鱧の漢字の由来 魚へんに豊は「礼」、北斗を拝む川魚の字だった
この字、読めますか?
鱧
- 訓
- はも
- 音
- レイ
- 画数
- 24画
この記事の目次
毛利梅園が描いたハモの絵の横には、見出しとして「海鰻鱺」と書かれ、脇に小さく「俗ニ用鱧ノ字ヲ」、世間では鱧の字を使う、と添えてあります。ハモを漢字で書くと魚へんに「豊」の「鱧」で、豊かな魚と読みたくなる字ですが、わざわざ「世間では」と断るからには、梅園にとって鱧はハモの本来の字ではありませんでした。その由来をたどると、右側は豊かの豊ではなく礼儀の「禮」で、しかも中国でその字が指していたのは、ハモとは似ても似つかない川の魚です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚譜』・毛利梅園・NDL PID:1286914 コマ45・著作権保護期間満了)
「鱧」の基本データ
- 読み
- はも(訓)/レイ(音)
- 画数
- 24画(魚へん11画+右側13画)
- 形
- 魚へんに「豊」
- 由来
- 『本草綱目』は「有自然之禮、故謂之鱧」。寺島良安は「故字从禮省」、禮(礼)を略した形とした
- 中国では
- 川や池にすむ黒い魚の字。ハモは「海鰻」
- 難易度
- 中級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9C67)による
北斗を拝む魚の字「有自然之禮、故謂之鱧」
国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで、江戸以前の古典籍に絞って「有自然之禮」と引くと17冊が出てきて、魚の図譜や公家の家の記録、中国の本に混じって、「時珍曰」と断ってこの一節を書き写したものがありました。時珍とは中国・明の李時珍(りじちん)で、彼がまとめた薬の百科事典『本草綱目(ほんぞうこうもく)』は、江戸の学者が魚や草木を調べるときにまず開いた本です。ここでは承応2年(1653年)に刊行された和刻本(日本で彫り直した版)の魚の巻、巻四十四のコマ78を開きました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ78・著作権保護期間満了)
うろこのない魚の部のいちばん最初に「鱧魚」が立っていて、見出しの脇には小さく「ハモ」の振り仮名がついています。名前の由来を説く「釈名」の欄は、次のように書かれていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ78・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
鱧魚(ハモ) 本經上品釋名 蠡魚(本經) 黒鱧(圖經) 玄鱧(埤雅) 烏鱧(綱目) 鮦魚(音同、本經) 文魚 時珍曰、鱧首有七星、夜朝北斗、有自然之禮、故謂之鱧。又與蛇通氣、色黒、北方之魚也。故有玄……
現代語訳
鱧魚(和刻本の振り仮名は「ハモ」)。【名前】蠡魚・黒鱧・玄鱧・烏鱧・鮦魚・文魚ともいう。李時珍いわく、鱧は頭に七つの星(点)があり、夜になると北斗七星のほうを向く。おのずから礼をわきまえている。だから鱧という。また蛇と気が通じ、色は黒く、北方の魚である。だから玄(黒)の名もある――。
「時珍曰、鱧首有七星、夜朝北斗」、鱧は頭に七つの星があって、夜になると北斗七星のほうを向く。だから「有自然之禮、故謂之鱧」、おのずから礼をわきまえているので鱧という、というのです。魚へんの右側は「豊か」の豊ではなく「禮(礼)」だということになり、同じコマから見出しの字と説明文のなかの「禮」を切り出して並べると、右側は同じ形をしています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ78・著作権保護期間満了)
李時珍が並べたほかの名前は黒鱧、玄鱧、烏鱧で、玄も烏も「黒」の意味ですし、「色黒、北方之魚也」、色が黒く北方の魚だから、とも書いています。同じ和刻本には魚の絵を集めた巻もあって、うろこのない魚の図の最初の区画に、その鱧魚が描かれていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』鱗部附図・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ52・著作権保護期間満了)
