ボラの出世魚の順番 イナとスバシリは土地で入れ替わる
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昭和17年(1942年)に渋沢敬三がまとめた『日本魚名集覧』は、ボラの項の註記を「成長名を有する爲出世魚と呼ばれる。」と書き出し、東京の呼び名として、1寸から6寸までをオボコ・イナツコ・スバシリ、1尺までをイナ、1尺以上をボラ、いちばん大きいものをトドと並べています。ボラの出世魚の順番として、いまの辞書(デジタル大辞泉「出世魚」)が挙げるハク、スバシリ・オボコ、イナ、ボラ、トドとも、ハクを除けばほぼ同じ並びです。
ところが江戸の本草書を開くと、イナとスバシリのどちらが先かが、土地によって逆になっていました。文化2年(1805年)の跋がある『本草綱目啓蒙』は、筑前では二年のものをイナ、三年のものをスバシリと呼ぶと書き、同じ項で、伊勢と播磨では三寸ほどの小さいものをスバシリと呼ぶとしています。最後のトドの話は「とどのつまり」の語源の記事で『魚鑑』を読んでいるので、ここでは途中の名前と、国ごとの呼び分けを追います。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻1・毛利梅園・NDL PID:1287112 コマ12から切り出し・著作権保護期間満了)
昭和17年の東京はオボコ・スバシリ→イナ→ボラ→トド
『日本魚名集覧』は、魚ごとに全国の呼び名を集め、どの土地の名前かと、拠った報告の番号、大きさや年齢の添え書きを並べた本です。ボラは328番の項で、221頁から223頁にかけて、呼び名が五十音順に続きます。大きさの添え書きのある名前を土地ごとに拾うと、順番が見えてきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本魚名集覧』第1部・渋沢敬三著・アチックミューゼアム・1942年・NDL PID:1905159 コマ127・著作権保護期間満了)
土地 | 呼び名(小さい順。括弧は原本の添え書き) |
|---|---|
東京 | オボコ・イナツコ・スバシリ(1寸〜6寸)→ イナ(1尺迄)→ ボラ(1尺以上)→ トド(最大) |
浜名湖 | キララ(5分)→ オボコ(2,3寸)→ イナ(4/5寸)→ ニサイ(7/8寸)→ ボラ(1尺以上)→ トド(最大) |
高知県 | ボラコ(1寸以内)→ イキナゴ・キンビシコ(2寸以内)→ イナ・コボラ(5寸内外)→ ボラ(二年魚以上) |
宮城県角田 | トオザイ(一年)→ シバ(二年)→ ニサイ(三年)→ サンザイ(四年)→ ボラ(五・六年)→ ヅボ(老) |
東京の行では、オボコ、イナツコ、スバシリの三つが同じ「1寸−6寸」で並び、イナはその上の1尺まで、ボラは1尺以上です。スバシリはイナより小さい名前として扱われていて、辞書の並びと同じ向きになっています。浜名湖ではオボコの前に5分(1.5cmほど)のキララがあり、イナとボラのあいだにニサイが入って、トドまで六段です。宮城県角田の行は大きさではなく年で数えていて、トオザイからサンザイまで、年を数えることばがそのまま名前になっています。
播磨と三重県の行もあって、播磨ではアシノミ(1寸位)、チヨボ(3寸)、スバシリ(幼)、三重県ではデンブク(2寸)、チヨボ(3寸)、ニサイ(7寸位)と、小さいほうの名前が東京とはまるで違います。堺の行にはイナに「幼」とだけ添えてあり、関西の呼び名の順番を一本の列に組めるほどの添え書きは、この本には揃っていません。辞書が順番の先頭に置くハクも、ボラの項の呼び名には見当たりませんでした。
『物類称呼』は国ごとの呼び名を書き分けた
江戸の本でボラの名前を国ごとに書き分けたものに、安永4年(1775年)に越谷吾山が編んだ方言辞典『物類称呼』があります。巻之二の「鯔」は、見出しを「なよし」とし、小さな字の注で、これはこの魚の総名で世間ではぼらという、と断ってから、小さいものの名前を土地ごとに挙げていきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『物類称呼』巻之二・越谷吾山編・NDL PID:2539349 コマ29・著作権保護期間満了)
