魚へんに少の読み方はイサザ|魦は「砂を吹く小魚」の字
この字、読めますか?
魦
- 訓
- いさざ
- 音
- サ・シャ・ショウ
- 画数
- 15画
この記事の目次
魚へんに少と書く「魦」はイサザと読み、琵琶湖だけにすむハゼの仲間の小さな魚の名前です。右側の「少」から、いかにも小さな魚の字に見えますが、清の『康熙字典』はこの字を少ではなく沙(すな)の音で読ませ、砂を吹く小さな魚だと説明していました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』1帖・毛利梅園筆・NDL PID:1287112 コマ13・著作権保護期間満了)
上の絵はイサザそのものではなく、江戸の毛利梅園が描いたハゼです。滋賀県では大豆と炊いた「いさざ豆」で知られる魚ですが、字のほうをたどると、中国ではハゼの仲間を指し、日本では千年以上前の字書が「いささこ」という読みをつけていて、そのあいだにこの絵が挟まります。
「魦」の基本データ
- 読み
- いさざ。音読みはサ・シャ・ショウ
- 画数
- 15画(魚へん11画+右側4画)
- 形
- 魚へんに「少」
- 中国では
- 『康熙字典』が「今之吹沙小魚是也」。砂を吹く小さな魚
- 同じ意味の字
- 鯊(沙の下に魚)。『康熙字典』は魦を「與鯊同」とする
- 日本では
- 平安時代の『新撰字鏡』が「知々夫」「伊佐々古」と読みをつけた
- いまのイサザ
- 琵琶湖固有のハゼ科の魚
- 難易度
- 上級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9B66)による
中国の字書は「砂を吹く小さな魚」
清の時代の漢字の辞書『康熙字典(こうきじてん)』を、日本で刷りなおした和刻本で開くと、魚へんに四画の字が並ぶ魚部のコマ5、左ページの中ほどに見出しの魦があります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『康熙字典』安永9年刊の和刻本・NDL PID:2562615 コマ5・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『康熙字典』安永9年刊の和刻本・NDL PID:2562615 コマ5・著作権保護期間満了)
読みは「音沙」で、沙と同じ音、日本の音読みならサです。意味は中国のいちばん古い字書『説文(せつもん)』を引いて「魚名」とし、次の列の頭で「出樂浪潘國」、楽浪の潘国でとれると産地まで添えたうえで、いちばん大事なことを書いています。
「與鯊同。今之吹沙小魚是也」。鯊、つまり沙の下に魚と書く字と同じ字で、いまの吹沙小魚、砂を吹く小さな魚がこれだ、というのですから、『康熙字典』は魦を「沙の魚」として扱っていて、右側の少を少ないという意味では説明していません。ただ和刻本の見出しをよく見ると、字の右に「サ」、左に「セウ」と振り仮名が二つついていて、セウは少の字の音ですから、江戸の日本ではこの字を少の音でも読んでいたことがうかがえます。
その鯊の項は、同じ『康熙字典』のコマ18、魚へんに七画の字が並ぶ見開きの左ページにあります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『康熙字典』安永9年刊の和刻本・NDL PID:2562615 コマ18・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『康熙字典』安永9年刊の和刻本・NDL PID:2562615 コマ18・著作権保護期間満了)
ここにも「今吹沙小魚」とあり、続けて陸璣(りくき)という人の説「魚狹而小、嘗張口吹沙」、体が細くて小さく、いつも口をあけて砂を吹いている魚だ、を引いています。ところが二列読み進めると、明の『通雅(つうが)』の反論が出てきて、鯊は吹沙の小魚で黄色い皮に黒い斑があり、体の前半は広くて平たく、後ろは角ばって細いと書いたあとに、「陸氏以爲狹小、非也」と続けます。陸璣が細くて小さいとしたのは誤りだ――。砂を吹くところは同じでも、体つきの説明は本によって食い違っていました。
日本の読みは「ちちぶ」「いささこ」
鮎や鮭のように、中国の本と日本とで指すものが違う字は多いのですが、魦の場合は、平安時代の漢字の字書『新撰字鏡(しんせんじきょう)』に日本での読みの古い記録があります。原本の画像には当たれていないので、明治から大正にかけて編まれた百科事典『古事類苑(こじるいえん)』が動物部のコマ692に活字で引いているものを見ます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『古事類苑』動物部・神宮司庁編・NDL PID:1874269 コマ692・著作権保護期間満了)
