河豚は冬の季語 江戸の季寄せは三冬、干した皮は夏の題
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江戸の季寄せ『月令博物筌』の冬の巻には、柱に「三冬」「生類」と刷られた丁があり、そこに大きく「河豚」の見出しが立っています。振り仮名は「かとん」と「ふぐ」、すぐ下に「ふぐと汁」、異名として「西施乳」が並び、同じ項の本文は、毒のある魚なので心ある人は食べるべきでない、という趣旨のことまで書いていました。句に詠む題を集めた本が、その魚を食べるなと言っているのは少しおかしいのですが、河豚が冬の季語であること、それも初冬・仲冬・晩冬のどれかに限らず冬のあいだずっと使える「三冬」の題として扱われていたことは、この一丁でわかります。明治の歳時記もこの扱いを変えず、河豚汁・鉄砲汁を同じ冬の題に添え、明治の末には二十の名の河豚と「河豚提灯」まで冬の河豚の項に書き込みました。一方で、皮を干した河豚は夏の題として別に立てられています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚譜』1帖・毛利梅園 筆・NDL PID:1286914 コマ58・著作権保護期間満了)
江戸の季寄せは河豚を「三冬」に置いた
『月令博物筌』は鳥飼洞斎の編んだ季寄せで、国立国会図書館の書誌では刊年がわかっていません。季節ごとに題を並べ、それぞれに名の由来や故事、例句を添える作りになっていて、河豚の載る第9冊の丁は、うるめ、河豚、生海鼠、このわたと冬の魚介が続く場所です。国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで、古典籍に絞って「西施乳」を引いたときに出てきた一冊で、くずし字の読み取りは字ごとに揺れるので、河豚・鰒・ふくと汁・ふぐと汁と表記を変えて何度か引き直しています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『月令博物筌』16巻 [9]・鳥飼洞斎・NDL PID:2557814 コマ35・著作権保護期間満了)
見出しの右に振られた「かとん」は河豚の音読み、左の「ふぐ」が訓で、そのあとに三角の印をつけて「ふぐと汁」が来ます。異名の欄は「西施乳」で、本文の後半では、その腹のやわらかさを「美人の乳にたとへたる」名だと説明していました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『月令博物筌』16巻 [9]・NDL PID:2557814 コマ35・著作権保護期間満了)
「三冬」は、初冬・仲冬・晩冬のどれと決めず、冬の三か月を通して使える題であることを示す言い方です。同じ項の末尾には「妙」の印をつけた欄があり、「ふぐの毒にあたりたるときは」と、毒にあたったときの手当てまで書いてあって、季寄せでありながら暮らしの手引きも兼ねた本だったことがうかがえます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『月令博物筌』16巻 [9]・NDL PID:2557814 コマ35・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
河豚 △ふぐと汁……(異名)西施乳……西施乳……其腹の…………美人の乳にたとへたる……
現代語訳
河豚(かとん・ふぐ)。傍題に「ふぐと汁」、異名に「西施乳」。西施乳というのは、その腹(のやわらかさ)を美人の乳にたとえたもの。
文政10年(1827年)の序がある『俳諧多識編』は、句を作る人が迷いそうな魚や草木の字と読みを問答の形で答えた本で、ここにも河豚の題の扱いが出てきます。河豚は古くは「ふぐとう」と言い、それが略されて「ふぐと」になったと説いたうえで、「魨汁と書てふぐと汁と五文字に訓する」と書いていました。ふぐと汁はちょうど五音なので、上五にも下五にもそのまま収まります。続く一節では、西国では夏に賞味する、という趣旨のことも書き添えていて、冬の題とはいえ、食べる季節が土地によって違うことは江戸の人も承知していたようです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俳諧多識編』2巻 [2]・天谿樨柯 口授・不溢居杉二ほか 筆記・文政10年序・NDL PID:2557667 コマ55・著作権保護期間満了)
