「河豚は食いたし命は惜しし」の意味と由来 三馬の芝居本と芭蕉の句
この記事の目次
文化8年(1811年)、式亭三馬は芝居の木戸銭を惜しむ客を「けち」と笑うのに、「河豚は食いたし命は惜しし」を借りてきました。フグはうまいが毒がある、食べたいけれど命は惜しい。やりたいけれど危ない、その板挟みを言うのがこのことわざの意味で、三馬の本では説明なしに通じる言い回しとして使われています。いまはフグに免許制度があって当たる人はめったにいませんが、江戸の本をめくると、フグを食べて何ともなかった翌朝を句にした人や、フグ汁に物騒な別名をつけていた江戸の言葉まで出てきて、当時の人がこの魚とどう付き合っていたかが見えてきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』2帖・毛利梅園筆・NDL PID:1287113 コマ26・著作権保護期間満了)
江戸後期の博物家・毛利梅園が写生したこの河豚は、緑がかった背に黒い斑点、腹は白く、図の左に「河豚 一種 海産 無鱗」と書き入れがあります。添え書きによれば、雑魚に混じっていたのを手に入れて写したもので、フグはわざわざ探さなくても、雑魚に混じって手に入るような魚だったわけです。
明治の辞書が言う「情と理性との闘」
国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで「河豚は食ひたし」を全期間で引くと179冊が当たり、ほとんどが明治以降の活字本でした。古典籍に絞るとくずし字に阻まれて数冊しか出てきませんが、そのなかに文化8年(1811年)の芝居本と幕末の絵本が残っていました。
意味の確認には明治の辞書が手っ取り早く、熊代彦太郎が編み、幸田露伴が目を通した明治39年(1906年)の『俚諺辞典』は、ことわざを五十音順に並べて短い説明をつけた辞典です。その「ふ」の部、コマ233を開くと、フグのことわざが三つ続けて並んでいます。「河豚さげて井戸覗く子を叱る」「河豚の横飛をしたやう」ときて、三つめが「河豚は食ひたし命は惜し」です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俚諺辞典』・熊代彦太郎編・幸田露伴閲・明治39年・NDL PID:900343 コマ233・著作権保護期間満了)
言い回しの材料が三つも取れるほど、フグは江戸の人にとって身近な魚でした。三つめの項の説明は次のとおりです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俚諺辞典』・熊代彦太郎編・幸田露伴閲・明治39年・NDL PID:900343 コマ233・著作権保護期間満了)
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河豚は食ひたし命は惜し。情と理性との闘ありて、意は其何れかに決斷すべからざる場合をいふ。河豚は美味なれば食ひたけれども、中毒の患ありとて、躊躇す(る…)
現代語訳
河豚は食いたし命は惜し。情と理性が争って、どちらとも決められない場合をいう。河豚はうまいので食べたいが、中毒の恐れがあるとためらう――。
情と理性が争ってどちらとも決められない場合をいい、フグはうまいので食べたいが中毒の恐れがあるとためらう、という説明は、いまの辞書とほとんど同じです。明治43年(1910年)の『諺語大辞典』になると、このことわざは別の項を説明するための物差しとして使われていて、その項は「貞女立てたし間男したし」でした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『諺語大辞典』・藤井乙男編・明治43年・NDL PID:862766 コマ347・著作権保護期間満了)
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翻刻
【貞女立テタシ間男シタシ】理性と情欲との衝突。河豚ハ食ヒタシ命ハ惜シシの類。
現代語訳
貞女は立てたし間男はしたし。理性と情欲の衝突。「河豚は食いたし命は惜しし」の類。
理性と情欲の衝突を言うのに、編者はフグのことわざの類だと書けば足りると考えたわけで、この手の板挟みの代表がフグだったことになります。明治26年(1893年)の『古今俚諺類聚』にも「河豚は食ひたし命は惜し」が載り、隣には「河豚は悪女で鱒の味」という別のことわざが並んでいます(NDL PID:767886 コマ31)。
三馬の芝居本と暁斎の絵本
