UOMEDIA

おせちの意味一覧 数の子・田作り・海老・昆布を江戸の歳時記で読む

公開
更新
読む時間
約11分
共有B!LINE
この記事の目次

数の子は子孫繁栄、田作りは豊作、海老は長寿と、おせち料理にはひとつずつ意味があると言われます。おせちの意味の一覧を農林水産省のサイトの説明で並べると下の表のとおりで、このうち海のもの、数の子・田作り・海老・昆布・鯛・ブリについて江戸の本を開いてみると、ほとんどは同じ説明がすでに書かれていました。ただ鯛だけは、江戸の本が「わからない」と書いています。

料理

意味(農林水産省の説明)

数の子

一腹にたくさん卵があるところから、子孫繁栄

田作り

材料のカタクチイワシを田畑の肥料に使ったことから、豊作

えび

腰が曲がるまで長生きできる

昆布巻き

よろ“こぶ”の語呂合わせ

ブリ

出世魚であるところから、出世祈願

黒豆

「まめましく(=真面目によく)働けますように」との願い

江戸時代の彩色図譜に描かれた伊勢海老。赤い殻と長いひげが紙いっぱいに描かれている
毛利梅園が写生した伊勢海老。年記は「甲午正月十五日 真寫」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園介譜』・毛利梅園・NDL PID:1286918 コマ11・著作権保護期間満了)

天明3年の歳時記『華実年浪草』から

正月のことを調べるなら、季節のことばを月ごとに並べてひとつずつ由来を説明した、江戸の歳時記が手がかりになります。開いたのは天明3年(1783年)の『華実年浪草(かじつとしなみぐさ)』で、第1冊の目録には正月に飾るもの、食べるものがずらりと並んでいます。

『華実年浪草』コマ18の目録。「田作 小殿原 押鮎 海蠃身 螺肴 数子」などが並ぶ
目録の一部。右の列に「蓜煎 熨斗 野老 梅干」「俵子」、左の列に「田作 小殿原 押鮎 海蠃身 螺肴 数子 廿三丁」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『華実年浪草』12巻のうち第1冊・鵜川麁文・天明3年・NDL PID:2556900 コマ18・著作権保護期間満了)

この本は説明のたびに、『和漢三才図会』にいう、『本朝食鑑』にいう、というふうに、もとにした本の名前を挙げてくれるので、歳時記を入口にして百科事典や食べものの本へ降りていけます。目録の順に丁を開いていくと、最初に出てくるのが数の子です。

数の子は「取多子之義」

『華実年浪草』コマ43の「数子」の項と翻刻
「数子 同書ニ云 鯡之子也 割/腹出鯑乾之 黄白色為上 臘月歳始及婚家以為/規祝之肴 取多子之義 同以蝦取海老之義矣」。右の列の上半分は前の項の文。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『華実年浪草』12巻のうち第1冊・鵜川麁文・天明3年・NDL PID:2556900 コマ43・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

数子 同書ニ云、鯡之子也。割腹出鯑乾之、黄白色為上。臘月歳始及婚家、以為規祝之肴。取多子之義、同以蝦取海老之義矣。

現代語訳

数子(かずのこ)。同じ本(和漢三才図会)にいう。ニシンの子である。腹を割いて卵を出し、干す。黄白色のものを上等とする。十二月、年の始め、それに婚礼の家で、祝いの肴とする。子が多いという意味を取ったもので、エビから「海老」(海の老人)の意味を取るのと同じである。

「鯡之子也」、ニシンの子であり、「臘月歳始及婚家以為規祝之肴」、十二月と年の始め、それに婚礼の家で祝いの肴にする、とあって、理由は「取多子之義」、子が多いという意味を取ったのだ、と書かれています。いまの「子孫繁栄」と同じ説明で、文中の「同書」は『和漢三才図会』のことですから、江戸の絵入り百科事典の文を歳時記がそのまま引いていることになります。

毛利梅園も天保10年(1839年)に、数の子の絵のわきに「子孫繁榮ノ義ヲトル」と書き入れています。名前の由来と江戸の戻し方は、数の子の意味と由来でくわしく読みました。

田作りは、農家は「田作」、武家は「小殿原」

『華実年浪草』コマ42の「俵子」の項の末尾と翻刻
「○春耕糸切歯ニ云、俵子ハゴマメ也。小殿原ハ武家ノ祝語、田作ハ農家ノ祝語、俵子ハ商家ノ祝語」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『華実年浪草』12巻のうち第1冊・鵜川麁文・天明3年・NDL PID:2556900 コマ42・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

