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金魚の飼育を江戸の本で読む——産卵日を決める「秘術」があった

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この記事の目次

六日に卵を産ませたければ、一日から三日までは餌を控え、四日と五日にたっぷり食べさせてから池に藻を入れる。寛延元年(1748年)に出た金魚の飼育書『金魚養玩草』は、江戸の人が産卵の日を人間の側で決めていた手順を、「子とりやうの秘術」という見出しのもとにこう書いています。食べるためではなく見るために飼われ、そのために殖やされてきた金魚には、すでに江戸の中ごろ、卵の採り方から稚魚の餌、池の注意書きまでを揃えた手引きがありました。

水中で怪談をする金魚たちと、水面をのぞきこむ猫を描いた錦絵
歌川国芳の連作「金魚づくし」の一枚。赤・更紗・白と、体色のちがう金魚が描き分けられている。水中にはおたまじゃくしも泳ぐ。右下に「朝櫻樓 國芳戯画」の署名。
出典:歌川国芳筆「金魚づくし・百ものがたり」東京国立博物館蔵(ColBase、CC BY 4.0) https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-5479

上は歌川国芳の「金魚づくし」の一枚で、水中で怪談をする金魚たちを、水面から猫がのぞきこんでいます。赤・更紗・白と体色のちがう金魚が描き分けられているところに、色や形を見て楽しむ魚だったことがよく出ています。国立国会図書館の「次世代デジタルライブラリー」で「金魚」と引いて出てきたのが、金魚の飼い方だけを書いたこの本で、表紙をめくったコマ3に書名と著者が大きく刷られています。書名の上には「前編」とあり、左ページの漢文の書き出しには赤い蔵書印が重なっています。

『金魚養玩草』の書名と著者名が刷られたページ
右ページ中央に書名「金魚養玩草」、その上に「前編」。右の欄に「泉州堺 安達喜之著」、左の欄に「同郷 奚疑齋増補」。左ページは漢文の書き出しで、赤い蔵書印が重なっている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『金魚養玩草』・NDL PID:2540518 コマ3・著作権保護期間満了)

著者は泉州堺の安達喜之で、国会図書館の本は同郷の奚疑齋が増補したもの、序の末には「寛延元年辰九月」の年記があります(コマ4)。目録をめくって数丁進んだところに、金魚の尾を描き分けたページが出てきます。

尾の形に、六つの名前がついていた

六種類の尾の形が、枠のなかに一つずつ描き分けられた見開き
右ページに右から「四ツ尾」「三ツ尾」「楫尾」、左ページに「矢尾」「房尾」「鮒尾」。それぞれの図の下に、どういう尾なら上々品で、どういう尾は下魚かという説明が付いている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『金魚養玩草』・NDL PID:2540518 コマ8・著作権保護期間満了)

四ツ尾、三ツ尾、楫尾、矢尾、房尾、鮒尾と、金魚の尾を形で六つに分けて図示し、図の下にはそれぞれ、どういう形なら上々品で、どういう形は下魚か、という判定の基準が書かれています。いちばん左の鮒尾の説明には「下魚」の字が見えます。形を見分ける目が言葉と図で共有されていたということで、見分けて選んでいた以上、選んだ魚を殖やしていたことにもなります。

「子とりやうの秘術」、六日に産ませたければ

その先に立っているのが、冒頭の見出しです。

くずし字で書かれた見出し「子とりやうの秘術」の大写し
見出し「子とりやうの秘術」。「秘術」の右に振り仮名「ひしゆつ」。コマ10の見出しの一列を切り出したもの。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『金魚養玩草』・NDL PID:2540518 コマ10・著作権保護期間満了)

「子とりやうの秘術(ひじゅつ)」、子(卵)の採り方の秘術で、見開きの右ページで、産もうとしている魚は泉水のふちを忙しく走り上る、といった兆候の見分け方を述べたあとに置かれています。

『金魚養玩草』の見開き。産卵の兆候の見分け方から「子とりやうの秘術」へ移る
右ページの前半に、産もうとしている魚は泉水のふちを忙しく走り上る、といった見分け方。その後に「子とりやうの秘術」の見出しが立ち、本文が左ページへ続く。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『金魚養玩草』・NDL PID:2540518 コマ10・著作権保護期間満了)
産卵日を狙って餌を加減する手順を記した箇所、赤枠と翻刻
赤枠は該当箇所。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『金魚養玩草』・NDL PID:2540518 コマ10・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