まだら模様で、背びれが尾まで続くずんぐりした魚で、細長いハモとは似ても似つきません。
朱の書き入れ「訓波毛、并非也」
この本の昔の持ち主も、そう思ったようです。鱧魚の見出しの真上の余白に、朱で書き込みがありました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ78・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
無和産、時舶上来。形如時珍説。訓也豆女宇奈……訓波毛、并非也
現代語訳
(旧蔵者の朱の書き入れ)日本には産しない。ときどき船で運ばれてくる。形は李時珍の説のとおり。ヤツメウナギと読むのも、ハモと読むのも、どちらも誤りである――。
「無和産、時舶上来」、日本には産せず、ときどき船で運ばれてくる。「形如時珍説」、姿は李時珍の説くとおりだ、と書いたうえで、「訓也豆女宇奈……、訓波毛、并非也」、ヤツメウナギと読むのもハモと読むのも、どちらも誤りである、と言い切っています。本文の脇にはハモの振り仮名、その上にそれを否定する朱のメモと、一つのページのなかで読みが食い違っているわけです。
今の中国語でいえば、魚類の国際データベースFishBaseで中国名「乌鳢(烏鱧)」の魚を引くとChanna argusで、日本での名前はカムルチー(FishBaseには「ライギョ」の名も載っています)です。アムール川から中国南部にかけての淡水魚で、日本には外から持ち込まれた魚とされていますから、朱のメモの、日本には産しない、という記述と合います。
貝原益軒は「ハモハ海鰻ナリ」と答えた
貝原益軒の『大和本草(やまとほんぞう)』(宝永6年=1709年刊)は、中国の「本草」の学問で日本の産物をまとめた本で、魚の巻、巻十三のコマ30に鱧魚の項が始まります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ30・著作権保護期間満了)
イワシの長い項が終わった、ページのいちばん端の一列です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ30・著作権保護期間満了)
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翻刻
鱧魚 順和名ニハムト訓ス。アヤマレリ。ハモハ海鰻ナリ。唐
現代語訳
鱧魚。源順の『和名抄』はこれを「ハム」と読ませている。誤りである。ハモは海鰻である――(次のコマに続く)。
「鱧魚、順和名ニハムト訓ス」、源順(みなもとのしたごう)の『和名抄』は鱧魚をハムと読ませているが「アヤマレリ」、誤りである、と書き、「ハモハ海鰻ナリ」、ハモは海鰻だ、といきなり結論を出しています。益軒のいう鱧が何なのかは、次のコマに続いていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ31・著作権保護期間満了)
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翻刻
音ナリ。鱧ハ筑紫ノ方言ウミウナキト云海魚アリ。本草ニイヘルゴトク形長ク體圓ク頭ト尾ト同大サニテ相等シク細鱗玄色ニシテ星アリ。形少蝮蛇ニ似タリ。尾マタナク其形ミクルシク可悪。日本人ハ食セス。……
現代語訳
(「唐音なり」の続き)鱧は、筑紫の方言で「ウミウナギ」という海の魚がそれである。本草にいうとおり、形は長く胴は丸く、頭と尾が同じ太さでそろっている。細かい鱗で黒く、星(点)がある。形はすこしまむしに似る。尾は分かれていない。見た目がみにくく、いやな感じだ。日本人は食べない――。
鱧は、筑紫(九州北部)の方言でウミウナギという海の魚がそれで、本草のいうとおり形は長く胴は丸く、頭と尾が同じ太さ、細かい鱗で黒く、星があってまむしに少し似る、とあり、最後は「其形ミクルシク可悪。日本人ハ食セス」、見た目がみにくくいやな感じがするので日本人は食べない、と結んでいます。本草の鱧の特徴に合う魚を日本で探し、食べない魚だと書いたうえで、益軒は同じページの左側に「海鰻」の項を立てました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ31・著作権保護期間満了)
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翻刻
