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魚の数え方一覧 タコの「一杯」は誤りと書いた江戸の本

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この記事の目次

魚の数え方は一匹や一尾だけではなく、『数え方の辞典』のコラムによれば、イカやカニは生きているときは「1匹」、商品になって市場に出ると「1杯」と数えるそうで、タコも同じように「1杯」です。ところが江戸時代のはじめ、元和3年(1617年)の手紙の作法の一覧は、蛸を「一はい二はい」と数えるのを、してはいけない書き方の一つに挙げていました。江戸から明治の本に出てくる魚の数え方を一覧にすると、次のようになります。

『梅園魚品図正』巻一。見開きいっぱいに描かれたタコ
八本の腕が紙の外へはみ出しそうな勢いで広がり、吸盤が一つずつ白く描き分けられている。右上に「章魚」、その脇に「章擧」、左上に「海蛸子」の名が書き添えられている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・NDL PID:1287112 コマ35・著作権保護期間満了)

数え方

何を数えるか

書いてある本

一喉(一こん)・一尾

魚ぜんぱん(諸魚)

当世用文章。「一喉」の字は壒嚢鈔

一枚

鯛、鮒、鱒、鰈

当世用文章。鯛は諸聞書条々にも

一本

鰹のたぐい(鰡、鱸、鰤、鱵魚、鰆、鰻鱺、大口魚)

当世用文章

一尺・一隻

鮭

諸聞書条々、貞丈雑記、当世用文章

一折

鮒、鯉、蝦。数が八つ以上のとき

当世用文章

一抔(はい)

烏賊、蛸、鮑

当世用文章

一はい

貝の類、かざめ(蛸は「あやまり」)

諸聞書条々

一筋

なまこ

諸聞書条々

一連

鯣(するめ)、鰹節

当世用文章

一桶

水母(くらげ)

当世用文章

一篭

蛤

当世用文章

(当世用文章は明治9年=1876年の手紙の文例集。壒嚢鈔は正保3年=1646年に刷られた本。諸聞書条々は武家の作法書の写本。貞丈雑記は江戸時代の中ごろの考証の本です。)

明治9年の一覧では、鯛は一枚、鮭は一尺、鰹は一本

本文を言葉で検索できる「次世代デジタルライブラリー」で「魚の数へ」と引いても、江戸時代までの本は一冊も出てきませんでした。そこで「鮭一尺」「蛸一杯」「一はい二はい」と、数え方そのものを入れて引くと、出てくるのは手紙の書き方の本と、武家の作法の本です。手紙や目録に物の数をどう書くかという作法の一つとして、魚の数え方は書かれていたのです。

いちばん読みやすいのは、『頭書 当世用文章』という明治9年(1876年)の手紙の文例集で、巻之二のコマ52を開くと、下の大きな字が手紙の文例、その上の細い段に魚の名前が並んでいます。

『頭書 当世用文章』巻之二コマ52の見開き。下の段に大きなくずし字の手紙の文例、上の細い段に魚の名前が並ぶ
『頭書 当世用文章』の見開き。下の段の大きな字が手紙の文例。上の細い段に、右ページは「鮒」から「蝦」まで、左ページは「簀巻」から「熨斗鮑」までの数え方が刷ってある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『頭書 当世用文章』巻之二・宇喜多小十郎ほか著・明治9年・NDL PID:866353 コマ52・著作権保護期間満了)

一つ前のコマ51の上の段に「魚介類」という見出しがあって、そこから数え方が始まります。

『頭書 当世用文章』コマ51の上段「魚介類」の部分と翻刻
「○魚介類/諸魚 一喉 一尾 一丙 一折/惣して七ツまでハ員數/とすべし 八ツ以上ハ一/折と書べし」。「一丙」の読みは分からなかった。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『頭書 当世用文章』巻之二・宇喜多小十郎ほか著・明治9年・NDL PID:866353 コマ51・著作権保護期間満了)
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翻刻

