年取り魚とは 東は鮭・西はブリを江戸の本で確かめる
この記事の目次
大正8年(1919年)、北海道水産組合聯合会が東京と長野・群馬・栃木での水産物の売れ方を調べさせた報告書に、「年取肴」という語が二度出てきます。一度は北海道産の新巻について、もう一度は長野県の塩鰤についてで、年越しの膳にのせる魚を年取り魚(としとりざかな)と呼ぶ、その古い書き方がこれでした。年取り魚は西日本ではブリ、東日本ではサケが多かったと言われますが、この報告書の中ではサケとブリが数ページを隔てて並んでいます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・NDL PID:1287112 コマ10・著作権保護期間満了)
国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで「年取り魚」と引いても1冊も出てこず、字を「年取肴」に変えてようやく6冊が並びました。いちばん古いのがこの大正8年の報告書で、江戸時代の本はこの言葉では1冊も見つかっていません。題は『東京長野群馬栃木水産物販路調査報告書』といい、北海道の水産物が本州でどう売れているかを、魚の種類ごとに、どこでどれだけ売れ、どう食べられているかまで書き分けています。書き出しのコマ3には、東京市ほか三県での食用水産物の販路調査を託されたという一文と、大正八年二月二十八日の日付、北海道水産組合聯合會長あての宛名が見えます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『東京長野群馬栃木水産物販路調査報告書』・北海道水産組合聯合会編・大正8年・NDL PID:959580 コマ3・著作権保護期間満了)
新巻も塩鰤も「年取肴」と書いた大正8年の報告書
サケが出てくるのは、コマ35の需要者の種類を書いた欄です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『東京長野群馬栃木水産物販路調査報告書』・NDL PID:959580 コマ35・著作権保護期間満了)
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翻刻
需要者ノ種類 本品ハ古來ノ風習ニヨリ歳暮贈答品トシテ使用セラレ上中下各階級ニ嗜好セラル殊ニ本道産新巻ハ風味佳良ナルヲ以テ都會人士ノ年取肴トシテ歡迎セラル
現代語訳
買い手の種類。この品は古くからの風習で歳暮の贈答品として使われ、上・中・下どの階級にも好まれる。とくに北海道産の新巻は風味がよいので、都会の人びとの年取肴として歓迎される。
新巻はまず「本品ハ古來ノ風習ニヨリ歳暮贈答品トシテ使用セラレ」と、古くからの歳暮の贈りものとして紹介され、そのうえで北海道産のものは風味がよいので「殊ニ本道産新巻ハ……都會人士ノ年取肴トシテ歡迎セラル」と続きます。都会の人びとの年越しに、北海道の新巻が売れていたことになります。
塩鰤(しおぶり)のほうは、コマ38に小さく「鹽鰤」の見出しが立ち、その続きのコマ39の「需用者種類」の欄にこう書かれています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『東京長野群馬栃木水産物販路調査報告書』「鹽鰤」の項・NDL PID:959580 コマ39・著作権保護期間満了)
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翻刻
需用者種類 長野縣ニ於テハ年取肴トシテ各戸之レヲ食スルノ風アリ
現代語訳
買い手の種類。長野県では、年取肴として家ごとにこれ(塩鰤)を食べる風習がある。
「長野縣ニ於テハ年取肴トシテ各戸之レヲ食スルノ風アリ」。長野県では家ごとに塩鰤を年取肴として食べる風習がある、というのです。新巻は都会の人びとの、塩鰤は長野の家々の年取肴で、東のサケと西のブリと言われるものが、一冊の報告書の中で出会っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『東京長野群馬栃木水産物販路調査報告書』・NDL PID:959580 コマ35・39・著作権保護期間満了)
ただ、「年取肴」という言葉では江戸の本にたどり着けなかったので、ここから先は魚の名前のほうから引き直しました。
