雑煮の関東と関西の違い 江戸の本では大坂が味噌と丸餅、江戸は切り餅
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喜田川守貞(きたがわ・もりさだ)は『守貞謾稿(もりさだまんこう)』に、「大坂ノ雑煮ハ味噌仕立也」と書き、江戸のほうは切り餅に鰹節の醤油だしだと書いたうえで、大坂の膳にのる塩鯛が江戸にはない、と書き添えています。雑煮は関東と関西で違うとよく言われ、餅の形は関ケ原あたりを境に、東が角餅、西が丸餅が一般的だそうで(農林水産省の広報誌)、汁も東京はすまし、京都や大阪は白味噌とよく聞きますが、その違いは江戸時代の本にすでに書かれていて、しかも鯛や鮭といった魚のあるなしまで、東西の違いに数えられていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻二・毛利梅園・NDL PID:1287113 コマ4・著作権保護期間満了)
次世代デジタルライブラリーで「雑煮」と引くと、江戸時代までの古い本にしぼっても1,000冊あまりが出てきて、とても読みきれません。そこで、はじめから江戸と上方を比べて書いてある『守貞謾稿』を開きました。京・大坂と江戸の暮らしを絵をまじえて書きとめた手書きの本で、正月のことは巻二十六、コマ6にあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『守貞謾稿』巻二十六・喜田川守貞・写本・NDL PID:2592412 コマ6・著作権保護期間満了)
右のページは門松の絵で、江戸の門松と京坂の門松がどう違うかを絵で比べていて、左ページの中ほどから「元日二日三日 諸国トモニ雑煮ヲ食フ」と雑煮の話が始まります。三が日に雑煮を食べるのはどこの国でも同じだと断ってから、守貞は土地ごとの違いを書き分けていきます。
大坂は味噌仕立てに丸餅、膳に塩鯛
左ページの左端の四列で、カタカナまじりの楷書に近い字なので、ゆっくり見れば読めます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『守貞謾稿』巻二十六・喜田川守貞・写本・NDL PID:2592412 コマ6・著作権保護期間満了)
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翻刻
大坂ノ雑煮ハ味噌仕立也 五文取斗リノ丸餅ヲ焼キ 加之小芋 焼豆腐 大根乾鮑 大畧此五種ヲ味噌汁ニテ製ス膳ハ外黒内朱ノ蝶足ノ膳ニ 四ツ椀モ内朱外黒ヲ普通トス 定紋付モアリ膳上ニ裡白ヲシキ 塩鯛一尾宛ヲスヘル 四ツ椀ノ間ニ塩鯛ヲ置ク也
現代語訳
大坂の雑煮は味噌仕立てである。五文取りほどの丸餅を焼き、これに小芋、焼き豆腐、大根、干しアワビを加える。おおよそこの五種を味噌汁で作る。膳は外が黒、内が朱の蝶足の膳で、四つ椀も内が朱、外が黒がふつう。家紋つきもある。膳の上に裏白を敷き、塩鯛を一尾ずつ据える。四つ椀のあいだに塩鯛を置く。
「大坂ノ雑煮ハ味噌仕立也」、大坂の雑煮は味噌仕立てで、「丸餅ヲ焼キ」、丸餅を焼き、具は「小芋 焼豆腐 大根 乾鮑」、つまり小芋、焼き豆腐、大根、干したアワビで、「大畧此五種ヲ味噌汁ニテ製ス」、おおよそこの五種を味噌汁で作る、とあります。そのあとに続くのが膳の話です。「膳上ニ裡白ヲシキ 塩鯛一尾宛ヲスヘル」、膳の上に裏白(うらじろ)の葉を敷いて塩鯛を一尾ずつ据え、「四ツ椀ノ間ニ塩鯛ヲ置ク也」、四つの椀のあいだに塩鯛を置くというのですから、雑煮の椀の中ではなく膳の上に、一人に一尾の塩鯛がのっていたことになります。
京都のことも、すぐ右の列に一行あります。「今世京師ノ雑煮 戸主ノ料ニハ必ラズ芋魁ヲ加フト云リ」、いまの京都の雑煮は、家の主人のぶんには必ず芋の頭(かしら)を入れるという、と守貞は書いています(同じコマ6)。
江戸は切り餅に小松菜、鰹節の醤油だし
ページをめくったコマ7の右ページに、江戸の雑煮が二列だけ書かれています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『守貞謾稿』巻二十六・喜田川守貞・写本・NDL PID:2592412 コマ7・著作権保護期間満了)
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翻刻
江戸ハ切餅ヲ焼キ 小松菜ヲ加ヘ 鰹節ヲ用ヒシ醤油ノ煮ダシ也 塩鯛裡白等ノコトナシ
現代語訳
江戸は切り餅を焼き、小松菜を加え、鰹節を使った醤油のだしである。塩鯛や裏白などのことはない。
