「逃した魚は大きい」の意味と由来 明治の辞書は「死んだ子」と並べた
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「逃した魚は大きい」の意味は、手に入りかけて逃したものほど、実際より大きく、惜しく思えてしまうということで、「逃がした魚は大きい」「釣り落とした魚は大きい」とも言います。釣りをする人なら誰でも身に覚えのありそうな言葉ですが、国立国会図書館の全文検索で古典籍に絞ると一冊も出てこず、いちばん古いのは明治26年(1893年)のことわざ集に載った「釣落した魚は大きし」でした。しかも明治の辞書は、このことわざを「死んだ子」と並べて説明しています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本山海名産図会』巻之四・NDL PID:2575829 コマ4・著作権保護期間満了)
江戸の本には無く、明治26年に「釣落した魚は大きし」
次世代デジタルライブラリーで古典籍に絞り、「逃した魚」「逃がした魚」「釣落した魚」「にがした魚」と表記を変えて引いても、どれも0冊でした。絞り込みを外すと「釣り落した魚」で55冊、「逃した魚」で32冊が出てきて、そのうちいちばん古いのが明治26年の『古今俚諺類聚』です。岡本経朝が世間のことわざを集めて頭の音で並べた本で、「つ」の部のコマ23に釣りのことわざがまとまっています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『古今俚諺類聚』第1類・岡本経朝編・明治26年・NDL PID:767886 コマ23・著作権保護期間満了)
月、釣、鶴と、「つ」で始まることわざが○印で一行ずつ並んでいるなかに、目当ての一行があります。釣りの言葉が三つ続けて置かれているので、見落とすことはありません。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『古今俚諺類聚』第1類・岡本経朝編・明治26年・NDL PID:767886 コマ23・著作権保護期間満了)
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翻刻
釣するとも網するな釣落した魚は大きし釣は釣れても復行きたく釣れぬも復行きたし
現代語訳
釣りはしても網は打つな。釣り落とした魚は大きい。釣りは、釣れてもまた行きたく、釣れなくてもまた行きたい――。「つ」の部に、釣りのことわざが三つ並ぶ。
最初の形は「逃した」ではなく「釣落した」で、結びも「大きい」ではなく昔の書き言葉の「大きし」でした。前後には「釣するとも網するな」「釣は釣れても復行きたく釣れぬも復行きたし」が置かれていて、釣り好きの間で言い交わされていた言葉が三つ並んだかっこうです。
明治34年(1901年)の『皇国俚諺叢』にも同じ「つり落した魚は大きし」が載っています(NDL PID:767884 コマ138)。この本は、江戸の本から採ったことわざには〔毛吹草〕〔俚言集覧〕のように書名を添えているのに、この項には何も添えていません。編者も江戸の典拠を持っていなかったと考えるのが自然で、全文検索の結果とも食い違いません。
明治の辞書は「死んだ子」と並べた
明治39年(1906年)の『俚諺辞典』は、熊代彦太郎が編み、幸田露伴が目を通した辞典です。ことわざを五十音順に並べて一つずつ説明していて、このことわざについては形の違う項目がいくつも立っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俚諺辞典』・熊代彦太郎編・幸田露伴閲・明治39年・NDL PID:900343 コマ196・著作権保護期間満了)
「逃した魚は大きい」の説明はページをまたいで「取迯したる者の好かりしと思ふが、人情の常なりとの義」と続き(NDL PID:900343 コマ196)、取り逃したものほど良かったと思うのが人情の常だ、と言っています。人の気持ちの癖として説明しているだけで、釣りの話には触れていません。すぐ後には「逃したものに小さいものない」という項も立っていますが、いちばん詳しいのは「つ」の部の「釣落した魚は大きい」のほうです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俚諺辞典』・熊代彦太郎編・幸田露伴閲・明治39年・NDL PID:900343 コマ174・著作権保護期間満了)
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翻刻
釣落した魚は大きい。死んだ子の容貌美しと云ふに等しく、人は惜む心の大なるものなりと云ふ義。未練執着の已み難きを云ふ。
現代語訳
釣り落とした魚は大きい。死んだ子は顔立ちが美しかった、と言うのと同じで、人は惜しむ心が大きいものだ、という意味。未練や執着がなかなか消えないことをいう。
