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魚のことば

鰤起こしとは 北国の雪の前の雷、明治の泉鏡花は「鰤起」と書いた

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この記事の目次

泉鏡花の随筆「北國空」に、「俗に此雷を鰤起とも謂ふ」という一句があります。月令(月ごとの決まりごとを記した本)には冬になると雷は鳴りやむと書いてあるけれど、北国では雪が降りだす前に毎年かならず雷が鳴り、そのころがちょうど鰤漁の盛りなので、この雷を俗に鰤起とも呼ぶ、という文の締めくくりです。いま「鰤起こし」「鰤起し」と書く冬の言葉は、明治から昭和の本では、多くが北陸で冬、雪の降る前に鳴る雷の呼び名として説明しています。読みは「ぶりおこし」で、大正2年(1913年)の文例集がこの字に振り仮名を付けていました。

『梅園魚品図正』のブリの彩色図。見開きいっぱいに青緑の背と銀白の腹の大きな魚、右下に見出し「鰤」
毛利梅園が天保3年(壬辰)閏11月に写生したブリ。右下の見出しに「鰤(ブリ)」、その左に字についての書き入れがある。左上の小魚はメダカ。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ10・著作権保護期間満了)

泉鏡花「北國空」の「鰤起」

国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで全文を引くと、今の書き方の「鰤起こし」は0件、送り仮名を一字減らした「鰤起し」でも3冊しか出てきません(2026年10月21日に検索)。かな書きの「ぶりおこし」は20冊ありましたが、ほとんどが「ゆすぶりおこし」「かぶりおこし」のような別の言葉の一部で、片仮名の「ブリオコシ」は0件でした。送り仮名を落とした「鰤起」まで縮めて引き直すと17冊になり、その中に、明治42年(1909年)に文泉堂から出た鏡花の『春宵読本』がありました。機械の読み取りが「鰤起とも」で切っていたので、「鰤起し」では引っかからなかったのです。

『春宵読本』コマ40の見開き。右ページの中ほどに大きく「北國空」の題、その左から本文が始まる
右ページの中ほどに題「北國空」があり、その左の4列目までに「月令に。」から「俗に此雷を鰤起とも謂ふ。」までが続く。左ページは雪の降り積もる話の続き。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(泉鏡花『春宵読本』・文泉堂・明治42年・NDL PID:889094 コマ40・著作権保護期間満了)

開くと、前の文章が「纔に城の俤を記すのみ」で終わった次の行に題があって、本文はわずか3列目で鰤起の一句に届きます。

『春宵読本』コマ40の「月令に。冬日は雷、聲を收むとあれども」から「俗に此雷を鰤起とも謂ふ。」までの4列と翻刻
「月令に。冬日は雷、聲を收むとあれども、北國にては雪雷と稱へて、白きものゝ降らむとするに方りては、例年必ず雷鳴のあらざることなし。又此頃を期として、鰤獵の盛なれば、俗に此雷を鰤起とも謂ふ。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(泉鏡花「北國空」『春宵読本』・文泉堂・明治42年・NDL PID:889094 コマ40・著作権保護期間満了)
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月令に。冬日は雷、聲を收むとあれども、北國にては雪雷と稱へて、白きものゝ降らむとするに方りては、例年必ず雷鳴のあらざることなし。又此頃を期として、鰤獵の盛なれば、俗に此雷を鰤起とも謂ふ。師走中旬、

現代語訳

暦の本には冬は雷が鳴りやむとあるが、北国では「雪雷」といって、雪が降りだすころには毎年かならず雷が鳴る。このころは鰤漁の盛りなので、この雷を俗に「鰤起(ぶりおこし)」ともいう。

「月令に。冬日は雷、聲を收むとあれども、北國にては雪雷と稱へて、白きものゝ降らむとするに方りては、例年必ず雷鳴のあらざることなし」。月令は月ごとの決まりごとを並べた本のことで、そこには冬は雷が声をおさめるとあるのに、北国では「雪雷(ゆきかみなり)」といって、白いもの、つまり雪が降ろうとするときには毎年かならず雷が鳴る、というのです。鏡花はそこから「又此頃を期として、鰤獵の盛なれば、俗に此雷を鰤起とも謂ふ」と続けていて、鰤起は雪雷の別の呼び名、それも土地の人の言い方として出てきます。このあと文章は師走なかばの夜の雷に移り、母親が添い寝の子に、もうお正月の音がする、と言ってなだめる場面になります。

