スズキの出世魚の順番 セイゴ・フッコと江戸の国ごとの呼び名
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文化2年(1805年)の跋がある小野蘭山の『本草綱目啓蒙(ほんぞうこうもくけいもう)』は、鱸の項に「此魚大小ノ名諸州各異ナリ」、この魚は大きさによる名前が国ごとに違う、と書いて、筑前から美濃まで十の土地の呼び名を一気に並べています。そのなかの江戸の一行は「一年ヲセイゴト云二年ヲフツコト云三年ヲスヾキト云フ」で、いまスズキの出世魚の順番として知られるセイゴ→フッコ→スズキ(デジタル大辞泉「出世魚」)と、二百年以上前の江戸ですでに同じ並びでした。ほかの土地にはマダカ、ハネ、コバネ、チウハンといった、江戸とは別の名前が出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園撰輯・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ50・著作権保護期間満了)
セイゴ・フッコ・スズキの三つの名前とその並びは江戸の本にくり返し出てきますが、どの本も同じことを書いているわけではありません。セイゴの次をフツコとする本、ハクラとする本があり、備前の名前を書きとめた本もあって、フツコを「児」、つまり子どもの名前として扱った本までありました。スズキの漢字の由来は鱸の漢字の記事で、ブリやボラを含めた一覧は出世魚の一覧と順番の記事で扱っています。
『本草綱目啓蒙』の江戸の順番は年数で数えた
『本草綱目啓蒙』は、中国の『本草綱目』の項目に沿って、蘭山が日本での呼び名や産地を講じたものを書きとめた本で、国立国会図書館の書誌では「蘭山小野先生口授」「小野職孝士徳録」となっています。次世代デジタルライブラリーで「セイゴ」と引くと、古典籍76件のなかに、この本の文化2年の刊本と、のちの重訂版・重修版がいくつも並びました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目啓蒙』巻四十・小野蘭山口授 小野職孝録・文化2年跋・NDL PID:2555494 コマ21・著作権保護期間満了)
江戸の呼び名はこのページの左のほう、桑名の話のすぐあとにあります。「江戸ニテハ一年ヲセイゴト云 二年ヲフツコト云 三年ヲスヾキト云フ」と、ほかの土地が寸や尺で区切っているところを、江戸だけは一年、二年、三年と年で数えていて、三つの名前が三年の成長にきれいに割りあてられています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目啓蒙』巻四十・NDL PID:2555494 コマ21・著作権保護期間満了)
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翻刻
二尺以上ヲスヾキト云フ 江戸ニテハ一年ヲセイゴト云 二年ヲフツコト云 三年ヲスヾキト云フ 濃州ニテハ一年許二寸ヲシイノハト
現代語訳
(桑名では)二尺以上をスズキという。江戸では一年のものをセイゴ、二年をフッコ、三年をスズキという。美濃では一年ほどの二寸のものをシイノハと(いう)。
いまの表記ではフッコと小さい「ッ」を使いますが、この刊本は促音を小さく書き分けないので、原本の字はフツコです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目啓蒙』巻四十・NDL PID:2555494 コマ21・著作権保護期間満了)
伊勢のマダカ、桑名のハネ、備前のコバネ
江戸の前後に並ぶ九つの土地は、名前の数も区切り方もばらばらです。蘭山の書いた順に表にすると、こうなります(原本は「ネ」を「子」と書く。表はカタカナに直した)。
土地(原本の書き方) | 呼び名(小さい順。かっこ内は原本の大きさや年) |
|---|---|
筑前 | セイゴ(六七寸)→ ハネゼ(稍大)→ ハクラ(一尺内外) |
讃州 | セイゴ、またはセイ(六七寸)→ コバネ(一尺餘) |
雲州 | チウハン(一尺許) |
伯州 | アンザシ |
水戸 | セツパ → スズキ(一尺ニ過ルモノ) |
備前 | セイゴ(三四寸)→ セイ(七寸許)→ コバネ(一尺許) |
勢州 | セイゴ(四五寸マデ)→ マダカ(一尺五寸)→ スズキ(マダカヨリ大ナル) |
