魚へんに養の読み方はフカ|鱶は「人を養う」干し魚の字
この字、読めますか?
鱶
- 訓
- ふか・ひもの
- 音
- ショウ
- 画数
- 26画
この記事の目次
魚へんに養と書く「鱶」はフカと読み、サメの仲間、それもひれが中華料理の高級食材になるあの魚を指します。ところが中国の本を開くと、鱶はサメの字ではなく干した魚の字で、「人を養うから、養と書く」と説明してありました。干し魚の字がどうして日本でフカの名札になったのか、その途中には、元禄の食物の本と平安の辞書、それに字の読み方にこだわった江戸の学者たちが挟まっています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『栗氏魚譜』第6冊・栗本丹洲・写本・NDL PID:1287424 コマ18・著作権保護期間満了)
栗本丹洲の図譜は、見開きの端から端までを一尾のサメに使っていて、先が緑がかった大きなひれがよく目立ちます。このひれがのちに鱶の字と結びつき、海を渡って売られていくことになります。
「鱶」の基本データ
- 読み
- ふか・ひもの(訓)・ショウ(音)
- 画数
- 26画(魚へん11画+右側15画)
- 形
- 魚へんに「養」
- 中国では
- 干した魚の字。「鯗」の別の形。『本草綱目』は「鯗能養人」と書く
- 江戸の本は
- 『本朝食鑑』が見出しに「鱶」。『和漢三才図会』は「鱣」、『大和本草』はカタカナの「フカ」
- 難易度
- 上級
読みは Unicode の Unihan Database(U+9C76)による。画数は同データベースの「魚の部+15画」から数えた
字の成り立ち 元禄の本が見出しに立てた「鱶」
魚へんに養の字をフカの見出しに立てた早い例が、人見必大(ひとみ・ひつだい)の食物の本『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』(元禄10年=1697年刊)です。巻九のコマ12、左ページのいちばん左の列に、その見出しがあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻九・人見必大著・元禄10年刊・NDL PID:2557334 コマ12・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻九・人見必大著・元禄10年刊・NDL PID:2557334 コマ12・著作権保護期間満了)
見出しは「鱶」で、その下に小さく「訓布加」、フカと読む、と添えてあります。名前を説く「釋名」の欄には、形の違う字が「鯗魚 源順」と出てきて、養の上の部分の下に魚を置いたこの字は、平安時代に源順(みなもとのしたごう)が辞書『和名抄(わみょうしょう)』に書いた字だ、という注記になっています。必大はそのあとに、自分の考えを書き足していました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻九・人見必大著・元禄10年刊・NDL PID:2557334 コマ12・コマ13・著作権保護期間満了)
「愚按鯗者乾魚別名」、私が考えるに鯗とは干し魚の別の名である、と書き、続けて「故李時珍以石首魚乾者曰鯗、音想、亦作鱶」、だから李時珍は石首魚の干したものを鯗といい、音は想、鱶とも書く、と言っている、と引いています。必大はこの字がもともと干し魚の字だと承知したうえで、フカの見出しに鱶を立てていたことになります。
中国では別の魚? 鱶は「人を養う」干し魚の字
鮎や鮭のように、中国の本と日本とで指すものが違う字はいくつもあり、鱶もその一つです。必大が名前を挙げた李時珍(りじちん)、中国・明の人がまとめた薬の百科事典『本草綱目(ほんぞうこうもく)』を、承応2年(1653年)に日本で彫り直された和刻本で開きました。魚の巻のコマ64です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ64・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ64・著作権保護期間満了)