「魦 素戈反、知々夫。又伊佐々古」。素戈反はサに近い音を示すもので、読みは「知々夫(ちちぶ)」、また「伊佐々古(いささこ)」です。もっとも同じ知々夫の読みはすぐ前の鮦(直隴反)と鱖(渠佳反)にもついていて、平安の字書では、ちちぶという名が三つの字に割り振られていたことになります。
チチブはいまもハゼ科の魚の名前に残っていて、いささこのほうは、イサザによく似た名前が千年以上前に、もう魦の字についていたわけです。平安の人が同じ魚を指していたとまでは言えませんが、中国の砂を吹く小魚も、日本のちちぶといささこも、いまの図鑑ではみなハゼ科に入りますから、魦は中国と日本とで、指すものが大きくはずれなかった字なのかもしれません。
江戸の「いさざ」は、土地ごとに別の魚
ただし、いさざという名前のほうは、ひとつの魚に決まっていませんでした。越谷吾山(こしがや・ござん)が各地の方言を集めた『物類称呼(ぶつるいしょうこ)』(安永4年=1775年刊)のコマ32では、右ページの上の欄外に四角で囲んだ見出しがあり、その下から「いさゞ」の説明が始まります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『物類称呼』越谷吾山著・安永4年刊・NDL PID:2539349 コマ32・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『物類称呼』越谷吾山著・安永4年刊・NDL PID:2539349 コマ32・著作権保護期間満了)
見出しの字は魚へんに少ではなく「鱊」で、北国では「かねたたき」、京では「だんぎぼう」と呼ぶと続き、世間で「ちりめんざこ」と言うのはこの魚を干したものだとありますから、こちらのいさざはハゼではなく、白い小魚のことのようです。
明治の国語辞書『言海(げんかい)』(明治22〜24年刊)になると、「いさざ」には三つの意味が並びます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『言海』大槻文彦・明治22〜24年・NDL PID:992954 コマ97・著作権保護期間満了)
見出しのすぐあとに「細小ノ義」、いさざという名前は細かく小さいという意味だとあって、魚へんに少の字面と名前の意味が、ここで重なります。一つ目の意味は長さ一寸ほどの白い小魚で「シラス」の名も添えてあり、二つ目が「近江ノ滋賀郡ノ湖邊ニ產ズル魚ノ名、長サ一寸許、頭圓クシテ、はぜニ似タリ」、近江の湖のほとりでとれる、頭が丸くてハゼに似た一寸ほどの魚で、これがいまのイサザにつながる意味です。三つ目は越前の足羽川でとれる、やはりハゼに似た魚で、すしにして「いさざずし」と言うとあります。
白い小魚も湖のハゼも川のハゼもいさざと呼ばれ、そのなかで琵琶湖のハゼに似た魚が、いまの図鑑のイサザになりました。今回開いた江戸と明治の本のなかには、琵琶湖のいさざを魦の字で書いた例は見つかっていません。
琵琶湖だけにすむハゼ
いまの姿は、滋賀県の琵琶湖の美味しい湖魚料理あれこれと、農林水産省の「うちの郷土料理」のいさざ豆のページから拾いました。
イサザの基本データ
- 分類
- ハゼ科。琵琶湖の固有種
- すみか
- ふだんは琵琶湖の沖合
- 大きさ
- 体長7cmほど。頭と口が大きい
- 産卵
- 桜の咲くころ、群れで琵琶湖北部の石の多い湖岸に来て、石の裏に卵を産む。オスがふ化まで卵を世話する
- とれる時期
- 9月から4月
- 食べ方
- つくだ煮、いさざ豆、すき焼き風の「じゅんじゅん」
- その他
- 「琵琶湖八珍」の一つ
滋賀県と農林水産省の公開資料による
頭と口が大きい小さな魚というのは、『言海』の「頭圓クシテ、はぜニ似タリ」とよく合っています。
冒頭の絵に戻ると、毛利梅園(もうり・ばいえん)は、ハゼの絵のそばにこう書き入れていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』1帖・毛利梅園筆・NDL PID:1287112 コマ13・著作権保護期間満了)
「鯊魚」に振り仮名は「ハセ」で、梅園は『康熙字典』が魦と同じとした鯊の字をハゼに当て、その下に沙溝魚、沙鰛、鮀魚、沙吹と、どれも沙のつく中国での別名を書きならべています。書き入れはそこで終わらず、左に小さな字でもう五列続き、「和俗呼川波世海波世」、日本では川はぜ海はぜと呼ぶ、と書いたあとに「其□ヲイサヽト云」とあります。□の字は読み切れませんが、ハゼの何かを「いささ」と呼ぶと書いているのです。