最初は「極小なる物を江都にて○をぼこと云」で、ごく小さいものを江戸ではおぼこといい、注に、東国では小さな子どもを「おぼこ」というので、この魚の小さいものもそう呼ぶ、と理由を添えています。続けて「加賀にて○ちよぼと云 土佐にて○いきなごと云」と、加賀と土佐の名前が出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『物類称呼』巻之二・NDL PID:2539349 コマ29・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
○極小なる物を江都にて○をぼこと云○加賀にて○ちよぼと云 土佐にて○いきなごと云小なるものを関西関東ともにいなと呼○洲走 遠州にて○はしりと唱ふ
現代語訳
ごく小さいものを江戸ではおぼこという。加賀ではちよぼ、土佐ではいきなごという。小さいものを関西でも関東でもいなと呼ぶ。洲走(すばしり)は、遠江ではしりという。(間の小さな字の注は翻刻していない)
そのあとの「小なるものを関西関東ともにいなと呼」は、いなという名前だけは関西でも関東でも同じだ、という一文です。すばしりについては「○洲走 遠州にて○はしりと唱ふ」と遠江の呼び方を挙げ、名前の由来の説を二つ書いたうえで、江戸では六月十四日まではいな、十五日からは洲走と呼ぶ、と暦で呼び名を切り替える話に進みます(この一節は「とどのつまり」の記事で原本を読んでいます)。十四日までのいなが十五日から洲走になるのですから、江戸ではいなのほうが先、すばしりがあとという順番でした。昭和の東京で「1寸−6寸」のスバシリと「1尺迄」のイナが並んでいたのとは、向きが逆です。
九月になると泥くささが抜けて脂がのり、晒して洗ったようになるので、そのころのものを畿内では「こざらし江鮒と称す」、泉州堺の名産だ、とも書いています。季節で名前が付くのは、江戸の六月十五日と同じ発想です。
関西は「いせ鯉」、東国は「ぼら」
『物類称呼』の鯔の項は、左のページに移って、大きくなったものの名前を書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『物類称呼』巻之二・NDL PID:2539349 コマ29・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
○なよし○ぼら○伊勢ごい 長崎に○まくちと云 勢州及尾張にて○めうぎちと云いせこいとハ勢州鳥羽の海浜にて多く是をとり又鯉に類するをもつていせ鯉と云 関西の称なり 東国にはぼらとのみ呼也 又まくちとは
現代語訳
なよし、ぼら、伊勢ごい。長崎ではまくち、伊勢と尾張ではめうぎちという。いせごいとは、伊勢の鳥羽の浜で多く獲れ、また鯉に似ているので伊勢鯉という。関西の呼び名である。東国ではぼらとだけ呼ぶ。
なよし、ぼら、伊勢ごいと三つの名前を並べ、「長崎に○まくちと云 勢州及尾張にて○めうぎちと云」と長崎と伊勢・尾張の呼び名を添えたあと、伊勢ごいの説明に入ります。伊勢の鳥羽の浜で多く獲れ、形が鯉に似ているので「いせ鯉と云 関西の称なり」、そして「東国にはぼらとのみ呼也」です。吾山の見たところでは、大きくなったボラを関西ではいせ鯉、東国ではぼらとだけ呼んでいて、いま図鑑の見出しに立つボラという名は、吾山の書き方では東国の呼び名でした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『物類称呼』巻之二・NDL PID:2539349 コマ29から切り出し・著作権保護期間満了)
小さいうちのいなは関西でも関東でも同じで、大きくなると関西がいせ鯉、東国がぼらに分かれる、というのが『物類称呼』の書き分けです。めうぎちについては、名吉(なよし)の音を当てたものだ、という説明が続いています。
筑前ではイナのあとにスバシリ
国ごとの呼び名をいちばん細かく書いたのは、小野蘭山の講義を小野職孝が筆録した『本草綱目啓蒙』です。巻四十の鯔魚の項は、クチメ、ナヨシ、メウギチ、イセゴヒ、マクチ、シロメ、ハラブトと、まず土地の名を添えた呼び名を並べたあと、大きさの話に入ります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目啓蒙』48巻のうち巻四十・小野蘭山口授・NDL PID:2555494 コマ10・著作権保護期間満了)
