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魚へんの漢字

魚へんに交わるの読み方はサメ|鮫の漢字の由来、何が交わるのか

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難易度 初級

この字、読めますか?

鮫

訓
さめ
音
コウ
画数
17画
この記事の目次

毛利梅園が描いたネコザメの見出しの字は、「鮫」ではなく、「沙」の下に「魚」を書く字でした。いまサメを漢字で書くなら魚へんに「交」の「鮫」ですが、江戸の学者が読んだ中国の本草書は、この二つの字をどちらもサメの名として並べていて、字の由来を探ると、右側の「交」はサメの皮の模様を説明する言葉の中にも出てきます。

『梅園魚品図正』のネコザメの彩色図。茶色の縞模様の体に、細かな白い点が一面に描かれている
毛利梅園が写生したネコザメ。見出しは「虎頭鯊」、わきに「猫ザメ」。体じゅうに、細かな点が描き込まれている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻二・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287113 コマ27・著作権保護期間満了)

「鮫」の基本データ

読み
さめ(訓)/コウ(音)
画数
17画(魚へん11画+右側6画)
形
魚へんに「交」
由来
『本草綱目』は鮫の皮を「其文交錯鵲駁」、模様が交わると書いた。平安時代の辞書は音を「交」とする
別の字
「沙」の側の字。『本草綱目』は「古曰鮫、今曰沙」
難易度
初級

読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9BAB)による

鮫=魚+交うおへん交わるの交

『本草綱目』の「鮫魚」の項

中国・明の李時珍(りじちん)がまとめた薬の百科事典『本草綱目(ほんぞうこうもく)』は、江戸の本草学者がまず開いた本です。承応2年(1653年)に日本で彫り直された和刻本の巻四十四、コマ93に鮫の項があり、この一冊には朱の書き入れがあります。

『本草綱目』承応2年刊本 巻四十四コマ93の見開き。左ページに見出し「鮫魚」、上の余白に朱の書き入れ
『本草綱目』巻四十四の見開き。右ページはカレイ(比目魚)の項、左ページのなかほどに見出し「鮫魚」。上の余白に朱で「俗称佐女是也」(世間でサメと呼ぶのがこれだ)。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ93・著作権保護期間満了)

見出しは「鮫魚」で振り仮名は「サメ」、その下の、名前を説く「釈名」の欄を読んでいきます。

「其文交錯鵲駁」、皮の模様が交わる

『本草綱目』巻四十四コマ93の鮫魚の見出しと釈名の翻刻
「鮫魚(サメ) 唐本草/釋名 沙魚 䱜魚 鰒魚 溜魚 時珍曰、鮫波(朱で皮と訂正)有沙、其文交錯鵲駁、故有諸名。古曰鮫、今曰沙、其實一也……」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ93・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

鮫魚(サメ) 唐本草釋名 沙魚(拾遺) 䱜魚(鵲錯二音) 鰒魚(音剝) 溜魚 時珍曰、鮫波(朱で皮と訂正)有沙、其文交錯鵲駁、故有諸名。古曰鮫、今曰沙、其實一也。或曰…………段成式曰、其力健強、稱為河伯健兒……

現代語訳

鮫魚(サメ)。【名前】沙魚・䱜魚・鰒魚・溜魚ともいう。李時珍いわく、鮫の皮(彫られた字は「波」、朱で「皮」と直してある)には沙(すなのようなざらつき)があり、その模様は交わり錯(まじ)わって、まだらである。だからいろいろな名がある。昔は鮫といい、今は沙という。実は同じものである……段成式は、その力が強いので河伯の健児と呼ぶ、という。

李時珍は、サメの別名を四つ並べたあと、「時珍曰」と自分の説明に入ります。そのすぐ下、「鮫」の次の字は彫られた字では「波」です。ところがこの字には朱の丸がつけられ、ページの下の余白に朱で「皮」と書き入れてあって、この本を読んだ誰かが、ここは「波」ではなく「皮」と読むのだと直しています。

『本草綱目』コマ93の「鮫波」の二字と、下の余白の朱の書き入れ「皮」の大写し
釈名の列のいちばん下「鮫波」と、その下の余白の朱筆「皮」。「波」には朱の丸がついている。一続きの範囲を切り出した。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ93・著作権保護期間満了)

