「腐っても鯛」の語源と初出 江戸の俳人が「聞いたことがない」と書いた諺
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原本の画像で確かめられるいちばん古い「くさりても鯛」は、このことわざを聞いたことがないと皮肉る文の中にありました。「腐っても鯛(くさってもたい)」は、すぐれたものはいたんでもそれなりの値打ちを保っている、というたとえで(デジタル大辞泉「腐っても鯛」の項)、落ちぶれた名家や往年の名選手、古い名店にいまも使われますが、語源をさかのぼっていくと、最初にこれを本に書いた人は、このことばを褒めるどころか、新しすぎる俗語として槍玉に挙げていたのです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『魚尽錦絵』・NDL PID:2537533 コマ4・著作権保護期間満了)
貞室の『氷室守』と、批判された『毛吹草』
国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーの全文検索で、「腐っても鯛」「くさつても鯛」「くさりても鯛」「腐ても鯛」と字の形を変えて引きました。江戸の本は仮名づかいも送りがなもばらばらなので、一つの形で引いただけでは見つからず、形を変えるたびに当たる本が入れ替わります。
江戸の本で当たったうち、いちばん古いのは正保3年(1646年)刊の『氷室守(ひむろもり)』でした。京都の俳人・安原貞室(やすはらていしつ)の本です。貞室は松永貞徳の門人で、慶長15年(1610年)に生まれ、寛文13年(1673年)に亡くなっています(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典「安原貞室」の項)。国立国会図書館の書誌では著者名を本名の「安原正章」で載せています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『氷室守 3巻』[1]・NDL PID:2553217 コマ3・著作権保護期間満了)
『氷室守』は、前の年に出た松江重頼の俳諧書『毛吹草(けふきぐさ)』を批判するために書かれた本です(世界大百科事典「貞室」の項)。『毛吹草』の巻二には「世話」と呼ばれる俚諺の集めがあり、江戸初期のことわざ資料として知られています(日本大百科全書・百科事典マイペディア「毛吹草」の項)。
その『毛吹草』を、貞室は一冊まるごと相手にして文句を言っています。「くさりても鯛」は、その文句の中に出てきます。
1646年、聞いたことがないと書かれたことわざ
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『氷室守 3巻』[1]・NDL PID:2553217 コマ10・著作権保護期間満了)
貞室はまず、『毛吹草』が「私名(わたくしな)を言い出すのはいかがなものか、思案せよ」と自分で書いていながら、巻二の世話や巻四の名物に、きのう今日の俗語や店の名まで集めているではないか、と指摘します。そして、その俗語の例をいくつか挙げます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『氷室守 3巻』[1]・NDL PID:2553217 コマ10・著作権保護期間満了)
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翻刻
ましを一つ二つ申さは、第二巻の世話の内にくさりても鯛、やすき物は銭うしなひ、百日に百はいはもれとも一日にはもられすな、といふこと
現代語訳
(その俗語の)あらましを一つ二つ申せば、第二巻の「世話」の中に「くさりても鯛」「安き物は銭失い」「百日に百杯は盛られても一日には盛られるな」ということば。
「先その俗語のあらましを一つ二つ申さは、第二巻の世話の内に、くさりても鯛、やすき物は銭うしなひ、百日に百はいはもれとも一日にはもられすな、といふこと葉」。
まずその俗語のあらましを一つ二つ申せば、第二巻の「世話」の中にある「くさりても鯛」「安き物は銭失い」「百日に百杯は盛られても一日には盛られるな」ということば——。
『毛吹草』の巻二に「くさりても鯛」が載っていたこと。それが1646年の時点で、貞室の目には「きのう今日の俗語」に見えたこと。この二つがここで分かります。
そして貞室は、続けてこう書きます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『氷室守 3巻』[1]・NDL PID:2553217 コマ10・著作権保護期間満了)
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翻刻
鼠屋が下緒なとやうのことは定て神代よりありつらんなれどつたなき耳にはえきかずかし
現代語訳
鼠屋の下緒などというようなことは、さだめし神代からあったのだろうが、(私の)つたない耳には聞こえてこなかった。
「なとやうのことは定て神代よりありつらんなれど、つたなき耳にはえきかずかし」。
こういったことは、さだめし神代の昔からあったのだろうが、私のつたない耳には聞こえてこなかった——。
皮肉です。「神代からあった」と持ち上げておいて、「自分は聞いたことがない」と落とす。膏薬の名や豆腐屋の名と同じ列に「くさりても鯛」を置いて、そんな新しい俗語を俳諧の本に載せるのか、と言っているわけです。
つまり、いま原本の画像で確かめられるいちばん古い「くさりても鯛」は、「聞いたことがない」という文の中にあることになります。京都の一流の俳人が、1646年にこのことわざを「きのう今日の俗語」扱いしていた。当時のこのことばの新しさが、批判の文からかえって見えてきます。