○春耕糸切歯ニ云、俵子ハゴマメ也。小殿原ハ武家ノ祝語、田作ハ農家ノ祝語、俵子ハ商家ノ祝語

現代語訳

『春耕糸切歯』にいう。俵子はゴマメである。小殿原は武家の祝い言葉、田作は農家の祝い言葉、俵子は商家の祝い言葉。

「小殿原ハ武家ノ祝語 田作ハ農家ノ祝語 俵子ハ商家ノ祝語」。同じ小魚のごまめを、武家は「ことのばら」、農家は「田作」、商家は「俵子(たわらご)」と、身分ごとに別の名で呼んで祝っていたのです。

「田を作る」の名のもとをたどると、元禄のころの食べものの本『本朝食鑑』に行き着きます。干したイワシを刻んで田の肥やしにすると稲がよく実るので、「因號乾鰮曰田作」、干した鰮を田作と呼ぶ、という説明です。

『本朝食鑑』コマ176の「號乾鰮曰田作」の大写し
『本朝食鑑』の「(因)號乾鰮曰田作」の一列。いちばん下に「田作」の二文字。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八・人見必大・NDL PID:2557333 コマ176・著作権保護期間満了)

同じ本は「小殿腹」の名についても「祝子孫繁榮之義也」、子孫繁栄を祝う意味だと書いていて、田作りにも数の子と同じ願いが重ねられていました。くわしくは田作りの由来へ。

海老は、野の老人と海の老人

数の子の項の最後に「同以蝦取海老之義矣」、エビから「海老」の意味を取るのと同じだ、という一文がありました。その「海老」の意味は、目録で「野老(ところ)」とあった別の項に書いてあります。

『華実年浪草』コマ42の「野老」の項の末尾二列と翻刻
「最肥大者如甘藷而黄色 有節多長鬚 俗以/為野老 以鰕為海老 共充嘉祝之食物云々」。下に次の見出し「海老(エビ)」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『華実年浪草』12巻のうち第1冊・鵜川麁文・天明3年・NDL PID:2556900 コマ42・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

最肥大者如甘藷而黄色、有節多長鬚。俗以為野老、以鰕為海老、共充嘉祝之食物云々。 海老(エビ) 委見于上

現代語訳

(野老の根は)いちばん太ったものはサツマイモのようで黄色く、節があって長いひげが多い。世間ではこれを「野老」(野の老人)とし、エビを「海老」(海の老人)として、どちらも祝いの食べものにあてる、という。

野老はつる草の根で、「有節多長鬚」、節があって長いひげが多い、と説明されています。

『華実年浪草』コマ42の「以鰕為海老共充嘉祝之食」の大写し
「以鰕為海老 共充嘉祝之食(物)」の一列を切り出した。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『華実年浪草』12巻のうち第1冊・鵜川麁文・天明3年・NDL PID:2556900 コマ42・著作権保護期間満了)

「俗以為野老 以鰕為海老 共充嘉祝之食物」。世間ではこの根を「野老」とし、エビを「海老」として、どちらも祝いの食べものにあてる。ひげの長い根は野の老人、ひげの長いエビは海の老人で、ふたつをそろえて祝いの席に出すというのですが、これも『和漢三才図会』からの引用です。

いまの説明は「腰が曲がるまで長生き」ですが、江戸の本が目をつけたのは、腰よりも「老」の字と長いひげのほうでした。伊勢海老という名前については、伊勢海老の名前の由来で読んでいます。

昆布は「ムツビヨロコブ意ニヤ」

昆布巻きの「よろこぶ」の語呂合わせも、江戸の歳時記にありました。雑煮に入れる「結昆布(むすびこんぶ)」の項です。

『華実年浪草』コマ38の「結昆布」の項と翻刻
「結昆布 雑煮ニ究テ結昆布ヲ加フルハ 正月/ヲ睦月(ムツビツキ)ト云 ストツト相通ス 昆布ハ/倭俗悦ブト云義ヲ含ム/ムツビヨロコブ意ニヤ」。左下の「大根」は次の見出し。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『華実年浪草』12巻のうち第1冊・鵜川麁文・天明3年・NDL PID:2556900 コマ38・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