「江戸ハ切餅ヲ焼キ 小松菜ヲ加ヘ 鰹節ヲ用ヒシ醤油ノ煮ダシ也」。切り餅を焼いて小松菜を加え、鰹節を使った醤油のだしで仕立てるという、大坂の四列にくらべるとずいぶん短い説明で、餅と菜と鰹節のだし、それだけです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『守貞謾稿』巻二十六・喜田川守貞・写本・NDL PID:2592412 コマ6・7・著作権保護期間満了)
味噌と醤油、丸餅と切り餅という、いま言われる東西の違いがそのまま並んでいますが、餅を焼くところは大坂も江戸も同じで、守貞の書いた大坂の雑煮は、丸餅を焼いて入れていました。そして江戸の説明の最後に、もう一言あります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『守貞謾稿』巻二十六・喜田川守貞・写本・NDL PID:2592412 コマ6・7・著作権保護期間満了)
「塩鯛 裡白等ノコトナシ」。大坂の膳にのる塩鯛や裏白が、江戸の膳にはないというのです。守貞は汁や餅と同じ重さで、鯛のあるなしを東西の違いに数えていました。江戸の雑煮に出てくる魚は、鰹節のほうです。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・NDL PID:1287112 コマ23・著作権保護期間満了)
鰹節の「かつお」という名前については、カツオの語源は「堅魚」の記事で読んでいます。
江戸時代の全国アンケート「雑煮餅の事」
守貞が書いたのは三つの都の話ですが、ほかの土地のことは『諸国風俗問状(しょこくふうぞくといじょう)』で分かります。正月から大晦日まで、年中行事のやり方を項目ごとにたずねた質問の冊子で、国立国会図書館の書誌は著者を石原正明、刊年を「文化10年(1813年)頃」としています。これを各地に送って返ってきた答えが、いくつも残っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『諸国風俗問状』・石原正明・文化10年頃・NDL PID:2539879 コマ4・著作権保護期間満了)
冊子は題のあとに「正月」と立て、最初の質問が「元日門松の事」で、門松から順にたずねていく作りです。くずし字で刷られているので、ここからは昭和17年(1942年)に中山太郎が各地の答えを集めて活字にした『校註 諸国風俗問状答』で読みます。奥州白川(福島県白河)の答えは質問の文を写してから答えているので、そこから雑煮の質問を読むことができます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『校註 諸国風俗問状答』・中山太郎編・昭和17年・NDL PID:1460055 コマ77・奥州白川の答えに写された質問の文・著作権保護期間満了)
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翻刻
雜煮餅の事、菘芋大根人蔘田作など通例、其外に何等の物候やらん。
現代語訳
雑煮餅のこと。菜、芋、大根、人参、田作りなどがふつうだが、そのほかにどんな物を入れるのだろうか。
「雜煮餅の事、菘芋大根人蔘田作など通例、其外に何等の物候やらん」。質問した側は、菜と芋と大根と人参、それに田作り(ごまめ)がふつうだと思っていて、そのうえで、あなたの土地ではほかに何を入れますか、と聞いています。田作りの話は田作りの由来の記事にあります。
越後長岡の答えは鮭の塩引と、はらら子
越後の長岡領(新潟県長岡)の答えは、江戸時代の本そのものも公開されています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『諸国風俗問状答』・秋山多門太編・NDL PID:2539954 コマ8・著作権保護期間満了)
右ページには「屠蘇の事」「組重の事」と正月の項目が続き、左ページの中ほどに「雑煮餅の事」の見出しが見えますが、本文はくずし字なので、同じ箇所を活字の本で読みます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『校註 諸国風俗問状答』・中山太郎編・昭和17年・NDL PID:1460055 コマ144・越後長岡領の答え・著作権保護期間満了)
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翻刻
(一字略)田作りは入れず、燒豆腐蒟蒻胡蘿蔔昆布など短尺形にし、壽留め鮭鹽引、あるははらゝ子をも入る。
現代語訳