「魚ノ大小ニ因テ方言各異ナリ」、魚の大小によって方言はそれぞれ違う、と書き出して、まず大きいほうから挙げています。筑前では四年のものをボラ、秋田ではごく大きいものをボラといい、薩摩では老いて四尺ほどのものをカネウチボウ、丹後の田辺では五、六尺のものをトヲリボラと呼ぶ、という具合で、讃岐の丸亀ではボラのやや小さいものをコデツポウ、秋田では一尺あまりのものをメウゲツ、伊勢の桑名では八、九寸から一尺ほどのものをニサイ、長門では一尺ほどのものをカンヅカと続きます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目啓蒙』巻四十・NDL PID:2555494 コマ10・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
魚ノ大小ニ因テ方言各異ナリ 筑前ニテハ四年ナルヲボラト云 秋田ニテハ極テ大ナルヲボラト云 薩州ニテ老テ四尺許ナルヲカ子ウチボウト云 丹後田邉ニテ五六尺ナルヲトヲリボラト云 讃州丸龜ニテボラノ稍小ナルヲコデツポウト云 秋田ニテ一尺餘ナルヲメウゲツト云 勢州桑名ニテ八九寸一尺許ナ
現代語訳
魚の大小によって方言はそれぞれ異なる。筑前では四年のものをボラといい、秋田ではごく大きいものをボラという。薩摩では老いて四尺ほどのものをカネウチボウ、丹後の田辺では五、六尺のものをトオリボラ、讃岐の丸亀ではボラのやや小さいものをコデッポウ、秋田では一尺あまりのものをメウゲツという。伊勢の桑名では八、九寸から一尺ほどの(ものをニサイという)。
大きいほうの名前は国ごとにばらばらですが、問題は次のページです。イナとスバシリが、それぞれ見出しの名前として立っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目啓蒙』巻四十・NDL PID:2555494 コマ11・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
イナ 筑前ニテ二年ナルヲ云 勢州桑名ニテ六寸許ナルヲ云 播州ニテハ四寸以上ヲ云ヅボ秋田ニテ七八寸ナルヲ云 ツボウ仙臺 クロメ筑後 ナイシ雲州 又スバシリ 筑前ニテ三年ナルヲ云故ニ大和本草ニイナヨリヤヽ大ト云
現代語訳
イナ。筑前では二年のものをいう。伊勢の桑名では六寸ほどのもの、播磨では四寸以上のものをいう。(中略)またスバシリ。筑前では三年のものをいう。だから『大和本草』にイナよりやや大きいという。(右端の列の頭の漢名は翻刻していない)
イナの説明は「筑前ニテ二年ナルヲ云」で、伊勢の桑名では六寸ほど、播磨では四寸以上のものをいう、と続きます。二列おいて「又スバシリ 筑前ニテ三年ナルヲ云」とあり、だから『大和本草』にイナよりやや大きいとある、と理由まで添えています。筑前では、二年がイナ、三年がスバシリ、四年がボラです。もう一つ左の列には、撥尾魚という漢名の下に「エブナ筑前ニテ一年ナルヲ云」があって、筑前の順番は一年のエブナから四年のボラまで、年を追って一本につながります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目啓蒙』巻四十・NDL PID:2555494 コマ11から切り出し・著作権保護期間満了)
ところが同じページの少し先には、「スバシリ勢州播州ニテ三寸許ナルヲ云」という列もあります。伊勢と播磨では三寸ほどの小さいものがスバシリで、桑名のイナは六寸、播磨のイナは四寸以上ですから、こちらはスバシリが先でイナがあとです。一冊の本の同じ見開きのなかで、筑前ではイナ→スバシリ、伊勢と播磨ではスバシリ→イナと、順番が逆に書かれていました。天保2年(1831年)の『魚鑑』も二歳をいな、三歳をすばしりとしていて、江戸の『物類称呼』の六月十五日の話もいなが先ですから、ここで開いた江戸の本では、筑前と同じ向きのものが多くなります。昭和17年の東京と、いまの辞書の並びは、伊勢・播磨の向きにそろっています。
いちばん小さいものの名前
順番の頭にくる名前は、土地ごとの違いがいっそう大きくなります。『本草綱目啓蒙』は、生まれたばかりの一寸ほどのものを、播磨ではアシノミ、伊勢の桑名ではギンコやギンバク、土佐ではイキナゴ、江戸ではヲボコ、伊勢の津ではノボコ、薩摩ではヂゴヒと呼び、秋田では一寸から一寸あまりまでをヤチミゴと呼ぶ、と並べています。加賀の五寸ほどのものはチヨボで、それで作る鮓をチヨボズシと呼ぶこと、遠江のハシリ、江戸のツクラも、同じ項に出てきます。
