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魚のことば

鯨飲馬食の意味 大正の大辞典は牛飲馬食だけを見出しにした

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この記事の目次

明治15年(1882年)の正月に出た『仙台名妓伝』は、仙台の遊廓の楼と芸妓を品定めした漢字カタカナ交じりの本で、そのなかの一節は、宴席でいちばん興ざめなのは楼の男衆がやって来て座り込むことだと書き、その飲み食いのさまを「鯨飮馬食」と呼んでいます。鯨飲馬食(げいいんばしょく)の意味は、鯨が水を飲むように酒を飲み、馬のように食べること、つまり大いに飲んで大いに食うことで、明治41年(1908年)の『実用新辞典』は、これを「大に飮み大に食ふこと」と短く説明しています。

『鯨及海豚之図』のマッコウクジラの彩色図。四角く大きな頭、赤い口に並ぶ歯、そばを泳ぐ子鯨
写本『鯨及海豚之図』の一図。右上の見出しは「マツカウクシラ」。四角い大きな頭と、赤く塗った下あごに歯が並ぶ口が描かれ、右下の子鯨のわきには「子昼ハ腹外ニ遊ヒ夜ハ腹中ニ入ル」と書き入れがある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『鯨及海豚之図』3巻[2]・写本・書写年不明・NDL PID:2567842 コマ8・著作権保護期間満了)。ページの台紙と物差しを除いて切り出した

四字のうち、魚へんの字は頭の「鯨」だけです。同じ形の言い方に「牛飲馬食」があり、大正4年(1915年)からの『大日本国語辞典』は、牛飲馬食を見出しに立てる一方、鯨飲馬食は見出しにしていません。辞典に載っていたのは鯨のほうの二字「鯨飲」で、明治の漢文辞典はその出どころを、唐の杜甫の詩にある「長鯨」だとしています。

明治の辞典にある鯨飲馬食と鯨飲

『実用新辞典』は森本樵作の編で、開文館から明治41年に出た辞典です。見出しの語を大きな字で掲げ、右に小さく読みを振り、〔名〕〔形〕といった品詞の印のあとに意味を書く作りで、鯨飲馬食には〔句〕の印が付いています。名詞ではなく、ひとまとまりの句として扱っているわけで、意味は一行で終わっています。

『実用新辞典』コマ339の見開き。小さな字の見出しがぎっしり並ぶ辞典のページ
『実用新辞典』の見開き。左ページの右端近く、中ほどの段に「鯨飮馬食」の見出しがある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(森本樵作編『実用新辞典』・開文館・明治41年・NDL PID:862944 コマ339・著作権保護期間満了)

左ページの右寄りに、鯨飮馬食の四字が大きく出ています。左隣の見出しは鑷合(けぬきあわせ)で、辞典らしく、意味の上では何のつながりもない語と肩を並べています。同じ辞典の10コマほど前には二字の「鯨飮」も立っていて、こちらは読みをゲイインと振り、〔名〕の印のあとに「多量に酒を飮むこと」とあります。すぐ左は「鯨鯢」で、意味の一つめに「くぢら」と書いてあります。二字なら名詞で酒の話、四字なら句で飲み食いの話、と一冊のなかで書き分けているわけです。

『実用新辞典』コマ339の「鯨飮馬食」の項と翻刻
「鯨飮馬食 〔句〕大に飮み大に食ふこと。」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(森本樵作編『実用新辞典』・明治41年・NDL PID:862944 コマ339・著作権保護期間満了)
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翻刻

鯨飮馬食 〔句〕大に飮み大に食ふこと。

現代語訳

大いに飲み、大いに食うこと。見出しの右に小さく読みがなが振ってある。

それより前、明治22年(1889年)の高橋五郎編『和漢雅俗いろは辞典』は、全文検索では四字の形が出てきませんでしたが、「鯨飲」の二字なら、少なくとも二つの見出しの下に顔を出します。この辞典は、見出しの語に、同じ意味の漢語と和語を並べていく書き方をしていて、「げいいん」の項には「鯨飮、いたくのむ、おほざけのむ」とあります。和語の「おほのみ」の項を引くと、今度は「大飮、健飮、鯨飮、强飮、おほいにのむこと」と、大酒を言う漢語が四つ並び、そのひとつが鯨飲です。食べるほうの話はどちらにも出てこず、二字の鯨飲は、もっぱら酒をたくさん飲むことを言う語として載っています。