田作りは入れない。焼き豆腐、こんにゃく、人参、昆布などを短冊の形に切り、するめ、鮭の塩引、あるいは、はらら子(鮭の卵)も入れる。
「田作りは入れず」と、質問にあった田作りは入れないと断り、「燒豆腐蒟蒻胡蘿蔔昆布など短尺形にし」、焼き豆腐、こんにゃく、人参、昆布などを短冊に切って、「壽留め鮭鹽引、あるははらゝ子をも入る」、するめと鮭の塩引、あるいははらら子も入れる、と答えています。はらら子は鮭の卵で、いまのイクラにあたります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻二・毛利梅園・NDL PID:1287113 コマ35・著作権保護期間満了)
いまの新潟の雑煮について、農林水産省の北海道農政事務所のページは、具に甘塩サケとイクラが入る「越後雑煮」を紹介していて、鮭とその卵という同じ組み合わせが、200年あまり前の長岡の答えにありました。塩引の鮭そのものは塩引鮭を江戸の本で読む記事に、年越しの鮭は年取り魚の記事にまとめています。
若狭小浜「江戸などの風とちがひ」、大和高取「大阪は塩鯛」
西の答えでは、若狭の小浜(福井県小浜)が面白い一言を残しています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『校註 諸国風俗問状答』・中山太郎編・昭和17年・NDL PID:1460055 コマ199・若狭小浜の答え・著作権保護期間満了)
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翻刻
雜煮餅の事いも菘蕪燒とうふ等入候斗にて、家々により少しづゝの違ひはあれど、別なる物を用候事無御座候、江戸などの風とちがひ多く味噌汁にて御座候。
現代語訳
雑煮餅のこと。芋、菜、かぶ、焼き豆腐などを入れるだけで、家によって少しずつ違いはあるが、変わった物を使うことはない。江戸などのやり方と違って、多くは味噌汁である。
芋、菜、かぶ、焼き豆腐などを入れるだけで変わった物は使いません、と答えたあとに、「江戸などの風とちがひ多く味噌汁にて御座候」、江戸などのやり方と違って多くは味噌汁でございます、と書き添えているのです。聞かれたのは具のことだったのに、小浜の人は汁が江戸と違うことを自分から書き足していて、雑煮の汁が東と西で違うことは、答える側もよく知っていたことになります。
大和の高取藩(奈良県高取)の答えは、自分の藩のことを書いたあと、まわりの町の雑煮まで教えてくれます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『校註 諸国風俗問状答』・中山太郎編・昭和17年・NDL PID:1460055 コマ172・大和高取藩の答え・著作権保護期間満了)
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翻刻
(前略)京は里芋を入れず唐の芋の頭を入れ候、町家にては隨分見事なる芋頭を丸にて煮、椀一ぱいに高盛にいたし候。奈良はとうの芋をきりて入れ申候。大阪は膳の内ふに田作は付ず、一方はごぼうと豆、一方は鹽鯛をつけ雜煮祝ひ候、鹽鯛を付候ことなり。
現代語訳
京は里芋を入れず、唐の芋の頭を入れる。町家ではずいぶん立派な芋の頭を丸のまま煮て、椀いっぱいに高く盛る。奈良は唐の芋を切って入れる。大阪は膳に田作りは付けず、一方にごぼうと豆、一方に塩鯛を付けて雑煮を祝う。塩鯛を付けるのである。
「京は里芋を入れず唐の芋の頭を入れ候」、京は里芋でなく唐の芋の頭を入れ、町家ではずいぶん立派な芋の頭を丸のまま煮て椀いっぱいに高く盛る、とあるのは、守貞が「必ラズ芋魁ヲ加フ」と書いた、あの京都の芋の頭です。そして「大阪は……一方は鹽鯛をつけ雜煮祝ひ候、鹽鯛を付候ことなり」、大阪は膳の一方にごぼうと豆、一方に塩鯛を付けて雑煮を祝う、と続きます。大坂の雑煮の膳に塩鯛がのることを、守貞とは別の人が、別の本に書いていたわけです。
魚の出てくる答えはほかにもあり、備後の浦崎村(広島県尾道)は、雑煮の具を「鹽肴、大根、牛蒡、水菜、人參」と並べています(NDL PID:1460055 コマ242)。塩をした魚が具のいちばん先に書いてありますが、何の魚かは書かれていません。
『料理物語』の雑煮は、味噌でもすましでも