なお『毛吹草』そのものは、国立国会図書館デジタルコレクションに江戸の刊本の画像がなく、今回は貞室の引用で確かめるにとどめています。『毛吹草』が正保2年(1645年)刊であることはデジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典「毛吹草」の項によります。
元禄の本では、ことわざの一つとして並ぶ
それから半世紀後。元禄5年(1692年)刊の『まことぐさ』という本には、ことわざが一行ずつ、「一」の字を頭にしてずらりと並んでいます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『まことぐさ 3巻』・NDL PID:2534251 コマ64・著作権保護期間満了)
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翻刻
一くさりても鯛。売言葉に買こと葉
現代語訳
一、くさりても鯛。売り言葉に買い言葉。
「一くさりても鯛。売言葉に買こと葉」。
「売り言葉に買い言葉」と同じ列に、「くさりても鯛」があります。貞室が「聞いたことがない」と書いてから46年。もう、ことわざの一つとして数えられています。
其磧と三馬が使った「くさっても鯛」
享保5年(1720年)刊の浮世草子『浮世親仁形気(うきよおやじかたぎ)』は、京都の江島其磧(えじまきせき)の作です(日本大百科全書「浮世親仁形気」の項)。娘自慢の親父の話に、こうあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『浮世親仁形気 2-5之巻』・NDL PID:2533897 コマ44・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『浮世親仁形気 2-5之巻』・NDL PID:2533897 コマ44・著作権保護期間満了)
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翻刻
布子着せても美人には人が目を付る。くさつても鯛とはよういふた物じやと。此身に成てもひとつ
現代語訳
布子(木綿の綿入れ)を着せても美人には人が目をつける。「くさっても鯛」とはよく言ったものだと、この身になっても一つ(言えば二つめには娘自慢)。
「布子着せても美人には人が目を付る。くさつても鯛とはよういふた物じやと」。
布子(ぬのこ。木綿の綿入れ)を着せても美人には人が目をつける。「くさっても鯛」とはよく言ったものだ——。ここでは「くさつても」と、促音の形になっています。いまの言い方と同じです。
さらに江戸後期。式亭三馬の『狂言綺語(きょうげんきぎょ)』は文化元年(1804年)序の本で(国立国会図書館サーチの書誌)、序文のような冒頭部分にこうあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『狂言綺語』・NDL PID:2533809 コマ5・著作権保護期間満了)
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翻刻
らず悪ものも悪に定らず。腐ても鯛を味ふ人負ても勝を思ふ人各食蓼虫の好嗜
現代語訳
(善いものも善に当たら)ず、悪いものも悪と定まらない。腐っても鯛を味わう人、負けても勝ちを思う人、それぞれに「蓼食う虫」の好みがあって。
「腐ても鯛を味ふ人、負ても勝を思ふ人、各食蓼虫の好嗜ありて」。
腐っても鯛を味わう人、負けても勝ちを思う人、それぞれに「蓼食う虫」の好みがあって——。「腐ても」に「くさっ」とルビが振られています。「腐っても鯛」と「蓼食う虫も好き好き」を並べて、人の好みはさまざまだ、と言う使い方です。
『鷹筑波』の桜鯛
明治の辞書になると、このことわざに出典の句が添えられるようになります。明治43年(1910年)の『諺語大辞典』の項は、次のとおりです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『諺語大辞典』・NDL PID:862766 コマ181・著作権保護期間満了)
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翻刻
【腐ツテモ鯛】チギレテモ錦と同意。〔鷹筑波〕くさつたれど身はよしのかな櫻鯛 仲宅。
現代語訳
【腐っても鯛】「ちぎれても錦」と同じ意味。〔鷹筑波〕くさったれど身はよしのかな桜鯛 仲宅。
「【腐ツテモ鯛】チギレテモ錦と同意。〔鷹筑波〕くさつたれど身はよしのかな櫻鯛 仲宅」。
「ちぎれても錦」と同じ意味だ、として、『鷹筑波(たかつくば)』という本の句を引いています。くさったれど、身はよしのかな、桜鯛——。「よしの」は吉野の桜と「良し」をかけたことば遊びでしょう。
『鷹筑波』は寛永15年(1638年)の俳諧集です(国立国会図書館サーチの書誌)。もしこの句がそこにあるなら、『毛吹草』より7年古いことになります。ただ、今回は『鷹筑波』の原本画像を確かめられておらず、辞書の引用にとどめます。
「腐りても鯛は鯛なり」という辞書の説明
明治39年(1906年)の『俚諺辞典』は、意味をこう書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俚諺辞典』・NDL PID:900343 コマ88・著作権保護期間満了)
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翻刻
腐つても鯛。本來品質の良きものは、たとひ老朽するに至りても、猶其價値を失はざるをいふ。腐つても鯛に對してちぎれても錦とつゞけてもいふ。
現代語訳