結昆布 雑煮ニ究テ結昆布ヲ加フルハ、正月ヲ睦月(ムツビツキ)ト云、ストツト相通ス。昆布ハ倭俗、悦ブト云義ヲ含ム。ムツビヨロコブ意ニヤ。

現代語訳

結び昆布。雑煮にきまって結び昆布を入れるのは、正月を「睦月(むつびつき)」というからで、「す」と「つ」は音が通じる(結び=睦び)。昆布は、この国の習わしで「よろこぶ」という意味を含む。「むつびよろこぶ」(仲よく喜ぶ)という心だろうか。

「正月ヲ睦月ト云 ストツト相通ス」、正月を睦月(むつびつき)といい、「す」と「つ」は音が通じる、だから「むすび」は「むつび」に通じる、という理屈が先に来ます。

『華実年浪草』コマ38の「倭俗悦ブト云義ヲ含ム」「ムツビヨロコブ意ニヤ」の大写し
右が「倭俗悦ブト云義ヲ含ム」、左が「ムツビヨロコブ意ニヤ」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『華実年浪草』12巻のうち第1冊・鵜川麁文・天明3年・NDL PID:2556900 コマ38・著作権保護期間満了)

「昆布ハ倭俗悦ブト云義ヲ含ム」、昆布はこの国の習わしで「よろこぶ」という意味を含む、と続き、結んだ昆布で「むつびよろこぶ」、仲よく喜ぶ、になります。結ぶことにも昆布にもそれぞれ言葉がかけてあって、それでも最後は「意ニヤ」、という心だろうか、と推しはかる書き方で止めていました。

鯛は「是祝寿耶 辟邪耶 未知」

正月の鯛は、江戸では門に掛けるものでした。「懸鯛(かけだい)」の項です。

『華実年浪草』コマ36の「懸鯛」の項と翻刻
「懸鯛 本朝食鑑ニ云 本朝毎歳始 千門萬戸 令雙青松雙青/竹相對而立 向上横引于注連縄 而中間懸于干鯛/雙尾 海老煮紅一箇 及橙橘白柿昆布海藻裏白譲葉等数品 官/家用大干鯛 其餘中小任意用之 号曰懸鯛 是祝寿耶 辟邪耶 未知/何然 但我邦之舊流例也」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『華実年浪草』12巻のうち第1冊・鵜川麁文・天明3年・NDL PID:2556900 コマ36・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

懸鯛 本朝食鑑ニ云、本朝毎歳始、千門萬戸、令雙青松雙青竹相對而立、向上横引于注連縄、而中間懸于干鯛雙尾、海老煮紅一箇、及橙橘白柿昆布海藻裏白譲葉等数品。官家用大干鯛、其餘中小任意用之、号曰懸鯛。是祝寿耶、辟邪耶、未知何然。但我邦之舊流例也。

現代語訳

懸鯛(かけだい)。『本朝食鑑』にいう。この国では毎年の初め、どの家でも、二本の松と二本の竹を向かい合わせに立て、上に注連縄を横に引き、そのまんなかに、干した鯛を二尾、赤く煮た海老を一つ、それに橙・みかん・干し柿・昆布・海藻・裏白・ゆずり葉などを掛ける。身分の高い家は大きな干し鯛を使い、ほかは大小好きなものを使う。これを懸鯛という。長寿を祝うのか、邪気を払うのか、どちらなのかはわからない。ただ、わが国の古くからの習わしである。

門に松と竹を立てて注連縄を引き、まんなかに干した鯛を二尾、赤く煮た海老、橙、干し柿、昆布、裏白もいっしょに掛けたものを懸鯛という、と説明したあとで、なぜ鯛を掛けるのかに話が移ります。

『華実年浪草』コマ36の「懸鯛 是祝寿耶 辟邪耶 未知」の大写し
「(曰)懸鯛 是祝寿耶 辟邪耶 未知」の一列を切り出した。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『華実年浪草』12巻のうち第1冊・鵜川麁文・天明3年・NDL PID:2556900 コマ36・著作権保護期間満了)

「是祝寿耶 辟邪耶 未知何然」、長寿を祝うのか邪気を払うのか、どちらなのかはわからない、と書き、「但我邦之舊流例也」、ただ、わが国の古くからの習わしである、と結んでいます。「めでたい」の語呂合わせはここには出てこず、引かれている『本朝食鑑』の著者は、意味はわからないが昔からそうしている、と正直に書いていました。

毛利梅園が描いたマダイの彩色図
毛利梅園が写生したマダイ。見出しは「棘鬣魚」、振り仮名は「タヒ」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻二・毛利梅園・NDL PID:1287113 コマ4・著作権保護期間満了)