同桑名 | セイゴ(八寸許)→ マダカ(一尺二寸許)→ ハネ(二尺ニ近キ)→ スズキ(二尺以上) |
江戸 | セイゴ(一年)→ フツコ(二年)→ スズキ(三年) |
濃州 | シイノハ(一年許二寸)→ セイゴ(二年許六寸)→ マダカ(三年)→ スズキ(四年) |
どの土地でもいちばん小さいほうにセイゴが来るのに対して、その上の段はまるで揃わず、フツコの名は江戸にしか出てきません。伊勢ではセイゴの次がマダカで、マダカより大きくなるとスズキになり、同じ伊勢でも桑名ではセイゴ、マダカのあとに「二尺ニ近キモノヲハ子ト云」と、もう一段ハネが入ります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目啓蒙』巻四十・NDL PID:2555494 コマ21・著作権保護期間満了)
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翻刻
ヲコバ子ト云フ 勢州ニテハ四五寸マデヲセイゴト云 一尺五寸ナルヲマダカト云 マダカヨリ大ナルヲスヾキト云フ 同桑名ニテハ八寸許ナルヲセイゴト云 一尺二寸許ナルヲマダカト云 二尺ニ近キモノヲハ子ト云
現代語訳
(備前では一尺ほどのものを)コバネという。伊勢では四、五寸までをセイゴ、一尺五寸ほどをマダカ、マダカより大きいものをスズキという。同じ伊勢の桑名では、八寸ほどをセイゴ、一尺二寸ほどをマダカ、二尺近いものをハネという。
ハネの名は、ほかにも形を変えて出てきます。筑前の「稍大ナルヲハ子ゼト云」、讃岐の「一尺餘ナルヲコバ子ト云フ」、そして備前の一尺ほどのものもコバネで、寺島良安の『和漢三才図会』が六、七寸から一尺近いものを「波祢」(はね)と呼ぶと書いていたこと(鱸の漢字の記事で原本を読んでいる)と合わせると、ハネとその仲間の名前は、江戸よりも西の土地の呼び名として書きとめられています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目啓蒙』巻四十・NDL PID:2555494 コマ21・著作権保護期間満了)
右ページには、ほかに出雲の「一尺許ナルヲチウハント云」、伯耆のアンザシ、水戸のセツパが並んでいます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目啓蒙』巻四十・NDL PID:2555494 コマ21・著作権保護期間満了)
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翻刻
此魚大小ノ名諸州各異ナリ 筑前ニテハ六七寸ナルヲセイゴト云 稍大ナルヲハ子ゼト云一尺内外ヲハクラト云 讃州ニテハ六七寸ナルヲセイゴト云 或ハセイト云 一尺餘ナルヲコバ子ト云フ 雲州ニテハ一尺許ナルヲチウハント云 伯州ニテハアンザシト云 水戸ニテハセツパト云ヒ 一尺ニ過ルモノヲスズキト云フ 備前ニテハ三四寸ナルヲセイゴト云 七寸許ナルヲセイト云 一尺許ナル
現代語訳
この魚の大小による名前は国ごとに違う。筑前では六、七寸をセイゴ、少し大きいのをハネゼ、一尺前後をハクラ。讃岐では六、七寸をセイゴまたはセイ、一尺余りをコバネ。出雲では一尺ほどをチウハン。伯耆ではアンザシ。水戸ではセツパといい、一尺を過ぎるとスズキ。備前では三、四寸をセイゴ、七寸ほどをセイ、一尺ほどの(ものを、次の列でコバネという)。朱の書き入れは翻刻していない。
『日東魚譜』はフツコを「児」と書いた
備前の名前は、別の本にも出てきます。神田玄泉の『日東魚譜(にっとうぎょふ)』は漢文で魚を説明した写本で、国立国会図書館の巻二では海の鱸の項に彩色の絵が添えてあり、その右下に「児」と書いて、フツコとコハ子の二つの名を並べています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日東魚譜』巻二・神田玄泉撰著・写本・NDL PID:2558315 コマ14・著作権保護期間満了)
本文には「海鱸大者二三尺、形與河鱸無異、其児名呼弗津子、又備前方言呼名小羽祢也」とあって、海のスズキは大きいもので二、三尺、形は川のスズキと変わらず、その子を弗津子(フツコ)、備前の方言では小羽祢(コハネ)と呼ぶ、という書き方です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日東魚譜』巻二・神田玄泉撰著・写本・NDL PID:2558315 コマ14・著作権保護期間満了)
