魚へんに留の読み方は?鰡でボラ|江戸の本は「鯔」と書いた
この字、読めますか?
鰡
- 音
- リュウ
- 画数
- 21画
この記事の目次
魚へんに留守の留と書く「鰡」は、ボラと読みます。ところが江戸の本を開くと、ボラはこの字では書かれていなくて、毛利梅園が描いた図の書き入れも「鯔魚」、魚へんの右側が違う字でした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻1・毛利梅園筆・NDL PID:1287112 コマ12・著作権保護期間満了)
寺島良安の百科事典は鯔と書いて世間の字として魚へんに各の「鮥」をあげ、清の字書は鰡を「魚名」とだけ書いていて、鰡をボラに当てた例は狂言の本でようやく見つかりました。東京の市場の統計で、いまのボラの値段も拾っています。
「鰡」の基本データ
- 読み
- リュウ(音)。訓の登録はなし
- 画数
- 21画(魚へん11画+右側10画)
- 形
- 魚へんに「留」
- 日本での使い方
- ボラ。狂言の本に「鰡」を名吉(めうぎち=ボラの別名)と読ませた例
- 中国の字書では
- 『康熙字典』は「音劉、魚名」とだけ書く
- 江戸の本は
- 『和漢三才図会』の見出しは「鯔」。世間の字として「鮥」をあげる
- 難易度
- 上級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9C21)による。ボラの訓は「鯔」(U+9BD4・19画)のほうに登録されている
江戸の百科事典は「鯔」と書いた
寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』では、巻四十九のコマ30にボラが出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ30・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ30・著作権保護期間満了)
見出しは「鯔」で、魚へんの右は留ではなく、上に「巛」、下に「田」を書きます。その下の小さな字に、名前のわけが書いてありました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ30・著作権保護期間満了)
「此魚黒故名鯔」、この魚は黒い、だから鯔と名づける、という説明で、同じ注の頭には糸へんに同じ右側をもつ、黒い色をあらわす「緇」の字が見えます。良安は鯔を「黒い魚」の字として説明したわけです。見出しの左には日本での呼び名がならび、和名は「奈與之(なよし)」、俗に「保良(ぼら)」、小さいものは「江鮒(えぶな)」とあって、項は次のコマへ続きます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ31・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ31・著作権保護期間満了)
一尺あまりになったものを「母羅(ぼら)」と呼ぶ、というところに小さく「俗用鮥字」と添えてあり、世間では魚へんに各の「鮥」の字を使う、というのです。江戸の世間の字は魚へんに留ではなく魚へんに各で、「とどのつまり」の記事で読んだ『本朝食鑑』も、ボラの大きいものの名のなかに同じ「鮥」をあげています。
中国の字書の「鰡」は魚の名とだけ
魚へんに留の字を、清の時代の漢字の辞書『康熙字典(こうきじてん)』の、日本で刷りなおした和刻本で引くと、魚部のコマ27に見出しがありました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『康熙字典』安永9年刊の和刻本・NDL PID:2562615 コマ27・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『康熙字典』安永9年刊の和刻本・NDL PID:2562615 コマ27・著作権保護期間満了)
読みは「音劉」、劉と同じ音で、日本の音読みならリュウです。意味は「魚名」、魚の名前とだけあって、黒いとも川と海を行き来するとも書いていないので、『康熙字典』を読むかぎり鰡がボラだという手がかりはありません。Unicode の Unihan Database も同じで、鰡(U+9C21)に登録された日本語の読みは音の「リュウ」だけ、訓の「ぼら」は鯔(U+9BD4)のほうに入っています。
「鰡」をボラに使った本