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翻刻
魨汁と書てふぐと汁と五文字に訓する……
現代語訳
「魨汁」と書いて「ふぐとじる」と五文字に読む。
『栞草』の冬、ふの部の「河豚魚」
季語の本として長く使われた『俳諧歳時記栞草』は、馬琴が編み、のちに増補された歳時記です。明治27年(1894年)に出た版の下巻を開くと、柱に「冬」「ふ」とある丁に「河豚魚」の見出しがあり、その下に小さな字で「河豚汁、腹立河豚、西施乳」が並んでいます。句に使える言い方をまとめて示すこの並べ方は、今の歳時記の傍題と同じです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俳諧歳時記栞草』下巻・滝沢馬琴 編・宋栄堂ほか・明治27年・NDL PID:875339 コマ114・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
河豚魚河豚汁、腹立河豚、西施乳……
現代語訳
見出しは「河豚魚」。その下に、河豚汁・腹立河豚・西施乳を同じ題として並べる。
本文は漢籍の引用が中心で、毒については「肝及び子に大毒あり、食ふべからず」と書きます。傍題の腹立河豚については、日本で獲れる河豚に似た小さな魚で、地に投げたり木の枝でつついたりすると腹をふくらませる、と別の書物を引いて説明し、その項の終わりで、冬の季に使うべきかと結んでいました。小さな河豚の一種まで冬の題に寄せていたことになります。河豚と鰒の字の関係にもこの項は触れていますが、字の話はふぐの漢字「河豚」と「鰒」で扱いました。
明治40年の『季題辞典』は、月を分けない冬の段に
服部耕石が編み、角田竹冷が補った明治40年(1907年)の『季題辞典』は、季節ごとの題を表の形に組んでいます。冬の動物の見開きでは、いちばん上の段が月を決めない「冬」の題、その下に十月、十一月、十二月の段があり、鰤の傍題の初鰤は十一月の段、寒鯉は十二月の段に分けて入れてあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『季題辞典』・服部耕石 編・角田竹冷 補・大東社ほか・明治40年・NDL PID:874948 コマ97・著作権保護期間満了)
河豚はその上の段にあって、「河豚(鯸、西施乳)」の隣に「腹立河豚、」、さらに「河豚汁、鐵砲汁」と続き、汁の二つには人事の題であることを示す小さな注がついています。江戸の季寄せの「三冬」が、明治の表ではそのまま月を決めない段として残っていたわけです。鉄砲汁という呼び名がどこから来たかは、フグを「てっぽう」と呼ぶ由来に書きました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『季題辞典』・明治40年・NDL PID:874948 コマ97・著作権保護期間満了)
『新脩歳時記』は二十の名の河豚と河豚提灯を冬に入れた
中谷無涯が編んだ『新脩歳時記』の冬の部(俳書堂、国立国会図書館の書誌では明治42〜44年)は、題ごとに見出しを片仮名で立てた辞書の形で、「フグ(動物)河豚」の項は「古名フク。」から始まって何ページも続きます。体の色や大きさ、毒がどこにあるかを書いたあと、開いて干したものを干河豚、皮を提灯にしたものを河豚提灯という、と冬の項の中で説明していました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『新脩歳時記』冬の部・中谷無涯 編・俳書堂・NDL PID:875147 コマ276・著作権保護期間満了)
【種類】の欄には、しほさい河豚、虎河豚、雀河豚、小紋河豚、赤目河豚、鯖河豚、名古屋河豚、北枕河豚、高遠河豚、猫河豚、藻河豚と続き、括弧のなかに姥河豚、針河豚、銀河豚、巾着河豚などを加えて、全部で二十の名が並んでいます。例句には蕪村の「河豚の面世上の人を白眼む哉」が引かれ、次のページの「河豚汁」の項には同じく蕪村の「鰒汁の宿赤々と燈しけり」が載っていました。同じ見出しのなかで、題は「河豚」、句の字は「鰒」と、ふたつの書き方がそのまま混じっています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『新脩歳時記』冬の部・NDL PID:875147 コマ275・276・著作権保護期間満了)
