魚へんに暑の読み方はシイラ|江戸の本は鱪を「正字未詳」
この字、読めますか?
鱪
- 訓
- しいら
- 画数
- 23画
この記事の目次
魚へんに暑と書く「鱪」はシイラのことで、暑い季節の魚だから魚へんに暑、と聞けばいかにもそれらしく思えます。ところが栗本丹洲が描いたシイラの絵の下には「俗用鱪字」、世間ではこの字を使う、と書いてあるだけで、江戸の百科事典はこの魚の正しい字はわからないとし、その見出しの右側は「暑」ではありませんでした。名前の意味もわからない、と書いた本まであります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『栗氏魚譜』第4冊・栗本丹洲・写本・NDL PID:1287422 コマ28・著作権保護期間満了)
「鱪」の基本データ
- 読み
- しいら(訓)。音読みの登録はない
- 画数
- 23画(魚へん11画+右側12画)
- 形
- 魚へんに「暑」
- もう一つの形
- 鱰(魚へんに「署」)。『和漢三才図会』の見出しはこちら
- 江戸の本は
- 『和漢三才図会』が「正字未詳」。『本朝食鑑』は万葉仮名、『大和本草』はカタカナ
- 別の名前
- 九万疋(くまびき)・猫づら・ひいお・とうやく
- 難易度
- 上級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9C6A)による
江戸の百科事典は「正字未詳」、しかも右側は「署」
寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』では、巻四十九のコマ29にシイラが載っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ29・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ29・著作権保護期間満了)
振り仮名は「しひら」で、そのすぐ下に「正字未詳」、正しい字はわからない、とあります。見出しの字をよく見ると、右側の上は日ではなく横長の「罒」で、良安が書いたのは魚へんに暑の「鱪」ではなく、魚へんに署の「鱰」でした。暑と署は上の部分が違うだけのよく似た字で、Unicode の Unihan Database には鱪(U+9C6A)と鱰(U+9C70)が別々に登録されていて、どちらも訓は「しいら」です。
魚へんに暑のほうが出てくるのは、まず冒頭の絵、栗本丹洲(くりもと・たんしゅう)の『栗氏魚譜(りっしぎょふ)』第4冊のコマ28で、絵の下の書き入れを大きくするとこうなっています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『栗氏魚譜』第4冊・栗本丹洲・写本・NDL PID:1287422 コマ28・著作権保護期間満了)
こちらの字は右側の上が日で、魚へんに暑です。丹洲はこれを、世間で使われている字として書きとめていました。もう一つは、越谷吾山(こしがや・ござん)が各地の方言を集めた『物類称呼(ぶつるいしょうこ)』(安永4年=1775年刊)のコマ39です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『物類称呼』越谷吾山著・安永4年刊・NDL PID:2539349 コマ39・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『物類称呼』越谷吾山著・安永4年刊・NDL PID:2539349 コマ39・著作権保護期間満了)
四角い枠の中の見出しは魚へんに暑の「鱪」で、本文は「しいら」と仮名で書き出しています。良安は「署」、吾山と丹洲は「暑」と、同じ魚の字が本によって少しずつ違っていたわけです。
学者の本は、魚へんの字を当てなかった
鮎や鮭のように、中国の本と日本とで指すものが違う字がありますが、シイラについては、良安が「正字未詳」と書いたほか、ほかの学者の本はそもそも魚へんの字を使っていません。人見必大(ひとみ・ひつだい)の食物の本『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』(元禄10年=1697年刊)では、巻八のコマ192です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八・人見必大著・元禄10年刊・NDL PID:2557333 コマ192・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本朝食鑑』巻八・人見必大著・元禄10年刊・NDL PID:2557333 コマ192・著作権保護期間満了)
見出しは万葉仮名の「志比羅魚」で、その下に「名義不詳」、名前の意味はくわしくわからない、とあります。必大は、西の海では大きなものを干物にして「熊引(くまびき)」と呼ぶと書いたあと、「未知以何名之」、なぜそう名づけたのかはわからない、と添えています。
貝原益軒(かいばら・えきけん)の『大和本草(やまとほんぞう)』(宝永6年=1709年刊)は、巻十三のコマ34です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原篤信著・宝永6年刊・NDL PID:2557359 コマ34・著作権保護期間満了)