『和漢雅俗いろは辞典』コマ369の「げいいん」の項と翻刻
「げいいん[する] 鯨飮、いたくのむ、おほざけのむ」。二つ右の列は「けいいう(名)鯨油、くじらあぶら」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(高橋五郎編『和漢雅俗いろは辞典』・明治22年・NDL PID:863660 コマ369・著作権保護期間満了)
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翻刻

げいいん[する] 鯨飮、いたくのむ、おほざけのむ

現代語訳

見出しは「げいいん」。漢語の鯨飲に、和語の「いたくのむ」「おほざけのむ」を並べる。

二つ右の見出しは「けいいう」で、鯨油に「くじらあぶら」と添えてあります。同じ鯨の字でも、こちらは本物の鯨からとった油です。

「鯨飮馬食」の四字の大写し。右は辞典の見出し、左は字の脇に点を打った漢文調の本文
右は『実用新辞典』コマ339の見出し「鯨飮馬食」、左は『仙台名妓伝』初篇コマ38の本文の「鯨飮馬食」(字の右の点は原本の傍点)。二か所を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『実用新辞典』明治41年・NDL PID:862944 コマ339/『仙台名妓伝』初篇・明治15年・NDL PID:768115 コマ38・いずれも著作権保護期間満了)

大日本国語辞典の牛飲と鯨飲

上田万年と松井簡治の『大日本国語辞典』は、大正4年に第1巻、翌年に第2巻が金港堂書籍から出ました。第1巻の「き」の部に、「ぎう-いん」(牛飲)と「ぎういん ばしょく」(牛飲馬食)が続けて立っています。牛飲の説明は「牛の水を飮む如く暴飮すること」で、用例に「牛飮馬食」を挙げ、さらに『史記』から、紂王が酒の池をこしらえた話の一節を引いています。読めるのは、「牛飮者、三千餘人」という、牛のように飲む者が三千人あまりいたというくだりです。

『大日本国語辞典』第1巻コマ532の「ぎう-いん(牛飮)」と「ぎういん ばしょく(牛飮馬食)」の項と翻刻
「ぎう-いん 牛飮 牛の水を飮む如く暴飮すること。「牛飮馬食」史記〈……〉「紂爲酒池、廻船……丘而牛飮者、三千餘人爲……」」「ぎういん ばしょく 牛飮馬食 牛の如く飮み、馬の如く食ふこと。大いに飮み、大いに食ふこと。暴飮暴食。」小さな割注と、字を確定できなかった箇所は……とした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(上田万年・松井簡治『大日本国語辞典』第1巻・金港堂書籍・大正4年・NDL PID:954645 コマ532・著作権保護期間満了)
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翻刻

ぎう-いん 牛飮 牛の水を飮む如く暴飮すること。「牛飮馬食」史記〈……〉「紂爲酒池、廻船……丘而牛飮者、三千餘人爲……」ぎういん ばしょく 牛飮馬食 牛の如く飮み、馬の如く食ふこと。大いに飮み、大いに食ふこと。暴飮暴食。

現代語訳

牛飲は、牛が水を飲むように暴飲すること。牛飲馬食は、牛のように飲み馬のように食うこと。〈……〉は小さな割注、……は字を確定できなかった箇所。

次の牛飲馬食の項は「牛の如く飮み、馬の如く食ふこと。大いに飮み、大いに食ふこと。暴飮暴食。」と三段に言い換えています。最後に「暴飲暴食」を置いているところに、ただの大食いではなく、度を越した飲み食いだという含みが出ています。

