鮫肌とは?意味と由来 江戸では寒さで粟立つ肌も鮫肌だった
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慶安2年(1649年)に出た斎藤徳元の『尤之双紙』は、「あらき物」、つまり荒々しいもの・ざらざらしたものを書き並べた段のなかに、窓を打つあられや相撲取りと一緒に「さめはだ」を入れています。鮫肌とは、鮫の皮のように、きめが粗くざらざらした人の肌のことで、大正5年(1916年)の『大日本国語辞典』も「人の肌のきめわるくて、鮫の皮の如くざらざらするもの」と書いています。江戸の本をめくっていくと、この言葉はもう一つ、寒さや緊張で肌が粟立つ様子、いまなら鳥肌と呼ぶものにも使われていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻二・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287113 コマ27・著作権保護期間満了)
『尤之双紙』の「あらき物」に並ぶ、さめはだ
次世代デジタルライブラリーで江戸以前の古典籍に絞り、表記を変えて引くと、「さめはだ」で20冊、「鮫肌」で9冊、「鮫はだ」で1冊、「サメハダ」で3冊が出てきました(「鮫膚」は0冊)。刊年のわかる本でいちばん古いのが、物の名を題ごとに書き並べていく『尤之双紙』で、下巻のコマ73に、問題の段があります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『尤之双紙』2巻・斎藤徳元・藤井吉兵衛・慶安2年・NDL PID:2533550 コマ73・著作権保護期間満了)
段は「一あらき物は。」で始まり、磯を打つ波、横ぎる雨、窓を打つあられ、荒人神(あらひとがみ)、弁慶の軍物語、相撲取り、鷹、大鼓を打つ手の皮と、荒っぽいもの、手ざわりの粗いものが句点で区切られて次々に出てきます。そのなかに、ほかの語と同じ調子で「さめはだ」が挟まり、少しあとには松の木の皮が続きます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『尤之双紙』2巻・斎藤徳元・慶安2年・NDL PID:2533550 コマ73・著作権保護期間満了)
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翻刻
一あらき物は。……まどうつあられ。…………すまうとり。…………さめはだ。……
現代語訳
荒いものといえば……窓を打つあられ……相撲取り……さめはだ……(荒いものを次々に並べた段の一部)
説明がまったくついていないので、慶安のころの読者には「さめはだ」で何のことか通じたことになります。並び方から見て、松の木の皮と同じく、さわるとざらつくものとして挙げられていて、人の肌の粗さを鮫の皮にたとえた今の意味と、ほとんど変わりません。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『尤之双紙』2巻・斎藤徳元・慶安2年・NDL PID:2533550 コマ73・著作権保護期間満了)
鮫の皮は、刃も通らないほど堅い
たとえのもとになった鮫の皮がどれほどざらついていたかは、寺島良安の百科事典『和漢三才図会』が、職人の目で書き残しています。巻五十一の鮫の項には、波間で身をくねらせるサメの絵が載っています(鮫の字そのものの成り立ちは鮫の漢字の記事にまとめました)。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十一・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ18・著作権保護期間満了)
次のコマで良安は、釣り上げた鮫をすぐ岸に投げつけると、苦しみ怒って「皮上黒沙起脹、堅硬如真珠」、皮の上の黒い沙(すな)がふくれあがって真珠のように堅くなり、刃物でも切れない、と書いています。職人が竹のほうきで何度も洗うと白い粒になり、粒の大きいものは「飾欛甚良」、刀の柄(つか)の飾りにたいへんよい、とも続けています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十一・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ19・著作権保護期間満了)
刀の柄に巻くほど細かな粒が一面に並んだ皮ですから、人の肌の粗さをいうのにこれ以上わかりやすいものはありません。良安のこのくだりも、食べる魚としての鮫より、刀の柄に巻く皮としての鮫のほうに目が向いています。
江戸の女性向けの本にあった「さめはだの薬」
肌のきめが粗いのは、江戸でも気にする人のいる悩みだったらしく、元禄5年(1692年)の女性向けの教養書『女重宝記』には、ひびの薬などと並んで、「○さめはだの薬」という条が立っています。七つの薬種を挙げたあと、「右七味を粉にして身にぬるべし」、この七つを粉にして体に塗るように、と結んでいます(薬種の名はくずしが強く、ここでは読みを示しません)。すぐ左の列は次の条の「○ひゞのくすり」で、肌の荒れの手当てがひと続きに並んでいます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『女重宝記』5巻・艸田寸木子・吉野屋次郎兵衛ほか・元禄5年・NDL PID:2543235 コマ65・著作権保護期間満了)
