サワラの出世魚の順番 サゴシ・ヤナギと江戸の本の呼び名
この記事の目次
栗本丹洲(くりもとたんしゅう)の『魚譜』の巻物には、サワラが上下に二尾並んでいます。上の大きな一尾には「馬鮫魚 サハラ」、下の細身の一尾には「青箭」と書き、その脇に小さく「サゴシ方言」「信州飯田」と添えてあって、同じ魚の大小を描き分けた一枚になっています。サワラの出世魚の順番は、昭和17年(1942年)に渋沢敬三がまとめた『日本魚名集覧』では、関西や九州で幼魚をサゴシ、播磨と摂津で二尺ほどの若い魚をヤナギと呼び、その先がサワラで、東京では小形のものをサゴチと呼んでいました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『魚譜』第2軸・丹洲〔栗本丹洲〕画・写本・NDL PID:1287296 コマ14・著作権保護期間満了)
この並びは、江戸の本を開くと半分だけ見えてきます。小さいサワラをサゴシ(左古之・佐古之・さごし)と呼ぶことは、元禄の『本朝食鑑』から天保の『魚鑑』まで、どの本にもくり返し出てくるのに、二尺ほどの若い魚をヤナギと呼ぶ書き方も、東京のサゴチも、ここで開いた江戸の本には見つかりませんでした。かわりに江戸の本には、江戸の芝浜と鎌倉の漁師の呼び名として若菜子(ワカナコ)が出てきます。鰆という字の由来は鰆の漢字の記事で、ほかの魚を含めた一覧は出世魚の一覧と順番の記事で扱っています。
『日本魚名集覧』のサゴシ・サゴチ・ヤナギ
『日本魚名集覧』は、アチックミューゼアム彙報の第52として出た魚の名前の集成で、魚ごとに全国の呼び名を並べ、どの土地の名前かと、拠った資料の番号を添えています。サワラは353番の項で、国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで「サゴチ」と本文を引いたとき、「サゴチ東京」「ヤナギ播磨」が並んだページとして出てきました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『日本魚名集覧』第1部・渋沢敬三著・アチックミューゼアム・1942年・NDL PID:1905159 コマ133・著作権保護期間満了)
呼び名の欄から、大きさや年齢の添え書きのあるものを抜き出すと次のようになります(土地の名は原本の書き方のまま。番号は省いた)。
呼び名 | 土地 | 添え書き |
|---|---|---|
サゴシ | 土佐・長崎、關西・九州、田邊・宇和島、高知市、廣島縣、堺 | 幼 |
サゴチ | 東京 | 小形 |
ヤナギ | 播磨、攝津 | 若、2尺位 |
ワカナゴ | 江都芝濱・相州鎌倉 | サゴシ、幼 |
関西ではサゴシ、播磨と摂津ではそのあとにヤナギが入ってサワラになる、という順番がこの表から読めます。東京の行にあるのは小形のサゴチだけで、ヤナギにあたる中くらいの名前は東京については挙がっていません。サワラの名そのものは「#1, #2, #3, 沖縄縣#50, #67, etc.」と全国の資料に出ていて、ほかに對馬のオキサワラ、沖縄県のサーラ、播磨のサアラも並んでいます。
項の頭の註記には「五六月頃内海灣に入り六月には1寸,八月には3寸,翌年一月には1尺に成長する。3尺以上に達する。寒鰆を美味とする。」とあり、六月に一寸だったものが翌年の一月には一尺になる、という育ち方の説明です。サゴシの「幼」とヤナギの「若,2尺位」は、この成長の早さのなかで付けられた名前でした。
元禄の『本朝食鑑』は小さいものを左古之と呼んだ
サゴシの名は、江戸の前期の本にすでに出てきます。国立国会図書館の書誌で元禄10年(1697年)刊とされる人見必大の『本朝食鑑』は、巻九の江海無鱗の部の最初に鰆を立て、姿を説明したあとに、小さいものと大きいものの名前を続けて書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻九・人見必大著・NDL PID:2557334 コマ22・著作権保護期間満了)
左ページの「小曰左古之」の左古之には「サコシ」と振り仮名があり、色がいちばん鮮やかな青で矢のようなので、俗に「青箭」と呼ぶ、と続きます。そのあとが「或曰江都芝濱相州鎌倉之漁俗稱若菜子者是也然未詳」で、江戸の芝浜や相模の鎌倉の漁師が若菜子と呼ぶのがこれだとも言うが、まだはっきりしない、という一文です。若菜子の振り仮名は「ワカナコ」と読めます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻九・NDL PID:2557334 コマ22・著作権保護期間満了)
必大は芝浜と鎌倉の名を書きとめながら、「然未詳」と自分では確かめていないことをはっきり断っています。二百四十年あまりのちの『日本魚名集覧』も、ワカナゴの行に同じ「江都芝濱・相州鎌倉」を挙げて「サゴシ,幼」と添えていて、江戸の海辺の呼び名としては、この一行がいちばん古い手がかりになっています。