見出しは「石首魚」で、上の余白には朱で「今ノイシモチ」と、いまのイシモチのことだという覚え書きが入っています。その隣には朱で大きく「鯗」と「鱶」の二字が書かれていて、どちらも、この項のなかに出てくる字です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ64・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
釋名 石頭魚〔嶺表録〕 鮸魚〔音免。拾遺録〕 江魚〔浙志〕 黄花魚〔臨海志〕 乾者名鯗魚〔音想。亦作鱶。○時珍曰、鯗能養人、人恒想之、故字從養。羅願云、諸魚薨乾皆爲鯗。其美不及石首、故獨得專稱。以白者爲佳、故呼白鯗。若露風則變紅色、失味也〕
現代語訳
【名前】石頭魚(『嶺表録』)。鮸魚(音は免。『拾遺録』)。江魚(『浙志』)。黄花魚(『臨海志』)。干したものは鯗魚と名づける(音は想。鱶とも書く。李時珍いわく、鯗は人を養うことができ、人はいつもこれを想う。だから字は「養」に従う。羅願はいう、魚を干したものはみな鯗というが、そのうまさは石首魚に及ばない。だから石首魚がこの名をひとり占めにした。白いものがよいとされ、白鯗と呼ぶ。風にさらすと赤く変わり、味が落ちる)。
「乾者名鯗魚」、干したものは鯗魚と名づける、とあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ64・著作権保護期間満了)
石首魚を干したものが鯗で、小さな字の注には「音想、亦作鱶」、音は想で鱶とも書く、とあります。そして、なぜ魚に養なのかについては、こう説明していました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ64・著作権保護期間満了)
「鯗能養人、人恒想之、故字從養」。
鯗は人を養うことができ、人はいつもこれを想うので、字は「養」に従う。干した魚は人を養う食べものだから魚に養と書き、しかも「想」はこの字の音でもある、という、意味と音を一度に片づける説明です。注はさらに、魚を干したものはみな鯗と呼ぶが、石首魚のうまさには及ばないので、石首魚がこの名をひとり占めにした、という説も引いています。
干し魚の字が、なぜフカに
干し魚の字がフカの字になった道筋を探る手がかりは、必大が「源順」と書き添えていた平安の辞書です。神宮司庁が古典籍の該当箇所をテーマごとに活字で抜き書きした引用集『古事類苑(こじるいえん)』の動物部(明治43年=1910年刊)を開くと、コマ762の一ページに、フカの字の記事がまとまって並んでいました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『古事類苑』動物部・神宮司庁編・明治43年・NDL PID:1874269 コマ762・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『古事類苑』動物部・神宮司庁編・明治43年・NDL PID:1874269 コマ762・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
〔倭名類聚抄 十九 龍魚〕鮝魚 辨色立成云、鮝魚、〔布可、居媛反、今按未詳〕〔箋注倭名類聚抄 八 龍魚〕按鮝字諸書無見、據居媛反、則其字蓋從□聲、與卷拳等字同、正字通載鮝字、然是俗鯗字、鯗息兩切、蓋從養省聲、則非是字也、○中略 按以鮝魚爲布加、未知所據、〔類聚名義抄 十 魚〕鮝〔音朕 フカ〕〔下學集 上 氣形〕養魚〔フカ〕〔東雅 十九 鱗介〕鮝 フカ ○中略 フカの義は詳ならず、(中略)或説に東璧本草の鱣魚はフカ也となり、もしさらばフカとは、東璧の説に、鱣出深水處とも、其行也在水底、去地數寸とも見えし如くに、そのある所の深きをもて、此名ありしに似たり、また正字通に據るに、鰧は魚名、鮝は乾魚をいふと見えたり、さらば鰧に作るを正とすべし、