河豚提灯が出てくるのは、この「フグ」の項の本文のなかで、太字の見出しとしては立っていません。この本では、独立した季題というより、冬の河豚から作られる物のひとつとして書かれていたことになります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『新脩歳時記』冬の部・NDL PID:875147 コマ276・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
種類多し。開きて干したるを干河豚といふ、其皮は肉を去りて提灯とす、河豚提灯これなり。
現代語訳
(フグは)種類が多い。開いて干したものを干河豚という。その皮は身を取り去って提灯にする。河豚提灯がこれである。
河豚提灯は江の島や堺の土産だった
河豚提灯がどんな物だったかは、川崎巨泉が郷土玩具を描いた『おもちや画譜』第7集(昭和9年)に色刷りの図があります。丸くふくらんだ河豚の背に提灯の口をつけ、吊り手と棒を添えた姿で、巻頭の解説は、河豚の肉を去り、皮を干し固めて加工したもので、中に小さな蝋燭をともすと書き、「江の島や泉州堺の大濱などに土產として賣つてゐた」と続けていました。今はだんだん作られなくなった、という一言も添えてあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『おもちや画譜』第7集・川崎巨泉 著・昭和9年・NDL PID:1188537 コマ7・著作権保護期間満了)
歳時記の側では、明治の末に河豚の項の一部として書き込まれた物が、昭和の初めには土産物の図譜で一枚の絵になっていました。見た範囲の明治・昭和初めの歳時記や季寄せには「河豚提灯」を見出しに立てたものがなく、季語として独り立ちしたのがいつかは、ここまででは決められません。
皮を干した河豚は夏の題
冬の河豚と同じ本のなかに、夏の河豚もいます。大正15年(1926年)版の『俳諧歳時記栞草』では、夏の部の「ひ」の丁に「干河豚」の見出しがあり、名古屋河豚のことで味はよくないが、皮をはいで干したものを皮河豚と名づけ、夏の羹(あつもの)にして食べる、と説明していました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俳諧歳時記栞草』・曲亭馬琴 纂輔・籃亭青藍 増補・大正15年・NDL PID:926596 コマ142・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
干河豚(同上)名護屋河豚なり…………惟皮を剝てこれを乾し、皮河豚と名づく夏月羹として是を食す
現代語訳
干河豚。名古屋河豚のことである。……ただ皮をはいで干し、皮河豚と名づけて、夏に羹(あつもの)にして食べる。
「皮河豚と名づく夏月羹として是を食す」という一文があるので、干した皮は食べる季節で夏に置かれていたことがわかります。生の河豚と河豚汁は冬、干した皮は夏、と一冊のなかで季が分かれています。『俳諧多識編』の、西国では夏に賞味するという書き添えと合わせると、江戸から明治の歳時記は、河豚を冬の魚と決めながら、そこからこぼれる食べ方も題として拾っていました。芭蕉が河豚汁の翌朝を詠んだ句は、「河豚は食いたし命は惜しし」の意味と由来で原本とともに紹介しています。
この記事で開いた原本
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- 梅園魚譜
毛利大江元寿梅園白石瑛<毛利梅園>//撰輯
- 月令博物筌 16巻.[9]
鳥飼洞斎 刊年不明
- 俳諧多識編 2巻.[2]
天谿樨柯 口授・不溢居杉二, 無隠巢樨馨 筆記 文政10 [1827] 序
- 俳諧歳時記栞草.下巻
滝沢馬琴 編 明27.3
- 季題辞典
服部耕石 編・角田竹冷 補 明40.6
- 新脩歳時記.冬の部
中谷無涯 編 明42-44
- おもちや画譜.第7集
川崎巨泉 著 昭和9
- 俳諧歳時記栞草
曲亭馬琴 纂輔・籃亭青藍 増補 大正15
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