鮪の漢字の由来 もとは中国でチョウザメの仲間を指す字
この字、読めますか?
鮪
- 訓
- まぐろ・しび
- 音
- イ・ユウ
- 画数
- 17画
この記事の目次
宝永6年(1709年)刊の貝原益軒『大和本草』で魚の巻をめくっていくと、マグロの項の見出しは漢字の「鮪」ではなく、カタカナの「シビ」になっています。益軒の考えでは、魚へんに「有」と書くこの字の由来は中国の本にあり、そこで指しているのは鼻が長く口が顎の下にある、マグロとはまったく別の魚でした。江戸の学者たちはその食い違いに気づき、見出しから外したり、別の字を探したりしながら、それでも最後には鮪の漢字を使い続けています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ32・著作権保護期間満了)
毛利梅園が写したこのマグロの書き入れにも、名前が二通り出てきます。「金鎗魚」と「鮪」で、この二つの字のあいだを、江戸の学者たちは行き来していました。
「鮪」の基本データ
- 読み
- まぐろ・しび(訓)/イ・ユウ(音)
- 画数
- 17画(魚へん11画+右側6画)
- 形
- 魚へんに「有」
- 由来
- 貝原益軒は「鮪ハ鱘ノ別名ナリ」。中国の本ではチョウザメの仲間を指す字
- 江戸の字
- 益軒の見出しはカタカナの「シビ」。毛利梅園は「金鎗魚」と「鮪」を並べた
- 難易度
- 初級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9BAA)による
益軒が見出しに「鮪」を立てなかったわけ
『大和本草』は、薬になる草木や動物を調べる「本草学」の目で日本の産物をまとめた本で、益軒は凡例で、鰯や鱈のような日本製の字を「倭字」と呼んでなるべく使わないと宣言しています(魚へんの国字の記事で読んでいます)。魚の字の誤りにいちばん厳しかったこの本の巻十三、コマ41にマグロの項があります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ41・著作権保護期間満了)
見出しのシビはマグロの古い呼び名です。サワラには「馬鮫魚」、タラには「夻魚」と漢字の見出しを立てていた益軒が、ここでは鮪を使わなかった理由は、見出しのすぐ下に書いてありました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ41・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
シビ 日本ニ昔ヨリ鮪ノ字ヲシビトヨム。鮪ハ鱘ノ別名ナリ本草ニ時珍曰、鱘其色青碧、腹下色白。是ハシビニ似タリ。又曰、其鼻長与身等、口在頷下、肉色純白。是皆シビトカハレリ。シビノ口ハ頷下ニナシ……
現代語訳
シビ。日本では昔から鮪の字をシビと読む。(しかし)鮪は鱘の別名である。『本草綱目』で李時珍は、鱘は色が青緑で腹の下が白いと言う。これはシビに似ている。また、鼻は体と同じほど長く、口は顎の下にあり、身は真っ白だとも言う。これはどれもシビと違う。シビの口は顎の下にはない――。
「日本ニ昔ヨリ鮪ノ字ヲシビトヨム。鮪ハ鱘ノ別名ナリ」。日本では昔から鮪の字をシビと読んできたが、鮪は「鱘」の別名だ、という指摘です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ41・著作権保護期間満了)
根拠にしたのは、中国・明の李時珍がまとめた薬物の百科事典『本草綱目』で、そこでは鱘について、色は青緑で腹の下は白いと書いてあり、ここまではシビに似ています。ところが続けて「其鼻長与身等、口在頷下、肉色純白」、鼻は体と同じほど長く、口は顎の下にあり、身は真っ白だとあるので、益軒は「是皆シビトカハレリ」、これはどれもシビと違う、シビの口は顎の下にはないと退けました。同じ項の少し先ではシビの身を「肉赤シ」と書いていて、中国の本に書かれた姿と目の前のシビを一つずつ突き合わせて、別の魚だと判断したことが分かります。
鱘はチョウザメの字
鼻が長く口が顎の下にある鱘が何なのかは、明治30年(1897年)に大日本水産会が出した図鑑『日本重要水産動物図』の解説に書いてあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本重要水産動物図』解説・大日本水産会編・明治30年・NDL PID:1086762 コマ14・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
(46) てふざめ 鱘魚ノ字ヲ用ユ。大サ五六尺ニ至ル。海底ニ棲息シ、六月ノ頃河川ニ泝リテ產卵ス。北海道石狩川ヲ以テ主產ノ地ト爲セドモ甚多カラズ。其產卵ノ爲メ河中ニ集マルヲ候ヒ之ヲ網獲ス。歐米ニテハ頗ル此種ノ魚ヲ珍賞シ、其黒キ卵顆ノ醃藏シタルモノヲ「カヴイヤ」ト稱……