死んだ子は顔立ちが美しかったと言うのと同じだ、というのですから、失ったものを美しく思い出してしまう気持ちを、辞書は我が子の死と並べて説明したことになります。
この組み合わせは辞書だけのものではなく、8年前、明治31年(1898年)の随筆『消閑漫録』も、世の中に何もかもそろうことはない、という話の中でことわざを次々に並べ、そこに二つを隣り合わせにしています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『消閑漫録』・志村作太郎・岩崎英重著・明治31年・NDL PID:898508 コマ70・著作権保護期間満了)
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翻刻
死んだ子は容色よく、逃けた魚は大きい、
現代語訳
死んだ子は器量がよく、逃げた魚は大きい――。世の中は何もかもそろうことはない、という話の中で、ことわざを並べた一節。
「色男には金と力なく」に続いて、死んだ子は器量がよく、逃げた魚は大きい、と来ます。どれも、望んだものが全部そろうことはない、という話の例として挙げられているので、ここでも逃げた魚は手に入らなかったものの代表です。大正3年(1914年)の『若松市郷土誌』は土地のことわざや言い回しを並べた中に「死んだ子と逃げた魚」を入れていて(NDL PID:950749 コマ68)、ここでは二つがひとまとめの言い方になっていました。昭和8年(1933年)の『俚諺大辞典』も、「死んだ児にあはうは無い」の説明を「取にがした魚は大きいの類」としています(NDL PID:1766149 コマ229)。
同じ『俚諺辞典』には、魚を鯰にした形もありました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俚諺辞典』・熊代彦太郎編・幸田露伴閲・明治39年・NDL PID:900343 コマ197・著作権保護期間満了)
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翻刻
迯げた鯰は大きく見ゆる。迯がした魚は大きいに同じ。
現代語訳
逃げた鯰は大きく見える。「逃がした魚は大きい」と同じ――。魚を鯰にした言い方も、同じ辞典に立っている。
逃げた鯰は大きく見える、という形です。大正8年(1919年)の『大日本国語辞典』は、「逃がした魚は大きい」を「次條に同じ」として、次の項でまとめて説明しています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大日本国語辞典』第4巻・上田万年・松井簡治著・大正8年・NDL PID:1871641 コマ8・著作権保護期間満了)
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翻刻
(諺)逃がした魚は大きい 次條に同じ。(諺)逃がしたものに小さいものなし 取り逃がしたるものは皆大きくありしやうなる心地す。
現代語訳
逃がした魚は大きい――次の項と同じ。逃がしたものに小さいものはない――取り逃がしたものは、どれも大きかったような気がする。
取り逃がしたものはどれも大きかったような気がする、という説明で、明治から大正の辞書が書いているのは、釣り落としても取り逃がしても、相手が鯰でも、どれも惜しむ心のことでした。
国木田独歩の小説では、逃げた妻
明治38年(1905年)、国木田独歩の短編集『独歩集』の一編に、このことわざが台詞で出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『独歩集』・国木田独歩著・明治38年・NDL PID:887503 コマ88・著作権保護期間満了)
家を出ていった妻「お鶴」を、夫はまだあきらめきれずにいます。お鶴の性質は知っている、それでも愛は少しも変わらない、と言う夫に、話し相手が返すのがこの一言です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『独歩集』・国木田独歩著・明治38年・NDL PID:887503 コマ88・著作権保護期間満了)
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翻刻
『矢張逃げた魚は大きいのだ。』
現代語訳
「やっぱり逃げた魚は大きいのだ」――。逃げた妻をあきらめきれない男に、話し相手が言う台詞。
夫は「決してさうは思はない」と答えますが、相手は「なに其が人情だよ」と重ねます。辞書が「人情の常」「未練執着」と説明した気持ちを、小説はそのまま会話にしていたわけで、明治の半ばには、恋の話にそのまま持ちこめるほど通じる言葉になっていました。
西洋のことわざ集にも
明治35年(1902年)の『俚諺金言集』は、英語で書かれた西洋のことわざに訳をつけ、似た日本のことわざを[ ]で添えた本です。425番の「Every fish that escapes, appears greater than it is.」はトルコのことわざとして載り、訳は「逃した魚は大きく見える」となっています。