国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで本文を検索すると、「鰡は」「鰡の」で何百冊も出てきます。ところが開いてみると様子が違っていて、たとえば明治40年(1907年)の『鴎心録』で機械が「鰡は」と読んだ箇所を拡大すると、こうなっています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(角田勤一郎『鴎心録』金尾文淵堂・明治40年・NDL PID:903258 コマ116・著作権保護期間満了)
印刷されているのは「鯔」で、よく似た二つの字を機械が読み違えていたのです。検索の冊数は、そのままでは当てになりません。
字をひとつずつ確かめていくと、たしかに「鰡」と刷ってある本がありました。大蔵虎光(おおくら・とらみつ)の『狂言不審紙』で、昭和18年(1943年)に活字になった本です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(大蔵虎光『狂言不審紙』笹野堅校訂・改造社・昭和18年・NDL PID:1125595 コマ21・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
鰡(メウキテ)は鯔(ボラ)一名なよしと言て古語也。字音名吉の事也。土佐日記なよしの頭を節分に指事も鯔
現代語訳
鰡(めうぎち)は、鯔(ボラ)の別名「なよし」のことで、古いことばである。字の音で「名吉」と読んだものだ。土佐日記の、なよしの頭を節分に挿すというのも鯔(のことである)。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(大蔵虎光『狂言不審紙』笹野堅校訂・改造社・昭和18年・NDL PID:1125595 コマ21・著作権保護期間満了)
「鰡は鯔一名なよしと言て古語也」。一行のなかに、振り仮名「メウキテ」の「鰡」と、振り仮名「ボラ」の「鯔」がならんでいて、魚へんの右側がたしかに違います。鰡は鯔(ボラ)の別名「なよし」のことで古いことばだ、字の音で読んだ「名吉」のことだ、と説明が続きます。
「名吉(みょうぎち)」は、良安が「勢州人稱名吉」、伊勢の人の呼び名として書きとめたボラの別名で(コマ31)、狂言の本はその名に「鰡」の字を当てていたことになります。なぜ留なのか、その理由を書いた本は開いた範囲では見つからず、原本から言えるのはここまでです。
名前の由来は「形ノ圓廓ナル故ノ名カ」
ボラという名前そのものについては、明治の国語辞書『言海(げんかい)』(明治22〜24年刊)が語源の説を一つあげていて(NDL PID:992954 コマ544)、「形ノ圓廓ナル故ノ名カ」、形がまるいことからの名だろうか、と著者の大槻文彦(おおつき・ふみひこ)は「カ」をつけた疑問の形で書いています。説明は「又、ナヨシ。名吉」と続き、「早春ヨリ、溝渠等ノ淡水ニ産ジ、後、川ニ出デテ、海ニ入ル」、春に溝や堀の淡水にあらわれ、川に出て海に入る魚だ、とあります。
川にも入る、世界じゅうの沿岸の魚
いまの資料では、世界の魚のデータベース FishBase のボラ(Mugil cephalus)のページから拾いました。
ボラの基本データ
- 学名
- Mugil cephalus
- すみか
- 海・汽水・淡水。深さ0〜120m、ふつうは0〜10m
- 分布
- 熱帯から温帯まで、世界じゅうの沿岸
- くらし
- 砂や泥の底の上で群れをつくる。河口や川にもよく入る
- 大きさ
- ふつう50cm、最大で100cm(標準体長)
FishBase による
海にも汽水にも淡水にもいて、河口や川にもよく入る、というのは『言海』の「淡水ニ産ジ、後、川ニ出デテ、海ニ入ル」と重なります。大きさで呼び名が変わる魚でもあり、良安は小さいものを「江鮒」、一尺あまりを「母羅」と書きました。呼び名の移り変わりは、「とどのつまり」の記事でくわしく読んでいます。
ボラは1kg738円、秋から冬に跳ねあがる
東京都中央卸売市場(豊洲市場など)の令和7年(2025年)の年次統計から、1kgあたりの平均価格を拾いました(東京都中央卸売市場 市場統計情報・年次統計資料、「品目別・月別平均価格」)。
月 | 平均価格(1kg) |
|---|---|
年間 | 738円 |
1月 | 365円 |
2月 | 301円 |
3月 | 328円 |
4月 | 251円 |
5月 | 232円 |
6月 | 263円 |
7月 | 254円 |
8月 | 257円 |
9月 | 293円 |
10月 | 1,597円 |
11月 | 2,034円 |
12月 | 2,158円 |