大きいほうについては「鰆之大曰沖鰆」、鰆の大きなものを沖鰆といい、形は平たく、長さ六、七尺、幅一、二尺で、味はいちばん劣り、漁師が獲ることもまれだ、と書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻九・NDL PID:2557334 コマ22・著作権保護期間満了)
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翻刻
肉白脂多味最甘美也小曰左古之色最鮮青如箭俗稱青箭或曰江都芝濱相州鎌倉之漁俗稱若菜子者是也然未詳鰆之大曰沖鰆状偏長六七尺廣一二尺味最劣漁人亦采之者希矣
現代語訳
身は白く脂が多く、味はたいへんよい。小さいものを左古之(サコシ)といい、色はあざやかな青で矢のようなので、俗に青箭と呼ぶ。江戸の芝浜や相模の鎌倉の漁師が若菜子(ワカナコ)と呼ぶものがこれだともいうが、まだ確かではない。鰆の大きなものを沖鰆といい、形は平たく、長さ六、七尺、幅一、二尺で、味はいちばん劣る。漁師もこれを獲ることはまれである。(返り点・送り仮名は省いた)
ただ、この沖鰆が、いまのサワラが育ちきったものなのかどうかは、この記述だけでは決められません。宝永6年(1709年)の『大和本草』もヲキサハラを長さ六、七尺で味が劣る魚として書いていて、『日本魚名集覧』はオキサワラを354番の別の項に立てています。江戸の本の沖鰆は、出世の最後の名前というより、大きな別の魚の名として扱われていた可能性があり、出世魚の順番には入れずにおきます。
益軒と良安の「青箭」は一尺ほどの小さいサワラ
貝原益軒の『大和本草』は、馬鮫魚(サハラ)の項で、腹が狭いから狭腹(サハラ)と名づけたと書いたあと、中国の『閩書』を引いて「其小者謂青箭」と続けています。この青箭の横に振られた仮名が「サゴシ」で、漢籍の青箭という名前に、日本の小さいサワラの呼び名をそのまま当てています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原篤信・宝永6年刊・NDL PID:2557359 コマ29・著作権保護期間満了)
益軒が書いているのは「小さいもの」というところまでで、何寸から何寸という大きさはありません。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・NDL PID:2557359 コマ29・著作権保護期間満了)
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翻刻
馬鮫魚 魚大ナレトモ腹小ニ狹シ故ニ狹腹ト名ツクサハ狹小 閩書曰青斑色無鱗有歯其小者謂青箭○
現代語訳
馬鮫魚(サハラ)。魚は大きいが腹は小さく狭い。それで狭腹と名づける。サは狭い、小さいの意。『閩書』に、青い斑の色で鱗がなく歯があり、その小さいものを青箭(サゴシ)という、とある。(「トモ」は原本では合字。返り点は省いた)
大きさを書き添えたのは寺島良安の『和漢三才図会』です。巻五十一の馬鮫の項は、見出しの下に「青箭魚」と並べて「俗云佐古之」と書き、本文では大きいものを「其大者三尺許」、小さいものを「其小者尺許色最青並肉白」としています。大きいものは三尺ほど、小さいものは一尺ほどで色がいちばん青く、身は白い、という書き分けで、益軒が「小さいもの」とだけ書いた青箭に、一尺ほどという目安が付いたことになります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十一・寺島良安編・NDL PID:2596382 コマ20・著作権保護期間満了)
同じ列には、春に盛んに出るので俗に鰆の字を使う、という字の説明もあって、鰆の字の話は鰆の漢字の記事で原本を読んでいます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻五十一・NDL PID:2596382 コマ20・著作権保護期間満了)
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翻刻
齒其大者三尺許春月盛出故俗用鰆字形狹長故稱狹腹狹腰乎其小者尺許色最青並肉白
現代語訳
(歯があり、)大きいものは三尺ほど。春に盛んに出るので、世間では鰆の字を使う。形が狭く長いので狭腹・狭腰と呼ぶのだろうか。小さいものは一尺ほどで、色はいちばん青く、身は白い。(返り点・送り仮名は省いた)
天保の『魚鑑』の「小なるをさごしといふ」
天保2年(1831年)の武井周作『魚鑑(うおかがみ)』は、魚の名の頭の仮名ごとに部を立てた仮名まじりの本で、さはらの項の書き出しがそのまま「小なるをさごしといふ」です。続けて「俗鰆の字を用ゆ」と字にふれ、漢名を馬鮫魚とし、左ページで大きなものは三尺に至り、六月から十月ごろまでが盛りだと書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『魚鑑』巻の下・武井周作・天保2年刊・NDL PID:2557483 コマ30・著作権保護期間満了)
本草書の漢文とちがって、ここでは「さごし」が平仮名で書かれていて、江戸の後期には、魚の名を引く人が知っていてよい、ふつうの呼び名として扱われていたことがうかがえます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『魚鑑』巻の下・NDL PID:2557483 コマ30・著作権保護期間満了)