○魚介類諸魚 一喉 一尾 一丙 一折惣して七ツまでハ員數とすべし 八ツ以上ハ一折と書べし

現代語訳

魚介類。魚ぜんぱんは一喉、一尾、(一丙)、一折。おおよそ七つまでは数を書き、八つ以上は一折と書くこと。

「諸魚 一喉 一尾」、魚ぜんぱんは一喉、一尾とあり、続けて「惣して七ツまでハ員數とすべし 八ツ以上ハ一折と書べし」、七つまでは数を書き、八つ以上は「一折」と書きなさい、という手紙の作法が書かれています。手紙の文例集ですから、ここに並ぶのは魚屋が店先で数える言葉というより、贈り物の目録や手紙に書くときの書き方です。ページをめくると、魚ごとの数え方になります。

『頭書 当世用文章』コマ52右ページの上段。鮒から蝦までの数え方と翻刻
右から「鮒 一枚 一折 鯛 一枚」「鯉 一折 鮭 一尺 一隻」「鱒 鰈 一枚」「年魚 一」「鰡 鱸 鰤 鱵魚」「鰆 鰻鱺 大口魚」「鰹 このるい 一本」「烏賊 蛸 一抔」「蝦 一折 挾鯖 一挾」。振り仮名はマス、カレイ、アユ、ナヨシ、スズキ、ブリ、サヨリ、サハラ、ウナギ、タラ、サケ、サシサバ。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『頭書 当世用文章』巻之二・宇喜多小十郎ほか著・明治9年・NDL PID:866353 コマ52・著作権保護期間満了)
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翻刻

鮒 一枚 一折 鯛 一枚鯉 一折 鮭 一尺 一隻鱒 鰈 一枚年魚 一鰡 鱸 鰤 鱵魚鰆 鰻鱺 大口魚鰹 このるい 一本烏賊 蛸 一抔蝦 一折 挾鯖 一挾

現代語訳

鮒は一枚または一折、鯛は一枚。鯉は一折、鮭は一尺または一隻。鱒と鰈は一枚。鮎は「一」とだけある。ボラ、スズキ、ブリ、サヨリ、サワラ、ウナギ、タラ、カツオ、この類は一本。烏賊と蛸は一抔。蝦は一折、刺鯖は一挾。

右から読むと、「鮒 一枚 一折」「鯛 一枚」でフナは一枚か一折、タイは一枚、「鮭 一尺 一隻」でサケは一尺または一隻、「鱒 鰈 一枚」でマスとカレイも一枚です。そのあとは鰡、鱸、鰤、鱵魚、鰆、鰻鱺、大口魚と魚の名前だけが並び、振り仮名は順にナヨシ、スズキ、ブリ、サヨリ、サハラ、ウナギ、タラで、ナヨシ(名吉)はボラの別の名前です。鰹のあとに「このるい 一本」とあるので、ここまでの魚をまとめて、この類は一本、と読めます。その左の列にイカとタコが出てきます。

『頭書 当世用文章』コマ52の「鰹 このるい 一本」と「烏賊 蛸 一抔」の大写し
右が「鰹 このるい 一本」、左が「烏賊 蛸 一抔」。コマ52の右ページ上段から、隣りあう二列を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『頭書 当世用文章』巻之二・宇喜多小十郎ほか著・明治9年・NDL PID:866353 コマ52・著作権保護期間満了)

「烏賊 蛸 一抔」、イカとタコは一抔で、字は木へんの「杯」ではなく、手へんの「抔」で刷られています。左ページには、干したものと貝が続きます。

『頭書 当世用文章』コマ52左ページの上段。簀巻から蛤までの数え方と翻刻
右から「簀巻 一巻」「鯣 鰹節 一連 一折」「水母 一桶」「貝類ハ一折一鉢といふ」「鮑ハ一抔二抔と(二字略)」「蛤ハ何ほ入ても一篭/と書なり」。略した二字は読めなかった。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『頭書 当世用文章』巻之二・宇喜多小十郎ほか著・明治9年・NDL PID:866353 コマ52・著作権保護期間満了)
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翻刻