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翻刻
海鱸大者二三尺 形與河鱸無異 其児名呼弗津子 又備前方言呼名小羽祢也
現代語訳
海のスズキは大きいもので二、三尺、形は川のスズキと変わらない。その子はフツコと呼ぶ。また備前の方言ではコハネと呼ぶ。(返り点・送り仮名は省いた)
玄泉の書き方では、フツコはスズキになる手前の中くらいの段ではなく、大きなスズキに対する「子」の名前で、セイゴの名はこの項には出てきません。備前の名前は蘭山の本と同じコバネ(振り仮名は濁らずコハネ)で、大きさの順番は書かれていないものの、玄泉はスズキの子を、フツコと、備前の方言のコハネという二つの名前で呼んでいたことになります。
益軒は「セイゴトハ松江ナルヘシ」と推した
蘭山の本より百年ほど前、宝永6年(1709年)の貝原益軒『大和本草』は、川のスズキ(河鱸)の項に呼び名を書いています。海のスズキと形は同じで味は海のものにまさる、とほめたあとに、「其大者三四尺計、其小者六七寸アルヲセイゴト云、一尺内外ナルヲハクラト云」と続きます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原篤信・宝永6年刊・NDL PID:2557359 コマ14・著作権保護期間満了)
ハクラは蘭山が筑前の一尺前後の名として挙げた名前と同じで、益軒の本のほうが百年ほど早く書きとめています。続けて益軒は、中国の松江(しょうこう)の鱸も川のスズキで、『本草綱目』は長さ数寸と書いている、と引いたうえで、「セイゴトハ松江ナルヘシ」と書いています。松江には「セウゴウ」と振り仮名があり、小さなスズキをセイゴと呼ぶのは、数寸の小さな鱸で知られた松江の音から来たのだろう、という推測です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原篤信・宝永6年刊・NDL PID:2557359 コマ14・著作権保護期間満了)
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翻刻
秋尤多シテ味ヨシ 其大者三四尺計 其小者六七寸アルヲセイゴト云 一尺内外ナルヲハクラト云 味甚美ナリ小者性カロシ 中夏松江ノ鱸モ河鱸也 長數寸ト本草ニイヘリ セイゴトハ松江ナルヘシ
現代語訳
(夏)秋にとくに多く味がよい。大きいものは三、四尺ほど、小さい六、七寸のものをセイゴ、一尺前後のものをハクラという。味はたいへんよい。小さいものは性が軽い。中国の松江の鱸も川のスズキで、長さ数寸と本草(『本草綱目』)にいう。セイゴとは松江(せうごう)のことだろう。
益軒は「ナルヘシ」と推量で書いていて、言い切ってはいません。セイゴの語源をこれで決めることはできませんが、江戸の中ごろの学者がこの名前を中国の名産地の鱸と結びつけて考えていたことは、この一行から確かに読めます。
栗本丹洲の『皇和魚譜』は「一尺餘ナルヲフツコ」
江戸の後期になると、フツコはセイゴとスズキのあいだの段として書かれるようになります。天保9年(1838年)に刊行された栗本丹洲の『皇和魚譜』は、スヾキの項で夏に味がよく八月から身が痩せると書き、腸をクモワタと呼ぶことにふれたあと、大きさの名前を二つ挙げています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『皇和魚譜』巻二・栗本丹洲編 大淵常範校・天保9年刊・NDL PID:2537042 コマ50・著作権保護期間満了)
「小ナルヲセイゴト云、一尺餘ナルヲフツコト云」で、一尺余りのものがフツコです。続く一文は「本草ニ松江鱸長僅數寸ト云ハ時珍ノ誤ナリ」と、益軒が引いたのと同じ『本草綱目』の数寸を、李時珍の誤りだと退けています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『皇和魚譜』巻二・栗本丹洲編・天保9年刊・NDL PID:2537042 コマ50・著作権保護期間満了)
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翻刻