ただし、周作も大きさの境目までは書いていません。小さいものがさごし、大きいものは三尺に至る、というところまでで、そのあいだの名前は『魚鑑』にも出てきません。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『魚鑑』巻の下・NDL PID:2557483 コマ30・著作権保護期間満了)
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翻刻
さはら 小なるをさごしといふ 俗鰆の字を用ゆ 漢名
現代語訳
さわら。小さいものをさごしという。世間では「鰆」の字を使う。漢名は(馬鮫魚)。
丹洲はサゴシを「狭腰」と読んだ
冒頭の巻物と同じ栗本丹洲の『栗氏魚譜』は、サワラとサゴシを別々の見開きに描いています。馬鮫魚の図には「和名サハラ其和訓即狹腹之意也」とサワラの名を腹の狭さから説き、次の青箭の図では、見出しの脇に「和俗サゴシ」と書いたうえで、『閩書』の「其小者謂青箭」を引き、「此モノサゴシト云ヘルハ亦狹腰之意ナルヘシ」と書いています。サワラが狭腹なら、サゴシは狭い腰だろう、という推量です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『栗氏魚譜』第1冊 巻1・栗本丹洲著・写本・NDL PID:1286795 コマ38・著作権保護期間満了)
「ナルヘシ」は推量で、丹洲も言い切ってはいません。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『栗氏魚譜』第1冊 巻1・NDL PID:1286795 コマ38・著作権保護期間満了)
巻物のほうの書き入れは、さらに具体的です。『本朝食鑑』の鰆の条を写したあとに、丹洲は左古之について「其長二尺許其味淡無毒可啖也」、長さは二尺ほど、味は淡く毒はなく食べられる、と書いていて、良安の一尺より大きな魚をサゴシとしています。続けて「左古之之名義亦狹腰之謂也」と同じ狭腰の説をくり返しています。最後には「文政癸未十一月念二日」の日付で、「信州方言佐古之」の魚について見立てを求められ、「乃作略図説而奉還」、略図と説明を作って返した、という趣旨の一文があります。文政癸未は文政6年(1823年)です。冒頭の図の「サゴシ方言」「信州飯田」という書き入れも、この信州の話と重なります。
江戸の本が書きとめたのは、小さいほうのサゴシ(青箭)と、大きなサワラ、それに芝浜と鎌倉の若菜子までで、出世の段をいくつも数える書き方はしていません。ヤナギやサゴチという中間や東京の名前が出てくるのは昭和の『日本魚名集覧』で、名前が変わる順番としてはサゴシ→ヤナギ→サワラと読める並びも、そこで初めて播磨・摂津の呼び名として表に出てきます。同じく大きさで名前が変わる魚は、ブリの出世魚の順番やスズキの出世魚の順番の記事でも江戸の本から読んでいます。
この記事でわかったこと
昭和17年(1942年)の渋沢敬三『日本魚名集覧』では、幼魚をサゴシ(関西・九州など)、二尺ほどの若い魚をヤナギ(播磨・摂津)と呼び、その先がサワラです。
東京では小形のものをサゴチと呼んでいました(NDL PID:1905159 コマ133)。
『日本魚名集覧』(1942年)では、小さいものを東京ではサゴチ(小形)、関西・九州などではサゴシ(幼)と呼び、播磨・摂津には若い魚の名としてヤナギ(若、2尺位)があります。
東京の行にはヤナギにあたる名前は挙がっていません(NDL PID:1905159 コマ133)。
あります。
元禄10年(1697年)刊の『本朝食鑑』は小さいものを左古之(振り仮名サコシ)とし(NDL PID:2557334 コマ22)、『大和本草』は青箭にサゴシと振り仮名をつけ(PID:2557359 コマ29)、『魚鑑』(天保2年=1831年)は「小なるをさごしといふ」と書いています(PID:2557483 コマ30)。
確かな説は分かっていません。
栗本丹洲は『栗氏魚譜』で「此モノサゴシト云ヘルハ亦狹腰之意ナルヘシ」と、サワラを狭腹とする説にならって狭い腰の意味だろうと推量しています(NDL PID:1286795 コマ38)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 魚譜.第2軸
丹洲<栗本丹州>//〔画〕
- 日本魚名集覧.第1部
渋沢敬三 著 1942
- 本朝食鑑 12巻.[3]
丹岳野必大千里 著 [江戸時代]
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[7]
貝原篤信 宝永6 [1709]
- 和漢三才図会 : 105巻首1巻尾1巻.[35]
寺島良安尚順 編 [江戸時代]
- 魚鑑 2巻.[2]
武井周作 天保2 [1831]
- 栗氏魚譜.第1冊 巻1
〔栗本丹州//著〕
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