海鰻 唐音ハモ。本草曰、海鰻鱺似鰻……而大トイヘリ。日本ニアヤマリテ鱧魚ヲハモト訓ス。長崎ニテ中華人ハモヲ海鰻ト云、ウナキヲ淡鰻ト云。國俗ハモノ小……
現代語訳
海鰻。唐音(中国の読み)はハモ。『本草綱目』は、海鰻鱺はうなぎに似て大きい、といっている。日本では誤って鱧魚をハモと読んでいる。長崎では中国の人がハモを海鰻といい、ウナギを淡鰻という――。
「海鰻、唐音ハモ」、海鰻を中国の音で読むとハモだ、という書き方で、『本草綱目』は海鰻鱺をうなぎに似て大きいという、と続け、「日本ニアヤマリテ鱧魚ヲハモト訓ス」、日本では誤って鱧魚をハモと読んでいる、と指摘しています。そのうえ「長崎ニテ中華人ハモヲ海鰻ト云、ウナキヲ淡鰻ト云」と、長崎で中国の人が実際にハモを海鰻、ウナギを淡鰻(淡水のうなぎ)と呼んでいることまで引いて、ハモの字は海鰻だと言い切りました。
寺島良安は「鱧乃八目鰻」
寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』は、中国の本の説を引いたあとに、自分の考えを「按(あん)ずるに」と書き足す形の本で、巻五十の川や湖のうろこのない魚の巻に鱧の項があります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ7・著作権保護期間満了)
絵に描かれているのは、細長い体の頭の後ろに、丸い点が一列に並んだ魚です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ7・著作権保護期間満了)
見出しの振り仮名は「やつめうなぎ」で、良安は鱧をヤツメウナギだと考えていました。『本草綱目』を引いた本文はこうです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ7・著作権保護期間満了)
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翻刻
本綱、鱧生江池澤。取無時。形長體圓、頭尾相等。細鱗玄色、有斑點花文、頗類蝮蛇。有舌、有齒、有肚。背腹有鬣連尾、尾無岐。形状可憎、氣息鯹惡、食品所卑也。頭斑點有七、作北斗之象。夜則仰首向北、朝北斗、有自然之禮。故字从禮省。與蛇通氣、色黒、北方之魚。故有玄黒烏之諸名。
現代語訳
『本草綱目』にいう。鱧は川や池や沢にすむ。一年じゅう獲れる。形は長く胴は丸く、頭と尾が同じ太さ。細かい鱗で黒い色、まだらの模様があって、まむしによく似る。舌・歯・胃袋があり、背と腹のひれは尾までつながり、尾は分かれない。見た目は憎らしく、臭いもなまぐさくて悪く、食べ物としては卑しまれる。頭のまだらは七つあり、北斗七星の形をなす。夜は首をあげて北を向き、北斗を拝む。おのずから礼をわきまえている。だから字は「禮」を略した形に従う。蛇と気が通じ、色は黒く、北方の魚。だから玄・黒・烏のつく名が多い――。
「鱧生江池澤」、鱧は川や池や沢にすみ、形は長く頭と尾が同じ太さで、まだら模様でまむしによく似る。「形状可憎、氣息鯹惡、食品所卑也」、見た目は憎らしく、なまぐさく、食べ物としては卑しまれる、とさんざんな書かれようです。続く字の説明では、李時珍の言い方が少し変わっていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ7・著作権保護期間満了)
「夜則仰首向北、朝北斗、有自然之禮。故字从禮省」。夜は首をあげて北を向き北斗を拝み、おのずから礼をわきまえているので、字は禮を略した形に従う――。
李時珍が「故謂之鱧」と名前の話として書いたところを、良安は、鱧の右側は禮を略したものだ、と字の形の話としてはっきり書き直しています。次のコマでは自分の考えを述べて、こう結んでいました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ8・著作権保護期間満了)
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翻刻
俗以鱧訓波無、以鱓訓八目鰻也。出於倭名抄之誤、而于今不改者何耶
現代語訳
世間では、鱧を「はむ」と読み、鱓を「やつめうなぎ」と読んでいる。『倭名抄』の誤りから出たことなのに、今になっても改めないのはどういうわけか――。