もっと古い料理の本、『料理物語』は大正4年(1915年)の『雑芸叢書』に活字で入っていて、その解題は「この書は前に慶長寛永二版あり、今は種目最も多き寛文四年版を採れり」と書いています(NDL PID:945792 コマ9)。もとにしたのは寛文4年(1664年)の版で、『守貞謾稿』や『諸国風俗問状』よりずっと前の本です。その汁の部に、雑煮があります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『料理物語』・国書刊行会編『雑芸叢書』第一・大正4年所収・NDL PID:945792 コマ174・著作権保護期間満了)
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翻刻
〔ざうに〕は中みそ又すましにてもしたて候、もち、とうふ、いも、大こん、いりこ、くしあわび、ひらがつほ、くきたちなど入よし、
現代語訳
雑煮は、中みそでも、すましでも仕立てる。餅、豆腐、芋、大根、いりこ、串あわび、ひらがつお、茎立ちなどを入れるとよい。
「〔ざうに〕は中みそ又すましにてもしたて候」。この本は、味噌かすましかを土地で分けておらず、どちらでもよいと書いています。具は「もち、とうふ、いも、大こん、いりこ、くしあわび、ひらがつほ、くきたち」で、餅、豆腐、芋、大根のあとに、いりこ、串あわび、ひらがつおと海のものが三つ並び、守貞の大坂の雑煮に入っていた「乾鮑」も、ここでは「くしあわび」として出ています。
土地ごとの雑煮
読んできた本を、土地ごとに並べると次のようになります。
土地 | 汁 | 餅・具 | 魚 | 本 |
|---|---|---|---|---|
江戸 | 鰹節の醤油だし | 切り餅を焼く・小松菜 | 鰹節(塩鯛はなし) | 守貞謾稿 |
大坂 | 味噌仕立て | 丸餅を焼く・小芋・焼き豆腐・大根 | 干しアワビ。膳に塩鯛一尾 | 守貞謾稿・問状答(高取) |
京 | ― | 芋の頭 | ― | 守貞謾稿・問状答(高取) |
若狭小浜 | 多くは味噌汁 | 芋・菜・かぶ・焼き豆腐 | ― | 問状答 |
越後長岡 | ― | 焼き豆腐・こんにゃく・人参・昆布 | するめ・鮭の塩引・はらら子 | 問状答 |
備後浦崎村 | ― | 大根・牛蒡・水菜・人参 | 塩肴 | 問状答 |
(「―」は、その本のその箇所に書いていないもの。)
大坂は味噌仕立てに丸餅、江戸は切り餅に鰹節の醤油だしという東西の違いは、若狭の人が聞かれてもいないのに「江戸などの風とちがひ」と書き足すほど、江戸時代にはもう知られていました。いまあまり言われない違いもひとつあって、大坂の膳には塩鯛が一尾のり、江戸にはそれがないことを、二冊の本がそろって書いています。東西の二つに分けきれない雑煮もあり、越後長岡では、鮭の塩引とはらら子が椀に入っていました。正月のほかの料理については、おせちの意味一覧の記事で読んでいます。
この記事でわかったこと
雑煮の関東と関西の違いは、江戸時代の本にもう書いてあります。
『守貞謾稿』巻二十六は「大坂ノ雑煮ハ味噌仕立也」「丸餅ヲ焼キ」、「江戸ハ切餅ヲ焼キ 小松菜ヲ加ヘ 鰹節ヲ用ヒシ醤油ノ煮ダシ也」と書き分けています(NDL PID:2592412 コマ6・7)。
雑煮の膳にのせる塩鯛です。
『守貞謾稿』は「膳上ニ裡白ヲシキ 塩鯛一尾宛ヲスヘル」と書き、江戸については「塩鯛 裡白等ノコトナシ」としています(NDL PID:2592412 コマ6・7)。大和高取藩の『諸国風俗問状答』にも「大阪は……一方は鹽鯛をつけ雜煮祝ひ候」とあります(NDL PID:1460055 コマ172)。
文化年間の質問状に対する越後長岡領の答えに「壽留め鮭鹽引、あるははらゝ子をも入る」とあります(『校註 諸国風俗問状答』NDL PID:1460055 コマ144)。
はらら子は鮭の卵です。
寛文4年版をもとにした『料理物語』は「〔ざうに〕は中みそ又すましにてもしたて候」と、どちらでも仕立てると書いています(『雑芸叢書』第一・NDL PID:945792 コマ174)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻2
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 守貞謾稿.巻26
喜田川季壮尾張部守貞 誌
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 諸国風俗問状
石原正明 文化10 [1813] 頃
- 諸国風俗問状答 : 校註
中山太郎 編 昭和17
- 諸国風俗問状答
秋山多門太 編
- 雑芸叢書. 第1
国書刊行会 編 大正4
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