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魚へんの漢字

ふぐの漢字「河豚」と「鰒」|豚は味のよさ、鰒は石につく貝の字

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この記事の目次

ふぐの漢字は、ふつうは「河豚」と書き、魚へんに复(復の右側)の「鰒」の一字でも書きます。明の李時珍の『本草綱目』は、河豚の「豚」の字について「豚言其味美也」、豚というのはその味がうまいことを言うのだ、と説明していて、川にいる豚に似た魚という見た目の話にはしていません。もう一つの鰒のほうは、清の字書『康熙字典』を引くと、石に片側をつけて暮らす、殻のある海の生き物の字でした。

『梅園魚譜』コマ58の見開きいっぱいに描かれたフグの彩色図。黒い斑点の散った背、黄色い腹の線、白くふくらんだ腹
毛利梅園が描いたフグ。右の書き入れの先頭は「本草綱目 河豚」で、その下に「テツホウ 江戸」「トミ 下總銚」など土地の呼び名と「河豚種類多シ」が並ぶ。左ページの隅に「癸卯十月廿二日」「麻布」「真寫」とある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚譜』1帖・毛利梅園 筆・NDL PID:1286914 コマ58・著作権保護期間満了)

毛利梅園のこの図は、見開きの半分以上を一尾のフグが占めていて、書き入れの最初に書かれた名前も「河豚」でした。出典として『本草綱目』の名を添え、その隣に『崔氏食経』の「鯸鮐」をフグ、フクヘの振り仮名つきで並べ、江戸ではテツホウ、下総の銚子ではトミと呼ぶと続けています。左のページの隅には、癸卯の年の十月二十二日に麻布で実物を写したという書き入れがあります。鰒の字は、この図の書き入れのどこにも出てきません。

『本草綱目』の河豚は、味のよさで「豚」

梅園が名前の出どころにした『本草綱目』を、承応2年(1653年)に日本で彫り直された本の巻四十四で開くと、コマ90の左ページの終わりに見出しの「河豚」が立っていて、宋の『開宝本草』から採った項目だという印がつき、横に「フクタウ」と振り仮名が入っています。めくった次のコマ91の右ページが、名前の由来を説く「釋名」の欄です。

『本草綱目』巻四十四コマ91の見開き。右ページの右端に「釋名」の丸囲み、その下に鯸鮧・鯢魚・嗔魚・吹肚魚などの別名
右ページの右端の丸囲みが「釋名」で、河豚の別の名前が鯸鮧、鶘鮧、鯢魚、嗔魚、吹肚魚、氣包魚と並ぶ。その左に「時珍曰」と名前の説明、さらに左の丸囲みが産地を説く「集解」。上の余白には朱と墨の書き入れがある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四・李時珍・承応2年和刻・NDL PID:2556596 コマ91・著作権保護期間満了)

別名の並びは長く、鯸鮧、鶘鮧、鯢魚、嗔魚、吹肚魚、そして世間の呼び名として氣包魚があがっています。鯢魚の下には小さく「一作鮭」、鮭とも書くと添えてあって、中国の本ではサケの字がフグを指していたことが、ここにも顔を出しています(鮭の漢字の由来はフグ)。そのうえで時珍は、一つずつ名前のわけを書いていきます。

『本草綱目』コマ91の「豚言其味美也」と、集解の「志曰河豚江淮」「河海皆有之」の大写し
右が「時珍曰」に続く「豚言其味美也」。中と左が、集解の頭の「志曰河豚江淮(河)」と、その続きの「河海皆有之」。同じコマの三か所を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四・NDL PID:2556596 コマ91・著作権保護期間満了)

豚の字は味がいいから、侯夷(鯸鮧)は姿の醜さを言ったもの、鯢は体が丸いから、そして吹肚、氣包は怒って腹をふくらませるさまをかたどった名前だ、というのが時珍の説明で、最後の一句は「吹肚氣包象其嗔脹也」と書かれています。河のほうは、すぐ左の「集解」に答えがあり、「志曰」として引かれた言葉に「河豚江淮河海皆有之」、河豚は長江と淮水、川にも海にもいる、とあります。川でもとれる魚で、豚のようにうまい。字面から思い浮かべるとおり川と豚の二字ではあっても、豚は姿ではなく味の比喩だというのが、この本の読み方です。