一、子を産む魚は正月下旬より随分餌飼すべし。尤も餌いちとき過ざるやうに、すこしづゝ喰すべし。産前はさび病付やすし。水を度々かへるがよし。凡そ一月に十度ほどかへる也。扨、子を取らんとおもふ時、たとへば六日の日産さんと思はゞ、朔日より三日迄餌をひかへる也。扨、四日五日此両日に餌を多く喰せ置き、泉水へ藻を入る也。藻の入やうは池に

現代語訳

一、卵を産ませる魚には、正月下旬から十分に餌をやりなさい。ただし一度に与えすぎないよう、少しずつ食べさせること。産卵前は「さび病」が付きやすいので、水をたびたび換えるのがよい。だいたい一か月に十度ほど換える。さて、卵を採ろうと思うときは、たとえば六日に産ませたいと思うなら、一日から三日までは餌を控える。そして四日と五日の二日間は餌を多く食べさせておき、池に藻を入れる。藻の入れ方は、池に藻が自然に生えたようにする。

まず、親にする魚には正月下旬から十分に餌を与えるが、一度に与えすぎず少しずつにし、産卵前は「さび病」が付きやすいので、水を月に十度ほど換える。ここまでは飼育の心得で、本題はそのあとです。

「扨、子を取らんとおもふ時、たとへば六日の日産さんと思はゞ、朔日より三日迄餌をひかへる也。扨、四日五日此両日に餌を多く喰せ置き、泉水へ藻を入る也」。

餌を控える日とたっぷり与える日を組み合わせて、産卵の日を決めているわけで、藻の入れ方にまで「藻の入やうは池に藻のできたる如くにする也」と指定があります。自然に生えたように見せろ、という細かさです。

稚魚の餌は、蚊の子だった

孵ったあとの餌も、大きさごとに切り替えていました。コマ13には、餌ごとに「一」で始まる条が立てて並んでいます。

『金魚養玩草』の一丁。餌の種類と与え方が箇条書きで並ぶ
「棒振虫」「素麺」「鶏の玉子」など、餌ごとに「一」で始まる条が立てて書かれている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『金魚養玩草』・NDL PID:2540518 コマ13・著作権保護期間満了)
大きさに応じた餌の切り替えを記した箇所、赤枠と翻刻
赤枠は該当箇所。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『金魚養玩草』・NDL PID:2540518 コマ13・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

一、棒振虫(ぼうふりむし)。其年の子は六七歩より一二寸迄の間喰すべし。夫よりはもゝほうづきを喰すべし。三四寸よりみゝずを喰す也。是つねの食物なり

現代語訳

一、ぼうふら(蚊の幼虫)。その年に生まれた稚魚には、体長六、七分から一、二寸のあいだはこれを食べさせなさい。それより大きくなったら「ももほうづき」を食べさせ、三、四寸になったらミミズを食べさせる。これが普段の食べものである。

最初に来るのが「棒振虫(ぼうふりむし)」、ぼうふら、つまり蚊の幼虫です。

くずし字で書かれた「一 棒振虫」の大写し
条の頭の「一 棒振虫」。「棒振虫」の右に振り仮名「ぼうふりむし」。コマ13から切り出したもの。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『金魚養玩草』・NDL PID:2540518 コマ13・著作権保護期間満了)

その年に生まれた稚魚には体長六、七分から一、二寸のあいだこれを食べさせ、それより大きくなったら別の餌に替え、三、四寸になったらミミズを食べさせる、という段取りです。同じページには、茹でて水で冷やした素麺、麦ばかりの飯を柔らかくして水で冷やしたもの、生の魚を細く作って湯を通したもの、そして鶏の卵の黄身が並んでいます。鶏の卵の黄身を魚に与えるのは、元禄の農書『農業全書』が鯉の稚魚について書いていたのと同じで、黄身の条には、食べ残しが水の中に残るようならすぐに水を換えよ、という趣旨の但し書きが付いています。

池の上に、木の枝を出してはいけない

読んでいて印象に残ったのが「金魚の毒もつの伝」で、何が魚を殺すかを集めた項目です。

池の上の木の枝と、青竹の蓋の害を記した箇所、赤枠と翻刻
赤枠は該当箇所。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『金魚養玩草』・NDL PID:2540518 コマ20・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

松・竹・柳・梅・桜、此外一切植木の類、泉水の上に枝ふる時は、雨天のせつに木のあく流れ入り、魚一夜の中に斃るなり。一、青竹にて拵たる簀蓋は、雨天にあく出て毒也。枯竹にて作りたるがよし