見出しはカタカナの「シイラ」で、別の名前は「クマビキ」、筑紫では「猫ツラ」と呼ぶとあり、益軒の評価は「味不美、尤下品ナリ」、味はよくない、いちばん下の品だ、と手きびしいものでした。万葉仮名、カタカナ、そして「正字未詳」で、魚へんに暑の字は学者が選んだ字ではなく、世間で使われていた字だったことになります。なぜ「暑」なのかを説明した文は、今回開いた江戸の本には見つかりませんでした。
「夏は鱰が日本に多い」という言い伝え
ただ、良安は、この魚と夏を結びつける言い伝えを書きとめています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ29・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
△按鱰状類鰤而頭圓尾小鱗細味亦似鰤大者二三尺作鯗名九万疋以其多有之謂乎越中鱰鯗為上相傳云此中華之魚四五月唐船多入朝時來群游矣唐船歸帆時九州之鯛慕唐人肉食之腥氣着于船入唐矣故夏月鱰多于日本冬月鯛多于中華之湊鱰鯗味似梭子魚乾者而無毒病人亦食不忌
現代語訳
考えるに、鱰は姿がブリに似て、頭が丸く尾が小さく、うろこは細かい。味もブリに似ている。大きいものは二、三尺。干物にしたものを九万疋と名づける。たくさんいることから、そう呼ぶのだろうか。越中の鱰の干物が上等とされる。言い伝えでは、これは中国の魚で、四、五月に唐の船がたくさん来るとき、群れをなして泳いで来る。唐の船が帰るときには、九州のタイが、唐人の食べる肉のなまぐささを慕って船について行き、唐へ入る。だから夏は鱰が日本に多く、冬はタイが中国の港に多い、という。鱰の干物は味がカマスの干物に似て、毒がない。病人が食べても差しつかえない。
言い伝えでは、これは中国の魚で、四、五月、唐の船がたくさん来るころに群れをなして泳いで来る。船が帰るときには、こんどは九州のタイが、唐人の食べる肉のにおいを慕って船について行き、唐へ渡る、という話です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ29・著作権保護期間満了)
「故夏月鱰多于日本、冬月鯛多于中華之湊」、だから夏は鱰が日本に多く、冬はタイが中国の港に多い、と続きます。良安は「相傳云」、言い伝えではこう言う、と断って書いていて、字の由来を説いた文ではありませんが、江戸の人がこの魚を夏のものと見ていたことは分かります。
夏に北へ上がってくる魚
明治の国語辞書『言海(げんかい)』(明治22〜24年刊)は、シイラの姿を「頭、方ニシテ、身、扁ク、色、靑黑シ」、頭は角ばり、体は平たく、色は青黒いと書いていて、丹洲の絵の魚も額が張り出していました。
シイラの基本データ
- 分布
- 全世界の熱帯から温帯の海
- 回遊
- 日本の近海では、初夏から盛夏に北上し、初秋から晩秋に南下する
- 成長
- 1歳で38cm、2歳で68cm、3歳で90cm(尾叉長)。最大で175cm
- 産卵期
- 春から夏。水温20度以上の海で産む
- 旬
- 初夏から夏(高知県)
- とり方(高知県)
- シイラ漬けまき網、定置網
- 別の呼び名(高知県)
- トーヤク、クマビキ、マンビキ
高知県の資料「シイラ」による
数字は、高知県が公開しているシイラの資料で確かめました。この資料は字にも触れていて、「漢字では鱪と書くように、旬は初夏から夏」と、いまの県の資料は魚へんに暑の字を夏の旬と結びつけて紹介しています。シイラには流木や流れ藻などの漂流物につく習性があり、竹を束ねたものを海に浮かべ、集まったシイラを網で囲む漁が「シイラ漬け」です。
東京の市場では1kg254円
東京都中央卸売市場(豊洲市場など)の令和7年(2025年)の年次統計から、1kgあたりの平均価格を拾いました(東京都中央卸売市場 市場統計情報・年次統計資料、「品目別・月別平均価格」)。
月 | 平均価格(1kg) |
|---|---|
年間 | 254円 |
2月 | 1,080円 |
5月 | 403円 |
6月 | 299円 |
7月 | 355円 |
8月 | 278円 |
9月 | 256円 |
10月 | 242円 |
11月 | 179円 |
12月 | 124円 |
「しいら」の年間平均は1kg254円で、同じ統計の鮮魚ぜんたいの平均1,691円の7分の1ほどです。1月、3月、4月は取引の記録がなく、値がついているのは2月と5月から12月で、5月の403円から12月の124円へ、月を追って下がっています。
筆者が市場で見てきたこと
筆者が市場で見てきたシイラは丸のまま入ってきて、呼び名もそのまま「シイラ」です。選ぶときに見るのは体の色と、身の色と透明感で、値は一年を通して安く、そして売りにくい魚です。
安いことは統計のとおりで、年間平均は鮮魚ぜんたいの7分の1ほどでした。取引のある月が5月から12月に寄っていることは、高知県の資料の「初夏から盛夏にかけて北上し、初秋から晩秋にかけて南下する」と重なります。評価の低さは江戸の本にも書かれていて、益軒は「尤下品ナリ」、丹洲も冒頭の絵の書き入れの終わりに「味ブリニ似テ下品也」と書いています。一方で島根県は公式サイトでシイラを「島根でよく食べられる大衆魚」と紹介し、高知県の資料は「高知の夏を代表する食用魚の一つ」と書いていて、東京の市場で売りにくい魚が、西の産地では夏の魚として親しまれています。
「九万疋」と書く祝いの魚