文化8年(1811年)刊の『客者評判記』は、役者を「上上吉」などと格付けする評判記の形を借りて、見物人のほうを格付けしてみせた式亭三馬の戯作で、見開きいっぱいにくずし字の本文が詰まっています(NDL PID:2534076 コマ12)。その一節です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『客者評判記』・式亭三馬作・文化8年・NDL PID:2534076 コマ12・著作権保護期間満了)
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翻刻
あたじけない見物めは河豚は食たし命は惜し
現代語訳
けちな見物人は「河豚は食いたし命は惜し」で――。芝居を安く見たがる客をからかった一節。
あたじけないは、けちな、しみったれた、の意味です。芝居は見たいが木戸銭は惜しいという客の迷いを、三馬はフグに重ねてからかっています。幕末になると、ことわざを一枚ずつ絵にした河鍋暁斎の『暁斎百図』にも、この言葉が絵になって出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『暁斎百図』[2]・万亭応賀案・河鍋暁斎画・江戸末期刊・NDL PID:2574927 コマ4・著作権保護期間満了)
皿に載った大きなフグを、子どもたちと小坊主がぐるりと取り囲んでいます。食べたいのに怖いという気持ちを、暁斎は理屈抜きにそのまま絵にしていました。
芭蕉はフグ汁の翌朝を詠んだ
時代をもう少しさかのぼると、明和元年(1764年)に自序のある俳論『師走嚢』が、芭蕉の句を一句ずつ解くなかでフグ汁の句を取り上げています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『師走嚢』・正月堂梅門著・明和元年自序・NDL PID:2540341 コマ36・著作権保護期間満了)
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あら何ともなやきのふは過ぬ河豚汁是芭蕉翁生涯を飛花落葉と観して
現代語訳
「あら何ともなや昨日は過ぎぬ河豚汁」。これは芭蕉翁が生涯を飛花落葉と観じて――。河豚汁を食べた翌日、何ともなかった、という句の注釈。
フグ汁を食べた翌日、何ともなかった、という句です。句のすぐあとに「是芭蕉翁生涯を飛花落葉と観して」と注釈が始まり、芭蕉が生涯を飛花落葉と観じていたからこそ、この心境になれたのだと説いていて、命拾いの安堵を悟りの話に引き寄せているのが面白いところです。延宝7年(1679年)刊の『西鶴五百韻』にも、フグの古い呼び名を使った「ふくと汁」の語が見え(NDL PID:2534242 コマ11)、17世紀の俳諧で、フグ汁はもう季節の題材になっていました。下の画像で赤枠をつけた一列の、いちばん上にこの語が置かれています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『西鶴五百韻』・西鶴編・延宝7年・NDL PID:2534242 コマ11・著作権保護期間満了)
『諺語大辞典』は芭蕉のもう一句、「河豚汁や鯛もあるのに無分別」も引いていて、同じページにはフグをめぐる江戸の言い回しがずらりと並んでいます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『諺語大辞典』・藤井乙男編・明治43年・NDL PID:862766 コマ460・著作権保護期間満了)
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【河豚食フ無分別ニ河豚食ハヌ無分別】也有百魚譜、その味と毒の世に勝れたれば、食ふ人を無分別ともいひ、くはぬ人を無分別ともいへり。【河豚汁ト五斗味噌ノ味ヲ知ラヌ者ハ江戶子デナイ】【河豚汁ヤ鯛モアルノニ無分別】芭蕉の句。【河豚汁ヲ食フ馬鹿、食ハヌ馬鹿】
現代語訳
河豚を食う無分別に、河豚を食わぬ無分別。味も毒も世に抜きん出ているので、食う人を無分別とも言い、食わぬ人を無分別とも言う。河豚汁と五斗味噌の味を知らぬ者は江戸っ子でない。「河豚汁や鯛もあるのに無分別」は芭蕉の句。河豚汁を食う馬鹿、食わぬ馬鹿。
一つめの項は出どころに也有の百魚譜を挙げていて、味も毒も世に抜きん出ているので、食う人を無分別とも言い、食わぬ人を無分別とも言う。同じページの並びは、河豚汁を食う馬鹿、食わぬ馬鹿、という項で締めくくられています。食べても馬鹿、食べなくても馬鹿と、江戸の人はこの板挟みを笑いの種にしていました。「河豚汁と五斗味噌の味を知らぬ者は江戸っ子でない」という項まであるところを見ると、フグ汁は江戸っ子の意地の食べ物でもあったようです。