鯛という字の話は鯛の漢字の由来で読んでいます。

ブリは「よつて出世魚と称して」

ブリは別の歳時記、『月令博物筌(がつりょうはくぶつせん)』の十一月の部に出てきます。最後の冊に「文化戊辰季秋發行」、文化5年(1808年)とある本です。

『月令博物筌』コマ27の鰤の項の全文と翻刻
「鰤 六月頃小なる時をツハスと云 西国にてワカナ 九月一尺許のをメシロといふ 十月ごろ二尺許なるをハマチといふ 江東にてイナタといふ 冬の末長じてブリと云 大なるもの三四尺あり よつて出世魚と称して 塩したる鰤を歳暮……祝儀……用ゆ」(……は読み切れなかった仮名)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『月令博物筌』16巻のうち第15冊・鳥飼洞斎・NDL PID:2557820 コマ27・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む

翻刻

鰤(ぶり) 六月頃小なる時をツハスと云西国にてワカナ 九月一尺許(ばかり)のをメシロといふ 十月ころ二尺許なるをハマチといふ 江東にてイナタといふ冬の末長してブリと云 大なるもの三四尺あり よつて出世魚と称して塩したる鰤を歳暮……祝儀……用ゆ

現代語訳

鰤。六月ごろの小さいときを「つばす」という。西国では「わかな」。九月の一尺ばかりのものを「めじろ」という。十月ごろ二尺ばかりのものを「はまち」という。東国では「いなだ」という。冬の末に育ったものを「ぶり」という。大きいものは三、四尺ある。そこで出世魚と呼んで、塩にした鰤を歳暮の祝儀に使う。

つばす、めじろ、はまち、ぶりと、育つにつれて名前が変わるので、「よつて出世魚と称して」、塩にした鰤を歳暮の祝儀に使う、とあります。出世魚だからめでたいという説明は、200年あまり前の本にもう書いてありました。ほかの出世魚は出世魚の一覧と順番にまとめています。

いまの説明と、江戸の本の説明

料理

いまの説明

江戸の本

数の子

子孫繁栄

「取多子之義」(子が多い意味を取る)

田作り

豊作

「田作ハ農家ノ祝語」。別名の小殿原は武家の祝語

海老

腰が曲がるまで長生き

「以鰕為海老」(野老とそろえて、海の老人)

昆布

よろこぶ

「悦ブト云義ヲ含ム」。結び昆布は「ムツビヨロコブ」

鯛

めでたい

「是祝寿耶 辟邪耶 未知」(わからない)

ブリ

出世

「よつて出世魚と称して」歳暮の祝儀に

(「いまの説明」は農林水産省のサイトによる。鯛の「めでたい」は同じページに記載がなく、広く言われている語呂合わせとして挙げた。)

数の子・田作り・昆布・ブリの説明は、江戸の歳時記にほぼそのままの形で見つかり、あとから考えた語呂合わせではなかったことが分かります。海老は目のつけどころが少し違って、腰ではなくひげと「老」の字でした。いちばんめでたそうな鯛についてだけ、江戸の本は理由を知らないと書いていたことになります。もうひとつの祝いもの、のしあわびの話は「のし」の由来はアワビで読んでいます。

この記事でわかったこと

  • 子孫繁栄です。

    天明3年の歳時記『華実年浪草』は、『和漢三才図会』を引いて「臘月歳始及婚家以為規祝之肴 取多子之義」、子が多いという意味を取ったもの、と書いています(NDL PID:2556900 コマ43)。

  • 長寿です。

    『華実年浪草』は「俗以為野老 以鰕為海老 共充嘉祝之食物」、ひげの長い野老(ところ)の根を野の老人、エビを海の老人として、どちらも祝いの食べものにする、と書いています(NDL PID:2556900 コマ42)。

  • 江戸の歳時記にあります。

    『華実年浪草』は結昆布の項で「昆布ハ倭俗悦ブト云義ヲ含ム ムツビヨロコブ意ニヤ」と書いています(NDL PID:2556900 コマ38)。

  • 『華実年浪草』が引く『本朝食鑑』は、門に干し鯛を掛ける懸鯛について「是祝寿耶 辟邪耶 未知何然 但我邦之舊流例也」、長寿を祝うのか邪気を払うのかはわからない、ただ昔からの習わしだ、と書いています(NDL PID:2556900 コマ36)。

この記事で開いた原本

どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。

ほかの記事で使った本もあわせて見るなら記事で開いた原本の一覧へ。

共有B!LINE