魚へんに尊の読み方はマス|鱒の漢字の由来、何が「尊い」魚なのか
この字、読めますか?
鱒
- 訓
- ます
- 音
- ソン・テン
- 画数
- 23画
この記事の目次
マスの漢字「鱒」は、魚へんに尊い・尊敬の「尊」と書きます。魚の名前にしてはずいぶん立派な字ですが、その由来を、明の李時珍(りじちん)がまとめた『本草綱目(ほんぞうこうもく)』は「鱒好獨行、尊而必者」、好んでひとりで泳ぐ尊い魚だから、と説明していました。江戸の学者はこの説をそのまま受け取り、中国の鱒を日本のマスに当てています。ところが、その「赤い目の魚」の名は、今の中国ではコイの仲間に残っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本重要水産動物図』第5図・大日本水産会編・明治30年・NDL PID:1086756 コマ4・著作権保護期間満了)
「鱒」の基本データ
- 読み
- ます(訓)/ソン・テン(音)
- 画数
- 23画(魚へん11画+右側12画)
- 形
- 魚へんに「尊」
- 由来
- 『本草綱目』は孫炎の説として「鱒好獨行、尊而必者、故字從尊從必」。ひとりで泳ぐ尊い魚だから
- 中国では
- 『本草綱目』の鱒は「赤目魚」。FishBase で中国名「赤眼鳟」はコイ目の淡水魚
- 難易度
- 初級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9C52)による
『本草綱目』の釈名にある孫炎の説
江戸の学者がまず開いたのは、この『本草綱目』を承応2年(1653年)に日本で彫り直した和刻本で、巻四十四の読み取りテキストを「鱒」で引くと、コマ60に見出しが立っています。見出しの振り仮名は「マス」。名前の由来を説く「釈名」の欄に、字の話が出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ60・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ60・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
鱒魚(マス) 綱目釋名 鮅魚(必) 赤眼魚 時珍曰、說文云、鱒鮅、赤目魚也。孫炎云、鱒好獨行、尊而必者、故字從尊從必。
現代語訳
鱒魚(マス)。【名前】鮅魚・赤眼魚ともいう。李時珍いわく、『説文解字』に「鱒・鮅は、目の赤い魚である」とある。孫炎は「鱒は好んでひとりで泳ぐ。尊く、かつ必(かならず)するものである。だから字は尊と必に従う」という。
李時珍はまず『説文解字』を引いて「鱒鮅、赤目魚也」、鱒・鮅(ひつ)は目の赤い魚であるとし、別名にも「赤眼魚」を挙げています。そのうえで「孫炎云、鱒好獨行、尊而必者」、孫炎(そんえん)という学者の言うところでは、鱒は好んでひとりで泳ぎ、尊く、かつ必(かならず)するものであり、「故字從尊從必」、だから字は「尊」に従い「必」に従う、と結んでいます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四 鱗部・李時珍撰・承応2年刊・NDL PID:2556596 コマ60・著作権保護期間満了)
原本でこの一文を目で追うと、途中で行が切れたように見えます。「釋名」の欄は、別名の「鮅魚」「赤眼魚」を大きな字で書き、その下の説明を小さな字で二列に割って詰めているので、右の列が「時珍曰、說文云、鱒鮅、赤目魚」、左の列が「也。孫炎云、鱒好獨行、尊而必」となります。行の下まで来ると説明は次の行の頭へ移り、そこもやはり二列で、右が「者故字從」、左が「尊從必」。一列ずつ縦に読むと「者故字從」で止まってしまいますが、右、左と続けて読めば「者、故字從尊從必」とつながり、大写しの左の切れ端に小さな列が二本並んでいるのはそのためです。
群れずにひとりで泳ぐ姿を「尊い」と見て、魚へんに尊で鱒。もう一つの名前「鮅」は魚へんに「必」で、孫炎は二つの字の右側を一つの説明にまとめていたことになります。
寺島良安も同じ文を引いた
寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』は、巻四十八「河湖有鱗魚」、川と湖のうろこのある魚の巻のコマ9に鱒の項を立てています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十八・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ9・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十八・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ9・著作権保護期間満了)
見出しは「鱒」、読みは「ます」、字の音は「存」で、本文は『本草綱目』の引用です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十八・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ9・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
本綱、鱒似鯶而小、鱗亦細於鯶。赤脉貫瞳。身圓長。青質赤章。好食螺蚌。善于遁網。性好獨行、尊而必者。故字從尊從必。△按、鱒、景行天皇時、從肥後宇土郡長濵貢之……