現代語訳
〔和名類聚抄〕鮝魚。『弁色立成』にいう、鮝魚(フカ。居媛の反。いま考えても、くわしいことは分からない)。〔箋注倭名類聚抄〕考えるに、鮝の字はどの本にも見えない。居媛の反という読みからすれば、この字は卷や拳などと同じ音符の字だろう。『正字通』は鮝の字を載せるが、それは鯗の俗字である。鯗は息兩の切で、養を略した形を音符とする。つまり、これとは別の字だ。(中略)鮝魚をフカとするのは、何に拠ったのか分からない。〔類聚名義抄〕鮝(音は朕。フカ)。〔下学集〕養魚(フカ)。〔東雅〕鮝 フカ。(中略)フカという名の意味はよく分からない。(中略)ある説に、東璧(李時珍)の本草にいう鱣魚がフカだという。もしそうなら、鱣は深い水のところに出る、水の底を行く、とあるように、いる所の深さからこの名がついたようにも見える。また『正字通』によると、鰧は魚の名、鮝は干し魚をいうとある。それなら、鰧と書くのを正しいとすべきだ。
いちばん古いのは平安時代の『和名抄』で、「鮝魚 布可、居媛反、今按未詳」とあります。字は卷や拳の上の部分の下に魚を書く「鮝」、読みは「布可」でフカ、そして「今按未詳」、いま考えてもくわしいことは分からない、と平安の辞書がすでに書き添えていました。
この「鮝」という形は、干し魚の「鯗」のもう一つの書き方でもあり、Unicode の Unihan Database は鮝と鯗をたがいの異体字として、意味をどちらも「dried fish(干し魚)」としています。必大が『和名抄』の字を「鯗魚」と書き、鯗は干し魚の別名で鱶とも書く、と続けていたのは、フカの字と干し魚の字を同じ字として扱っていたということです。
「干し魚の字だ」と書いた人、「別の字だ」と書いた人
この重なりに、江戸の学者は気づいていました。同じページに引かれた新井白石(あらい・はくせき)の『東雅(とうが)』です(原本は明治36年刊の活字本、NDL PID:993111 コマ26)。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『古事類苑』動物部・神宮司庁編・明治43年・NDL PID:1874269 コマ762・著作権保護期間満了)
「鰧は魚名、鮝は乾魚をいふと見えたり、さらば鰧に作るを正とすべし」。
中国の字書『正字通』によれば鰧は魚の名、鮝は干し魚をいうのだから、フカは鰧と書くのを正しいとすべきだ、という判断です。最初はこの一文を「鱶に作るを正とすべし」と読みかけましたが、字を大きくすると右側は養ではなく、白石が選んだのは鱶でも鮝でもない三つ目の字「鰧」でした。
江戸後期の考証学者・狩谷棭斎(かりや・えきさい)は、もう一歩踏み込みます。『和名抄』に注をつけた『箋注倭名類聚抄(せんちゅうわみょうるいじゅしょう)』の一節が、同じページに引かれていました(原本は明治16年刊、NDL PID:991791 コマ6)。
「按鮝字諸書無見」、考えるに鮝の字はどの本にも見えない、と書き出した棭斎が目をつけたのは読み方です。『和名抄』はこの字の音を「居媛反」と書いているので、卷や拳と同じ仲間の字のはずだ。一方、『正字通』に載る「鮝」は鯗の俗字で、音は「息兩切」、養を略した形を音符にした字である。だから「則非是字也」、『和名抄』の字とは別の字だ、というのです。形は同じでも、フカの「鮝」と干し魚の「鮝」は音の違う別の字だと見たうえで、棭斎は「按以鮝魚爲布加、未知所據」、鮝魚をフカとするのは何に拠ったのか分からない、と結んでいます。
江戸の本は、字が割れていた
フカをどの字で書くかは、江戸の本のあいだで割れていました。寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』は、巻五十一のコマ13にフカを載せています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十一・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ13・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十一・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ13・著作権保護期間満了)