朱の直しに従って読むと、「鮫皮有沙、其文交錯鵲駁、故有諸名」、鮫の皮には沙があり、その模様は交わり入りまじってまだらなので、いろいろな名がある、と続きます。さらに「古曰鮫、今曰沙、其實一也」と、昔は鮫といい今は沙というが、実は同じものだ、と言い切っています。

『本草綱目』コマ93の「時珍曰鮫波」「有沙其文交」「錯鵲駁故有諸」「諸名古曰鮫今曰」の大写し
右から、釈名の列の終わり「(時珍曰)鮫波」とその隣の列「有沙、其文交」、次の列の頭「錯鵲駁、故有(諸)」、その続き「(諸)名。古曰鮫、今曰(沙)」。一続きの文を三つに切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ93・著作権保護期間満了)

「沙」は砂のこと。サメの皮のざらざらを砂にたとえ、その砂の粒が作る模様を「交錯」、交わり入りまじっていると言っています。字の右側と同じ「交」の字が李時珍の説明に出てきて、そのうえで昔の名「鮫」と今の名「沙」を並べ、どちらも同じ魚だと書いているわけです。梅園の絵の見出しの字(沙の下に魚)は、その「沙」の側の字でした。

平安時代の辞書は「可以飾刀劔」

平安時代に源順(みなもとのしたごう)がまとめた辞書『和名抄(わみょうしょう)』でも、鮫の説明の中心は皮です。開いたのは、江戸後期の考証学者・狩谷棭斎(かりや・えきさい)が注をつけた『箋注倭名類聚抄』(明治16年刊)の巻八、コマ9です。

『箋注倭名類聚抄』巻八コマ9の見出し「鮫」と「陸詞切韻云、鮫(音交、佐米)、魚皮有文、可以飾刀劔者也」の翻刻
「鮫 陸詞切韻云、鮫(音交、佐米)、魚皮有文、可以飾刀劔者也」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『箋注倭名類聚抄』巻第8・狩谷棭斎著・明治16年・NDL PID:991791 コマ9・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

鮫陸詞切韻云、鮫(音交、佐米)、魚皮有文、可以飾刀劔者也

現代語訳

鮫。陸詞の『切韻』にいう、鮫(音は交、和名はさめ)。魚の皮に模様があり、刀剣を飾ることができるものである。

和名抄は中国の韻書『切韻』を引いて、「鮫(音交、佐米)」、つまり音は「交」で和名は「さめ」とし、「魚皮有文、可以飾刀劔者也」と続けます。皮に模様がある魚で、刀剣を飾ることができるもの、という説明です。

『箋注倭名類聚抄』コマ9の見出し「鮫」と本文「陸詞切韻云、鮫……魚皮有文、可以飾刀劔者也」の大写し
見出し「鮫」と、和名抄の本文の一列。小さな字の注に「音交、佐米」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『箋注倭名類聚抄』巻第8・狩谷棭斎著・明治16年・NDL PID:991791 コマ9・著作権保護期間満了)

平安時代の辞書の時点で、鮫はすでに、皮に模様があって刀を飾る魚として書かれていました。音の「交」と皮の模様は、ここではまだ別々に並んでいるだけですが、どちらも同じ一行のなかにあります。

「刀鋒不能截之」、寺島良安の鮫皮

寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』は、巻五十一「江海無鱗魚」のコマ18に鮫の項を立てています。

『和漢三才図会』巻五十一コマ18の見開き。左ページ上に波間で身をくねらせるサメの絵、その下に見出し「鮫」。右ページはワニの項
『和漢三才図会』巻五十一の見開き。左ページ上に、斑点のある体をくねらせるサメの絵、その下に見出し「鮫」。右ページは鰐(わに)の項。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十一・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ18・著作権保護期間満了)
『和漢三才図会』の見出し「鮫(さめ)音交」と別名「沙魚」「溜魚」「和名佐米」の大写し
見出しの大写し。大きく「鮫」、右に振り仮名「さめ」、下に「音交」。左に別名「沙魚」「溜魚」と「和名佐米」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十一・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ18・著作権保護期間満了)

見出しは「鮫」で読みは「さめ」、音は「交」、別名に「沙魚」、和名は「佐米」と、『本草綱目』と『和名抄』の両方を受けた並べ方です。『本草綱目』を引いた本文には「皮皆有沙」、どのサメも皮に沙がある、とあり、良安が自分の考えを書いた「△按」の欄は次のコマに続いて、そこには鮫皮の作り方が書かれていました。