簀巻 一巻鯣 鰹節 一連 一折水母 一桶貝類ハ一折一鉢といふ鮑ハ一抔二抔と(二字略)蛤ハ何ほ入ても一篭と書なり

現代語訳

簀巻きは一巻。するめと鰹節は一連または一折。くらげは一桶。貝類は一折、一鉢という。鮑は一抔二抔。蛤はどれだけ入れても一篭と書く。

「鯣 鰹節 一連」でするめと鰹節は一連、「水母 一桶」でクラゲは一桶、「鮑ハ一抔二抔」でアワビはイカやタコと同じ「抔」の字です。「蛤ハ何ほ入ても一篭と書なり」、ハマグリはいくつ入れても一篭と書く、ともあります。左ページの左端は熨斗鮑(のしあわび)で、「幾本と書べし」、幾本と書きなさい、という指示です。のしの正体がアワビだという話は「のし」の由来で読みました。

鰹を「連」で数えるのはずっと古くからで、平城京の跡から出た荷札の木簡にも出てきます。

駿河国から「調 荒堅魚」を納めた荷札木簡(平城京跡出土・奈良文化財研究所蔵)
同じ木簡の表と裏。釈文は「駿河国駿河郡古家郷猪津里…調荒堅魚七連九節」(ColBaseによる)。
出典:ColBase(国立文化財機構)/奈良文化財研究所蔵 CC BY 4.0

釈文の終わりは「七連九節」で、カツオを「連」と「節」で数えています。この木簡はカツオの語源は「堅魚」でも読みました。

「一喉」と書いて「一こん」

最初に出てきた「一喉」の喉は、のどの字です。この数え方を問いと答えで説明しているのが『壒嚢鈔(あいのうしょう)』で、国立国会図書館の書誌は行誉(ぎょうよ)という人の著としています。正保3年(1646年)に刷られた版の第1冊、コマ57です。

『壒嚢鈔』コマ57、魚の「一コン」を説明した三列と翻刻
「魚ノ一コント云何ノ字ソ 一喉ト書也 コウヲコン/トヨム類ヒ多シ 鎹ヲモ一コン 二コント云 其字ハ鈎ナ/ルヘシ 鈎ハツル也 一ツリ二ツリト云心也 是モコウヲ」(文は次の列へ続く)。上の黒い札は項目の番号「五十九」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『壒嚢鈔』第1冊・行誉・正保3年刊・NDL PID:2597262 コマ57・著作権保護期間満了)
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翻刻

魚ノ一コント云何ノ字ソ 一喉ト書也 コウヲコントヨム類ヒ多シ 鎹ヲモ一コン 二コント云 其字ハ鈎ナルヘシ 鈎ハツル也 一ツリ二ツリト云心也 是モコウヲ

現代語訳

魚の「一こん」というのは何の字か。「一喉」と書くのである。コウをコンと読む例は多い。かすがいも一こん、二こんと言う。その字は「鈎」だろう。鈎は釣るである。一釣り、二釣りという意味である。これもコウを(次の列へ続く)

「魚ノ一コント云何ノ字ソ 一喉ト書也」、魚を「一こん」と言うのは何の字か、一喉と書くのだ、と答え、続けて「コウヲコントヨム類ヒ多シ」、喉は「コウ」だがそれを「コン」と読む例は多い、と説明しています。魚を「一こん、二こん」と数えて字は「喉」と書く、という数え方が1646年に刷られた本に載っていて、明治9年の「諸魚 一喉」はこれを受け継いだものでした。

タコの「一はい」は「大にあやまり」

明治9年の本で「一抔」だったイカとタコを、もっと古い本で探そうと「一はい二はい」で検索すると、明治31年(1898年)に活字になった『史籍集覧』の一冊が出てきます。そこに収められた「書札三百八十箇條」で、書札は手紙のことです。