結びは「大和本草鱊魚ヲ別ニ録ス則沙魚ノ子也」で、『大和本草』は鱊魚を別の項に立てているが、それはハゼの子だという意味です。鱊はさきの『物類称呼』でいさざの見出しに立っていた字ですから、梅園はその鱊をハゼの子と見ていたことになり、ハゼの絵の横に、いさざの名前が書き込まれていました。
絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』の寺島良安(てらじま・りょうあん)は、同じ字を別の魚に当てています。巻四十八のコマ13です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十八・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ13・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十八・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ13・著作権保護期間満了)
見出しは「鯊」でも振り仮名は「かなびしや」で、良安は自分の見立てとして「鯊湖及谷川水底石間小魚」、湖や谷川の水底の石のあいだにいる小魚だと書いています。ハゼのほうは、二つ先のコマ15に別の字で立っていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十八・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ15・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十八・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ15・著作権保護期間満了)
見出しは「彈塗魚」、振り仮名は「はぜ」です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十八・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ15・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
三才圖會云彈塗形似小鰍而短大者二五寸潮退千百爲群揚鬐跳擲海塗中作穴而居以其彈跳于塗故名
現代語訳
(中国の)『三才図会』にいう。弾塗は、形が小さなドジョウに似て短い。大きいものは二、五寸。潮が引くと、千、百と群れをなし、ひれを立てて干潟の泥の上を跳ねまわる。泥の中に穴を作って住む。泥の上をはじけるように跳ねるので、この名がある。
潮が引くと千、百と群れをなして泥の上を跳ねまわり、泥に穴を作って住むという、干潟のハゼの仲間の姿で、梅園は鯊魚、良安は彈塗魚と、ハゼひとつにも江戸の本は別々の字を当てていました。
東京の統計に「はぜ」の行はない
イサザは琵琶湖の魚で、東京都中央卸売市場(豊洲市場など)の令和7年(2025年)の年次統計には品目として出てきません(東京都中央卸売市場 市場統計情報・年次統計資料、「品目別・月別平均価格」)。仲間のハゼも同じで、この統計はキスなら「きす」1kg3,086円、「冷きす」1,753円というように魚ごとに行を立てているのに、「はぜ」の行はなく、量が少ない魚は「その他」にまとめられています。
筆者が市場で見てきたこと
イサザではなく、天ぷらにするハゼの話です。ハゼはあまり入荷を見ない魚で、入ってくるときは天ぷら用の活けか、開いた加工品や冷凍で、呼び名はそのまま「ハゼ」です。活けのものを選ぶときに見るのは活きのよさ、つまり動きで、値は年間であまり変わりません。
入荷が少ないことは、統計に「はぜ」の行が立っていないことと合っていますが、値の動きは行がないので統計では確かめられず、筆者が売り場で見てきたこととして書いておきます。
江戸のころのハゼは、買う魚というより釣る魚でした。『和漢三才図会』は彈塗魚の項で、川の下流の海に近いところに多く、小さなエビをえさに釣ると書いたあとに、秋には身分の高い人も低い人もこれを遊びにする、と添えています。イサザのほうはいまも滋賀県の魚で、農林水産省のページによれば、とれるのは9月から4月、湖北ではその時期の冠婚葬祭に欠かせない料理になっていて、東京の統計に出てこないのは、土地で食べられている魚だからとも言えます。