見出しは「鱣」で、振り仮名は「ふか」、その左に「俗云布可」、世間でフカと呼ぶ、とあって、鱶の字は使っていません。貝原益軒(かいばら・えきけん)の『大和本草(やまとほんぞう)』(宝永6年=1709年刊)になると、漢字そのものを当てませんでした。巻十三のコマ21です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原篤信著・宝永6年刊・NDL PID:2557359 コマ21・著作権保護期間満了)
見出しはカタカナの「フカ」で、上の「和品」は日本の産物の印です。益軒の説明は「其皮ニサメアリ鮫魚ノ類ナリ」、皮にざらつきがあり、鮫の仲間だ、というものでした。必大は「鱶」、良安は「鱣」、益軒はカタカナ、白石は「鰧」と、江戸の四冊でフカの字は四通りに分かれています。
明治には「鱶鰭」の字に
そのなかで残ったのが鱶で、大槻文彦(おおつき・ふみひこ)の国語辞書『言海(げんかい)』(明治22〜24年刊)は、コマ519で見出しに鱶を立てました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『言海』大槻文彦・明治22〜24年・NDL PID:992954 コマ519・著作権保護期間満了)
「鮫ノ類、其成長シタルモノトモ云」、鮫の仲間で、その大きくなったものともいう、という説明です。同じころの水産の本では、鱶の字はひれと結びついていました。大日本水産会が明治30年(1897年)に出した『日本重要水産動物図』の解説、コマ12です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本重要水産動物図』解説・大日本水産会編・明治30年・NDL PID:1086762 コマ12・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本重要水産動物図』解説・大日本水産会編・明治30年・NDL PID:1086762 コマ12・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
……入ル。鱶類一年ノ漁獲高二十五万四千五百圓ニ及ブ。肉ハ大抵魚餅ニ製シ、又「タレ」ト稱シテ切リテ鹽乾シ、鰭ハ乾シテ支那ニ輸出ス。又其頭ノ軟骨ハ明骨ニ製シ、肝臟ハ多量ノ油ヲ搾取スベシ。其鱶鰭ト稱スルモノ一年ノ產額十六万八千百圓ニ達シ、内支那ニ輸出スルモノ他種ノ鱶ヲ合シテ年々十万千七百十五圓、此數量二十八万三千二百七十一斤ナリ。
現代語訳
……(網に)入る。フカの類の一年の漁獲高は25万4,500円に及ぶ。肉はたいてい魚餅に作り、また「タレ」と呼んで、切って塩干しにする。ひれは干して中国へ輸出する。頭の軟骨は明骨に作り、肝臓からは多くの油がしぼれる。その「鱶鰭」と呼ぶものは、一年の産額が16万8,100円に達し、うち中国へ輸出するものは、ほかの種類のフカをあわせて年々10万1,715円、その量は28万3,271斤である。
「鰭ハ乾シテ支那ニ輸出ス」、ひれは干して中国へ輸出する、と書き、その品を「鱶鰭」と呼んで、一年の産額は16万8,100円に達するとしています。中国で干した魚を指した字が日本でフカの字になり、そのフカの干したひれが海を渡って中国へ売られていくのですから、字のたどった道はずいぶん遠回りです。
どんな魚か 骨はやわらかく、子は親の腹から生まれる
『言海』はフカの姿を「子ハ胎生ナリ、喙、長ク出デ、腮、五ツニ切レ、口、頷下ニアリ」と書いています。子は親の腹から生まれ、口先は長く突き出て、えらは五つに切れ、口はあごの下にある、という描写です。
サメの基本データ
- 仲間
- 軟骨魚類。世界中の海にすむ