『史籍集覧』続34コマ28の見開き。「之事」で終わる短い条が活字で並ぶ
「書札三百八十箇條」の一部。どの条も「〜之事」で終わる。右ページの右から2行目に「蛸」の字がある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(「書札三百八十箇條」・『史籍集覧』続34・近藤瓶城編・明治31年・NDL PID:769697 コマ28・著作権保護期間満了)

「〜之事」で終わる短い条がずらりと並んでいて、右ページの右の二行が目当ての箇所です。

「書札三百八十箇條」コマ28の右端の二行と翻刻
「一虵辛螺榮螺海鏡之外一貝二貝之事/一生海鼠一はい二はい蛸一はい二はい之事」。一行目の最初の字は、虫へんに「也」の形に刷られている。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(「書札三百八十箇條」・『史籍集覧』続34・近藤瓶城編・明治31年・NDL PID:769697 コマ28・著作権保護期間満了)
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翻刻

一虵辛螺榮螺海鏡之外一貝二貝之事一生海鼠一はい二はい蛸一はい二はい之事

現代語訳

虵、辛螺(にし)、栄螺(さざえ)、海鏡のほかを一貝二貝と言うこと。なまこを一はい二はい、蛸を一はい二はいと言うこと。

「生海鼠一はい二はい蛸一はい二はい之事」、なまこを一はい二はい、蛸を一はい二はいと言うこと、とあって、これだけ読むと、そう数えなさいという一覧に見えます。最初はそう読んでしまったのですが、一覧の題と末尾を見ると、話が逆になります。

「書札三百八十箇條」の題「文言心得不宜條々三百八十箇條」、末尾「右三百八十箇條不宜也」、日付「元和三年初春日」の大写し
右からコマ22の題「文言心得不宜條々三百八十箇條」、コマ30の末尾「右三百八十箇條不宜也」、同じコマの日付「元和三年初春日」。三か所を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(「書札三百八十箇條」・『史籍集覧』続34・近藤瓶城編・明治31年・NDL PID:769697 コマ22・30・著作権保護期間満了)

題は「文言心得不宜條々」、言葉づかいの心得として宜しくない条々で、末尾は「右三百八十箇條不宜也」、右の三百八十か条は宜しくない、と締めくくられています。並んでいたのは手紙でしてはいけない書き方の一覧で、蛸を「一はい二はい」と数えるのは、その一条だったのです。日付は「元和三年初春日」、元和3年は1617年で江戸時代のはじめにあたり、その下に「平尚裕」という名があります。末尾の文には、もとは三百六十か条だったものに「慶長之末」に書き足して三百八十か条にした、ともあります。

タコの「一はい」がなぜいけないのか、理由まで書いた本も同じ検索で出てきました。『伊勢家礼式雑書』という手書きの本で、国立国会図書館の書誌は著者を、江戸時代の中ごろに武家のしきたりを研究した伊勢貞丈(いせ・さだたけ)としています。その第4冊のコマ340に、「諸聞書条々」という作法書が写されています。

『伊勢家礼式雑書』第4冊コマ340の見開き。墨のくずし字の本文に、小さな振り仮名と朱の書き入れがある
「諸聞書条々」の見開き。右ページの一行目は「貝」の字で始まり、脇に「カイ」と振り仮名がある。ほかにも「タコ」「サケ」「カツヲ」「クラゲ」などの振り仮名と、朱の書き入れが見える。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『伊勢家礼式雑書』第4冊・伊勢貞丈・写本・NDL PID:2574330 コマ340・著作権保護期間満了)

くずし字ですが、魚の名前には「カイ」「タコ」「サケ」と小さく振り仮名があるので、それを手がかりに右ページの右の四列を読みました。

「諸聞書条々」コマ340右ページの右四列と翻刻。貝とかざめと蛸の数え方
「一 貝の類をハ一はい二はいと云物なり にし さゞひ しゞみ/貝 あはひ貝斗成へし 此等共は家を持たるに依て也/又かざめをも一はい二はいと云へし 蛸を一はい二はい/と云人あり大にあやまりなり 一頭と云へきなり」。「かざめ」の脇に朱で「擁剱」の書き入れがある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『伊勢家礼式雑書』第4冊・伊勢貞丈・写本・NDL PID:2574330 コマ340・著作権保護期間満了)
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翻刻