「砂を吹く」が名前になった
魦、鯊、沙溝魚、沙鰛、吹沙と、中国の本はこの小さな魚をくり返し沙の字で呼びました。『康熙字典』の鯊の項は「又海鯊」ともう一つの意味も載せていて、海でとれ、皮が沙のようなのでこの名がつき、口が大きく鱗がなく胎生だと説明していますから、こちらはサメの仲間を指しているとみられます。
Unicode の Unihan Database が魦の訓に「さめ」と「ちちぶ」の二つを登録しているのも、このためでしょう。砂を吹く小さな魚と、砂のような皮の大きな魚と、同じ沙から、大きさのまるで違う二つの魚の名前が生まれていました。
大豆と炊く「いさざ豆」
イサザのいちばん知られた食べ方であるいさざ豆は、農林水産省のいさざ豆のページに作り方があります。大豆は一晩水につけてからやわらかくなるまでゆで、鍋にイサザと砂糖、しょうゆ、酒を入れて煮て、イサザがほぼ煮えたらゆでた大豆を加え、沸いたら中火から弱火にして30分、煮汁が少なくなったらみりんを加えて照りを出します。
滋賀県のページは、つくだ煮やいさざ豆のほかに、「じゅんじゅん」と呼ばれるすき焼きにも使うと紹介していて、『言海』が書いた越前の「いさざずし」と合わせると、小さなハゼの仲間を、土地ごとのやり方で食べてきたことが分かります。
魦
- 読みは「いさざ」。魚へんに少、15画。音読みはサ・シャ・ショウ
- 『康熙字典』は読みを「音沙」とし、「與鯊同。今之吹沙小魚是也」と書く
- 鯊の項は陸璣の「魚狹而小、嘗張口吹沙」を引き、『通雅』の「陸氏以爲狹小、非也」も載せる
- 平安時代の『新撰字鏡』は、魦に「知々夫」「伊佐々古」の読みをつけた
- 江戸の「いさざ」は土地ごとに別の魚。梅園はハゼの絵に「其□ヲイサヽト云」と書き入れた。『言海』の二つ目の意味が、近江の湖の「はぜニ似タリ」という魚
- ハゼの字は、毛利梅園が「鯊魚」、『和漢三才図会』が「彈塗魚」
- いまのイサザは琵琶湖固有のハゼ科の魚。9月から4月にとれ、いさざ豆にする
UOMEDIA|uomedia.jp
この記事でわかったこと
「魦」と書いて、いさざと読みます。
Unicode の Unihan Database(U+9B66)には、音読みのサ・シャ・ショウと、読みの「いさざ」が登録されています。15画の字です。
『康熙字典』は魦の読みを「音沙」(沙と同じ音)とし、「與鯊同。
今之吹沙小魚是也」、鯊と同じ字で、砂を吹く小さな魚のことだ、と説明しています(NDL PID:2562615 コマ5)。和刻本の見出しには、右に「サ」、左に「セウ」と二つの振り仮名がついています。
『康熙字典』は同じ字として扱っています。
魦は魚へんに少、鯊は沙の下に魚で、魦の項に「與鯊同」とあります。鯊の項は陸璣の説「魚狹而小、嘗張口吹沙」、細くて小さく、いつも口をあけて砂を吹く魚、を引き、続けて『通雅』の「陸氏以爲狹小、非也」も載せています(NDL PID:2562615 コマ18)。
琵琶湖だけにすむハゼ科の魚です。
滋賀県の資料によると、ふだんは琵琶湖の沖合にすみ、桜の咲くころに北部の湖岸で石の裏に卵を産みます。農林水産省の資料では体長7cmほどで、9月から4月にとれます。
平安時代の字書『新撰字鏡』が、魦の字に「知々夫」「伊佐々古」の読みをつけています(『古事類苑』動物部の引用による。
NDL PID:1874269 コマ692)。明治の『言海』は「いさざ」の意味の一つとして、近江の湖のほとりでとれる、ハゼに似た一寸ほどの魚をあげています。
江戸の本は別々の字を当てています。
毛利梅園はハゼの絵に「鯊魚」と書き入れ(NDL PID:1287112 コマ13)、『和漢三才図会』は見出しを「彈塗魚」として「はぜ」と振り仮名をつけています(NDL PID:2596381 コマ15)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 康煕字典42卷附字典琢屑1卷字典初學索引1卷.[40]
清凌紹〓等奉敕撰・都賀庭鐘校・附都賀庭鐘撰 安永9
- 古事類苑.第49冊
神宮司庁 編 明治43
- 物類称呼 5巻
越谷吾山 編 安永4 [1775]
- 言海 : 日本辞書.第1-4冊
大槻文彦 編 1889-1891
- 和漢三才図会 : 105巻首1巻尾1巻.[34]
寺島良安尚順 編 [江戸時代]
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