出世魚一覧と順番 ブリ・ボラ・スズキの呼び名を江戸の本で確かめる
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出世魚(しゅっせうお)とは、育つにつれて呼び名が変わる魚のことで、ブリ、スズキ、ボラがよく挙げられます。いまの辞書と県の水産課が挙げている出世魚の一覧と順番は、次のとおりです。
魚 | 呼び名の順番(小さい順) |
|---|---|
ブリ(関東) | ワカシ → イナダ → ワラサ → ブリ |
ブリ(関西) | ツバス → ハマチ → メジロ → ブリ |
スズキ | セイゴ → フッコ → スズキ |
ボラ | ハク → スバシリ・オボコ → イナ → ボラ → トド |
(デジタル大辞泉「出世魚」、千葉県水産課「ぶり」による。神奈川県水産技術センターは、ワカシを35cm以下、イナダを35〜60cm、ワラサを60〜80cm、ブリを80cm以上としています。)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・NDL PID:1287112 コマ10・著作権保護期間満了)
精選版 日本国語大辞典が挙げる「出世魚」の最初の用例は、1949年の幸田文の文章です。ところが国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで「出世魚」と引き、古い本だけに絞ると、それより百年以上古い本がいくつも出てきました。機械の読み取りはくずした字をよく間違えるので、ヒットした本は一冊ずつ開いて画像で字を確かめていくと、ブリの順番は本によって入れ替わり、淡路島ではシイラまで出世魚と呼ばれていました。
ブリは「よつて出世魚と称して」歳暮に
最初に開いたのは、鳥飼洞斎という人が季節のことばを月ごとに並べて説明した『月令博物筌(がつりょうはくぶつせん)』で、最後の冊に「文化戊辰季秋發行」とあり、文化の戊辰は文化5年、1808年です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『月令博物筌』16巻のうち第15冊・鳥飼洞斎・NDL PID:2557820 コマ27・著作権保護期間満了)
十一月の部に、「鰤」の見出しがあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『月令博物筌』第15冊・鳥飼洞斎・NDL PID:2557820 コマ27・著作権保護期間満了)
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翻刻
鰤(ぶり) 六月頃小なる時をツハスと云西国にてワカナ 九月一尺許(ばかり)のをメシロといふ 十月ころ二尺許なるをハマチといふ 江東にてイナタといふ冬の末長してブリと云 大なるもの三四尺あり よつて出世魚と称して塩したる鰤を歳暮……祝儀……用ゆ
現代語訳
鰤。六月ごろの小さいときを「つばす」という。西国では「わかな」。九月の一尺ばかりのものを「めじろ」という。十月ごろ二尺ばかりのものを「はまち」という。東国では「いなだ」という。冬の末に育ったものを「ぶり」という。大きいものは三、四尺ある。そこで出世魚と呼んで、塩にした鰤を歳暮の祝儀に使う。
「六月頃小なる時をツハスと云」、六月ごろの小さいときを「つばす」といい、「九月一尺許のをメシロといふ」、九月の一尺(約30cm)ほどのものを「めじろ」という、と書き出しています。続けて「十月ころ二尺許なるをハマチといふ 江東にてイナタといふ」と、十月ごろ二尺ほどのものを「はまち」、「江東」つまり東国では「いなだ」といい、「冬の末長してブリと云 大なるもの三四尺あり」、冬の終わりに育ったものを「ぶり」といって大きいものは三、四尺ある、としたうえで、こう続きます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『月令博物筌』第15冊・鳥飼洞斎・NDL PID:2557820 コマ27・著作権保護期間満了)
「よつて出世魚と称して」、だから出世魚と呼んで、塩にした鰤を歳暮の祝儀に使う、というのです。1808年の本に、もう「出世魚」の三文字があって、しかも名前が変わるという説明のすぐあとに「よつて」と続けていて、名前が変わるから出世魚、出世魚だから歳暮の贈りもの、という順になっています。