一 貝の類をハ一はい二はいと云物なり にし さゞひ しゞみ貝 あはひ貝斗成へし 此等共は家を持たるに依て也又かざめをも一はい二はいと云へし 蛸を一はい二はいと云人あり大にあやまりなり 一頭と云へきなり

現代語訳

貝の類は一はい二はいと言うものである。にし、さざえ、しじみ貝、あわび貝だけであろう。これらは家を持っているからである。またガザミも一はい二はいと言うのがよい。蛸を一はい二はいと言う人がいるが、大きな誤りである。一頭と言うべきである。

「貝の類をハ一はい二はいと云物なり」、貝の類は一はい二はいと言うものだ、とあり、理由が「家を持たるに依て也」、家を持っているからだ、と続きます。貝が持っている「家」は殻のことでしょう。家のあるものを一はい二はいと数える、という理屈で、次に「又かざめをも一はい二はいと云へし」、かざめも一はい二はいと言うのがよい、とあります。かざめはガザミ(ワタリガニ)のことで、毛利梅園の図にも「カサメ」と書き入れがあります。

『梅園介譜』コマ20の見開き。緑の甲羅に紫と青の脚を持つガザミの彩色図が見開きいっぱいに描かれ、右下に書き入れがある
江戸後期の博物家・毛利梅園が写生したガザミ(ワタリガニ)。書き入れに「カサメ ウミガニ」「カサミ」とあり、末尾に「癸巳七月廿日真寫」。癸巳は天保4年(1833年)。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園介譜』・毛利梅園筆・NDL PID:1286918 コマ20・著作権保護期間満了)

貝に続けてカニも「一はい」の仲間に入れたうえで、タコについては次のように書いています。

「諸聞書条々」の「蛸を一はい二はい」「と云人あり」「大にあやまりなり」「一頭と云へきなり」の大写し
右から「蛸を一はい二はい」「と云人あり」「大にあやまりなり」「一頭と云へきなり」。コマ340の右ページ三列目の下と四列目を、四つに切り出して並べた。「蛸」の脇に「タコ」、「一頭」の脇に朱で「イチヅ」とある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『伊勢家礼式雑書』第4冊・伊勢貞丈・写本・NDL PID:2574330 コマ340・著作権保護期間満了)

「蛸を一はい二はいと云人あり 大にあやまりなり 一頭と云へきなり」。蛸を一はい二はいと言う人がいるが、大きな誤りで、一頭と言うべきだ、というのです。次の列には「蛸ハ家を持ざれども」という言葉も見えて、貝とカニは家があるから一はい、タコには家がない、と並べて読むと、「あやまり」の理由が見えてきます。「云人あり」、そう言う人がいる、と書いてあるところも見逃せません。この本が書かれたころには、タコを一はいと数える人がもういたわけです。

この作法書の終わりのコマ347には、朱で「貞丈云」と始まる書き入れがあります。

『伊勢家礼式雑書』第4冊コマ347、朱で書かれた「貞丈云」の書き入れ三列と翻刻
「貞丈云此書古ヨリ家ニ傳來スルトイヘトモ當家ノ書ニアラス他家ノ書也當家ノ/義ト相違ノ事間々有之依之朱書ヲ加ル者也然トモ此書モ古書ナルユヘ貴ブベキ也當家ノ/義ト相違無之分ハ皆取リ用ヘシ」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『伊勢家礼式雑書』第4冊・伊勢貞丈・写本・NDL PID:2574330 コマ347・著作権保護期間満了)
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翻刻

貞丈云此書古ヨリ家ニ傳來スルトイヘトモ當家ノ書ニアラス他家ノ書也當家ノ義ト相違ノ事間々有之依之朱書ヲ加ル者也然トモ此書モ古書ナルユヘ貴ブベキ也當家ノ義ト相違無之分ハ皆取リ用ヘシ