加賀のちよぼ、土佐のいきなご、江戸のをぼこ、遠州のはしりは、三十年前の『物類称呼』と同じ名前です。そして昭和17年の『日本魚名集覧』でも、高知県のイキナゴ(2寸以内)、播磨と三重県のチヨボ(3寸)、浜名湖と東京のオボコと、同じ名前が同じ土地に残っていました。オボコは江戸から東京まで変わらずにいちばん小さいほうの名前で、入れ替わったのはそのあとのイナとスバシリの順でした。
本 | 土地 | 順番(小さい順) |
|---|---|---|
『物類称呼』(1775年) | 江戸 | をぼこ → いな(六月十四日まで)→ 洲走(六月十五日から) |
『本草綱目啓蒙』(1805年跋) | 筑前 | エブナ(一年)→ イナ(二年)→ スバシリ(三年)→ ボラ(四年) |
『本草綱目啓蒙』 | 伊勢・播磨 | スバシリ(三寸許)→ イナ(桑名で六寸許、播磨で四寸以上) |
『日本魚名集覧』(1942年) | 東京 | オボコ・イナツコ・スバシリ(1寸〜6寸)→ イナ(1尺迄)→ ボラ → トド |
ほかの魚もあわせた順番は出世魚の一覧と順番に、同じ『本草綱目啓蒙』が国ごとに書き分けたセイゴ・フツコの話はスズキの出世魚の順番にまとめています。イナの名が出てくる言葉の話は「いなせ」の語源の記事で読んでいます。
使った資料
資料 | この記事で使った箇所 | 条件 |
|---|---|---|
『日本魚名集覧』第1部(渋沢敬三著・アチックミューゼアム・1942年/NDL PID:1905159) | コマ126=328ボラの註記と呼び名の始まり(221頁)/コマ127=呼び名のつづき(222頁) | 著作権保護期間満了 |
『物類称呼』巻之二(越谷吾山編・安永4年=1775年/NDL PID:2539349) | コマ29=鯔の項(をぼこ・ちよぼ・いきなご・いな・はしり・こざらし江鮒・まくち・めうぎち・いせ鯉) | 著作権保護期間満了 |
『本草綱目啓蒙』巻四十(小野蘭山口授・文化2年=1805年跋/NDL PID:2555494) | コマ10=鯔魚の呼び名と大きいほうの方言/コマ11=イナ・スバシリ・エブナと初生の名前 | 著作権保護期間満了 |
『梅園魚品図正』巻1(毛利梅園/NDL PID:1287112) | コマ12=鯔魚の彩色図と書き入れ | 著作権保護期間満了 |
この記事でわかったこと
デジタル大辞泉「出世魚」はハク、スバシリ・オボコ、イナ、ボラ、トドの順を挙げています。
昭和17年(1942年)の『日本魚名集覧』では、東京でオボコ・イナツコ・スバシリ(1寸〜6寸)、イナ(1尺迄)、ボラ(1尺以上)、トド(最大)でした(NDL PID:1905159 コマ126・127)。
土地によって逆です。
文化2年(1805年)跋の『本草綱目啓蒙』は、筑前では二年をイナ、三年をスバシリとする一方、伊勢・播磨では三寸ほどの小さいものをスバシリと呼び、イナは桑名で六寸ほど、播磨で四寸以上としています(NDL PID:2555494 コマ11)。昭和の東京ではスバシリのほうが小さい名前でした。
安永4年(1775年)の『物類称呼』は、小さいものは「関西関東ともにいなと呼」とし、大きくなったものは伊勢鯉を「関西の称なり」、「東国にはぼらとのみ呼也」と書き分けています(NDL PID:2539349 コマ29)。いまの関東・関西の呼び名の違いは、この記事では確かな出典が得られなかったので扱っていません。
『物類称呼』は、ごく小さいものを江戸でをぼこと呼ぶとし、注で東国では小さな子どもを「おぼこ」というのでこの魚の小さいものもそう呼ぶ、という趣旨を書いています(NDL PID:2539349 コマ29)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 日本魚名集覧.第1部
渋沢敬三 著 1942
- 物類称呼 5巻
越谷吾山 編 安永4 [1775]
- 本草綱目啓蒙 48巻.[23]
蘭山小野先生 口授・小野職孝士徳 録 文化2 [1805] [跋]
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