並びをよく見ると、この本では「めじろ」が一尺、「はまち」が二尺で、めじろのほうが小さいのです。いま関西の順番として挙げられるのはツバス、ハマチ、メジロ、ブリなので、はまちとめじろが入れ替わっています。東国、江戸の呼び名については、冒頭のブリの絵の右下に、毛利梅園が名前の順番を書き入れていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・NDL PID:1287112 コマ10・著作権保護期間満了)
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翻刻
不利魚(ブリ)ノ苗(デキ)ヲ ワカナ□ト云 江戸方言二年ヲ歴テ イナダト云 江戸方言マチ ヤズ 築紫方言・同肥前五年以上ヲ ワラサ又 不利(ブリ)ト云
現代語訳
ブリの稚魚を「わかな□」という(江戸の言葉)。二年たったものを「いなだ」という(江戸の言葉)。「まち」「やず」(筑紫の言葉、肥前も同じ)。五年以上のものを「わらさ」、また「ぶり」という。
稚魚を「わかな□」、二年たつと「いなだ」で、どちらにも小さく「江戸方言」と添えてあり、五年以上のものが「わらさ」、また「ぶり」です。□にした一字は、いまの名前から「わかなご」と読みたくなるところですが、原本を拡大すると「コ」に濁点の形ではありません。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・NDL PID:1287112 コマ10・著作権保護期間満了)
並べてみると、四字目は同じページの「ヤズ」の「ズ」に近い形で、「わかなず」と読める字です。梅園が耳にした江戸の呼び名がそうだったのか、書きぐせなのかはこのページだけでは決められないので、引用では□にしておきます。いまの関東の順番はワカシ、イナダ、ワラサ、ブリで、梅園の書き入れとほとんど同じ並びです。
貝原益軒の『大和本草』(宝永6年=1709年)は、土地による違いをひとことでまとめています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原益軒・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ20・著作権保護期間満了)
「地ニヨリテ名カハレリ 皆一物也」、土地によって名前が変わるがみな同じ魚だ、という一文で、この項は左のページへ続き、もう一つ名前が出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原益軒・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ20・著作権保護期間満了)
「少大ナルヲ目白ト云 小フリナリ」、少し大きいものを目白(めじろ)といい、小さいぶりだ、と書いています。鰤の小さいものがハマチ、少し大きいものが目白、そしてブリという益軒の並びは、いまの関西の順番と同じでした。月令博物筌とは百年ほど離れていますが、ハマチとメジロのどちらが先かは本によって違っていたことになります。ブリの呼び名を江戸の本5冊で比べた話は、ブリの出世魚の呼び名の記事にまとめています。関東・関西の順番と、加賀の料理書に出てくるコヅクラ・フクラギはブリの出世魚の順番の記事で読んでいます。
ボラの名前は「画の下に」書いてある
検索では、ボラを出世魚と呼ぶ江戸の本も出てきました。嘉永2年(1849年)の『魚貝能毒品物図考(ぎょばいのうどくひんぶつずこう)』は、魚や貝を絵入りで並べて、体によいか悪いかを書いた小さな本です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『魚貝能毒品物図考』・嘉永2年・NDL PID:2536810 コマ16・著作権保護期間満了)
この本は絵のページと説明のページが交互に来て、ボラの説明はこうなっています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『魚貝能毒品物図考』・嘉永2年・NDL PID:2536810 コマ18・著作権保護期間満了)
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翻刻
鯔(ぼら) 形鯉に似て味美毒なし 東海にハ簀走と云 生長に随ひ名の替るハ画の下に顕ハす 水と潮の間に住 冬春に至て鯔と云 春末より子を孕 其胎子を製して……と云 佳肴献上等に成……出世魚と称して拝賀に……