大正の文例集は「ぶりおこし」と振った

同じ一節は、大正2年(1913年)に至誠堂書店から出た大町桂月の『文章大辞林』にも載っていました。文章の手本を題ごとに集めた本で、「四季の部」の【冬】の「雪」のところに、徳冨蘆花の『自然と人生』に続く「作例二」として、「月令に、冬日は雷、聲を收むとあれども」から始まる文が組まれています。出典は3コマ先に「―北國空―泉鏡花」と示されていて、鏡花の文をそっくり引いたものだと分かります。

『文章大辞林』コマ180の見開き。左ページ後半に「作例二」として「北國空」の一節が組まれ、下に「四季の部【冬】—雪—」の柱
左ページ、徳冨蘆花『自然と人生』の作例一の左に「作例二」として「月令に、冬日は雷、聲を收むとあれども」から始まる文が続く。出典の「―北國空―泉鏡花」はコマ183にある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(大町桂月『文章大辞林』・至誠堂書店・大正2年・NDL PID:951697 コマ180・著作権保護期間満了)

この本の活字は、鏡花の本より振り仮名がはっきり刷れていて、「鰤起」の右に「ぶりおこし」と読めます。鏡花の本の振り仮名も同じ位置に5字ありますが、刷りが欠けて三字目が「た」のようにも見えるので、読みはこちらで確かめました。

『春宵読本』と『文章大辞林』の「俗に此雷を鰤起とも謂ふ」を大きく切り出して並べたもの
右が『春宵読本』コマ40の「俗に此雷を鰤起とも謂」、左が『文章大辞林』コマ180の「俗に此雷を鰤起とも謂ふ。」。左の「鰤起」の右に振り仮名「ぶりおこし」。二冊から切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:889094 コマ40/NDL PID:951697 コマ180・著作権保護期間満了)

昭和13年の教科書解説の注「この地方では」

鏡花のこの文がいつ書かれたのかは、昭和13年(1938年)に岩波書店編輯部が出した『国語 学習指導の研究』巻四に書いてありました。教科書『国語』の課ごとに本文の出どころや言葉の注をまとめた本で、第十六課が「北國空」、作者は泉鏡花です。解題では、この文を「明治三十八年十月の作」とし、鏡花の随筆集『春宵読本』にも収められていると説明しています。明治38年は1905年なので、鰤起の一句は、本になる4年前にはもう書かれていたことになります。

言葉の注は、題の「北國」から始まります。北国には北の方の国という意味と、「北陸道の諸國」という意味があり、若狭・越前・加賀・能登・越中・越後・佐渡の「七國」を挙げて、「こゝは(二)」、つまりこの文では北陸のことだと断っています。そのうえで雪雷に付けた注が、鰤起しの意味をいちばん短く言い当てていました。

『国語 学習指導の研究』巻四コマ40の【雪雷】の注4列と翻刻
「【雪雷】ユキガミナリ 十二月・一月の候、雪の將に降らんとするに當つて鳴る雷。時恰も鰤獵の盛になる期に當るので、この地方では「鰤起し」ともいふ。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(岩波書店編輯部 編『国語 学習指導の研究』巻四 第2冊「一六 北國空」・岩波書店・昭和13年・NDL PID:1456957 コマ40・著作権保護期間満了)
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【雪雷】ユキガミナリ十二月・一月の候、雪の將に降らんとするに當つて鳴る雷。時恰も鰤獵の盛になる期に當るので、この地方では「鰤起し」ともいふ。