腐っても鯛。本来品質の良いものは、たとえ老朽するに至っても、なおその価値を失わないことをいう。「腐っても鯛」に対して「ちぎれても錦」と続けてもいう。
「本來品質の良きものは、たとひ老朽するに至りても、猶其價値を失はざるをいふ。腐つても鯛に對してちぎれても錦とつゞけてもいふ」。
大正5年(1916年)の『大日本国語辞典』も、「腐る」の項の末尾に載せています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大日本国語辞典』く-し・NDL PID:1871555 コマ17・著作権保護期間満了)
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翻刻
(諺)腐っても鯛 腐りても鯛は鯛なり。質良きものは、腐敗しても猶本質を失はざる譬へ。
現代語訳
(諺)腐っても鯛。腐っても鯛は鯛である。質の良いものは、腐敗してもなお本質を失わないというたとえ。
「(諺)腐っても鯛 腐りても鯛は鯛なり。質良きものは、腐敗しても猶本質を失はざる譬へ」。
どちらも「鯛は上等な魚だから」という前提で書いていて、なぜ鯛なのかを改めて説明してはいません。鯛が江戸中期に最高級の魚とみなされるようになった、という説明は現代の辞典にあります(ことわざを知る辞典「腐っても鯛」の項)。江戸の本が並べる「ちぎれても錦」「破れても小袖」との対で見ると、鯛は魚の中の「錦」だった、ということのようです。
大正の反論、腐った鯛より新しい鰯
ことわざには、反論もつきものです。大正5年(1916年)の『文学寳典』は、ことわざを一つずつ論評した本で、こう書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『文学寳典』・NDL PID:968870 コマ184・著作権保護期間満了)
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翻刻
くさりても鯛ちぎりても錦。然し腐つた鯛より新らしい鰯がよい。
現代語訳
くさりても鯛、ちぎりても錦。しかし腐った鯛より新しい鰯がよい。
「くさりても鯛ちぎりても錦。然し腐つた鯛より新らしい鰯がよい」。
続けて、ちぎれた錦より新しい木綿がよい、このことわざは幕府時代にむやみに家柄を貴んだ時代の遺物で、今日には通用しそうもない、という趣旨のことを書いています(出典:同書コマ184)。1646年に貞室が「聞いたことがない」と突き放したことわざは、270年後には「古い時代の遺物」と言われるまでになっていました。
批判から反論まで
年代順に置くと、俳人の批判からことわざ集、浮世草子、辞書の説明、そして反論へと、扱いが移っていくのが分かります。
1638年、『鷹筑波』。「くさつたれど身はよしのかな桜鯛」(明治の『諺語大辞典』の引用による)。
1645年、『毛吹草』。巻二の「世話」に「くさりても鯛」(翌年の『氷室守』の引用による)。
1646年、安原貞室『氷室守』。『毛吹草』を批判して、「くさりても鯛」を「聞いたことがない」俗語として挙げる。
1692年、『まことぐさ』。ことわざの一つとして「くさりても鯛」が並ぶ。
1720年、江島其磧『浮世親仁形気』。「くさつても鯛とはよういふた物じや」。
1804年、式亭三馬『狂言綺語』。「腐ても鯛を味ふ人」。
1906年、『俚諺辞典』。「本来品質の良きものは、老朽しても価値を失わない」。
1916年、『文学寳典』。「腐った鯛より新しい鰯がよい」。
「腐っても鯛」は、17世紀の前半には京都で印刷され、それをことわざとして載せるべきかどうかで俳人が言い争っていました。ことわざが新しかった時代の記録が、そのまま残っているわけです。
確かなのは、1646年に安原貞室が「くさりても鯛」ということばを、自分の耳には聞こえてこなかったと書いたことで、その皮肉の一行が、このことわざの歴史のいちばん手前に残っています。
この記事でわかったこと
原本の画像で確かめられた範囲では、正保3年(1646年)刊の安原貞室『氷室守』です(NDL PID:2553217 コマ10)。
貞室は前年刊の松江重頼『毛吹草』巻二の「世話」に「くさりても鯛」が載っていることを引いて批判しているので、実際の掲載は『毛吹草』(1645年)が先です。明治43年の『諺語大辞典』は寛永15年(1638年)の俳諧集『鷹筑波』の句「くさつたれど身はよしのかな桜鯛」を引いていますが、その原本は今回確かめていません。
明治の辞書は「本来品質の良いものは老朽しても価値を失わない」という意味の説明だけで、なぜ鯛なのかは書いていません(『俚諺辞典』NDL PID:900343 コマ88、『大日本国語辞典』PID:1871555 コマ17)。江戸の本では「ちぎれても錦」「破れても小袖」と対で使われており、鯛が上等な魚の代表だったことが前提になっています。
大正5年(1916年)の『文学寳典』は「腐った鯛より新しい鰯がよい。
ちぎれた錦より新しい木綿がよい」と書き、このことわざを幕府時代に家柄を貴んだ時代の遺物だと評しています(NDL PID:968870 コマ184)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 魚尽錦絵
歌川広重 画
- 氷室守 3巻.[1]
安原正章 正保3刊
- まことぐさ 3巻
元禄5刊
- 浮世親仁形氣.2-5之巻
[江島其磧] [著] [1---]
- 狂言綺語
式亭三馬・立川焉馬 編
- 諺語大辞典
藤井乙男 編 明43.3
- 俚諺辞典
熊代彦太郎 編・幸田露伴 閲 明39.9
- 大日本国語辞典.く-し
上田万年, 松井簡治 共著 大正5
- 文学寳典
伊賀駒吉郎 編 大正5
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