現代語訳
鯔(ぼら)。形は鯉に似て味がよく、毒はない。東海では「すばしり」という。育つにつれて名が替わることは、絵の下に書いておく。真水と潮のあいだに住む。冬から春になると「ぼら」という。春の末から子をはらむ。その子を加工したものは、よい肴として献上にもなる。出世魚と呼んで、祝いごとに使う。
「生長に随ひ名の替るハ画の下に顕ハす」、育つにつれて名前が替わることは絵の下に書いておく、というので、絵のページに戻ってボラの絵の下を見ました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『魚貝能毒品物図考』・嘉永2年・NDL PID:2536810 コマ16・著作権保護期間満了)
二、三寸を「江鮒(えぶな)」、七、八寸を「伊奈(いな)」、一尺以上は「鯔(ぼら)」と、約束どおり絵の下に書いてあります。説明の最後の列には、あの三文字が出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『魚貝能毒品物図考』・嘉永2年・NDL PID:2536810 コマ18・著作権保護期間満了)
「出世魚と称して」、出世魚と呼んで祝いごと(拝賀)に使う、とあって、ブリが歳暮なら、ボラもまた祝いの魚でした。俳句の季語を問答で説明した『俳諧多識編』(文政10年=1827年の序)も、ボラの名前の多さをこう書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俳諧多識編』2巻のうち第2冊・文政10年序・NDL PID:2557667 コマ39・著作権保護期間満了)
「出世魚と稱して五十余名あり」、出世魚と呼ばれていて名前は五十あまりある、というのです。ボラの名前を年齢で並べた本もあり、天保2年(1831年)の『魚鑑』は、おぼこ、ゑふな、いな、すばしり、ぼら、と数えて、最後を「十歳以上をとゞといふといへり」と結んでいます。「とどのつまり」の「とど」で、こちらは「とどのつまり」の語源の記事で原本を読んでいます。
スズキは「せいご長じてすずきとなるを以て」
同じ『魚貝能毒品物図考』の次の絵のページには、スズキがいます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『魚貝能毒品物図考』・嘉永2年・NDL PID:2536810 コマ17・著作権保護期間満了)
「三寸已下 世比古魚」、三寸より小さいものは「せいご」、「五六寸已上 鱸」、五、六寸より大きいものは「すずき」です。江戸の絵入り百科事典『和漢三才図会』は、もう一段こまかく書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ31・著作権保護期間満了)
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翻刻
川鱸脂多味美、海鱸脂少味淡。其三四寸者稱世比古、六七寸近尺者名波祢、尺以上至二三尺者名須受岐。諸國四時共有之。雲州松江最多、而夏月特賞之。
現代語訳
川のスズキは脂が多く味がよい。海のスズキは脂が少なく味が淡い。三、四寸のものを「せいご」と呼び、六、七寸から一尺近いものを「はね」、一尺以上二、三尺のものを「すずき」という。どこの国でも一年じゅういる。出雲の松江がいちばん多く、夏にとくに賞味する。
三、四寸を「せいご」、六、七寸から一尺近いものを「はね」、一尺以上を「すずき」とする書き分けで、字の由来とあわせて鱸の漢字の由来の記事で読んでいます。スズキを「出世魚」と書いた本は、検索では明治まで下り、明治37年(1904年)の教科書『水産動物学』に出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『水産動物学』・小松崎三枝編・明治37年・NDL PID:842653 コマ68・著作権保護期間満了)
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翻刻
用途=せいご長じてすずきとなるを以て、出世魚と稱し、賞味す。
現代語訳
使いみち。「せいご」が育って「すずき」になるので、出世魚と呼んで、喜んで食べる。
「せいご長じてすずきとなるを以て、出世魚と稱し」、せいごが育ってすずきになるので出世魚と呼ぶ、と理由がはっきり書いてあります。