現代語訳

貞丈が言う。この本は古くから家に伝わっているが、当家の本ではない。よその家の本である。当家のやり方と違うことがところどころにあるので、朱で書き入れを加えた。けれどもこの本も古い本なので、大切にすべきである。当家のやり方と違わないところは、みな取り入れて使うこと。

「此書古ヨリ家ニ傳來スルトイヘトモ 當家ノ書ニアラス 他家ノ書也」、この本は古くから家に伝わっているが当家の本ではなくよその家の本だ、と断り、「然トモ此書モ古書ナルユヘ貴ブベキ也」、けれどもこの本も古い本だから大切にすべきだ、と続けています。いつ誰が書いた作法書なのかはここからは分からず、分かるのは、貞丈がこれを「古書」と呼んでいることだけです。

元和3年の一覧と、貞丈が「古書」と呼んだ作法書は、どちらもタコを一はいと数えるのを退けていました。それから259年後の明治9年、手紙の手本は「烏賊 蛸 一抔」と刷っていて、「あやまり」とされた数え方のほうが手本になっていたのです。いまの『数え方の辞典』のコラムは、「杯」という字が、胴の丸い、水などを注げる器を表すことに結びつける説を有力としていますが、古い作法書の説明は、家を持つかどうか、でした。

もう一つ、活字の一覧の一行目には「虵辛螺榮螺海鏡之外一貝二貝之事」、辛螺(にし)や栄螺(さざえ)などのほかを「一貝二貝」と言うこと、とあります。こちらは数え方を「貝」の字で書いていて、写本の「にし さゞひ……一はい二はい」と同じことを言っているように読めます。

鮭は「一尺」、貞丈は「奥州の言葉だろう」と考えた

コマ340の続きの四列には、なまこと鮭が出てきます。

「諸聞書条々」コマ340右ページの五列目から八列目と翻刻。なまこ、鮭、鯉、鯛の数え方
「又なまこをハ一筋と云也 蛸ハ家を持ざれどもなん/百なん千と云也 鮭をハ一尺二尺と云也 鯉をハ一こん/二こんと云人あり 悪なり 只一二と云たらんハ尤也/鯛をハ一枚二まいと云也 一かけ二かけと云説在之」。「筋」に「スジ」、「鮭」に「サケ」の振り仮名がある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『伊勢家礼式雑書』第4冊・伊勢貞丈・写本・NDL PID:2574330 コマ340・著作権保護期間満了)
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翻刻

又なまこをハ一筋と云也 蛸ハ家を持ざれどもなん百なん千と云也 鮭をハ一尺二尺と云也 鯉をハ一こん二こんと云人あり 悪なり 只一二と云たらんハ尤也鯛をハ一枚二まいと云也 一かけ二かけと云説在之

現代語訳

またナマコは一筋と言う。蛸は家を持たないが、何百、何千と言う。鮭は一尺二尺と言う。鯉を一こん二こんと言う人がいるが、よくない。ただ一、二と言うのがもっともである。鯛は一枚二枚と言う。一かけ二かけという説もある。

「なまこをハ一筋と云也」でなまこは一筋、「鮭をハ一尺二尺と云也」で鮭は一尺二尺と、長さの「尺」の字で魚を数えています。明治9年の一覧でも、鮭は「一尺 一隻」でした。

『梅園魚品図正』2帖コマ35のサケの彩色図
見出しの字は魚へんに「生」の「鮏(サケ)」。書き入れの左端に「乙未南呂十有九日 真寫」とある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』2帖・NDL PID:1287113 コマ35・著作権保護期間満了)

なぜ鮭は「尺」なのかを、伊勢貞丈は自分の本で考えています。『貞丈雑記(ていじょうざっき)』の巻之十五「物数之部」は物の数え方を集めた部で、明治に活字になった版のコマ33にその条があります。

