(1911年)に商法が改正されて会社の役員の不正に罰則が設けられ、その解説書である青木徹二の『新商法釈義』は、罰則の第三号をこう説明しています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『新商法釈義』・青木徹二著・明治44年・NDL PID:793206 コマ167・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
第三號は、所謂蛸配當に對する制裁にして斯る不當の配當は、會社財產維持(資本充實)の原則を破壞し、延て一般に危險を及ぼすもの……
現代語訳
(改正商法の罰則の)第三号は、いわゆる蛸配当に対する制裁である。このような不当な配当は、会社財産の維持(資本の充実)の原則を壊し、ひいては世の中一般に危険を及ぼすものだからである。
第三号はいわゆる蛸配当に対する制裁で、こうした不当な配当は資本を充実させるという原則を壊し、世の中一般に危険を及ぼす、というのが趣旨です。法律の本でもやはり「所謂」がついていて、条文そのものは蛸とは書かず、解説する側が世間の呼び名を借りて説明していたことが分かります。
昭和の株式の本の書き方
昭和に入ると、株式の本がこの言葉に注をつけるようになります。昭和2年(1927年)の安田与四郎『株式市場の表裏』です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『株式市場の表裏』・安田与四郎著・昭和2年・NDL PID:1187313 コマ60・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
(註イ)蛸配當とは會社が利益のない時に配當をするを云ふ、蛸が自分の足を喰うて腹を肥やすのに喩へたのである。
現代語訳
(注)蛸配当とは、会社が利益のないときに配当をすることを言う。蛸が自分の足を食って腹を肥やすのにたとえたのである。
利益のないときに配当をすることを、蛸が自分の足を食って腹を肥やすのにたとえた、と説明していて、ここでも蛸の話は「喩へた」ものとして扱われています。昭和5年(1930年)の橋本良平『現代の株式会社』は、会計の言葉でもう少していねいです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『現代の株式会社』・橋本良平著・昭和5年・NDL PID:3430265 コマ139・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
蛸配當とは、……虚僞の純益を計上し、之を株主(社員)に配當するをいふ。それは事實純益の配當でなく、資本の返戻である。章魚(蛸)は餌なきに至れば、自己の足を喰ふといふより、此語が生じたと。
現代語訳
蛸配当とは、……うその純益を計上して、それを株主(社員)に配当することを言う。それは実際には純益の配当ではなく、資本の払い戻しである。蛸は餌がなくなると自分の足を食う、ということから、この言葉が生まれたという。
帳簿の資産を大きく負債を小さく見せてうその純益をつくり、それを配当するのは、実際には純益の配当ではなく資本の払い戻しだ、と仕組みを説いたあとで、由来については、蛸は餌がなくなると自分の足を食う「といふより、此語が生じたと」と書いています。最後を「生じたと」と伝え聞きの形で結んでいるので、明治43年の俚説から二十年たっても、蛸の話は言い伝えのままだったことになります。
江戸の本草書に描かれた蛸
江戸の本草書に描かれた蛸は、自分の足を食うどころか、もっと大胆な生き物でした。大きな蛸が海から足を伸ばして舟の人を探る、夜に陸へ上がって畑の茄子や芋を取って食う、といった話は、別の記事で原本からたどっています(蛸壺と畑の茄子の記事)。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本山海名産図会』5巻・NDL PID:2575829 コマ28・著作権保護期間満了)
『日本山海名産図会』に描かれた伊予・長浜の章魚漁では、舟に蛸壺のような器がいくつも積まれていて、こちらの蛸は、海で人に獲られる側として描かれていて、経済の本のたとえに出てくる蛸とは、ずいぶん違う顔をしています。
明治の終わりの「蛸配当」は、すでに「所謂」「俗に云ふ」をつけて書かれる世間の言葉で、その由来の蛸の話を、明治43年の本ははじめから俚説と呼び、昭和5年の本も伝え聞きの形で書いていました。この言葉の芯は、蛸の生態というより、自分の身を削っていることに気づかない会社の姿のほうにあったようです。
この記事でわかったこと
会社が利益を出していないのに、資本や資産を削って株主に配当することです。
昭和5年の『現代の株式会社』は「事實純益の配當でなく、資本の返戻である」と説明しています(NDL PID:3430265 コマ139)。
蛸は食べ物に困ると自分の足を食う、という言い伝えにたとえた言葉です。
明治43年(1910年)の石川文吾『商業通論』は「蓋し蛸は食に究するに方り其の脚を食ふとの俚說に出るものなるべし」と書いています(NDL PID:803131 コマ437)。
国立国会図書館の全文検索で本文を確かめた範囲では、明治43年(1910年)の『商業通論』と『商人道』が最も古く、どちらも「所謂」「俗に云ふ」をつけて使っています。
翌明治44年の商法改正の解説書にも「所謂蛸配當に對する制裁」とあります(NDL PID:793206 コマ167)。
この記事で扱った原本は、それを事実としては書いていません。
明治43年の『商業通論』は「俚説」(言い伝え)、昭和5年の『現代の株式会社』は「といふより、此語が生じたと」と、どちらも言い伝えとして紹介しています。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 商業通論
石川文吾 著 明43.5
- 商人道
庵地保 著 明43.11
- 東京の裏面
永沢信之助 編 1909.12
- 新商法釈義
青木徹二 著 明44.10
- 株式市場の表裏
安田与四郎 著 昭和2
- 現代の株式会社
橋本良平 著 昭和5
- 日本山海名産圖會 5巻.[4]
法橋關月 画 [18--]
ほかの記事で使った本もあわせて見るなら記事で開いた原本の一覧へ。