出世の魚だから歳末に贈る、と書いた『和漢三才図会』
ブリについては、明治の資料集『古事類苑』が手がかりになりました。江戸の本が魚ごとに何を書いたかを活字で抜き出してあるので、索引のない古い本を探すときの入口として使えます。その鰤のところ(NDL PID:1874269 コマ726)に「歳末」の字があり、引かれていたのが寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』でした。原本は巻四十九「江海有鱗魚」の、コマ35です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ35・著作権保護期間満了)
右ページの最後の列が「鰤腌」で始まります。塩漬けの鰤、つまり塩鰤のことで、文はそこから左ページへ続いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・NDL PID:2596381 コマ35・著作権保護期間満了)
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翻刻
鰤腌 冬春食之、脂多味厚。過春月則味變、不堪食。丹後爲上。越中及防州瀬戸崎、雲州艫島亦佳也。此魚自少至老、時改名。初在江海、徐出大洋、而復自東北海連行、終西海對州焉。以爲出世昇進之物、稱之大魚。貴賤相饋、爲歳末之嘉祝。
現代語訳
塩鰤は冬から春に食べる。脂が多く味が濃い。春を過ぎると味が変わって食べられない。丹後のものを上等とする。越中、周防の瀬戸崎、出雲の艫島のものもよい。この魚は小さいときから老いるまで、そのつど名を改める。はじめは入り江にいて、ゆっくり大海に出て、東北の海から連なって進み、西の海の対馬で終わる。そこで出世昇進のものとし、これを「大魚」と呼ぶ。身分の高い人も低い人も贈り合って、歳末のめでたい祝いとする。
「冬春食之 脂多味厚」とあるように冬から春に食べる脂の多い濃い味の魚で、産地は「丹後爲上 越中及防州瀬戸崎 雲州艫島亦佳也」、丹後を上として、越中や周防の瀬戸崎、出雲の艫島のものもよいとしています。そのあとに「此魚自少至老 時改名」、小さいころから老いるまでそのつど名前を変える魚なので「以爲出世昇進之物 稱之大魚」、出世昇進のものとされて大魚と呼ばれる、という理由が置かれ、その先がいよいよ年の暮れの話になります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・NDL PID:2596381 コマ35・著作権保護期間満了)
「貴賤相饋 爲歳末之嘉祝」。身分の高い人も低い人も贈り合って、歳末のめでたい祝いとする。名前を変えながら大きくなる出世の魚だから年の暮れに贈り合うのだと、塩鰤を歳末の祝いにする習わしが、理由つきで書かれていました。
季節のことばを集めた鳥飼洞斎(とりかい・どうさい)の『月令博物筌(がつりょうはくぶつせん)』も、十一月の部の「鰤」で同じことを書いています(NDL PID:2557820 コマ27)。「よつて出世魚と称して 塩したる鰤を歳暮……祝儀……用ゆ」、出世魚と呼んで、塩をした鰤を歳暮の祝儀に使うという書き方です。出世魚の呼び名の移り変わりは出世魚の一覧と順番の記事で読んでいます。
塩引の鮭が一本あれば正月はできる
サケのほうは検索窓に「塩引の鮭」と入れ、江戸時代の本だけに絞りました。出てきたなかに、二世為永春水(ためなが・しゅんすい)作の読み物『いろは文庫』がありました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻二・毛利梅園・NDL PID:1287113 コマ35・著作権保護期間満了)
開いたのはコマ91です。くずし字ですが、漢字のわきに振り仮名がついていて、左ページは薄く刷られた挿絵の上に文字が重ねてあり、目当ての言葉は左ページの右から二列目と三列目にありました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『いろは文庫』・為永春水(二世)作・NDL PID:2546526 コマ91・著作権保護期間満了)