『貞丈雑記』巻之十五コマ33、鮭の一尺二尺を論じた二条と翻刻
右の二行が「一鮭にかぎりて一尺二尺と云ふにあらず」で始まる条、左の五行が「一又云く鮭を一尺二尺といふは一隻の音をかりて」で始まる条。あいだの太い線はページの境目。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『貞丈雑記』巻之十五・伊勢貞丈・故実叢書・明治32〜39年刊・NDL PID:771950 コマ33・著作権保護期間満了)
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翻刻

一鮭にかぎりて一尺二尺と云ふにあらず大草殿相傳聞書に鱈一しやくとあり一尺二尺と云ふいはれつまびらかならず一尺以上の魚の大なるをば一尺二尺といふ歟一又云く鮭を一尺二尺といふは一隻の音をかりて云ふなるべしと云ふ説あり隻の字はかたかたとよむ字にて一隻といふは一ツの事なり鮭にかぎりて一隻といふわけもなし何にても一ツの事をは一隻といふべき事なれば此の説も用ひかたし按ずるに前にも記す如く大草流の書には鱈をも一尺といへり鮭も鱈も奥州より出づる魚なりかの國の詞にてすべて魚を一尺二尺といひ習はして鮭鱈を他國へ送るにも一尺二尺といひてつかはしたる故他國にても其の詞をうけて一尺二尺といひ習はしたるなるべし本は昔奥州の國詞より出でし事なるべし

現代語訳

鮭だけを一尺二尺と言うのではない。大草殿相伝聞書に「鱈一しゃく」とある。一尺二尺と言ういわれは、はっきりしない。一尺以上の大きな魚を一尺二尺と言うのだろうか。また、鮭を一尺二尺と言うのは「一隻」の音を借りて言うのだろうという説がある。隻の字は「かたかた」と読む字で、一隻というのは一つのことである。鮭にかぎって一隻と言うわけもない。何でも一つのことは一隻と言うはずだから、この説も採りにくい。考えてみると、前にも書いたように大草流の本では鱈も一尺と言っている。鮭も鱈も奥州から出る魚である。あの国の言葉で魚をすべて一尺二尺と言いならわしていて、鮭や鱈をよその国へ送るときも一尺二尺と言って送ったので、よその国でもその言葉を受けて一尺二尺と言いならわしたのだろう。もとは昔の奥州の国言葉から出たことだろう。

貞丈はまず「大草殿相傳聞書に鱈一しやくとあり」と、別の本ではタラも一尺と数えていて、鮭だけではないことを示し、次に当時あった説として「鮭を一尺二尺といふは一隻の音をかりて云ふなるべしと云ふ説あり」、一尺は「一隻」の音を借りたのだろう、という説を紹介します。そしてこれを、隻は「一ツの事」で何でも一つのものは一隻と言えるはずだから、鮭にかぎって一隻と言うわけがない、と退けて、「此の説も用ひかたし」と書いています。

そのうえで貞丈は「鮭も鱈も奥州より出づる魚なり」、鮭も鱈も奥州から来る魚だとして、「本は昔奥州の國詞より出でし事なるべし」、もとは昔の奥州の土地の言葉から出たのだろう、と自分の考えを書きました。「なるべし」は推量で、同じ条で「一尺二尺と云ふいはれつまびらかならず」、いわれははっきりしない、とも書いていますから、貞丈も確かめたわけではありません。

貞丈が退けた「隻」の字は、ずっと古い時代に、海のものを数えるのに使われています。

「烏賊八百隻」と書かれた付札木簡(奈良文化財研究所蔵)
同じ木簡の表と裏。奈良時代、平城京左京三条一坊二坪の出土。縦165×横33×厚さ9ミリ。釈文は「烏賊八百隻」。
出典:ColBase(国立文化財機構)/奈良文化財研究所蔵 CC BY 4.0

奈良時代の木簡の釈文は「烏賊八百隻」で、イカを「隻」で数えていて、江戸の大烏賊の記事で紹介した木簡です。明治9年の一覧が鮭に「一尺」と「一隻」の両方を並べていたのは、貞丈が論じた二つの字が、そのまま手本に残ったかっこうです。