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翻刻
○さめはだの薬…………右七味を粉にして身にぬるべし
現代語訳
さめはだの薬。(七つの薬種を挙げて)この七味を粉にして体に塗るとよい
160年あまりあとの嘉永6年(1853年)、暮らしの知恵を集めた『広益秘事大全』になると、漢字で書いた「鮫肌」に「さめはだ」と振り仮名がついて、もっと手軽な方法が載っています。行水の湯に酒を一升入れて、二十一日続けて洗えば、肌のきめがよくなり、鮫肌はすっかり治る、という条です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『広益秘事大全』3巻[4]・三松館主人・越後屋治兵衛ほか・嘉永6年・NDL PID:2555511 コマ15・著作権保護期間満了)
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翻刻
◯鮫肌をなほす方一行水の湯の中へ酒一升入れ廿一日続けて洗ふべし肌目よくなり鮫肌悉く愈
現代語訳
鮫肌を治す方法。行水の湯に酒を一升入れ、二十一日続けて洗うとよい。肌のきめがよくなり、鮫肌はすっかり治る
どちらも江戸の本に載った言い伝えの処方で、効き目を確かめたものではありません。ただ、この二冊から、仮名書きの「さめはだ」と漢字の「鮫肌」が、どちらも人の肌の悩みの名として通っていたことはわかります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『広益秘事大全』3巻[4]・三松館主人・嘉永6年・NDL PID:2555511 コマ15・著作権保護期間満了)
寒さで粟立つ肌も「鮫肌」だった
ところが、江戸の戯作を読むと、「さめはだ」は生まれつきの肌のことだけでは済みません。文化8年(1811年)、式亭三馬作・歌川国貞画の『客者評判記』には、馬士(馬方)とのやりとりが続く雪の道中の場面に、こんな一節があります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『客者評判記』・式亭三馬作・歌川国貞画・鶴屋金助ほか・文化8年・NDL PID:2534076 コマ10・著作権保護期間満了)
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翻刻
……雪おろしに。身ハ鮫肌の手足ハ海老……
現代語訳
……吹き下ろす雪の風に、体は鮫肌、手足は海老(のように縮こまる)……
吹き下ろす雪の風にさらされて、体は鮫肌、手足は海老。縮こまった手足を海老に、寒さで毛穴が立ってぶつぶつになった肌を鮫の皮に見立てた言い方で、いまならこれは鳥肌です。宝暦14年(1764年)の『楽機嫌上戸』でも、攻め寄せてくる敵が「さめはだになつて」いると知らせて下知する場面があり、こちらは寒さの場面ではなく、肌のきめのことでもなく、総毛立った様子を言っているようです。天保5年(1834年)序の『吉原大鑑』は、物を書き並べた条に「女郎のねあせ」と並べて「客のさめはだ」を挙げていて(NDL PID:2534211 コマ19)、こちらはどちらの意味とも取れます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『楽機嫌上戸』5巻・萬屋九兵衛・宝暦14年・NDL PID:2539915 コマ63・著作権保護期間満了)
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翻刻
……さめはだになつて。よせくるぞ。……
現代語訳
(敵は)……さめはだになって、寄せてくるぞ……
二つの意味がはっきり辞書に並ぶのは明治になってからで、山田美妙が編んだ明治26年(1893年)の『日本大辞書』第10巻は、「鳥肌」の項に、一つめとして「寒クテ鳥ノ肌ノヤウニ毛孔ガヨダツコト」、二つめとして「生マレツキザラザラスル肌」を挙げ、二つめのあとに「=サメハダ」と書いています(NDL PID:992951 コマ34)。一つめの意味の出どころとして「京傳、道行興鮫肌」と添えてあり、寒さで毛穴がよだつ意味の用例に、京伝の名とともに鮫肌の字が挙がっています。今は寒さの粟立ちを鳥肌、生まれつきの粗い肌を鮫肌と呼び分けていますが、江戸の本では、鳥と鮫の受け持ちがまだ重なっていました。
魚の体も「鮫肌」でたとえた
人の肌を魚にたとえた言葉は、やがて魚そのものを書くときにも使われるようになります。栗本丹州が珍しい魚の図を集めた写本『異魚図賛』には、銀色の細長い体に赤いひれが冠のように立った大きな魚が二匹、雄と雌として描かれています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『異魚図賛』・栗本丹州編・写本・NDL PID:1286744 コマ8・著作権保護期間満了)