年の瀬に手もとの金をどう割りふるかを話している場面で、旦那の小遣いにいくら、餅を搗かせるのにいくら、と数えたあとに、門松としめ飾りが出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『いろは文庫』・為永春水(二世)作・NDL PID:2546526 コマ91・著作権保護期間満了)
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翻刻
……扨門松(かどまつ)と注連餝(しめかざり)数の子が一袋(ひとふくろ)に塩引(しほびき)の鮭(さけ)の一本(いつぽん)もあつたら正月(せうぐわつ)は出来(でき)るであらう 是(これ)をざつと……
現代語訳
さて、門松としめ飾り、数の子が一袋に、塩引の鮭の一本もあったら、正月はできるだろう。これをざっと……
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『いろは文庫』・NDL PID:2546526 コマ91・著作権保護期間満了)
「塩引の鮭の一本もあつたら正月は出来るであらう」。門松としめ飾りに数の子がひと袋、それに塩引の鮭が一本あれば正月はできる、という勘定です。くずし字の本文に振られた仮名をたどると、塩引にはしほびき、一本にはいつぽんと読みがついていて、この振り仮名のおかげでくずし字でもどうにか追えます。正月を迎えるのに最低限いるものを数えあげたなかに、餅や門松と並んで、塩引の鮭が一本入っていました。数の子がなぜ正月のものなのかは数の子の意味と由来に、塩引の鮭そのものは塩引鮭を江戸の本で読むにまとめています。
江戸の本にあったのは「年取物」
「年取肴」は江戸の本に見つかりませんでしたが、よく似た言葉なら、さきほどの『月令博物筌』の十二月の部、コマ22にあります。横に長い小型の本で、「年木」「年の市」「餅搗」といった見出しが並ぶなかの一つです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『月令博物筌』第16冊・NDL PID:2557821 コマ22・著作権保護期間満了)
「年取物(としとりもの)」の説明は次のとおりです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『月令博物筌』第16冊・鳥飼洞斎・NDL PID:2557821 コマ22・著作権保護期間満了)
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翻刻
年取物(としとりもの) 正月に用ゆるかざり米年木其外来春用ゆる物を年内にとり貯るをいふ
現代語訳
年取物。正月に使う飾り、米、年木、そのほか来春に使う物を、年のうちに取りそろえて貯えておくことをいう。
「正月に用ゆるかざり米年木其外来春用ゆる物を 年内にとり貯るをいふ」。正月に使う飾りや米、年木(としぎ)など、来春に使う物を年のうちに取りそろえておくことで、魚にかぎらず正月の支度ぜんたいを指す言葉でした。となりの見出しの「年の市」も「正月の儀式に用ゆる物を賣る市をいふ」と説明されていて、『いろは文庫』で門松、しめ飾り、数の子、塩引の鮭を数えていたのは、まさに年取物の買い出しだったことになります。「年取肴」は、その年取物のうちの魚を指す言い方とみてよさそうです。
関東の鮭、関西の鰤
東がサケで西がブリという対比をひとことで書いた本も、検索で出てきます。報告書の翌年、大正9年(1920年)の『太平洋大観』のコマ97です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『太平洋大観』・中村弼著・大正9年・NDL PID:960717 コマ97・著作権保護期間満了)
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翻刻
關東の鮭、關西の鰤 鮭は朝鮮の元山から、我關東に渉る一直線……東では年越に鮭を用ゆるが、關西では一般に鰤を用ゆる。
現代語訳
関東の鮭、関西の鰤。……関東では年越しに鮭を使うが、関西ではふつう鰤を使う。
「關東では年越に鮭を用ゆるが、關西では一般に鰤を用ゆる」と書いたあと、この本は「處變れば品變る」と続けます。年越しの魚は、ところ変われば品変わるの例として持ち出されたもので、東のサケと西のブリは、説明のいらない当たり前のこととして書かれています。
