ブリの出世魚の順番 関東・関西の呼び名と加賀・越中の江戸の記録
この記事の目次
ブリの出世魚としての順番は、関東ではワカシ→イナダ→ワラサ→ブリ、関西ではツバス→ハマチ→メジロ→ブリとされ、辞書(デジタル大辞泉「出世魚」)にも千葉県水産課の「ぶり」のページにもこの並びで載っています。江戸時代に加賀の人が書いた料理の本には、そのどちらとも違うコヅクラとフクラギという名が、自分の国の呼び名として出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(〔いなだ・ふぐ・梅〕『広重魚尽』・広重・NDL PID:1306182 コマ1・著作権保護期間満了)
地域 | 呼び名の順番(小さい順) | 出典 |
|---|---|---|
関東 | ワカシ → イナダ → ワラサ → ブリ | 千葉県水産課、デジタル大辞泉 |
関西 | ツバス → ハマチ → メジロ → ブリ | 千葉県水産課、デジタル大辞泉 |
大きさの目安は、神奈川県水産技術センターの「おさかな図鑑(ブリ)」がワカシを35cm以下、イナダを35〜60cm、ワラサを60〜80cm、ブリを80cm以上としています。スズキやボラまで含めた順番は出世魚の一覧にまとめました。
加賀の本に行きあたったのは、国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで「フクラギ」と引いたときでした。古典籍で9件と少ないヒットのなかに『料理無言抄(りょうりむごんしょう)』という写本があり、鰤の項を開くと、大きさごとの呼び名が「江戸では」「西国では」「御国では」と土地の名と組みになって並んでいました。
加賀の料理書が書きとめたコヅクラとフクラギ
『料理無言抄』は魚や貝を一つずつ取りあげ、異名や料理での使い方を書いていった本で、国立国会図書館の書誌では著者は舟木包早、写本です。巻末には後の持ち主の手で「加賀人船木伝内著」と書き入れてあり、本文にも「明和三年夏加州」(コマ147)で始まる記事があるので、明和3年(1766年)より後に、加賀の人の手でまとめられたことになります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『料理無言抄』・舟木包早・写本・NDL PID:2557694 コマ40・著作権保護期間満了)
鰤の項の後半は、小さいほうから「五六寸ヲ津波須ト云」と始まります。そのあとに「御國ニテハコヅクラト云」、西国ではワカナゴといい、一尺ほどになると「西國ニテ眼白ト云」「東武ニテハイナダト云」「御國ニテフクラギト云」と、同じ大きさの魚に三つの土地の名を当てていきます。東武は江戸のことで、二尺ほどになったものは「二尺位ニ至テ魬ト云」、江戸ではこれをワラサ、御国ではシホノコともいい、最後が「三尺ニ至テ鰤ト云」です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『料理無言抄』・NDL PID:2557694 コマ40・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
五六寸ヲ津波須ト云 俗ツバ魚ト云 御國ニテハコヅクラト云 西國ニテワカナゴト云 一尺位ニ至テ西國ニテ眼白ト云 東武ニテハイナダト云 御國ニテフクラギト云 二尺位ニ至テ魬ト云 亦シホ……云 江戸ニテ是ヲワラサト云 御國ニテハシホノコ……云 三尺ニ至テ鰤ト云 猶次ニ記可見合
現代語訳
五、六寸のものをツバスという。俗にツバ魚ともいう。御国(加賀)ではコヅクラ、西国ではワカナゴ。一尺ほどになると西国で眼白(メジロ)、東武(江戸)でイナダ、御国でフクラギ。二尺ほどで魬(ハマチ)。江戸ではこれをワラサ、御国ではシホノコともいう。三尺になって鰤という。
書き手が加賀の人なので、御国は加賀のことです。加賀の呼び名だけを拾うとコヅクラ→フクラギ→シホノコ→鰤になり、鰤のほかは、いまの関東の順番とも関西の順番とも重なりません。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『料理無言抄』・NDL PID:2557694 コマ40・著作権保護期間満了)
この並べ方は、いまの関西の順番とは一か所食い違います。関西ではハマチのあとにメジロが来ますが、この本では一尺で西国の眼白、二尺で魬(ハマチ)と、メジロのほうが先です。文化5年(1808年)の『月令博物筌』もメシロを一尺、ハマチを二尺としていて、この食い違いは出世魚の一覧の記事でも見つかっていました。江戸についてはイナダ、ワラサと、いまの関東と同じ名前がこの順に出てきます。
本を読み進めると、見出しの名前だけを一行ずつ並べたページがあり、そこにもブリの呼び名がまとまって出てきました。「ワラサ」に「鰤之所ニ記」、つまり鰤の項に書いた、と添えたあと、シホノコ、イナタ、コヅクラ、フクラギ、ワカナゴと続き、最後に「ツバイソ」があって、どれも「同断」です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『料理無言抄』・NDL PID:2557694 コマ67・著作権保護期間満了)
ツバイソは鰤の項の本文には出てこないのに、ここでは鰤の呼び名の一つとして数えられていて、加賀の書き手のまわりではこの名も使われていたことがうかがえます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『料理無言抄』・NDL PID:2557694 コマ67・著作権保護期間満了)
名前が変わるのを「出世昇進」と書いた一節
