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魚のことば

からすみの名前の由来は「唐墨」 江戸の本は「形似墨」

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この記事の目次

明治の国語辞典『言海(げんかい)』の「からすみ」の項には、名前のわけが「〔唐墨ノ義、形似タリ〕」と書き添えてあります。魚の卵を袋のまま塩をして干し、あめ色の板のように固めた珍味のからすみは、漢字で「唐墨」と書かれ、その名前の由来は、干し上げた形が唐(から)の墨(すみ)、つまり中国から渡ってきた墨に似ていることでした。薄く切って酒の肴にするあの一片を墨に見立てた見方は、江戸の本草書にまでさかのぼれます。

『梅園魚品図正』巻1のボラ(鯔魚)の彩色図。上はサヨリ(鱵魚)
毛利梅園が描いた魚。下の、うろこの大きな太い魚がボラ。上の細長い魚はサヨリ。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻1・毛利梅園筆・NDL PID:1287112 コマ12・著作権保護期間満了)

明治の『言海』は「唐墨ノ義、形似タリ」

『言海』は大槻文彦の編で、国立国会図書館の書誌では明治22年から24年(1889〜1891年)にかけて出ました。五十音順なので「か」の部をめくっていけば行き当たり、からすみの項はコマ187、左ページ上段の中ほどにあります。

『言海』コマ187の見開き。細かい活字の項目が上下三段に組まれている
『言海』の見開き。「からすみ」の項は左ページ上段の中ほどにある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(大槻文彦編『言海』第1-4冊・明治22〜24年・NDL PID:992954 コマ187・著作権保護期間満了)

この辞書は、語によっては意味のほかに名前のわけを〔 〕に入れて書き添えていて、「からすみ」の見出しは二つ続けて立っていました。

『言海』コマ187の「カラすみ(名)唐墨(一)支那渡來ノ墨」と「カラすみ(名)〔唐墨ノ義、形似タリ〕」の二つの見出しを大きく切り出したもの
右が一つめの見出し「カラすみ(名)唐墨(一)支那渡來ノ墨。タウボク。」、左が二つめの見出しの頭「カラすみ(名)〔唐墨ノ義、形似タリ〕」。同じコマの二か所を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(大槻文彦編『言海』・NDL PID:992954 コマ187・著作権保護期間満了)

一つめは食べものではなく、「唐墨(一)支那渡來ノ墨」、読みは「タウボク」ともいう、中国から渡ってきた墨そのものです。二つめが食べもののからすみで、唐墨という意味で形が似ている、と名前のわけを示したうえで、中身を魚の卵を「胞ノママニテ、乾シ製シタルモノ」、卵を包む膜(胞)ごとそのまま干して作ったもの、と説明しています。

引っかかるのは、どの魚の卵かというところです。『言海』が最初に挙げるのはボラではなく、「めなだ、さはらナドノ」と、メナダとサワラの名前が先に出てきます。メナダのものは色が黄赤で透きとおり、「肥前ノ野母ノ産、最モ名アリ」。サワラのものは「紫黒ニシテ、味、辣澁シ」で、紫がかった黒で、からくて渋いとされています。ボラが顔を出すのは最後のかっこの中の「或云、野母ナルハ、鯔ノ子ナリ」だけで、ある説では野母のものはボラ(鯔)の子だという書き方ですから、明治の辞書は、からすみの魚をボラと言い切ってはいなかったことになります。

江戸の『和漢三才図会』は「形似墨而大」

「形似タリ」の出どころを探して、寺島良安(てらしまりょうあん)の『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』巻四十九を開きました。からすみはボラなどの魚の卵でつくるので、本草書や百科事典なら「ボラ」の項に書いてあるはずで、魚が一種ずつ絵入りで並ぶこの巻では、ボラの項がコマ30から31にかけて続いています。

『和漢三才図会』巻四十九コマ31の見開き。右ページにボラの項の続き、左下に魚の絵
コマ31。右ページがボラの項の続きで、中ほどに「唐墨」の見出しが立つ。左ページの下は次の項(スズキ)。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ31・著作権保護期間満了)

右ページの中ほどに、一段高く「唐墨」の二字が出ていて、振り仮名は「カラスミ」。ボラの項の中に、からすみの小見出しが立っているわけです。

『和漢三才図会』コマ31の「唐墨(カラスミ)三四月鯔子連胞乾之形似墨而大」を大きく切り出したもの
右の列が見出しの「唐墨」と、振り仮名「カラスミ」、続けて「三四月鯔子連」。左の列がその続きの「胞乾之形似墨而大」。一つの列を二つに切って並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・NDL PID:2596381 コマ31・著作権保護期間満了)

「三四月鯔子連胞乾之形似墨而大」。三、四月にボラの子を胞ごと干すと、その形は墨に似て大きい、という一文で、『言海』の「形似タリ」と同じことをすでに言っています。続けて色は褐色、味は甘くてうまい(「褐色味甘美」)とあります。

おもしろいのはその先で、伊勢や土佐のボラは子を持つけれど、ほかの国のものは子のあるものがまれで、たまたま取れると珍しがる、だから「多以馬鮫魚子僞之」と良安は書いています。「馬鮫魚」の振り仮名は「サハラ」で、サワラの子で偽物を作ることが多い、という話です。『言海』がサワラのからすみを挙げていたのは、江戸からの続きでした。

『本朝食鑑』は「號唐墨」、サワラの子は「鰆墨」

人見必大(ひとみひつだい)の『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』は、食べものを一つずつ取り上げ、名前・形・味・効き目を漢文で書いた本で、巻八のボラの項には身のほかに「子」の欄が立っています(コマ170〜171)。