現代語訳

教科書に載った「北國空」の言葉の注。雪雷は十二月・一月、雪が降りだそうとするときに鳴る雷で、ちょうど鰤漁の盛りにあたるので、この地方では「鰤起し」ともいう。

「十二月・一月の候、雪の將に降らんとするに當つて鳴る雷」。鏡花の文は「師走中旬」の雷を描いていましたが、注はそれを十二月から一月にかけてと幅を持たせ、「時恰も鰤獵の盛になる期に當るので」、この地方では「鰤起し」ともいう、と名前の理由を鰤漁の時季に結びつけています。鰤が雷で目をさますとか、雷が鰤を連れてくるとかいった言い伝えは、この注にも鏡花の文にも書かれていません。書かれているのは、雪の前の雷と鰤漁の盛りが同じ時季に来る、ということだけです。

『日本山海名産図会』の鰤漁の図「其二」。浜に引き寄せた網から大きな魚を次々に投げ上げ、右奥の台では魚を箱に入れている
「鰤追網」の図(コマ12)に続く「其二」。左ページでは大勢が網を引き、水際で跳ねる魚をつかむ。右ページでは魚を空中へ投げ上げ、奥の台の上で箱に入れている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本山海名産図会』5巻のうち[3]・法橋関月 画・柳原喜兵衛・NDL PID:2575828 コマ13・著作権保護期間満了)

明治の歳時記にあった「雪起し」と「鱸落し」

季語の本ではどう扱われていたのかを見るため、明治44年(1911年)に俳書堂から出た中谷無涯編『新脩歳時記』の冬の部を開きました。巻頭の索引は五十音順で、「ブリ(鰤)」のすぐ次が「フルキフスマ(古衾)」になっていて、「ブリオコシ」の見出しはありません。全文の機械読み取りを「鰤起」で引いても、この巻からは出てきませんでした。

『新脩歳時記』冬の部コマ23の索引の見開き。左ページ下段に「ブリ(鰤)」「フルキフスマ(古衾)」と並ぶ
冬の部の索引。左ページ下段の中ほどに「ブリ(鰤)」があり、その次は「フルキフスマ(古衾)」で、ブリオコシの見出しは無い。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(中谷無涯 編『新脩歳時記』冬の部・俳書堂・明治44年・NDL PID:875147 コマ23・著作権保護期間満了)

そのかわり、雪の項には「雪起し」がありました。

『新脩歳時記』冬の部コマ318の「雪起し」の項と例句の翻刻
「雪起し 雪のふる前に鳴る雷。〔年浪草〕北地にて雪おこらんとする時、必ず雷これに應ずることあり。これを雪おこしといふとぞ」。例句は丈草の「納豆するとぎれやみねの雪おこし」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(中谷無涯 編『新脩歳時記』冬の部・俳書堂・明治44年・NDL PID:875147 コマ318・著作権保護期間満了)
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雪起し 雪のふる前に鳴る雷。〔年浪草〕北地にて雪おこらんとする時、必ず雷これに應ずることあり。これを雪おこしといふとぞ」納豆するとぎれやみねの雪おこし

現代語訳

雪起しは、雪の降る前に鳴る雷。『年浪草』を引いて、北の土地では雪が降りだそうとするときにかならず雷が鳴り、これを雪おこしという、とする。例句は丈草の「納豆するとぎれやみねの雪おこし」。

「雪のふる前に鳴る雷」という説明に、『年浪草』という本から「北地にて雪おこらんとする時、必ず雷これに應ずることあり。これを雪おこしといふとぞ」を引き、丈草の句「納豆するとぎれやみねの雪おこし」を添えています。北の土地で雪の前にかならず雷が鳴るという中身は、鏡花が「例年必ず雷鳴のあらざることなし」と書いたのとそっくりで、この歳時記に載っていたのは、鰤の名ではなく雪の名のついたほうでした。

魚の名がつく雷の季語が無かったわけではありません。同じ冬の部の「ス」の頁には、「スズキオトシ」の見出しがあります。

『新脩歳時記』冬の部コマ165の「スズキオトシ(天文)鱸落し」の項と翻刻
「スズキオトシ(天文)鱸落し 出雲にて十一月にある雷をいふ。此時鱸最も多きを以てなり。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(中谷無涯 編『新脩歳時記』冬の部・俳書堂・明治44年・NDL PID:875147 コマ165・著作権保護期間満了)
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スズキオトシ(天文)鱸落し出雲にて十一月にある雷をいふ。此時鱸最も多きを以てなり。