現代語訳
(46)てふざめ(蝶鮫)。鱘魚の字を使う。大きさは五、六尺になる。海底にすみ、六月ごろ川をさかのぼって卵を産む。北海道の石狩川が主な産地だが、多くはない。産卵のために川に集まるのを待って網でとる。欧米ではこの種の魚をたいへん珍重し、その黒い卵を塩漬けにしたものを「カヴイヤ(キャビア)」と呼ぶ。
「てふざめ 鱘魚ノ字ヲ用ユ」、つまり蝶鮫(チョウザメ)に鱘魚の字を使うとしていて、北海道の石狩川が主な産地であること、欧米ではその黒い卵の塩漬けを「カヴイヤ」と呼んで珍重することも添えています。キャビアのことです。同じ図鑑の第2図には、46番としてその姿が描かれています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本重要水産動物図』第2図・大日本水産会編・明治30年・NDL PID:1086749 コマ4・著作権保護期間満了)
長く尖った吻と、その下の口は、益軒が『本草綱目』から読み取った「鼻は体と同じほど長く、口は顎の下」そのままです。益軒の説に従えば、中国の本の鮪はマグロではなく、チョウザメの仲間だったことになります。
それでも「王鮪ハシビ、叔鮪ハマグロ」と並べてみせた
ただし益軒は、鮪の字を切り捨てて終わりにはしていません。同じ見開きの左ページ、マグロの段の終わりに、中国の呼び名とのつなぎ方を書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ41・著作権保護期間満了)
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翻刻
……尓雅注郭璞カ説ニ鮪大小ヲ分テ三等トス。本邦ノシビマグロ目ジカモ大小三等アリ。然ラハ王鮪ハシビ、叔鮪ハマグロ、鮥子ハメジカナルヘシ
現代語訳
『爾雅』の郭璞の注は、鮪を大小で三等に分けている。日本のシビ・マグロ・メジカも大小の三等がある。ならば王鮪はシビ、叔鮪はマグロ、鮥子はメジカということになるだろう。
中国の古い辞書『爾雅』に晋の郭璞がつけた注は鮪を大きさで三等に分けていて、日本のシビ、マグロ、メジカも大小の三等なので、「然ラハ王鮪ハシビ、叔鮪ハマグロ、鮥子ハメジカナルヘシ」、王鮪はシビ、叔鮪はマグロ、鮥子はメジカだろう、という推定です。同じ段の頭には「マグロ是シビノ小ナルヲ云」ともあり、大小で名前が変わる点に目をつけて、両国の呼び名を対応させたのでした。
冒頭の梅園の絵の書き入れにも、この「王鮪」「叔鮪」が出てきます。「爾雅云大ヲ為王鮪小ヲ為叔鮪」と、大きいものを王鮪、小さいものを叔鮪とする同じ一節を、梅園も書き写していました。
狩谷棭斎の「訓鮪爲之比、未允」
もっとはっきり言い切ったのが、江戸後期の考証学者、狩谷棭斎(かりや・えきさい)です。平安時代の辞書『和名抄』に細かな注をつけた『箋注倭名類聚抄』(刊行は明治16年=1883年)で、和名抄がすでに「鮪」に当てていた「之比(しび)」の読みに、棭斎は異を唱えています。注はまず中国の古い注釈書(陸璣の疏)を引き、鮪は鱣に似て青黒く、頭は小さく尖り、口はやはり顎の下にあり、その甲で生姜をすりおろせる、と紹介してから結論に入ります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『箋注倭名類聚抄』巻第8・狩谷棭斎著・明治16年・NDL PID:991791 コマ8・著作権保護期間満了)
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翻刻
……鮪未詳、然據口在頷下、其甲可摩薑、肉色白、則鮫魚之類、非之比、訓鮪爲之比、未允、之比、万具呂之屬、蘭山君曰、大倉州志金鎗魚可以充之毘……
現代語訳
鮪の正体はよくわからない。しかし口が顎の下にあり、甲で生姜をすりおろせるほどで、身が白いというのだから、鮫の類であってシビではない。鮪をシビと読むのは妥当でない。シビはマグロの仲間である。蘭山先生は、『大倉州志』の金鎗魚をシビに当てるのがよいと言う――。
「則鮫魚之類、非之比。訓鮪爲之比、未允」。口が顎の下にあり、甲が固く、身が白いのなら鮫の類であってシビではなく、鮪をシビと読むのは妥当でない――。棭斎はさらに「之比、万具呂之屬」、シビはマグロの仲間だと続け、本草学者の小野蘭山の説を引いて、中国の地方誌『大倉州志』にある「金鎗魚」をシビに当てるのがよい、としました。
ここで冒頭の梅園の絵に戻り、書き入れの部分を大きくしてみます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ32・著作権保護期間満了)
右から読むと最初に来るのが「金鎗魚」で、脇にハツ、マクロ(江都=江戸)の呼び名があり、「鮪 和名之比」はその左に『食療経』の引用として続いています。蘭山の説いた字が、梅園の書き入れでは先頭に来ていました。