是ヲ忌ム 小ナルヲセイゴト云 一尺餘ナルヲフツコト云 本草ニ松江鱸長僅數寸ト云ハ時珍ノ誤ナリ 詳ニ
現代語訳
(病人は)これを避ける。小さいものをセイゴ、一尺余りのものをフッコという。『本草綱目』が松江の鱸を長さわずか数寸というのは李時珍の誤りである。詳しくは(『庶物類纂』に見える)。
益軒は数寸の松江の鱸をセイゴに重ね、丹洲は数寸という数字そのものを誤りとした、という食い違いになります。『本草綱目』の和刻本の余白にも、昔の持ち主が朱で「時珍見其小者耶」と書きつけていて、この数寸は江戸の読者がくり返し引っかかった数字でした(鱸の漢字の記事)。
『魚鑑』と梅園の「中年ニ至ル者ヲフツコ」
天保2年(1831年)の武井周作『魚鑑(うおかがみ)』は、名前の頭の仮名ごとに部を立てた本で、「せの部」に「せいご」を立てて「すゞき」を見よと送り、すの部のすゞきの項で「小なるをせいご」「少しく大なるをふつこ」と書いています。そのあとには出雲では「ちうはん」と呼ぶともあり、蘭山の本で出雲の一尺ほどのものとされたチウハンが、ここにも出てきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『魚鑑』巻の下・武井周作・天保2年刊・NDL PID:2557483 コマ40・著作権保護期間満了)
冒頭に掲げた毛利梅園の『梅園魚品図正』のスズキは、見開きの右上に「雲州ニテ」チウハンと書き、その左に「セイゴ」「フツコ」「スヽキ」を小さい順に並べています。見開きの中ほどの三行では、二、三尺の大きなものを鱸(スヽキ)、中年に至ったものを「フツコト云」、数寸の小さいものを「世伊古ト云」と、大きさと年の両方の言い方で書き分けていて、世伊古には「セイゴ」と振り仮名があります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園撰輯・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ50・著作権保護期間満了)
江戸の本をこうして並べると、セイゴという名は『日東魚譜』の鱸の項を除くどの本にも出てきて、いちばん小さいスズキの名前として揺らぎません。フツコのほうは、『日東魚譜』では大きなスズキに対する「児」の名前、文化2年の『本草綱目啓蒙』では江戸の二年目の名前、天保の『皇和魚譜』では一尺余りのもの、梅園では中年のもので、本によって指す段が少しずつ違いながらも、セイゴとスズキのあいだに置かれています。その段にあたる名前は西へ行くほど違っていて、伊勢と美濃ではマダカ、桑名ではマダカの上にハネ、讃岐と備前ではコバネ、出雲ではチウハンでした。
大きさで名前が変わる魚のほかの例は、ブリの出世魚の順番の記事でも江戸の本から読んでいます。
この記事でわかったこと
小さいほうからセイゴ→フッコ→スズキです(デジタル大辞泉「出世魚」)。
文化2年(1805年)跋の『本草綱目啓蒙』も、江戸では「一年ヲセイゴト云二年ヲフツコト云三年ヲスヾキト云フ」と書いています(NDL PID:2555494 コマ21)。
『本草綱目啓蒙』は伊勢の桑名で「二尺ニ近キモノヲハ子ト云」と書き、筑前のハネゼ、讃岐と備前のコバネも挙げています(NDL PID:2555494 コマ21)。
神田玄泉『日東魚譜』は備前の方言を「小羽祢」(コハネ)としています(NDL PID:2558315 コマ14)。
確かな説は分かっていません。
貝原益軒『大和本草』(宝永6年=1709年)は、中国の松江(セウゴウ)の鱸が数寸の小さな魚とされていることから「セイゴトハ松江ナルヘシ」と推測しています(NDL PID:2557359 コマ14)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 本草綱目啓蒙 48巻.[23]
蘭山小野先生 口授・小野職孝士徳 録 文化2 [1805] [跋]
- 日東魚譜.巻2
神田玄泉 撰著 [1---] [写]
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[7]
貝原篤信 宝永6 [1709]
- 皇和魚譜 2巻
栗本丹洲 編・大淵常範 校 天保9 [1838]
- 魚鑑 2巻.[2]
武井周作 天保2 [1831]
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