『和漢三才図会』巻五十一コマ19の「△按鮫形狀畧如上說」から「飾欛甚良」までの5列と翻刻
「△按、鮫形狀畧如上說。但灰黒色無鱗魚也。鈎得後以急擲岸頭、則魚困痛忿恚而皮上黒沙起脹、堅硬如真珠。刀鋒不能截之。工人以竹帚頻洗之、成白珠。脊有一大粒……飾欛甚良……」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十一・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ19・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

△按、鮫形狀畧如上說。但灰黒色無鱗魚也。鈎得後以急擲岸頭、則魚困痛忿恚而皮上黒沙起脹、堅硬如真珠。刀鋒不能截之。工人以竹帚頻洗之、成白珠。脊有一大粒、其大如薏苡仁。其周匝七八粒亦大而圓。魁粒共似九曜星。次次二三座亦然。似王蜀黍子者、飾欛甚良……

現代語訳

(良安の考え)鮫の形はおおよそ上の説のとおり。ただし灰黒色の、鱗のない魚である。釣り上げたあとすぐに岸に投げつけると、魚は苦しみ怒って、皮の上の黒い沙がふくれあがり、真珠のように堅くなる。刃物でも切れない。職人が竹のほうきで何度も洗うと、白い玉になる。背に大きな粒が一つあり、大きさは薏苡仁ほど。そのまわりの七、八粒も大きく丸い。大粒と合わせて九曜星のようだ。その次の二、三列も同じ。王蜀黍の粒のようなものは、刀の柄(つか)の飾りにたいへんよい……

「鈎得後以急擲岸頭、則魚困痛忿恚而皮上黒沙起脹、堅硬如真珠」。釣り上げたあとすぐに岸に投げつけると、魚は苦しみ怒って皮の上の黒い沙がふくれあがり、真珠のように堅くなる、という一節です。続く「刀鋒不能截之」は刃物でも切れないということ、「工人以竹帚頻洗之、成白珠」は職人が竹のほうきで何度も洗うと白い玉になる、ということです。

良安はさらに、背にある大粒とそのまわりの粒の並びを「九曜星」にたとえ、粒の形によって、刀の柄(つか)を飾る材料としての良し悪しを書き分けています。平安の辞書が「可以飾刀劔」と一行で済ませたことが、江戸では職人の仕事の手順として書かれていたことになります。

どの本も、サメを皮で説明していた

李時珍は皮の沙の模様が「交錯」していると書き、平安の辞書は音を「交」として刀を飾る皮の魚とし、良安は鮫皮が真珠のように堅く刃物でも切れないと書きました。開いた本はどれも、サメを皮で説明しています。「鮫」の右側の「交」は字の音であると同時に、その皮の模様を説明する言葉にも出てくる字で、梅園が見出しに使った「沙」の側の字もまた、同じ皮の砂から来た名前でした。

鮫

  • 読みは「さめ」。魚へんに交、17画
  • 『本草綱目』は皮の模様を「其文交錯鵲駁」と書いた
  • 同じ本に「古曰鮫、今曰沙、其實一也」。昔は鮫、今は沙
  • 平安時代の辞書『和名抄』は「魚皮有文、可以飾刀劔者也」

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この記事でわかったこと

  • 『本草綱目』は鮫の釈名で、皮に「沙」(砂のようなざらつき)があり「其文交錯鵲駁」、模様が交わり入りまじっていると書き、「古曰鮫、今曰沙」としています(承応2年刊本・NDL PID:2556596 コマ93)。字の音は「交」です(『箋注倭名類聚抄』巻8・NDL PID:991791 コマ9)。

  • 『本草綱目』は「古曰鮫、今曰沙、其實一也」、昔は鮫、今は沙と呼ぶが同じものだと書いています(NDL PID:2556596 コマ93)。

    寺島良安『和漢三才図会』も見出し「鮫」の別名に「沙魚」を挙げています(NDL PID:2596382 コマ18)。

  • 平安時代の辞書『和名抄』は鮫を「魚皮有文、可以飾刀劔者也」、刀剣を飾る皮の魚としています(NDL PID:991791 コマ9)。

    寺島良安は、皮の沙が「堅硬如真珠。刀鋒不能截之」、職人が竹のほうきで洗うと白い玉になると書いています(NDL PID:2596382 コマ19)。

この記事で開いた原本

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