鯉の「一こん」は「悪なり」、本によって違う

さきほどの四列には、鯉と鯛の数え方もありました。「鯉をハ一こん二こんと云人あり 悪なり 只一二と云たらんハ尤也」、鯉を一こん二こんと言う人がいるがよくない、ただ一、二と言うのがもっともだ、というのです。『壒嚢鈔』が問いと答えで説明し、明治9年の手本が「諸魚 一喉」と刷った数え方を、この作法書は鯉について「悪なり」としていたことになります。いっぽう「鯛をハ一枚二まいと云也」、鯛は一枚二枚、のほうは、明治9年の「鯛 一枚」と同じでした。

『梅園魚品図正』のマダイの彩色図。見開きいっぱいの赤い魚と、右下の見出し「棘鬣魚」
毛利梅園が写生したマダイ。右下の見出しは「鯛」ではなく「棘鬣魚」、振り仮名は「タヒ」「マダイ」。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻二・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287113 コマ4・著作権保護期間満了)

タコの一はいは「あやまり」、鯉の一こんは「悪なり」とされながら、別の本はその数え方を手本に載せていて、魚の数え方は本によって違っていました。朱の書き入れにあった「當家ノ義ト相違ノ事間々有之」、当家のやり方と違うことがところどころにある、という言葉のとおりです。鯛には「一尾」の例もあって、京坂と江戸の暮らしを書きとめた『守貞謾稿』は、大坂の正月の膳にのる鯛を「塩鯛一尾」と書いていました(雑煮の関東と関西の違い)。

家を持つものは「一はい」

明治9年の手紙の手本で、魚ぜんぱんは一喉・一尾、鯛や鰈は一枚、鮭は一尺・一隻、鰹のたぐいは一本、烏賊と蛸は一抔でした。ところが元和3年(1617年)の一覧と、伊勢貞丈が「古書」と呼んだ作法書は、蛸を一はいと数えるのを誤りとしていて、貝が一はいなのは「家を持たるに依て」、蛸には家がないから、という理屈を立てていました。同じ数え方でも、明治の手本は手へんの「抔」の字で刷り、古い作法書は仮名で「一はい」と書いていたことになります。鮭の一尺について貞丈は奥州の言葉だろうと考えましたが、「いはれつまびらかならず」とも書いています。どの本も、国立国会図書館のサイトでコマ番号のとおりに開けます。タコの話の続きは蛸壺の記事でどうぞ。

この記事でわかったこと

  • イカやタコを「一杯」と数える由来は、はっきりしません。

    『数え方の辞典』のコラムは、器を表す「杯」の字に結びつける説を有力としています。古い作法書「諸聞書条々」は、貝は「家を持たるに依て」一はい二はいと数え、蛸を一はい二はいと言うのは「大にあやまりなり」と書いていました(NDL PID:2574330 コマ340)。明治9年の『頭書 当世用文章』は「烏賊 蛸 一抔」としています(NDL PID:866353 コマ52)。

  • 魚を数える「一喉」は、「一こん」と読みます。

    正保3年(1646年)刊の『壒嚢鈔』に「魚ノ一コント云何ノ字ソ 一喉ト書也」とあります(NDL PID:2597262 コマ57)。明治9年の『頭書 当世用文章』も「諸魚 一喉 一尾」としています(NDL PID:866353 コマ51)。

  • 鮭を一尺二尺と数えるわけを、伊勢貞丈は「本は昔奥州の國詞より出でし事なるべし」と推量しています。

    『貞丈雑記』は「一隻」の音を借りたという説を退けたうえでそう書き、同じ条に「一尺二尺と云ふいはれつまびらかならず」とも書いています(NDL PID:771950 コマ33)。

  • 鯛やカレイを一枚と数える例は、明治9年の『頭書 当世用文章』に「鮒 一枚」「鯛 一枚」「鱒 鰈 一枚」とあります(NDL PID:866353 コマ52)。

    それより古い作法書「諸聞書条々」にも「鯛をハ一枚二まいと云也」とあります(NDL PID:2574330 コマ340)。

この記事で開いた原本

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