現代語訳
『本草綱目』にいう。鱒は鯶に似て小さく、鱗も鯶より細かい。赤い筋が瞳を貫いている。体は丸く長い。青い地に赤い模様。巻貝や二枚貝を好んで食べる。網から逃げるのがうまい。性質はひとりで泳ぐのを好み、尊く、かつ必するものである。だから字は尊と必に従う。(良安の考え)鱒は、景行天皇の時代に、肥後の宇土郡長浜から献上された……
『本草綱目』の鱒は「似鯶而小」、鯶(こん)という魚に似て小さく、「赤脉貫瞳」、赤い筋が瞳を貫き、体は丸く長く、「青質赤章」、青い地に赤い模様がある。巻貝や二枚貝を好んで食べ、網から逃げるのがうまい。そうした姿の説明に続けて、良安は「性好獨行、尊而必者。故字從尊從必」と、字の由来も孫炎の説のとおりに書きとめました。自分の考えを書く「△按」の欄で取り上げているのは字の話ではなく、鱒が景行天皇の時代に肥後の宇土郡長浜から献上された、という言い伝えのほうです。
益軒は「本邦ニ所称マスニ能合ヘリ」と見た
『本草綱目』の鱒が日本のマスと同じ魚かどうかについては、貝原益軒の『大和本草(やまとほんぞう)』(宝永6年=1709年刊)が、魚の巻、巻十三のコマ14で判断を書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ14・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
鱒(マス) 本草所記鱒ノ形、本邦ニ所称マスニ能合ヘリ。又和名ヲ腹赤ト云。公事根元曰、景行天皇ノ御時、筑
現代語訳
鱒(マス)。『本草綱目』が記している鱒の形は、日本でマスと呼んでいる魚によく合う。また和名を「はらか(腹赤)」という。『公事根源』にいう、景行天皇の御代に、筑紫……
「本草所記鱒ノ形、本邦ニ所称マスニ能合ヘリ」、『本草綱目』に書かれた鱒の形は、日本でマスと呼んでいる魚によく合う、というのが益軒の結論でした。和名は「腹赤(はらか)」ともいうと書き添え、良安と同じく景行天皇の時代の話を『公事根源』から引いています。
明治30年(1897年)に大日本水産会が出した『日本重要水産動物図』も、マスの項を「ます 鱒ノ字ヲ用ユ。大サ一尺五寸ニ及ブ。本邦及ビ露領沿海洲ニ産ス」と始めていて、鱒の字を使い、大きさは一尺五寸に及び、日本とロシア領の沿海州に産するとしています。冒頭の絵は、この図鑑の第五図に描かれた206番の「ます」です。江戸の学者から明治の図鑑まで、鱒はずっとマスの字でした。
中国の「赤眼鳟」はコイの仲間
もとの中国の鱒の手がかりは、『本草綱目』が挙げた「赤目魚」「赤眼魚」、目が赤いという特徴です。魚類の国際データベースFishBaseで、中国名「赤眼鳟(赤眼鱒)」の魚を引くとSqualiobarbus curriculusが出てきて、コイ目の魚で、中国とベトナムの川にすむ淡水魚とされています。
益軒は「形がよく合う」と書きましたが、中国で今この字を名前に持つ「赤い目の鱒」は、サケやマスの仲間ではありませんでした。ひとりで泳ぐ尊い魚という説明ごと字を受け取った江戸の学者たちは、それを日本のマスに当て、字は日本でマスの名として定着し、もとの名は海の向こうでコイの仲間の名前として生きています。
鱒
- 読みは「ます」。魚へんに尊、23画
- 『本草綱目』は「鱒好獨行、尊而必者、故字從尊從必」
- ひとりで泳ぐのを好む尊い魚だから、魚へんに尊
- 今の中国で「赤眼鳟」は、コイの仲間の川の魚の名前
UOMEDIA|uomedia.jp
この記事でわかったこと
『本草綱目』は孫炎の説として「鱒好獨行、尊而必者、故字從尊從必」、鱒は好んでひとりで泳ぐ尊いものなので字が尊に従う、と書いています(承応2年刊本・NDL PID:2556596 コマ60)。
寺島良安『和漢三才図会』も同じ文を引いています(NDL PID:2596381 コマ9)。
貝原益軒『大和本草』は「本草所記鱒ノ形、本邦ニ所称マスニ能合ヘリ」、よく合うと書きました(NDL PID:2557359 コマ14)。
ただ『本草綱目』の鱒は「赤目魚」「赤眼魚」とされる魚で、FishBaseでは中国名「赤眼鳟」の魚はコイ目のSqualiobarbus curriculus(中国・ベトナムの淡水魚)です。
江戸の本では、鱒はマスの字として使われています。
『本草綱目』和刻本の上欄に朱で「俗称末須是也」とあり(NDL PID:2556596 コマ60)、『和漢三才図会』は見出し「鱒」に「ます」と振り仮名をつけ(NDL PID:2596381 コマ9)、明治30年の『日本重要水産動物図』も「ます 鱒ノ字ヲ用ユ」としています(NDL PID:1086762 コマ34)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 日本重要水産動物図.第5図
大日本水産会 編 明30.10
- 本草綱目卷1-17,19-52,瀕湖脈學1卷奇經八脈攷1卷脈訣攷證1卷.[30]
明李時珍撰 承應2
- 和漢三才図会 : 105巻首1巻尾1巻.[34]
寺島良安尚順 編 [江戸時代]
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[7]
貝原篤信 宝永6 [1709]
- 日本重要水産動物図.解説
大日本水産会 編 明30.10
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