現代語訳

松・竹・柳・梅・桜、そのほか一切の植木の類が池の上に枝を差しかけていると、雨のときに木のあくが流れ込んで、魚は一夜のうちに死んでしまう。一、青竹でこしらえた簀(す)の蓋は、雨のときにあくが出て毒になる。枯れた竹で作ったものがよい。

「松・竹・柳・梅・桜、此外一切植木の類、泉水の上に枝ふる時は、雨天のせつに木のあく流れ入り、魚一夜の中に斃るなり」。池の上に木の枝が差しかかっていると、雨のときに木のあくが流れ込んで、魚が一夜のうちに死ぬというのです。続けて「青竹にて拵たる簀蓋は、雨天にあく出て毒也。枯竹にて作りたるがよし」と、蓋まで枯れた竹で作れと指図しています。

同じ項の先にはイタチの注意も出てきて、イタチは水に入って魚を取り、秋冬は一夜のうちに残らず取ってしまうので、蓋は目の粗い銅の網か葭簀の類がよく、板は水気がこもって悪い、という趣旨が書かれています。

目録に並ぶ「大秘事」

この本の目録を見ると、扱っている範囲の広さが分かります。善悪の見分け方、子を産む魚の見方、子とりやうの秘術、一番・二番・三番の採卵、餌のこしらえ方、玉子がかえったかどうかの見分け方、かえりはじめて水を換える「大秘事」、雌雄の見分け方、色をよく出す伝授、病気の見立て、「療治の大秘事」、毒物の伝、遠方へ送るとき魚を傷めない方法、池の作り方、日覆いと水の掛け引きと続きます。

目録から切り出した「水かへる大秘事」と「療治の大秘事」の大写し
目録(コマ5)の二つの項目を切り出して並べたもの。右は「玉子かへり初て水かへる大秘事」の後半「水かへる大秘事」、左は「療治の大秘事」。どちらも「秘」の右に振り仮名「ひ」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『金魚養玩草』・NDL PID:2540518 コマ5・著作権保護期間満了)

目録の終わり近くには、餌になる虫「あかこ」のいる所の見当と、それを湧かせる「大秘事」、そしてぼうふらの湧かせ方まであって、餌も自分で湧かせるところまで含めて一冊になっています。同じ本の巻頭には金魚がいつ日本に来たかを書いた一節もあり、ほかの江戸の本と渡来年を比べた話は、金魚の渡来年の記事で読んでいます。

二百七十年以上前のマニュアル

親を選び、産卵日を操作し、卵がかえったかを見分け、稚魚を段階的に育て、水を管理し、病気を治し、生きたまま遠方へ送る。寛延元年に印刷して売られていたのは、それらをひととおり揃えた手引きでした。夏祭りの金魚すくいの袋のなかで揺れている魚の背後には、二百七十年以上前から積み上がってきた飼い方の蓄積があります。

この記事でわかったこと

  • 寛延元年(1748年)刊の『金魚養玩草』(安達喜之著)の目録には、尾や体の善悪の見分け方、産卵させる魚の選び方、「子とりやうの秘術」、一番・二番・三番の採卵、餌のこしらえ方、卵がかえったかどうかの見分け方、孵化後の水換えの「大秘事」、雌雄の見分け方、色をよく出す伝授、病気の見立てと「療治の大秘事」、毒物の伝、遠方へ送る方法、池の作り方、日覆い、餌の「あかこ」を湧かせる「大秘事」、ぼうふらの湧かせ方が並びます。

  • 産卵の日を人間の側で決めるための餌の加減です。

    『金魚養玩草』コマ10に「扨、子を取らんとおもふ時、たとへば六日の日産さんと思はゞ、朔日より三日迄餌をひかへる也。扨、四日五日此両日に餌を多く喰せ置き、泉水へ藻を入る也」とあります。三日間は餌を控え、二日間よく食べさせ、そのうえで池に藻を入れる。藻は「池に藻のできたる如く」自然に生えたように入れる、とも書かれています。

  • 『金魚養玩草』コマ13によれば、その年に生まれた稚魚には体長六、七分から一、二寸のあいだ「棒振虫」=ぼうふら(蚊の幼虫)を与え、それより大きくなると別の餌に替え、三、四寸からはミミズを与えました。

    ほかに茹でて冷やした素麺、麦ばかりの飯、生魚を細く作って湯を通したもの、鶏の卵の黄身が挙げられています。黄身の条には、食べ残しが水中に残るようならすぐ水を換えよ、という但し書きがあります。

この記事で開いた原本

どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。

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