- 種類
- 世界に約500種。日本の近海に130種ほど
- 身の特徴
- 尿素を多く含み、傷みにくい
- 水揚げ
- 宮城県気仙沼市が全国一。主にはえ縄漁業
- 多い種類
- ヨシキリザメ、ネズミザメ(モウカザメ)
- 使い道
- ひれはフカヒレ。身はすり身にして、はんぺんやちくわの原料
宮城県気仙沼地方振興事務所水産漁港部の資料による
数字は、宮城県気仙沼地方振興事務所水産漁港部のサメの資料で確かめました。同じ資料には、サメの身は傷みにくいので、物流の発達していない明治時代でも内陸の地域で刺身で食べられていた記録が残っている、とあります。
市場の現場から サメ類は1kg561円、鮮魚の平均の3分の1
東京都中央卸売市場(豊洲市場など)の令和7年(2025年)の年次統計から、1kgあたりの平均価格を拾いました(東京都中央卸売市場 市場統計情報・年次統計資料、「品目別・月別平均価格」)。統計に「ふか」の区分はなく、「さめ類」として載っています。
統計の区分 | 年間平均(1kg) | いちばん高い月 | いちばん安い月 |
|---|---|---|---|
さめ類(生鮮) | 561円 | 2月 615円 | 3月 527円 |
もうかさめ | 589円 | 11月 740円 | 7月 534円 |
あおさめ | 404円 | 2月 416円 | 4月 372円 |
よしきりさめ | 386円 | 7月 762円 | 4月 274円 |
冷もうかさめ(冷凍) | 664円 | 11月 714円 | 1月ほか 648円 |
生鮮の「さめ類」ぜんたいの年間平均は1kg561円で、同じ統計の鮮魚ぜんたいの平均が1,691円ですから、その3分の1にあたります。種類別では「もうかさめ」が589円で、「あおさめ」404円、「よしきりさめ」386円より高値でした。さめ類ぜんたいの月ごとの値は527円から615円のあいだにおさまっていて、一年を通してほとんど動いていません。
筆者が市場で見てきたこと
ここからは、筆者が市場でサメを扱ってきた経験です。市場で見るサメはモウカザメの身が中心で、身も丸のままのものも「サメ」と呼び、フカとは言いません。選ぶときに見るのは身の色、におい、そして身の締まりと張りの三つで、値も量も一年を通してあまり変わりません。
これを公開されている数字や資料と突き合わせると、値が安定していることは統計のとおりで、さめ類ぜんたいの月ごとの平均は527円から615円、もうかさめは534円から740円でした。モウカという呼び名は明治の本にもう載っていて、先ほどの『日本重要水産動物図』の解説は、(29)ねずみざめの項に「又もうか」と別の名を挙げています(コマ12)。宮城県の資料も「ネズミザメ(モウカザメ)」と書いています。
においについては、農林水産省の「にっぽん伝統食図鑑」が、サメの肉には「独特の臭み(アンモニア臭)がある」ので、手早くさばいたり、よく水洗いしたりする、と書いています。身は「サメ」と呼ぶ市場でも、干したひれは「フカヒレ」で、明治の本の「鱶鰭」と同じ呼び名がいまも生きています。
言葉と文化 「深」と「タレ」
フカという名前の出どころについて、白石の『東雅』はまず「フカの義は詳ならず」と、意味はよく分からないと断ってから、一つの見方を挙げています。フカが深い水の底を行く魚だとすれば、「そのある所の深をもて、此名ありしに似たり」、いる所の深さからこの名がついたようにも見える、というのです(NDL PID:993111 コマ26)。
フカの肉を塩干しにしたものには「タレ」という名前があって、先ほどの『日本重要水産動物図』の解説に「「タレ」ト稱シテ切リテ鹽乾シ」とあります。この名前は、いまも三重県に残っています。
食べ方 伊勢志摩の「さめのたれ」、気仙沼の「モウカの星」
農林水産省の「にっぽん伝統食図鑑」が載せている伊勢志摩地域のさめのたれは、液体のたれではなく、サメの切り身を塩やみりんで味付けした干物のことです。塩味のものは切り身に十分な塩を振って天日干しにする古くからの作り方で、火であぶって熱いうちに身を割くか細かく切り、ご飯のおかずにも、お茶漬けにも、酒のつまみにもなる、とあります。