「俗以鱧訓波無」、世間では鱧を「はむ」と読んでいるが、「出於倭名抄之誤」、それは『倭名抄(和名抄)』の誤りから出たことで、「而于今不改者何耶」、今になっても改めないのはどういうわけか、と問いただしています。良安にとってのハモの字は、同じ巻の後ろのほう、海の魚の項にハモの絵とともに出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ25・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596382 コマ25・著作権保護期間満了)
見出しは「海鰻」で、読みは「はむ」「はも」です。「和名波無、俗云波毛、唐音之畧歟」、和名はハム、世間ではハモといい、唐音(中国の読み)を略したものか、と書き、さらに「俗用鱧甚非、鱧乃八目鰻」、世間で鱧の字を使うのははなはだ誤りで、鱧はヤツメウナギである、と念を押しています。
鱧とは何かについては、益軒が筑紫のウミウナギ、良安がヤツメウナギと答えが分かれましたが、ハモの字は海鰻であって鱧ではない、という点では二人とも同じで、どちらもハモという名前を中国の音と結びつけていました。
和名抄の「波无」と、江戸に来た生きた鱧
益軒も良安も、誤りのもとは平安時代の源順がまとめた辞書『和名抄』だと書いています。江戸後期の考証学者・狩谷棭斎(かりや・えきさい)が注をつけた『箋注倭名類聚抄』(明治16年刊)のコマ19を開くと、その一行がありました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『箋注倭名類聚抄』巻第8・狩谷棭斎著・明治16年・NDL PID:991791 コマ19・著作権保護期間満了)
和名抄の本文は「本草云、蠡魚」、本草の本にいう蠡魚、として、読みを「上音禮、和名波无」と注しています。蠡の音は禮と同じで、和名はハム。本文は続けて「陶隱居注云、蠡今作鱧字也」、陶隠居の注にいう、蠡は今は鱧の字に書く、としていて、平安時代の辞書は中国の本草の蠡魚、つまり鱧魚に、ハムという日本の名前を当てていたことになります。益軒や良安が倭名抄の誤りと呼んだのは、この一行でした。
棭斎の小さな注には「今俗呼波毛」、今の世間ではハモと呼ぶ、とあり、次のコマでは鱧について、もう一つ興味深いことを書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『箋注倭名類聚抄』巻第8・狩谷棭斎著・明治16年・NDL PID:991791 コマ20・著作権保護期間満了)
「文化元年清舶載來活鱧魚、今江戸官園養之」。文化元年(1804年)に清の船が生きた鱧魚を運んできて、いま江戸の官園で飼っている、という記事で、『本草綱目』の余白の朱のメモにあった、ときどき船で運ばれてくる、という話とちょうど重なります。江戸の学者のなかには、中国の鱧を生きたまま見られた人がいたわけです。棭斎は続けて、『本草綱目』が引く「日華」の説、「生海中、類鰻鱺而大」(海にすみ、うなぎに似て大きい)を挙げ、「是可以充波无也」、これこそハムに当てるべきだ、と書いています。『本草綱目』でこの日華の説が載っているのは海鰻鱺の項(コマ82)で、益軒や良安と同じく、ハモは海鰻鱺だという答えでした。
それでも「鱧」はハモの字になった
冒頭の梅園の図に戻って、見出しを大きくしてみます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚譜』・毛利梅園・NDL PID:1286914 コマ45・著作権保護期間満了)
正式な字は『本草綱目』の海鰻鱺、読みはハモ、和名抄ではハムで、「俗ニ用鱧ノ字ヲ」と、梅園も益軒や良安と同じ整理をしています。ただ同じ絵の下の書き入れでは、少し迷いも見せていて、「國俗皆鱧之字ヲ用ユル也」、世間はみな鱧の字を使う、鱧と蠡は同じ物の別の名でみなハモという、鱧を海ウナギと呼ぶ本もある、と並べたうえで、最後に「皆一物乎」、みな同じ物なのだろうか、と結んでいます。
明治30年(1897年)、大日本水産会が全国の主な魚を絵と解説でまとめた『日本重要水産動物図』では、ハモの項はこう始まります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本重要水産動物図』解説・大日本水産会編・明治30年・NDL PID:1086762 コマ40・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