現代語訳

鱸落し(天文の季語)。出雲で十一月に鳴る雷をいう。このころ鱸がいちばん多くとれるからである。

「出雲にて十一月にある雷をいふ。此時鱸最も多きを以てなり」。出雲で十一月に鳴る雷で、そのころ鱸がいちばん多く獲れるから鱸落しと呼ぶ、という説明です。季節の雷を、ちょうどそのころ獲れる魚の名で呼ぶという作りは、鰤起しとまったく同じで、天文の部に分けられているところも、雷を空の季語として扱っていたことを示しています。

『新脩歳時記』の見出し「鱸落し」と「雪起し」を大きく切り出して並べたもの
右がコマ165の「鱸落し」、左がコマ318の「雪起し」。同じ冬の部の二か所から切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(中谷無涯 編『新脩歳時記』冬の部・NDL PID:875147 コマ165/コマ318・著作権保護期間満了)

佐藤惣之助は「季節風」と書いた

鱸落しと鰤起しを一息に並べた文もあります。佐藤惣之助が昭和11年(1936年)に竹村書房から出した『釣魚随筆』で、ある魚は浜へ来るとき唸りを発するという話に続けて、秋田のハタハタを持ち出しています。ひらがなの「し」まで送った「鰤起し」の形では、見つかった中でこれがいちばん早い例でした。

『釣魚随筆』コマ117の「秋田のハタ〳〵といふ魚も」から「季節風がある。」までの2列と翻刻
「秋田のハタ〳〵といふ魚も雷魚と書いて雷鳴に乘つてくるといひ、鱸落し鰤起しなぞといふ季節風がある。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(佐藤惣之助『釣魚随筆』・竹村書房・昭和11年・NDL PID:1230980 コマ117・著作権保護期間満了)
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秋田のハタ〳〵といふ魚も雷魚と書いて雷鳴に乘つてくるといひ、鱸落し鰤起しなぞといふ季節風がある。

現代語訳

秋田のハタハタという魚も「雷魚」と書いて、雷鳴に乗ってやって来るという。鱸落し、鰤起しといった季節風もある。

ハタハタは「雷魚」と書いて雷鳴に乗ってやって来ると言われ、「鱸落し鰤起しなぞといふ季節風がある」。歳時記も鏡花も雷と書いていたものを、惣之助は季節風と呼んでいて、すぐあとに「然しそれは漁夫の言葉で」と続け、人肉で鱶を釣るといった迷信や口碑と並べて「信じられない」と片づけています。どこまでを信じないと言っているのかは読み分けにくいのですが、同じ言葉を鏡花や歳時記は雷と書き、惣之助は季節風と書いた、という食い違いは残ります。

雷より先に見つかった「鰤起シ網」

「鰤起」で引いた17冊のうち6冊は、鏡花でも歳時記でもなく、石川県の法令集や統計書で、どれも漁業に税をかけるための「漁業採藻税則」の同じ箇所でした。年がいちばん古いのは明治18年度の税則ですが、刷りがはっきりしているのは、明治26年(1893年)2月14日付の石川県令第九号で改めたものを収めた『石川県令達全書』です。

『石川県令達全書』明治26年コマ19の見開き。左ページに「石川縣令第九號」と「漁業採藻稅則」の第一條が並ぶ
左ページ、「明治二十六年二月十四日 石川縣知事 鈴木大亮」の名のあとに「漁業採藻稅則」の本文が始まる。第一條に臺網・地曳網・鯨漁・江豚漁などの種類が並ぶ。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『石川県令達全書』明治26年・NDL PID:788197 コマ19・著作権保護期間満了)

第一條は税をかける漁の種類を並べたもので、その最初が「臺網(だいあみ)」です。

『石川県令達全書』コマ19の漁業採藻税則第一條と「臺網」の説明の翻刻
「第一條 漁業稅採藻稅ヲ賦課スル種類ヲ定ムル左ノ如シ/臺網 俗ニ苧藁網、鰤起シ網等トモ唱ヘ總テ網ニ臺ヲ付ケ捕魚スルモノヲ云フ」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(石川県令第九号 漁業採藻税則・『石川県令達全書』明治26年・NDL PID:788197 コマ19・著作権保護期間満了)
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翻刻