143番の「The figs on the far side of the hedge are sweeter.」には「生垣のあなた遠くにある無花果は甘し」という訳がつき、そこに[釣り落した魚は大きい]が添えてあります(NDL PID:758477 コマ11)。垣根の向こうのイチジクは甘い、手の届かないものほど良く見える、という西洋の言い方を前にして、明治の訳者が思い浮かべたのは日本の「釣り落した魚」でした。同じ考えのことわざがほかの国にもあったことは分かりますが、日本の「釣落した魚は大きし」が西洋のことわざの訳から生まれたのかどうかまでは、この本からは分かりません。
昭和の柳田国男は「無用の自慢」
昭和に入ると、説明の向きが変わります。民俗学者の柳田国男は、昭和5年(1930年)の『歌・俳句・諺』に収めた「ことわざの話」で、このことわざを一言で片づけました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(柳田国男「ことわざの話」(『歌・俳句・諺』所収)・昭和5年・NDL PID:1717259 コマ101・著作権保護期間満了)
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翻刻
遁がした魚は大きい。無用の自慢だ。遁げた猪はいかい。(長門)
現代語訳
逃がした魚は大きい。役に立たない自慢だ。逃げた猪は大きい(長門の言い方)――。
無用の自慢、役に立たない自慢だというのは、逃がした魚の大きさを語るのを惜しむ心ではなく釣り人の見栄として読む見方です。長門(今の山口県の西部)では魚のかわりに猪で「遁げた猪はいかい(大きい)」と言う、とも添えています。同じ年の『時勢に後れぬ新時代用語辞典』も、【遁がした魚は大きい】に「無用の自慢」と説明をつけています(NDL PID:1111026 コマ269)。
本の出た順に並べ直すと、形の移り変わりが見えてきます。1893年の『古今俚諺類聚』と1901年の『皇国俚諺叢』はどちらも書き言葉の「大きし」で、釣り落とした魚でした。1898年の『消閑漫録』と1905年の独歩では、話し言葉で、逃げた魚は大きい、になり、1906年の『俚諺辞典』は釣り落とした魚、逃した魚、逃げた鯰を別々の項に立て、1919年の『大日本国語辞典』は「逃がした魚は大きい」を見出しに取っています。いまの言い方に近い形が辞書の見出しに落ち着くまで、明治の終わりから大正にかけて二十年あまりかかったことになります。
説明のほうは、明治の辞書が「死んだ子」と並べた未練の言葉だったものが、昭和のはじめには釣り人のほら話の側からも読まれるようになっていました。惜しむ心と、ちょっとした見栄と、釣り人の一言にはもともと両方が入っていたのかもしれません。
この記事でわかったこと
手に入りかけて逃したものほど、実際より大きく、惜しく思えるという意味です。
明治39年の『俚諺辞典』は「釣落した魚は大きい」の項で「死んだ子の容貌美しと云ふに等しく、人は惜む心の大なるものなりと云ふ義。未練執着の已み難きを云ふ」と説明しています(NDL PID:900343 コマ174)。
国立国会図書館の全文検索では江戸の本に見つからず、最も古いのは明治26年(1893年)の『古今俚諺類聚』の「釣落した魚は大きし」です(NDL PID:767886 コマ23)。
明治31年の『消閑漫録』には「死んだ子は容色よく、逃けた魚は大きい」とあります(NDL PID:898508 コマ70)。
昭和5年に柳田国男は「遁がした魚は大きい。
無用の自慢だ。」と書いています(『歌・俳句・諺』所収「ことわざの話」、NDL PID:1717259 コマ101)。明治から大正の辞書は未練の意味で説明していて、自慢の側から読む説明は昭和のはじめに見えます。
この記事で開いた原本
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- 日本山海名産圖會 5巻.[4]
法橋關月 画 [18--]
- 古今俚諺類聚.第1類
岡本経朝 編 明26.9
- 皇国俚諺叢
松本真弦 編 明34.8
- 俚諺辞典
熊代彦太郎 編・幸田露伴 閲 明39.9
- 消閑漫録
志村作太郎, 岩崎英重 著 明31.7
- 若松市郷土誌
福島県若松市 編 大正3
- 俚諺大辞典
中野吉平 編 1933
- 大日本国語辞典.に-ん
上田万年, 松井簡治 共著 大正8
- 独歩集
国木田独歩 著 明38.7
- 俚諺金言集
勝俣銓吉郎 訳 明35.9
- 歌・俳句・諺
折口信夫, 高浜虚子, 柳田国男 著・早川孝太郎 絵 昭和5
- 時勢に後れぬ新時代用語辞典
長岡規矩雄 著 昭和5
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