鯨のほうは第2巻の「け」の部にあります。「げい-いん」の見出しに鯨飲をあて、「鯨の水を飮む如く、酒などを多量に飮むこと。」と書いています。牛飲の説明とほとんど同じ組み立てで、違いは、牛飲が「暴飲」と言い切るのに対して、鯨飲は「酒など」と飲む物をはっきりさせているところです。そして、この項のすぐ次は「けい-う」(軽雨)で、げいいんばしょくの見出しはそこにありません。牛と馬の四字は見出しになり、鯨と馬の四字は見出しにならなかった、というのが、この辞典の扱いです。

『大日本国語辞典』第2巻コマ117の「げい-いん(鯨飮)」の項と翻刻
「げい-いん 鯨飮 鯨の水を飮む如く、酒などを多量に飮むこと。」左の列は次の見出し「けい-う 輕雨」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(上田万年・松井簡治『大日本国語辞典』第2巻・金港堂書籍・大正5年・NDL PID:954646 コマ117・著作権保護期間満了)
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翻刻

げい-いん 鯨飮 鯨の水を飮む如く、酒などを多量に飮むこと。

現代語訳

鯨が水を飲むように、酒などをたくさん飲むこと。次の見出しは「けい-う(輕雨)」。

使われた量でも、二つの四字には差があります。国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーの全文検索(2026年10月24日)で引くと、鯨飲馬食を含む本は122冊、牛飲馬食は722冊が出てきました。OCRが読めた範囲の数なので目安にとどまりますが、明治から昭和の初めの本では、牛のほうがずっとよく使われていたことは分かります。意味の違いを辞典の説明から探すと、鯨飲の二字にだけ「酒」がはっきり書かれている、という一点に行き着きます。

杜甫の長鯨と、鯨飲の二字

鯨飲という語がどこから来たかを、明治43年(1910年)の杉山孚富編『漢文辞林』が書いています。漢籍の語を集め、項目ごとに〔孟子〕〔詩經〕のように出典の書名を添えた辞典で、【鯨飮】の項は「大に酒を飮むをいふ。杜甫の飮中八仙歌に飲むこと長鯨(くぢら)の百川を吸ふが如しとあり」。鯨飲は大酒のことで、その鯨は、杜甫の詩で百の川を吸い込む大きな鯨だ、という説明です。

『漢文辞林』コマ44の【鯨飮】の項と翻刻
「【鯨飮】大に酒を飮むをいふ。杜甫の飮中八仙歌に飲むこと長鯨(くぢら)の百川を吸ふが如しとあり」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(杉山孚富編『漢文辞林 一覧速成』・三好東華堂・明治43年・NDL PID:862739 コマ44・著作権保護期間満了)
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翻刻

【鯨飮】大に酒を飮むをいふ。杜甫の飮中八仙歌に飲むこと長鯨(くぢら)の百川を吸ふが如しとあり

現代語訳

大いに酒を飲むこと。杜甫の「飲中八仙歌」に、飲むことは長鯨が百の川を吸うようだ、とある。

飲中八仙歌は、酒好きの八人を一人ずつ詠んだ詩で、『唐詩選』にも入っています。服部南郭が『唐詩選』に口語の解をつけた『唐詩選国字解』の明治15年の刊本を開くと、「飮中八仙歌」の題のあとに、問題の句が大きな字で刷られています。

『唐詩選国字解』コマ32の見開き。大きな字の詩句と、その間に小さな字でびっしり書かれた解
『唐詩選国字解』の見開き。右ページの左端に題「飮中八仙歌」、左ページの左寄りに「如長鯨吸百川」の句がある。大きな字が詩の本文、小さな字が南郭の解。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(服部南郭『唐詩選国字解』巻之1-4・小林新兵衛・明治15年刊・NDL PID:895351 コマ32・著作権保護期間満了)

題のすぐ下に、南郭はこの詩の題そのものの解を小さな字で書き込んでいます。杜甫が友とするすぐれた人々はみな酒飲みの仲間で、凡骨ではないから「仙」の字を加えた、といい、続けて「皆大酒ノミノ無性者ヂヤトイフ意」と言い切っています。八人の仙人と持ち上げておいて、要するにみな大酒飲みのだらしない連中だ、という読み方で、注釈者の遠慮のなさがよく出ています。その八人のうちの一人を詠んだのが、鯨の出てくる句です。