第一條 漁業稅採藻稅ヲ賦課スル種類ヲ定ムル左ノ如シ臺網 俗ニ苧藁網、鰤起シ網等トモ唱ヘ總テ網ニ臺ヲ付ケ捕魚スルモノヲ云フ

現代語訳

漁業税・採藻税をかける漁の種類の第一は「臺網(だいあみ)」。俗に苧藁網・鰤起シ網などとも呼び、網に臺を付けて魚をとるものをいう。

「俗ニ苧藁網、鰤起シ網等トモ唱ヘ」、「總テ網ニ臺ヲ付ケ捕魚スルモノヲ云フ」。台を付けた網で魚をとるものを台網といい、世間では苧藁網とも、鰤起シ網とも呼ぶ、というのです。同じ並びは、明治18年度の税則を載せた『石川県類聚公報』第4号(PID:788195 コマ119)にも見えますが、こちらは刷りがつぶれて「鰤」の字が確かめにくいので、引用は明治26年の版で照合しました。鏡花の「北國空」より12年以上前から、石川県では鰤起シという言葉が網の名として役所の書類に載っていたことになります。

三冊の「鰤起」を大きく切り出して並べたもの。右から「鰤起シ網」「鰤起し」「「鰤起し」」
右が『石川県令達全書』明治26年コマ19の「鰤起シ網」、中が『釣魚随筆』昭和11年コマ117の「鰤起し」、左が『国語 学習指導の研究』昭和13年コマ40の「「鰤起し」」。三冊から切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(NDL PID:788197 コマ19/PID:1230980 コマ117/PID:1456957 コマ40・著作権保護期間満了)

『国語 学習指導の研究』の作者紹介は、鏡花が明治6年(1873年)11月に今の金沢市下新町で生まれたと書いていて、金沢のある加賀は、注が「北國」として挙げた七国に入っています。鏡花の生まれた加賀は、鰤起シ網の名を載せた石川県の税則が及ぶ土地でもあります。ただ、網の名と雷の名のどちらが先にあったのか、網がなぜ鰤起シと呼ばれたのかを書いた本は、今回の検索では見つかりませんでした。くずし字の本は機械の読み取りが弱く、江戸の例が無いとは言えないので、ここでは二つの言葉が同じ土地に並んでいた、というところで止めておきます。

鰤の字そのものの由来は鰤という漢字で、大きさで名前が変わる話はブリの出世魚の呼び名で読んでいます。魚の名がつくほかの言葉は魚のことばの一覧へ。

この記事でわかったこと

  • 北陸で冬、雪が降りだす前に鳴る雷の呼び名です。

    泉鏡花の随筆「北國空」(『春宵読本』明治42年・NDL PID:889094 コマ40)は、北国でいう「雪雷」について「鰤獵の盛なれば、俗に此雷を鰤起とも謂ふ」と書いています。昭和13年の『国語 学習指導の研究』巻四(NDL PID:1456957 コマ40)は、雪雷を「十二月・一月の候、雪の將に降らんとするに當つて鳴る雷」と注し、鰤漁の盛りにあたるので「この地方では」鰤起しともいう、としています。

  • 「ぶりおこし」です。

    大正2年の大町桂月『文章大辞林』が「北國空」の一節を引いたところで、「鰤起」に「ぶりおこし」と振り仮名を付けています(NDL PID:951697 コマ180)。

  • 冬の雷の呼び名として使われてきました。

    ただ、明治44年の中谷無涯編『新脩歳時記』冬の部では、索引に「ブリオコシ」の見出しは無く(NDL PID:875147 コマ23)、雪の前に鳴る雷は「雪起し」の名で載っています(同コマ318)。

  • 同じ『新脩歳時記』冬の部にある天文の季語で、「出雲にて十一月にある雷をいふ。

    此時鱸最も多きを以てなり」と説明されています(NDL PID:875147 コマ165)。季節の雷を、そのころ多く獲れる魚の名で呼ぶ点が鰤起しと同じです。

この記事で開いた原本

どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。

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