『本朝食鑑』巻八コマ170の見開き。漢文に返り点と送り仮名がつき、項目名が丸く囲まれている
『本朝食鑑』巻八の見開き。左ページのいちばん左の二列に「子」の欄がある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八・人見必大著・江戸時代刊・NDL PID:2557333 コマ170・著作権保護期間満了)

左ページの最後の列で、伊勢や土佐のものは子が多く、ほかの国のものはまったく無い、と書いたあとが次の一文です。

『本朝食鑑』コマ170の「連胞乾者號唐墨與」とコマ171の「鰆之唐墨同」を大きく切り出したもの
右がコマ170の最後の列「連胞乾者號唐墨與」、左が次のコマ171の最初の列の頭「鰆之唐墨同」。ページをまたいで一つの文になっている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八・人見必大著・NDL PID:2557333 コマ170・171・著作権保護期間満了)

「連胞乾者號唐墨」、胞ごと干したものを唐墨と呼ぶ、という文はページをまたいで「鰆之唐墨同」と続き、サワラ(鰆)の唐墨と同じだと言ってから、両者を比べています。ボラのものは色が黄赤で味は甘くてうまく「勝于鰆墨」、サワラの墨にまさる。サワラのほうは「色紫黒」で、甘くはあっても「生辣澁」、からみと渋みがあるので少し劣る、という評価です。

ここでサワラの子は、もう「唐」も取れて「鰆墨」と呼ばれていて、同じページの薬の処方(附方)では、ボラのほうも細かく切って片にする「鯔墨」として出てきます。魚の名前に「墨」をつけて呼んでいたのですから、墨に見立てた名前だということは、江戸の本の中でよほどはっきり意識されていたのでしょう。『言海』の「さはらナルハ、紫黒ニシテ、味、辣澁シ」が、この「色紫黒」「生辣澁」と、言葉までよく重なっているのも目を引きます。

「鱲」の字と、メナダのからすみ

からすみには「唐墨」のほかに魚へんの字もあって、それを書きとめていたのが、天保のころに毛利梅園(もうりばいえん)が魚を写生し、名前や聞き書きを添えた『梅園魚品図正(ばいえんぎょひんずせい)』です。

『梅園魚品図正』巻2の赤目魚(メナダ)の彩色図。上はオコゼ(鬼頭魚)
下の魚が「赤目魚」。見出しの脇に「メナダ 関東」などの呼び名、左下の書き入れにカラスミの記述がある。図の年記は「丙申二月」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻2・NDL PID:1287113 コマ48・著作権保護期間満了)

下に描かれているのはボラではなく赤目魚(メナダ)で、左下の書き入れの中ほどに、からすみの字のことが出てきます。

『梅園魚品図正』巻2コマ48の書き入れから「カラスミ俗ニ」「鱲ノ字ヲ用ユ」を大きく切り出したもの
右が「カラスミ俗ニ」、左が次の列の頭の「鱲ノ字ヲ用ユ」。書き入れの二列を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻2・毛利梅園・NDL PID:1287113 コマ48・著作権保護期間満了)

「カラスミ俗ニ鱲ノ字ヲ用ユ」、からすみは世間では魚へんに巤の「鱲」の字を使う、と書いたあと、梅園は「即此魚ノ子ナリ」、すなわちこの魚(メナダ)の子だと続け、肥前から出るものを「カラスミノ上品トス」としています。

『言海』がメナダを先に挙げ、ボラを「或云」に回していたのは、こうした江戸の見方を受けていたのかもしれません。江戸の本で、からすみの魚がボラかメナダかで意見が割れていた話は、「とどのつまり」とボラの記事でくわしく原本をたどっています。

墨に似ている、という一点

江戸の『和漢三才図会』が「形似墨而大」と書き、『本朝食鑑』がサワラの子を「鰆墨」、ボラの子を「鯔墨」と呼び、明治の『言海』が「唐墨ノ義、形似タリ」とまとめるまで、魚がボラかメナダかサワラかは本ごとに揺れているのに、墨に見立てた名前のほうは揺れていません。

もっとも、今回は全文検索を使わずに辞書と本草書をたどって読んだ範囲なので、からすみという名前がいつごろから使われていたのかまでは確かめていません。ボラの漢字の話は魚へんに留=鰡(ボラ)の記事へ、ほかの魚のことばは魚のことばの一覧へ。

この記事でわかったこと

  • 干した卵の形が、中国から渡ってきた墨(唐墨)に似ているからです。

    明治の国語辞典『言海』は「からすみ」の項に「〔唐墨ノ義、形似タリ〕」と書いています(大槻文彦編『言海』・NDL PID:992954 コマ187)。江戸の『和漢三才図会』も、ボラの子を胞ごと干したものの「形似墨而大」と書いています(NDL PID:2596381 コマ31)。

  • 「唐墨」と書きます。

    江戸の『和漢三才図会』は「唐墨」に「カラスミ」と振り仮名をつけています(NDL PID:2596381 コマ31)。天保のころの『梅園魚品図正』には「カラスミ俗ニ鱲ノ字ヲ用ユ」と、魚へんの「鱲」の字も書きとめられています(NDL PID:1287113 コマ48)。

  • 江戸の本では、ボラのほかにサワラの子でも作られていました。

    『本朝食鑑』はサワラのものを「鰆墨」と呼び、色が「紫黒」で、ボラのものに劣ると書いています(NDL PID:2557333 コマ170〜171)。『和漢三才図会』は、ボラの子が手に入りにくいので、サワラの子で偽物を作ることが多いと書いています(NDL PID:2596381 コマ31)。

  • 『言海』は「めなだ、さはらナドノ」と、メナダとサワラを先に挙げ、ボラは「或云、野母ナルハ、鯔ノ子ナリ」と、ある説として書いています。

    名産地には「肥前ノ野母」を挙げています(NDL PID:992954 コマ187)。

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