当たれば死ぬ「雷汁」
フグ汁には、江戸の人がつけた別の名前もありました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『諺語大辞典』・藤井乙男編・明治43年・NDL PID:862766 コマ152・著作権保護期間満了)
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翻刻
【雷汁】河豚汁をいふ。中れば死ぬといふ謎。
現代語訳
雷汁(かみなりじる)。河豚汁のこと。当たれば死ぬ、という謎かけ。
雷に当たっても、フグに当たっても死ぬ。「当たる」の一語で二つをつないだ謎かけです。もうひとつの「炬燵で河豚汁」は、1906年の『俚諺辞典』と1910年の『諺語大辞典』の両方に載っていて、『諺語大辞典』は「【火燧デ河豚汁】火燧に入りて養生しながら、一方に不養生をなすをいふ」と説明しています(NDL PID:862766 コマ220)。炬燵で体を温めて大事にしているのに、その炬燵でフグ汁をすすっている。片方で身を守りながら片方で危ないことをする矛盾を、一枚の絵のように見せる言葉で、「河豚は食いたし命は惜しし」と同じ板挟みがここにもあります。
嘉永2年(1849年)の『魚貝能毒品物図考』は、魚ごとに効能と毒を書き分けて一覧にした本で、そのなかにもちゃんと河豚の項があり、左ページに「河豚」の見出しが立っています(NDL PID:2536810 コマ24)。江戸の人はフグに毒があることを知らずに食べていたのではなく、知っていて食べていました。免許制度も、毒のある部位を取り除く決まりもない時代に、フグを食べるかどうかはそのまま命を賭けるかどうかの話だったので、明治の辞書が「情と理性との闘」とまで書いたのも大げさではありません。それでも、翌朝の句を詠み、食べても食べなくても無分別だと笑い、雷汁と呼んでみせたところに、江戸の人がその迷いごと楽しんでいた様子が残っています。
並べてみると、延宝の俳諧にふくと汁が出て、明和の俳論が芭蕉の翌朝の句を解き、文化の芝居本ではけちな見物人のたとえになり、幕末には子どもの絵本の一枚になって、明治の辞書が「情と理性との闘」と名前をつけた、という順になります。言い回しの形はほとんど変わらないまま、使われる場面だけが俳諧から戯作、絵本、辞書へと移っていったわけで、179冊という検索の数字の多さも、明治以降にこの言葉がどれだけ書かれ続けたかを物語っています。
この記事でわかったこと
やりたい気持ちと危険を恐れる気持ちの板挟みをいうことわざです。
明治39年の『俚諺辞典』は「情と理性との闘ありて、意は其何れかに決斷すべからざる場合をいふ」と説明します(NDL PID:900343 コマ233)。明治43年の『諺語大辞典』は「貞女立てたし間男したし」の項で「河豚ハ食ヒタシ命ハ惜シシの類」と書いています(NDL PID:862766 コマ347)。
江戸の用例では、文化8年(1811年)刊の式亭三馬『客者評判記』に「あたじけない見物めは河豚は食たし命は惜し」とあります(NDL PID:2534076 コマ12)。
江戸末期の『暁斎百図』は、皿のフグを囲む子どもたちの絵に「ふぐは食ひたし命は惜し」と書き込んでいます(NDL PID:2574927 コマ4)。
フグ汁の別名です。
『諺語大辞典』は「【雷汁】河豚汁をいふ。中れば死ぬといふ謎」と説明します(NDL PID:862766 コマ152)。雷に当たっても、フグに当たっても死ぬ、という謎かけです。同じ辞書には「炬燵で河豚汁」(養生しながら不養生をする)、「河豚食ふ無分別に河豚食はぬ無分別」などフグの言い回しが並んでいます。
この記事で開いた原本
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- 梅園魚品図正.巻2
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 俚諺辞典
熊代彦太郎 編・幸田露伴 閲 明39.9
- 諺語大辞典
藤井乙男 編 明43.3
- 古今俚諺類聚.第1類
岡本経朝 編 明26.9
- 客者評判記
式亭三馬 作・歌川国貞 画 文化8 [1811]
- 暁斎百図.[2]
万亭応賀 案・河鍋暁斎 画 [江戸末期]
- 師走嚢
正月堂梅門 明和元自序
- 西鶴五百韻
西鶴 編 延宝7 [1679]
- 魚貝能毒品物図考
青苔 撰・高嶋春松 画 嘉永2 [1849]
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