淡路島ではシイラも「出世魚」だった
検索でいちばん意外だったのは、淡路島の地誌『淡路草』です。国立国会図書館にあるのは手書きの写本で、本文には文政8年(1825年)までの年数を数えた箇所があり、「内町漁師町」にあったえびすの社(戎堂)の項に、寛政3年(1791年)の祭りの日の話が書きとめてあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『淡路草』8巻のうち第2冊・藤井彰民著・写本・NDL PID:2561077 コマ31・著作権保護期間満了)
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翻刻
安澄曰 寛政三年亥六月 川口蛭児祠再建 廿六日に遷座乃規式あり 翌廿七日正祭日也 其日乃黎明より九万疋と云魚数多を得て神前にも奉□り 此魚□小なるハ止於百と云 肥肉すれハ鱰と云 二尺以上になれバ九万疋と云 別稱を出世魚と云へバとて漁人等喜べり
現代語訳
安澄がいうには、寛政三年(亥年)の六月、川口のえびすの社が建て直され、二十六日に遷座の式があった。翌二十七日が祭りの日である。その日の明け方から「九万疋」という魚がたくさん獲れ、神前にも供えた。この魚は、小さいものを「止於百」、太ってくると「鱰」、二尺以上になると「九万疋」という。別の名を出世魚というので、漁師たちは喜んだ。
社が建て直されて祭りの日の明け方、「九万疋(くまびき)」という魚がたくさん獲れて神前にも供えた、という話で、「小なるハ止於百と云 肥肉すれハ鱰と云 二尺以上になれバ九万疋と云」、小さいうちは「止於百」、太ってくると「鱰」、二尺を超えると「九万疋」と続きます。「鱰」はシイラにあてる字で、「くまびき」はシイラの別の名です(精選版 日本国語大辞典「熊引・九万疋」)。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『淡路草』第2冊・藤井彰民著・写本・NDL PID:2561077 コマ31・著作権保護期間満了)
「別稱を出世魚と云へバとて漁人等喜べり」。別の名を出世魚というので漁師たちは喜んだ、とあり、社を建て直した祭りの日に出世魚が大漁で、縁起がいいと喜んだわけです。ここでも出世魚は、大きさで名前の変わる魚でした。
明治の本では、鯉も鮎も「出世魚」
ところが明治の本を開くと、名前の変わらない魚まで出世魚と呼ばれています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本社会事彙』上巻・経済雑誌社編・明治34年・NDL PID:1801900 コマ723・著作権保護期間満了)
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翻刻
コヒ 鯉は。魚中の尤物にして其の形亦優なり。古昔より人の嗜好に適するものなり。近世俗習に鯉魚を出世魚と唱へ。祝儀等の宴席には必ず此魚を用ふる事となりぬ。
現代語訳
鯉は、魚のなかでもとくにすぐれたもので、姿もまた美しい。昔から人の好みに合う魚である。近ごろの世間の習わしでは、鯉を「出世魚」と呼び、祝いごとの宴席にはかならずこの魚を使うようになった。
明治34年(1901年)の百科事典『日本社会事彙』は「近世俗習に鯉魚を出世魚と唱へ」と書き、近ごろの世間の習わしでは鯉を出世魚と呼び、祝いの宴席にはかならず使う、としています。いまの辞書にもこの意味は残っていて、精選版 日本国語大辞典は「出世魚」の二つめの意味に鯉の異称を挙げ、鯉が滝を登って龍になるという中国の故事から来たとしています。この故事は「鯉の滝登り」の由来の記事で原本をたどっています。
明治37年(1904年)の作法の本『新女礼式』は、遠くへ赴任する人や遊学する人の送別の宴について、「鮎などを饗應の料理に用ふ、鮎は出世魚といひ」(NDL PID:759126 コマ91)と書き、鮎は一度川を下ってまた上るので、また帰ってこいという意味にもなる、と続けています。明治31年(1898年)の序をもつ国語辞典『ことばの泉』は、「ぼら」の項で「溝渠などの淡水に産じ、後、川に出で、又、海に入る故に、出世魚ともいふ」(NDL PID:862875 コマ651)と説明していて、溝から川へ、川から海へ、住む場所が大きくなっていくから出世魚だというのです。