サメの水揚げが全国一の気仙沼には、また別の食べ方があって、先ほどの宮城県の資料は、ネズミザメの心臓を刺身で食べる「モウカの星」と、身を油で揚げたカツを挙げています。中国で干した魚の字だった鱶は、日本でフカの名になってからも、ひれは干して輸出され、身は干してたれになり、いまも干して食べられています。
鱶
- 読みは「ふか」。魚へんに養。音は「ショウ」
- 中国の『本草綱目』では、干した石首魚の字「鯗」の別の形。「鯗能養人、人恒想之、故字從養」
- 平安の『和名抄』のフカの字は「鮝」。干し魚の鯗の別の書き方と同じ形で、「今按未詳」と添えてある
- 元禄の『本朝食鑑』が見出しに「鱶」を立てた。同じころの本は「鱣」、カタカナ、「鰧」と字が割れていた
- 狩谷棭斎は、フカの鮝と干し魚の鮝は別の字と見て、「未知所據」と書いた
- 東京の市場で「さめ類」は1kg561円。一年を通してほとんど動かない(令和7年)
UOMEDIA|uomedia.jp
この記事でわかったこと
「鱶」と書いてフカと読みます。
音読みは「ショウ」です。Unicode の Unihan Database(U+9C76)に登録されている訓は「ふか」「ひもの」、音は「ショウ」です。
鱶は、中国ではもともと干した魚を指す字です。
李時珍の『本草綱目』は、石首魚を干したものを「鯗魚」と名づけ、「亦作鱶」、鱶とも書くとしたうえで、「鯗能養人、人恒想之、故字從養」、人を養い、人がいつも想うから字は養に従う、と説明しています(NDL PID:2556596 コマ64)。
江戸の本が、平安時代の辞書のフカの字「鮝」を、干し魚の字「鯗」(鱶)と同じ字として扱ったためです。
元禄10年(1697年)の『本朝食鑑』は、見出しに鱶を立てて「訓布加」とし、名前の欄に「鯗魚 源順」と書いたうえで、鯗は干し魚の別名で鱶とも書く、と述べています(NDL PID:2557334 コマ12・13)。
明治の国語辞書『言海』は、フカを「鮫ノ類、其成長シタルモノトモ云」、サメの仲間で、その大きくなったものともいう、と説明しています(NDL PID:992954 コマ519)。
江戸の『大和本草』も、フカを「鮫魚ノ類ナリ」と書いています(NDL PID:2557359 コマ21)。
フカヒレは「鱶鰭」と書きます。
明治30年(1897年)の『日本重要水産動物図』の解説は、「鰭ハ乾シテ支那ニ輸出ス」「其鱶鰭ト稱スルモノ一年ノ產額十六万八千百圓ニ達シ」と書いています(NDL PID:1086762 コマ12)。
東京都中央卸売市場の令和7年(2025年)の年次統計では、生鮮の「さめ類」の年間平均は1kg561円でした。
「もうかさめ」は589円、「よしきりさめ」は386円で、さめ類の月ごとの平均は527円から615円のあいだです。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 栗氏魚譜.第6冊 巻12
〔栗本丹州//著〕
- 本朝食鑑 12巻.[3]
丹岳野必大千里 著 [江戸時代]
- 本草綱目卷1-17,19-52,瀕湖脈學1卷奇經八脈攷1卷脈訣攷證1卷.[30]
明李時珍撰 承應2
- 古事類苑.第49冊
神宮司庁 編 明治43
- 東雅 : 20巻目1巻.4(巻之17-20)
新井白石 編・大槻如電 校 1903
- 箋注倭名類聚抄.巻第8
狩谷棭斎 著 1883
- 和漢三才図会 : 105巻首1巻尾1巻.[35]
寺島良安尚順 編 [江戸時代]
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[7]
貝原篤信 宝永6 [1709]
- 言海 : 日本辞書.第1-4冊
大槻文彦 編 1889-1891
- 日本重要水産動物図.解説
大日本水産会 編 明30.10
ほかの記事で使った本もあわせて見るなら記事で開いた原本の一覧へ。