『日本山海名産図会』の「姑く鮪に随て可なり」
一方、字の誤りを知ったうえで、鮪を使い続けてよいとした本もあります。寛政10年(1798年)の序をもつ『日本山海名産図会』は全国の名産の作り方を絵入りで紹介した本で、巻之三には見開きのマグロ漁の図があり、その次のコマ18、マグロの解説の終わりに字の話が出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本山海名産図会』巻之三・NDL PID:2575828 コマ17・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本山海名産図会』巻之三・NDL PID:2575828 コマ18・著作権保護期間満了)
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翻刻
○鮪の字をシビに充ること、其義本草又字書の釈義に適はず。されど…………故に姑く鮪に随て可なりともいはん。シビの訓義未詳
現代語訳
鮪の字をシビに当てるのは、本草書や字書の説明に合わない。けれども(和名抄以来の当て方にも理由がないわけではなく)……だから、ひとまず鮪の字に従っておいてよい、とも言えるだろう。シビという読みの意味はわからない。
「鮪の字をシビに充ること、其義本草又字書の釈義に適はず」と、鮪をシビに当てるのは本草書や字書の説明に合わないと認めるところまでは、益軒や棭斎と同じです。ところが間に、『日本書紀』の武烈天皇の巻では真鳥大臣の息子の名が「鮪」で、その読みを「しび」とする注がついていること、もともと中国の本は海の魚の説明がひどく粗いことを挟んで、「故に姑く鮪に随て可なりともいはん」、だからひとまず鮪の字に従っておいてよいとも言えるだろう、と結びます。日本の古典で長く使われてきた当て方を、あえて改めない立場で、最後に「シビの訓義未詳」と、シビという名の意味はわからないことも正直に書き添えていました。
ちなみに、このすぐ左の段がサワラの「鰆の字亦国俗の制なり」で、「亦(また)」は、この鮪の段を受けているように読めます(鰆の漢字の由来)。
中国の本では鼻が長く口が顎の下にある魚の字だったものを、日本では『日本書紀』や『和名抄』の昔からシビ(マグロ)に当ててきて、江戸の学者はその食い違いに気づき、見出しから外し、別の字を探しました。それでも最後に残ったのは、「姑く随て可なり」の鮪でした。
鮪
- 読みは「まぐろ」。魚へんに有、17画
- 貝原益軒は「鮪ハ鱘ノ別名ナリ」。鱘はチョウザメの字
- 狩谷棭斎は「訓鮪爲之比、未允」。鮪をシビと読むのは妥当でないとした
- 『日本山海名産図会』は「姑く鮪に随て可なり」。ひとまず鮪でよいとした
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この記事でわかったこと
江戸の学者が読んだ中国の本では、鮪はマグロではなく鼻が長く口が顎の下にある魚を指していました。
貝原益軒『大和本草』(1709年)は「鮪ハ鱘ノ別名ナリ」と書いています(NDL PID:2557359 コマ41)。日本では『日本書紀』や『和名抄』の昔から、鮪の字をシビ(マグロ)に当ててきました。
江戸の本によれば、鮪は鱘の別名で(『大和本草』NDL PID:2557359 コマ41)、明治30年の『日本重要水産動物図』は「てふざめ 鱘魚ノ字ヲ用ユ」、つまりチョウザメに鱘魚の字を使うとしています(NDL PID:1086762 コマ14)。
『大和本草』は「マグロ是シビノ小ナルヲ云」、マグロはシビの小さいものをいう、と書いています。
さらに『爾雅』の郭璞の注に合わせて「王鮪ハシビ、叔鮪ハマグロ、鮥子ハメジカナルヘシ」としています(NDL PID:2557359 コマ41)。
貝原益軒は見出しをカタカナの「シビ」にし、狩谷棭斎は「訓鮪爲之比、未允」(鮪をシビと読むのは妥当でない)と書きました(NDL PID:991791 コマ8)。
一方『日本山海名産図会』は字書に合わないと認めつつ「姑く鮪に随て可なり」、ひとまず鮪の字に従ってよいとしています(NDL PID:2575828 コマ18)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[7]
貝原篤信 宝永6 [1709]
- 日本重要水産動物図.解説
大日本水産会 編 明30.10
- 日本重要水産動物図.第2図
大日本水産会 編 明30.10
- 箋注倭名類聚抄.巻第8
狩谷棭斎 著 1883
- 日本山海名産圖會 5巻.[3]
法橋關月 画 [18--]
ほかの記事で使った本もあわせて見るなら記事で開いた原本の一覧へ。