ただ、同じ項を読み進めると、すぐあとに「その大小によりて、諸國に、種種の方言あり」と続き、東国では、生まれたばかりを「おぼこ」、二寸ばかりを「すばしり」、川から海に入ったものを「いな」、年をへて一尺あまりになったものを「ぼら」、さらに年をへて大きくなったものを「とど」という、と大きさごとの名前を並べています。出世魚と呼ぶ理由は住む場所の移り変わりで説明しながら、名前が変わることも同じ項に書いていて、明治の辞書は二つの見方を並べていました。
江戸の本の呼び名を、小さい順に
魚 | 本 | 呼び名(小さい順) |
|---|---|---|
ブリ | 『月令博物筌』(1808年) | ツハス(西国でワカナ)→ メシロ → ハマチ(江東でイナタ)→ ブリ |
ブリ(江戸) | 『梅園魚品図正』 | ワカナ□(ズに近い字)→ イナダ → ワラサ・ブリ |
ボラ | 『魚貝能毒品物図考』(1849年) | 江鮒 → 伊奈 → 鯔 |
スズキ | 『和漢三才図会』 | 世比古 → 波祢 → 須受岐 |
シイラ(淡路) | 『淡路草』 | 止於百 → 鱰 → 九万疋 |
「出世魚」という言葉は、1808年の『月令博物筌』が鰤について「よつて出世魚と称して」歳暮の祝儀に使うと書き、1827年序の『俳諧多識編』と1849年の『魚貝能毒品物図考』はボラを、『淡路草』はシイラを出世魚と呼んでいました。明治に入ると鯉も鮎も出世魚と呼ばれ、1904年の教科書はスズキを「せいご長じてすずきとなるを以て」出世魚と書いています。
出世魚の一覧と順番を江戸の原本で確かめてみると、呼び名の多くは200年前にもうあって、「出世魚」という言葉も祝いの贈りものと結びついて使われていました。いまの順番と違っていたのは1808年の『月令博物筌』のハマチとメジロの並びで、その百年前の『大和本草』は、いまと同じ並びです。
魚にちなむ言葉の由来は魚のことわざ・慣用句の一覧に、魚ごとの記事は魚の図鑑にまとめています。
この記事でわかったこと
育つにつれて呼び名が変わる魚のことです。
デジタル大辞泉はボラ・スズキ・ブリを挙げています。江戸の『月令博物筌』(文化5年=1808年)は、鰤の呼び名の変化を並べたあと「よつて出世魚と称して」と書いています(NDL PID:2557820 コマ27)。
関東ではワカシ→イナダ→ワラサ→ブリ、関西ではツバス→ハマチ→メジロ→ブリとされます(千葉県水産課「ぶり」)。
江戸の『月令博物筌』は、六月の小さいものをツハス、九月の一尺ほどをメシロ、十月の二尺ほどをハマチ(江東でイナタ)、冬の末をブリとしていて、メジロとハマチの順がいまと逆です(NDL PID:2557820 コマ27)。一方、宝永6年(1709年)の『大和本草』は、鰤の小さいものをハマチ、「少大ナルヲ目白ト云」として、いまと同じ順に並べています(NDL PID:2557359 コマ20)。
スズキ(セイゴ→フッコ→スズキ)、ボラ(ハク→スバシリ・オボコ→イナ→ボラ→トド)がよく挙げられます(デジタル大辞泉)。
江戸の『淡路草』は、淡路島でシイラ(九万疋)を「別稱を出世魚と云へバ」と書いています(NDL PID:2561077 コマ31)。
名前は変わりませんが、明治34年の『日本社会事彙』は「近世俗習に鯉魚を出世魚と唱へ」、鯉を出世魚と呼んで祝いの宴席にかならず使う、と書いています(NDL PID:1801900 コマ723)。
精選版 日本国語大辞典も「出世魚」の二つめの意味に鯉の異称を挙げています。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 月令博物筌 16巻.[15]
鳥飼洞斎 刊年不明
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[7]
貝原篤信 宝永6 [1709]
- 魚貝能毒品物図考
青苔 撰・高嶋春松 画 嘉永2 [1849]
- 俳諧多識編 2巻.[2]
天谿樨柯 口授・不溢居杉二, 無隠巢樨馨 筆記 文政10 [1827] 序
- 和漢三才図会 : 105巻首1巻尾1巻.[34]
寺島良安尚順 編 [江戸時代]
- 水産動物学
小松崎三枝 編 明37.5
- 淡路草 8巻.[2]
藤井彰民 著 [18--] [写]
- 日本社会事彙.上巻
経済雑誌社 編 明治34
- 新女礼式
甫守謹吾 著 明37.7
- ことばの泉 : 日本大辞典
落合直文 著 明31.6序
ほかの記事で使った本もあわせて見るなら記事で開いた原本の一覧へ。