句は「左相日興費萬錢、飲如長鯨吸百川、銜杯樂聖稱避賢」。南郭は、左相とは李適之のことだとし、この句を「ソウジテ大酒ヲ飲ムヿハ長鯨ノ百川ヲ吸コムヤウデアル」と話し言葉に直しています(ヿは「コト」を一字につづめた字)。気が向いて酒盛りを始めれば一日に万銭を使い、飲むさまは、大きな鯨が百の川を吸い込むようだ、という一人の酒豪の姿です。

『唐詩選国字解』コマ32の「左相日興費萬錢飲/如長鯨吸百川……」の句と南郭の解の翻刻
「左相日興費萬錢飲/如長鯨吸百川銜杯樂聖稱避賢/左相ハ李適之ヂヤ……/……ソウジテ大酒ヲ飲ムヿハ長鯨ノ百川ヲ吸コムヤウデアル……」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(服部南郭『唐詩選国字解』・明治15年刊・NDL PID:895351 コマ32・著作権保護期間満了)
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翻刻

左相日興費萬錢飲如長鯨吸百川銜杯樂聖稱避賢左相ハ李適之ヂヤ…………ソウジテ大酒ヲ飲ムヿハ長鯨ノ百川ヲ吸コムヤウデアル……

現代語訳

杜甫の詩の一節「左相日興費萬錢、飲如長鯨吸百川」と、南郭の解。南郭は左相を李適之とし、「総じて大酒を飲むことは、長鯨が百の川を吸い込むようだ」と言い換える。ヿは「コト」をつづめた字。

詩のなかで「飲」と「鯨」は同じ句に入っていますが、「鯨飲」と二字続きにはなっていません。飲むことは長鯨が百川を吸うようだ、という比喩が、のちに鯨飲という二字の語に縮まった、というのが『漢文辞林』の説明の筋で、その二字がいつ、どの本で最初に熟語として使われたのかは、今回開いた本からは確かめられませんでした。鯨飲馬食の四字についても、同じです。

「如長鯨吸百川」の句と【鯨飮】の見出しの大写し
右は『唐詩選国字解』コマ32の句「如長鯨吸百川」(字の脇の小さなカナは訓点と送り仮名)、左は『漢文辞林』コマ44の見出し「【鯨飮】」(振り仮名ゲイイン)。二か所を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『唐詩選国字解』明治15年刊・NDL PID:895351 コマ32/『漢文辞林』明治43年・NDL PID:862739 コマ44・いずれも著作権保護期間満了)

明治15年の、二つの宴席

全文検索で鯨飲馬食を引いたとき、年の分かる本のなかで最も早く出てきたのが、冒頭の『仙台名妓伝』初篇でした。江戸時代の本はOCRがくずし字を読み切れないので、これがいちばん古い用例だとは言えません。痴雲居士の著、白花仙史の評で、明治15年1月に裳華房から出ています。問題の一節は「雅遊ノ境ヲ論ス」と題した章にあり、遊廓の楼をひとつずつ比べたあとに続きます。

『仙台名妓伝』初篇コマ38の見開き。上の欄外に短い評、下に漢字カナ交じりの本文が並ぶ
『仙台名妓伝』初篇の見開き。右ページに章の題「雅遊ノ境ヲ論ス」、左ページの右寄りに「鯨飮馬食」の一行がある。上の欄外に短い評が刷られている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(痴雲居士著・白花仙史評『仙台名妓伝』初篇・裳華房・明治15年・NDL PID:768115 コマ38・著作権保護期間満了)

本文は「而テ尤モ殺風景ナルハ樓奴ノ來テ宴ニ侍スルナリ鯨飮馬食肴核狼籍且ツ纏頭ヲ得サレハ敢テ去ラス飯上ノ蒼蠅ノ如ク一見嘔セントス」。楼の男衆が宴席に来て座り込み、大いに飲み食いして肴を食い散らし、祝儀をもらうまでは帰らない、飯にたかる蠅のようで見るだに胸が悪くなる、という悪口です。このページの上の欄外には「眞箇可厭」「眞箇可惡」と評が付いています。ここでの鯨飲馬食は、豪快さをほめる言葉ではなく、品のない飲み食いをけなす言葉として使われています。