右に写された届けによると、この魚は七月六日、土佐国幡多郡の浦の浜辺に流れ着いたもので、名を知る者がいなかったそうです。届けは体の様子を「鱗無之鮫肌銀色」、鱗がなく、鮫肌で銀色だと書き、図の中にも、雄の脇に「腹ヘ廻テ鮫肌」、雌の脇には片仮名で「サメハダ」と書き込まれています。見たこともない魚の肌ざわりを伝えるのに、届けを書いた人が選んだ言葉が鮫肌でした。
安政2年(1855年)序の奥倉辰行『水族写真』鯛部も、赤い魚「めぬけたひ」を説明して、「鱗の上ニ小刺出て鮫はだの如し」、鱗の上に小さなとげが出て鮫肌のようだ、と書いています(NDL PID:2558217 コマ28)。同じ条はこの魚の色を「全身紅色」と書いていて、赤い体のざらつきを鮫の皮で言いあらわしたことになります。鮫の皮から人の肌へ移った言葉が、ここでまた魚の皮に戻ってきています。
明治と大正の辞書の「鮫膚」
明治43年(1910年)の『諺語大辞典』は、「鮫膚」の字で見出しを立てて「皮膚の鮫皮の如く、ざらつきたるをいふ」と説明しています(NDL PID:862766 コマ246)。大正5年の『大日本国語辞典』第2巻の「さめ-はだ」の項は、冒頭に引いた定義に続けて、用例を二つ挙げています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大日本国語辞典』第2巻・上田万年・松井簡治著・金港堂書籍・大正5年・NDL PID:954646 コマ383・著作権保護期間満了)
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翻刻
さめ-はだ 鮫肌(名)人の肌のきめわるくて、鮫の皮の如くざらざらするもの。盛衰記……形貌醜惡にして、鮫膚なり」日本振袖始「……鮫肌、突くやうで刺すやうで」
現代語訳
人の肌のきめが悪く、鮫の皮のようにざらざらするもの。用例に「盛衰記」と「日本振袖始」を引いている
一つは「盛衰記」の「形貌醜惡にして、鮫膚なり」、もう一つは「日本振袖始」の「鮫肌、突くやうで刺すやうで」です。どちらも原本は今回たどれていないので、ここでは辞典の引用として紹介するにとどめます。突くようで刺すようで、という言い方には、『和漢三才図会』が刃も通らないと書いた鮫の皮の手ざわりが、そのまま残っています。
ところで、鮫皮といえば今は山葵(わさび)おろしを思い浮かべる人も多いはずですが、同じ全文検索で「わさびおろし」の出てくる古典籍45冊の該当箇所を見たかぎりでは、鮫の皮と結びつけた書き方は見当たりませんでした。江戸の本に残る鮫の皮は、刀の柄と、人の肌と、珍しい魚の体の、ざらざらした手ざわりのほうでした。
この記事でわかったこと
鮫の皮のように、きめが粗くざらざらした人の肌のことです。
大正5年の『大日本国語辞典』第2巻は「人の肌のきめわるくて、鮫の皮の如くざらざらするもの」と説明しています(NDL PID:954646 コマ383)。
鮫の皮のざらつきに人の肌をたとえた言葉です。
鮫の皮は細かな粒が一面に並び、『和漢三才図会』は粒の大きいものが刀の柄の飾りによいと書いています(NDL PID:2596382 コマ19)。
国立国会図書館の全文検索で刊年のわかる本のうち、いちばん古いのは慶安2年(1649年)の『尤之双紙』で、荒いものを並べた段に「さめはだ」が出てきます(NDL PID:2533550 コマ73)。
くずし字の機械読み取りは取りこぼしが多いため、これより古い例が無いとは言えません。
今は、寒さや怖さで肌が粟立つのを鳥肌、生まれつき肌のきめが粗いのを鮫肌と呼び分けますが、江戸の本では寒さで粟立つ肌も「鮫肌」と書いています(『客者評判記』NDL PID:2534076 コマ10)。
明治26年の『日本大辞書』は「鳥肌」の二つめの意味を「=サメハダ」としています(NDL PID:992951 コマ34)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻2
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 尤之双紙 2巻
斎藤徳元 [著] 慶安2 [1649]
- 和漢三才図会 : 105巻首1巻尾1巻.[35]
寺島良安尚順 編 [江戸時代]
- 女重宝記 : 5巻
艸田寸木子 [著] 元禄5(1692)
- 広益秘事大全 3巻.[4]
三松館主人 嘉永6 [1853]
- 客者評判記
式亭三馬 作・歌川国貞 画 文化8 [1811]
- 吉原大鑑 2巻
豊芥子 天保5 [1834] 序
- [楽機嫌上戸] 5巻
寶暦14 [1764]
- 日本大辞書.第10巻
山田美妙 編 明治26
- 異魚図賛
栗本昌臧<栗本丹州>//編
- 水族写真鯛部.[2]
奥倉辰行 安政2 [1855] 序
- 諺語大辞典
藤井乙男 編 明43.3
- 大日本国語辞典.第2巻く〜し
上田万年, 松井簡治 著 大正5
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