シイラにはもう一つ、「九万疋」という字があって、丹洲の書き入れにも良安の本文にも出てきます。良安は、干物にしたものを九万疋と名づけるとして、「以其多有之謂乎」、たくさんいることからそう呼ぶのだろうか、と書き、『物類称呼』の吾山も、各地の呼び名を並べたあとで自分の考えを書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『物類称呼』越谷吾山著・安永4年刊・NDL PID:2539349 コマ39・著作権保護期間満了)
「俗に九万疋と書も、是此魚の数多なるをいふなるべし」。世間で九万疋と書くのもこの魚の数が多いことを言うのだろう、という推測で、船のそばを泳ぐので、釣り針を投げるとたちまち三つ四つ釣れることがある、とも書いています。明治の『言海』は、この名前を祝いごとと結びつけています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『言海』大槻文彦・明治22〜24年・NDL PID:992954 コマ289・著作権保護期間満了)
「數万群ガル、故ニ九万疋ノ名モアリ」、数万も群れるから九万疋の名もある、とし、同じ辞書の「くまびき」の項(コマ215)には「多クハ婚禮、又ハ、雛遊ニ用ヰテ、安產、多子ヲ祝ス」、多くは婚礼やひな祭りに使って安産と子だくさんを祝う、とあります。市場では安くて売りにくい魚が、名前の字のおかげで、祝いの席の魚になっていたのです。
酢でしめる「沖づくり」
江戸の本が書くシイラの食べ方は干物で、良安は越中の干物が上等だとし、味はカマスの干物に似て毒がなく、病人が食べても差しつかえない、と書いています。いまの食べ方は島根県の7月のおすすめ料理 シイラに載っていて、島根でいちばんよく知られているのはシイラの酢じめの「沖づくり」です。手のひらほどの切り身に塩大さじ1をまぶして30分おき、酢を少し入れた水でさっと洗って水を切り、酢に浸してときどき裏返しながら30分から1時間、好みの大きさに切り分けて食べる、とあります。同じページは、新鮮なものなら刺身に、切り身なら青じそを巻いて揚げる料理も紹介しています。
鱪
- 読みは「しいら」。魚へんに暑、23画。音読みはない
- 『和漢三才図会』の見出しは魚へんに署の「鱰」で、「正字未詳」と添えてある
- 魚へんに暑の「鱪」は、『物類称呼』の見出しと、栗本丹洲の書き入れ「俗用鱪字」に出てくる
- 『本朝食鑑』は万葉仮名で「名義不詳」、『大和本草』はカタカナ。なぜ暑なのかを説いた文は見つからなかった
- 良安は「夏月鱰多于日本」という言い伝えを書きとめた
- 別の字は「九万疋」。『言海』は婚礼やひな祭りで安産・多子を祝う魚と書く
- 東京の市場のシイラは1kg254円(令和7年)
UOMEDIA|uomedia.jp
この記事でわかったこと
「鱪」と書いてシイラと読みます。
Unicode の Unihan Database(U+9C6A)に登録されている日本語の読みは訓の「しいら」で、音読みはありません。23画の字です。右側は「暑」で、魚へんに老と日のようにも見えます。
鱪は、江戸の本が「俗用」、世間で使う字として書きとめた字です。
栗本丹洲の『栗氏魚譜』はシイラの絵に「俗用鱪字」と書き入れ(NDL PID:1287422 コマ28)、『和漢三才図会』は「正字未詳」としています(NDL PID:2596381 コマ29)。なぜ暑なのかを説明した文は、今回開いた江戸の本には見つかりませんでした。
鱪は魚へんに暑、鱰は魚へんに署で、どちらもシイラの字です。
『和漢三才図会』の見出しは鱰、『物類称呼』の見出しと栗本丹洲の書き入れは鱪でした。Unicode の Unihan Database には、鱪(U+9C6A)と鱰(U+9C70)が別々に登録されていて、どちらも訓は「しいら」です。
数が多い魚だから、と江戸の本は書いています。
『物類称呼』は「俗に九万疋と書も、是此魚の数多なるをいふなるべし」とし(NDL PID:2539349 コマ39)、明治の『言海』は「數万群ガル、故ニ九万疋ノ名モアリ」と書いています(NDL PID:992954 コマ289)。
シイラの旬は初夏から夏です。
高知県の資料は、日本の近海では初夏から盛夏にかけて北上し、初秋から晩秋にかけて南下すると説明し、「漢字では鱪と書くように、旬は初夏から夏」と書いています。島根県も、シイラは夏が旬としています。
東京都中央卸売市場の令和7年(2025年)の年次統計では、「しいら」の年間平均は1kg254円でした。
鮮魚ぜんたいの平均1,691円の7分の1ほどです。取引の記録があるのは2月と5月から12月で、5月の403円から12月の124円へ下がっています。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 栗氏魚譜.第4冊 巻9
〔栗本丹州//著〕
- 和漢三才図会 : 105巻首1巻尾1巻.[34]
寺島良安尚順 編 [江戸時代]
- 物類称呼 5巻
越谷吾山 編 安永4 [1775]
- 本朝食鑑 12巻.[2]
丹岳野必大千里 著 [江戸時代]
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[7]
貝原篤信 宝永6 [1709]
- 言海 : 日本辞書.第1-4冊
大槻文彦 編 1889-1891
ほかの記事で使った本もあわせて見るなら記事で開いた原本の一覧へ。