『仙台名妓伝』初篇コマ38の「鯨飮馬食」を含む三列と翻刻
「而テ尤モ殺風景ナルハ樓奴ノ來テ宴ニ侍スルナリ鯨飮馬食肴核狼籍且ツ纏頭ヲ得サレハ敢テ去ラス飯上ノ蒼蠅ノ如ク一見嘔セントス」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(痴雲居士著・白花仙史評『仙台名妓伝』初篇・明治15年・NDL PID:768115 コマ38・著作権保護期間満了)
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翻刻

而テ尤モ殺風景ナルハ樓奴ノ來テ宴ニ侍スルナリ鯨飮馬食肴核狼籍且ツ纏頭ヲ得サレハ敢テ去ラス飯上ノ蒼蠅ノ如ク一見嘔セントス

現代語訳

いちばん興ざめなのは、楼の男衆が宴席に来て座り込むことだ。大いに飲み食いして肴を食い散らし、祝儀をもらわなければ帰らない。飯にたかる蠅のようだ。

同じ明治15年の11月には、東京の吉原を舞台にした『夢遊余談吉原新繁昌記』初編が出ていて、こちらには牛飲馬食が出てきます。悪人たちが思いがけない大金を手にして、「相集まつて酒肴を調へ牛飲馬食」し、だましがうまくいったのを祝う場面で、このあと、だまされた側が怒って警察に訴え出ようとする筋に続きます。

『夢遊余談吉原新繁昌記』初編コマ22の「牛飲馬食」を含む二列と翻刻
「惡漢等思はざるの巨利を博し福德の三年目。相集まつて酒肴を調へ牛飲馬食……其騙策の成就したるを祝す」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(夢遊仙史著『夢遊余談吉原新繁昌記』初編・法木徳兵衛・明治15年・NDL PID:768233 コマ22・著作権保護期間満了)
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翻刻

惡漢等思はざるの巨利を博し福德の三年目。相集まつて酒肴を調へ牛飲馬食……其騙策の成就したるを祝す

現代語訳

悪漢たちは思いもよらない大もうけをして、集まって酒と肴をととのえ、大いに飲み食いして、だましの成功を祝う。

仙台の本は鯨、吉原の本は牛と、同じ年の二冊が別の動物を選んでいますが、どちらも、行儀の悪い連中が人の金で飲み食いする場面に使っているところは一緒です。辞典の説明は「大いに飲み、大いに食う」と中立に書いていても、用例のほうは、ほめ言葉より悪口に寄っています。鯨という字の成り立ちは鯨の漢字の由来に、江戸の鯨組と鯨の名前の話はザトウクジラの名前の由来に書きました。

この記事でわかったこと

  • 鯨が水を飲むように酒を飲み、馬のように食べること、つまり大いに飲み大いに食うことです。

    明治41年の『実用新辞典』は「大に飮み大に食ふこと」と説明しています(NDL PID:862944 コマ339)。

  • げいいんばしょくと読みます。

    大正5年の『大日本国語辞典』第2巻は、鯨飲を「げい-いん」の見出しで立てています(NDL PID:954646 コマ117)。

  • 意味はほぼ同じで、どちらも大いに飲み食いすることです。

    大正4年の『大日本国語辞典』は牛飲馬食を見出しに立て「牛の如く飮み、馬の如く食ふこと」と書いていますが(NDL PID:954645 コマ532)、鯨飲馬食の見出しはありません。鯨飲の項は「酒などを多量に飮むこと」と、飲む物を酒と書いています(NDL PID:954646 コマ117)。

  • 明治43年の『漢文辞林』は、杜甫の「飲中八仙歌」に、飲むことは長鯨が百川を吸うようだとあるのによる、と説明しています(NDL PID:862739 コマ44)。

    その句「飲如長鯨吸百川」は『唐詩選国字解』で確かめられます(NDL PID:895351 コマ32)。

この記事で開いた原本

どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。

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