塩鰤が年取肴だった長野のほうは、昭和11年から13年にかけて出た『下伊那の地誌』の遠山地方の巻に、正月行事の節の書き出しとして出てきます。コマ90です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『下伊那の地誌 遠山地方』・下伊那教育会編・昭和11〜13年・NDL PID:1255286 コマ90・著作権保護期間満了)
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翻刻
年とり肴は鰤を買得るを上上とし、鰯、秋刀魚等を普通とす。何れも酒の粕にて煮食す。
現代語訳
年取りの肴は、鰤を買えるのをいちばん上とし、イワシやサンマなどをふつうとする。どれも酒の粕で煮て食べる。
「年とり肴は鰤を買得るを上上とし、鰯、秋刀魚等を普通とす」。鰤を買えるのがいちばん上で、ふつうはイワシやサンマ、それを「何れも酒の粕にて煮食す」、どれも酒の粕で煮て食べるというのです。鰤もイワシもサンマもみな海の魚で、それを酒粕で煮るのが遠山の年越しでした。山あいの土地では鰤は誰もが買えるものではなく、買えれば「上上」でした。年取り魚のブリは、ごちそうの名前でもありました。
江戸の祝いから大正の「年取肴」へ
古い順に置き直すと、江戸の『和漢三才図会』が塩鰤を出世昇進の魚として「貴賤相饋 爲歳末之嘉祝」と書き、『月令博物筌』も鰤を「出世魚と称して」歳暮の祝儀に使うとしたうえで、正月の支度をまとめて「年取物」と呼んでいます。読み物の『いろは文庫』では、塩引の鮭一本が正月の最低限の支度に数えられていました。大正8年(1919年)の報告書で新巻と塩鰤がそろって「年取肴」と呼ばれ、翌年の『太平洋大観』は関東の鮭と関西の鰤を並べ、昭和の『下伊那の地誌』は「年とり肴は鰤を買得るを上上とし」と書いています。
検索で見つかるかぎり、「年取肴」という言葉そのものは大正8年の例がいちばん古いものでした。それでも、年の暮れに塩鰤を贈り合うことも、塩引の鮭を一本用意して正月を迎えることも、江戸の本にそのまま書いてあります。正月の料理ひとつひとつの意味はおせち料理の意味一覧の記事にまとめています。

この記事でわかったこと
年越しの膳にのせる魚のことです。
大正8年の『東京長野群馬栃木水産物販路調査報告書』は、北海道産の新巻を「都會人士ノ年取肴」、塩鰤を「長野縣ニ於テハ年取肴トシテ各戸之レヲ食スルノ風アリ」と書いています(NDL PID:959580 コマ35・39)。
東はサケ、西はブリと言われます。
大正9年の『太平洋大観』は「關東では年越に鮭を用ゆるが、關西では一般に鰤を用ゆる」と書いています(NDL PID:960717 コマ97)。
江戸の百科事典『和漢三才図会』は、ブリが育つにつれて名前を変えることから「以爲出世昇進之物」、出世昇進のものとされ、「貴賤相饋 爲歳末之嘉祝」、身分を問わず贈り合って歳末の祝いとする、と書いています(NDL PID:2596381 コマ35)。
江戸時代の読み物『いろは文庫』に、「門松と注連餝 数の子が一袋に塩引の鮭の一本もあつたら正月は出来るであらう」というせりふがあります(NDL PID:2546526 コマ91)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 東京長野群馬栃木水産物販路調査報告書
北海道水産組合聯合会 編 大正8
- 古事類苑.第49冊
神宮司庁 編 明治43
- 和漢三才図会 : 105巻首1巻尾1巻.[34]
寺島良安尚順 編 [江戸時代]
- 月令博物筌 16巻.[15]
鳥飼洞斎 刊年不明
- 梅園魚品図正.巻2
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- いろは文庫 18編54巻.[4]
為永春水二世 作・渓斎英泉・英一・五風亭貞虎・梅の本鶯斎・一宝斎芳房・一恵斎芳幾・孟斎芳虎 画
- 月令博物筌 16巻.[16]
鳥飼洞斎 刊年不明
- 太平洋大観
中村弼 著 大正9
- 下伊那の地誌.遠山地方
下伊那教育会 編 昭11至13
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