呼び名の列の前には、名前が変わることの意味づけが書いてあります。この魚は小さいときから老いるまで時に応じて名を改め、入り江から沖へ出て、北の海から西の対馬、さらに中国の海へと泳いでいくので、「出世昇進之者トシテ大魚ト稱ス」、身分を問わず歳末の祝いにする、というのです。ここまではブリの呼び名を江戸の本でたどった記事で読んだ『和漢三才図会』の鰤の項とほとんど同じ文で、書き手はこの百科事典を手元に置いていたのかもしれません。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『料理無言抄』・NDL PID:2557694 コマ40・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
此魚自少至老ニ時名ヲ改ル 初ハ江海ニ在テ次第ニ沖ニ出 亦北海ヨリ連行シテ西海對馬ヨリ中華之海ニ入 出世昇進之者トシテ大魚ト稱ス 依テ貴賤歳末之嘉祝トス 老魚師魚之名可レ知ト云々 商家テハ歩ト利ヲ以家業トス依テ此名ヲ佳儀トス
現代語訳
この魚は小さいときから老いるまで、時に応じて名を改める。……出世昇進するものとして大魚と称し、身分を問わず歳末の祝いにする。商家では歩(ぶ)と利(り)を家業とするので、この名をめでたいとする。
この本にしか無いのは、そのあとの「商家テハ歩ト利ヲ以家業トス依テ此名ヲ佳儀トス」という一文です。商人は歩(ぶ)と利(り)、つまり儲けの割合と利益で暮らしを立てているので、ブリという名前は縁起がいい、という語呂合わせで、出世の話とは別に、商家がブリを喜ぶ理由をもう一つ書き足しています。鰤という字そのものの由来は鰤の漢字の記事で扱いました。
天保の『魚鑑』は月と年で順番をつけた
大きさで呼び分けた加賀の本に対して、天保2年(1831年)に出た武井周作の『魚鑑(うおかがみ)』は、季節と年数で順番をつけています。ブリの項は中国の字書の話から始まり、異名を挙げるなかに「京都にはまち」とあって、京都ではこの魚をはまちと呼ぶ、と書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『魚鑑』巻の下・武井周作・天保2年・NDL PID:2557483 コマ15・著作権保護期間満了)
呼び名の順番は「五六月をわかなご」「八月より十二月までをいなだ」と月で区切って始まり、年を越したものをはなじろ、「二歳の秋より冬までをわらさ」、そしてページをめくった次のコマで「四五歳のものをぶりといふ」と結びます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『魚鑑』巻の下・武井周作・天保2年・NDL PID:2557483 コマ15・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
五六月をわかなご 八月より十二月までをいなだ 年を越すものをはなじろ 二歳の秋より冬までをわらさ
現代語訳
五、六月のものをわかなご、八月から十二月までをいなだ、年を越したものをはなじろ、二歳の秋から冬までをわらさという(次のページに「四五歳のものをぶりといふ」と続く)。
わかなご→いなだ→はなじろ→わらさ→ぶりの5段で、いなだ・わらさ・ぶりの並びはいまの関東と同じです。違うのは最初がワカシではなくわかなごであること、それに、いまの順番には入っていない「はなじろ」が、いなだとわらさのあいだに一段はさまっていることです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『魚鑑』巻の下・NDL PID:2557483 コマ15・16・著作権保護期間満了)
越中のフクラギ
越中の呼び名は、江戸の魚の写生帖にも書き込まれています。奥倉辰行の『水族四帖』は魚を彩色で描き、まわりに本草書からの抜き書きを細かく書き添えた写本で、冬の帖には『三才圖會』を引いた鰤の書き入れのある見開きがあって、その脇に呼び名がいくつか小さく添えてあり、その一つが「フクラギ 越中」です。越中はいまの富山県です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『水族四帖』冬・奥倉辰行・写本・NDL PID:1287130 コマ32・著作権保護期間満了)
『水族四帖』が越中の名として書きとめたフクラギは、『料理無言抄』が加賀の名として一尺ほどの魚に当てた名前と同じです。隣りあう二つの国の名として、別々の書き手が同じ呼び名を書き残していたことになります。
江戸の二冊を並べてみて目につくのは、江戸で使われていたイナダとワラサが、いまも関東の順番の真ん中にそのまま残っていることです。最初と最後のあいだの呼び名は土地ごとにずれても、いまの順番の骨組みは、江戸時代の書き手たちがすでに書きとめていました。
この記事でわかったこと
関東ではワカシ→イナダ→ワラサ→ブリ、関西ではツバス→ハマチ→メジロ→ブリとされます(千葉県水産課「ぶり」、デジタル大辞泉)。
天保2年(1831年)の『魚鑑』は、わかなご→いなだ→はなじろ→わらさ→ぶりの順に、月と年数で分けています(NDL PID:2557483 コマ15・16)。
江戸時代の加賀の料理書『料理無言抄』は、自分の国(加賀)での呼び名として「御國ニテハコヅクラト云」「御國ニテフクラギト云」と書いています(NDL PID:2557694 コマ40)。
奥倉辰行の『水族四帖』冬にも「フクラギ 越中」とあります(NDL PID:1287130 コマ32)。
いまの関西の順番ではメジロのほうが大きく、ツバス→ハマチ→メジロ→ブリです。
ただ江戸時代の『料理無言抄』は一尺ほどを西国で眼白、二尺ほどを魬(ハマチ)としていて、いまとは逆の順に書いています(NDL PID:2557694 コマ40)。
この記事で開いた原本
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