「ぼら」の年間平均は1kg738円で、同じ統計の鮮魚ぜんたいの平均1,691円の半分より安いところにいます。目を引くのは月ごとの動きで、1月から9月は232円から365円だったのが、10月に1,597円、11月に2,034円、12月には2,158円と、いちばん安い5月の9倍をこえます。
筆者が市場で見てきたこと
ボラは、鮮魚の丸のままがたまに入ってくる魚で、売り場の主役ではありません。呼び名はそのまま「ボラ」です。選ぶときにまず見るのは臭いと、獲れた場所で、それから目と体の張りを見ます。値は晩秋から冬に上がります。
晩秋から冬の値上がりは、9月の293円が10月には1,597円になり、そこから12月まで上がりつづけるという形で、統計にはっきり出ていました。ただし統計の品目は「ぼら」一つなので、秋から冬の高い値がどんなボラについた値なのかは、この数字だけでは分かりません。
獲れた場所を見るという目利きは、砂や泥の底の上で群れ、河口や川にも入るという FishBase の記述と合っていて、どこの水で獲れたかを筆者がまず確かめるのはそのためです。良安も味を場所と結びつけていて、コマ31の頭の「無泥味」、泥の味がしない、という言い方で、うまい時期のボラをほめています。
江戸は臼の形の肉を焼いて食べた
良安は、ボラの腹のなかのめずらしい部分を、コマ31の右ページに書きとめています。「腹中有肉塊如臼形炙食甘」、腹のなかに臼(うす)の形をした肉のかたまりがあって、焼いて食べるとうまい、というのです。
続けて卵の話が出てきて、「唐墨」に「カラスミ」と振り仮名をつけ、ボラの卵を袋ごと干したもので形が墨に似ている、と説明しています。カラスミがどこの魚の卵なのかをめぐる江戸の本の食い違いは、ボラの記事で読みました。
鰡
- 鰡の音読みは「リュウ」。魚へんに留、21画。日本ではボラに使う
- 『康熙字典』の鰡は「音劉、魚名」とだけ書く。どんな魚かは書いていない
- 江戸の『和漢三才図会』の見出しは「鯔」。「此魚黒故名鯔」と説明する
- 同じ本は、世間の字として「俗用鮥字」(魚へんに各)をあげる
- 『狂言不審紙』は「鰡」に「メウキテ」と振り、鯔(ボラ)の別名なよしのことと書く
- 検索で出る「鰡」には、機械が「鯔」を読み違えたものがまじる
- 東京の市場のボラは1kg738円。10月から12月は1,597〜2,158円に上がる(令和7年)
UOMEDIA|uomedia.jp
この記事でわかったこと
「鰡」と書いて、日本ではボラと読みます。
音読みはリュウ。Unicode の Unihan Database(U+9C21)に登録されている日本語の読みは音の「リュウ」だけで、21画の字です。
江戸の本は「鯔」と書いています。
『和漢三才図会』の見出しは「鯔」で、世間の字として「鮥」もあげています(NDL PID:2596381 コマ30・31)。「鰡」と書く例は、『狂言不審紙』にあります(NDL PID:1125595 コマ21)。
清の『康熙字典』は鰡を「音劉、魚名」とだけ説明しています(NDL PID:2562615 コマ27)。
なぜボラに留の字を当てるのかを書いた本は、開いた範囲では見つかりませんでした。江戸の『和漢三才図会』は、ボラの字「鯔」について「此魚黒故名鯔」と書いています。
魚へんの右側が違います。
鰡は「留」、鯔は上が「巛」で下が「田」です。江戸の本がボラに使ったのは鯔で、Unicode の Unihan Database でも訓の「ぼら」は鯔(U+9BD4)に登録されています。字の形がよく似ているので、古い本の機械の読み取りでは鯔が鰡と読まれることがあります。
東京都中央卸売市場の令和7年(2025年)の年次統計では、「ぼら」の年間平均は1kg738円でした。
1月から9月は232〜365円、10月から12月は1,597〜2,158円で、秋から冬に大きく上がります。
この記事で開いた原本
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- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 和漢三才図会 : 105巻首1巻尾1巻.[34]
寺島良安尚順 編 [江戸時代]
- 康煕字典42卷附字典琢屑1卷字典初學索引1卷.[40]
清凌紹〓等奉敕撰・都賀庭鐘校・附都賀庭鐘撰 安永9
- 鴎心録
角田勤一郎 (浩々歌客) 著 明40.8
- 狂言不審紙
大蔵虎光 著・笹野堅 校訂 昭和18
- 言海 : 日本辞書.第1-4冊
大槻文彦 編 1889-1891
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