(250) はも 鱧ノ字ヲ用ユ。大サ二三尺ヲ常トスレドモ大ナルハ六尺ニ至ルモノアリ。本邦、支那、印度、濠洲近海ニ産ス。本邦ニテハ各地ニアレドモ中部以南ニ多ク泥底ニ棲息シ初夏産卵ス
現代語訳
(250) はも。鱧の字を使う。大きさは二、三尺がふつうだが、大きいものは六尺に達する。日本・中国・インド・オーストラリアの近海に産する。日本では各地にいるが中部以南に多く、泥の海底にすみ、初夏に卵を産む。
「鱧ノ字ヲ用ユ」。江戸の学者が「俗」「誤り」と書き続けた鱧の字が、明治の図鑑ではそのまま正式な字として使われています。いっぽう今の中国語では、FishBaseでハモ(Muraenesox cinereus)を引くと中国名は「海鳗」(海鰻の簡体字)、日本名は「Hamo」で、益軒が長崎で聞いた「中華人ハモヲ海鰻ト云」は今も変わっていません。
鱧の漢字の由来をたどると、魚へんの右側は豊かではなく禮で、北斗七星を拝む礼儀正しい魚の字でした。ただしその魚は中国の川や池にすむ黒い魚で、ハモではありません。平安時代の辞書がその字にハムという名を当て、江戸の学者たちが誤りだ、なぜ改めないのかと書き続けても、鱧はハモの字として残り、明治の図鑑で正式な字になりました。
鱧
- 読みは「はも」。魚へんに豊、24画
- 『本草綱目』は「有自然之禮、故謂之鱧」。北斗を拝む川魚の字
- 寺島良安は「故字从禮省」。右側は禮(礼)を略した形
- 貝原益軒は「ハモハ海鰻ナリ」。鱧をハモと読むのは誤りとした
UOMEDIA|uomedia.jp
中国と日本で指す魚が違う字は、ほかに鯖(中国では川と湖の青魚)、鮪(チョウザメの仲間)、鮎(ナマズ)、鮭(フグ)があります。日本で作られた魚へんの字は魚へんの国字の記事へ。
この記事でわかったこと
江戸の学者が読んだ『本草綱目』では、鱧の右側は「礼(禮)」だと説明されています。
李時珍は「鱧首有七星、夜朝北斗、有自然之禮、故謂之鱧」(頭に七つの星があり夜に北斗を向く、おのずから礼がある、だから鱧という)と書き(承応2年刊本・NDL PID:2556596 コマ78)、寺島良安『和漢三才図会』は「故字从禮省」(だから字は禮を略した形に従う)としています(NDL PID:2596382 コマ7)。
平安時代の辞書『和名抄』が、中国の本草の蠡魚(鱧魚)に「波无(ハム)」という和名を当てたのが始まりです(『箋注倭名類聚抄』NDL PID:991791 コマ19)。
貝原益軒『大和本草』はこれを「アヤマレリ、ハモハ海鰻ナリ」と誤りとし(NDL PID:2557359 コマ30)、寺島良安も「俗用鱧甚非」と書きましたが(NDL PID:2596382 コマ25)、明治30年の『日本重要水産動物図』は「はも 鱧ノ字ヲ用ユ」としています(NDL PID:1086762 コマ40)。
『本草綱目』の鱧魚は、川や池にすむ、頭に七つの斑点がある黒い魚です(NDL PID:2556596 コマ78)。
FishBaseでは中国名「乌鳢(烏鱧)」の魚はカムルチー(Channa argus)という淡水魚で、ハモ(Muraenesox cinereus)の中国名は「海鳗(海鰻)」です。
江戸の本草書は、ハモの正しい字を「海鰻」「海鰻鱺」としていました。
貝原益軒は「海鰻 唐音ハモ」(NDL PID:2557359 コマ31)、寺島良安は見出し「海鰻」に「はむ・はも」と振り仮名をつけ(NDL PID:2596382 コマ25)、毛利梅園もハモの図の見出しを「海鰻鱺」として「俗ニ用鱧ノ字ヲ」と書き添えています(NDL PID:1286914 コマ45)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚譜
毛利大江元寿梅園白石瑛<毛利梅園>//撰輯
- 本草綱目卷1-17,19-52,瀕湖脈學1卷奇經八脈攷1卷脈訣攷證1卷.[30]
明李時珍撰 承應2
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[7]
貝原篤信 宝永6 [1709]
- 和漢三才図会 : 105巻首1巻尾1巻.[35]
寺島良安尚順 編 [江戸時代]
- 箋注倭名類聚抄.巻第8
狩谷棭斎 著 1883
- 日本重要水産動物図.解説
大日本水産会 編 明30.10
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