鰒は、中国の字書では石につく貝の字

一方の鰒は、清の『康熙字典』を安永9年(1780年)に日本で刊行した本の、魚へんに九画の字を集めたコマ26に、右ページの右端から項目があります。見出しの鰒には音として「音伏」、伏と同じ音、日本の音読みでいえばフクがつけられていて、そのあとに『前漢書』王莽伝などの注が続きます。

『康熙字典』魚部九画コマ26の見開き。右ページの右端の列に見出し「鰒」
右ページの右端の列の中ほどに見出しの「鰒」があり、そこから三列ほどが鰒の説明。左ページの外側の柱に「亥集中 魚部 九畫」とある。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『康熙字典』魚部・安永9年刊の和刻本・NDL PID:2562615 コマ26・著作権保護期間満了)

注のなかの説明は「鰒似蛤偏著石」、鰒は蛤に似ていて、片側を石にくっつけている。『広志』という本からは「鰒無鱗有殼一面附石」と、うろこがなく殻があって、一面を石につけている、と引き、細かな穴が七つか九つあるとまで書いてあります。そして項目の終わり近くに「一說石決明」、一説に石決明だ、という一句があり、石決明は江戸の本がアワビに当てた漢名です。中国の字書の鰒は、フグではなく、アワビのたぐいの字でした。

『康熙字典』コマ26の見出し「鰒」と、「註 鰒似蛤偏著石」「志 鰒無鱗有殼一面附石」「(一)說石決明」の大写し
右端が見出しの「鰒」。その左が注の「鰒似蛤偏著石」、次が『廣志』を引いた「鰒無鱗有殼一面附石」、左端が「(一)說石決明」。同じ項目の四か所を切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『康熙字典』魚部・安永9年刊の和刻本・NDL PID:2562615 コマ26・著作権保護期間満了)

日本でも学者の本は、鰒をアワビの見出しに使っていました。寺島良安の『和漢三才図会』は貝の巻の先頭に鰒の字でアワビを立て、明治の『言海』でも、鰒の字が見出しに立つのは「あはび」の項です(魚へんに包の鮑(アワビ)の記事で原本を見ています)。

「俗ニ河豚ト心得タルモノアリ」

それなのに鰒がフグの字としても通っていたことを、はっきり書いた本があります。語句を見出しに立てて意味を書きつけた『語録譯義』という写本(国立国会図書館の書誌では留守希斎 編、千手興成 校補)で、四冊目のコマ52に「鰒魚」の見出しが立っています。

『語録譯義』コマ52の見開き。左ページの右から二列目に見出し「鰒魚」
手書きの写本の見開き。左ページの右の「賀茂ノ競馬當之」の次の列から「鰒魚」の項が始まり、五列ほど続く。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『語録譯義』4巻・留守希斎 編・千手興成 校補・写本・NDL PID:2554084 コマ52・著作権保護期間満了)

見出しの下に小さくアハビと読みを添えたあと、本文は「俗ニ河豚ト心得タルモノアリ」、世間にはこれを河豚のことだと思っている者がいる、と続きます。理由として書いてあるのは、鰒の字の音と、河豚の日本での呼び名とが同じだから取り違えたのだろう、ということです。『康熙字典』の「音伏」と、『言海』の書く河豚の古い呼び名フクとを並べると、音読みと訓読みがたまたま重なって、一つの字に二つの魚が乗ってしまった事情がよくわかります。

『語録譯義』コマ52の「俗ニ河豚ト心得タルモノアリ」と、その続きの二列の大写し
右が「俗ニ河豚ト心得タルモノアリ」。中と左がその続きの「鰒ノ音河豚ノ」「訓ト同キヲ以誤リタルト見」。同じ項目の三か所を切り出して並べた。中の列の二字目以降は手書きの形が崩れていて、本文では要約にとどめた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『語録譯義』4巻・NDL PID:2554084 コマ52・著作権保護期間満了)

希斎はこのあと、フグを食べたい病人が医者に問い合わせ、書き付けの鰒の字を医者がアワビと読んで許したので、病人はたちまち死んだ、という話を引き、「燕石雜志ニ記セリ」と出典を添えています。曲亭馬琴の随筆『燕石雑志』のこの一件は、『古事類苑』に引かれた形でフグを「てっぽう」と呼ぶ由来の記事で読みました。字書の上ではアワビ、世間ではフグという鰒の二重の読みは、笑い話では済まない取り違えとして、江戸の本に何度も書き留められていたのです。

明治の辞書は河豚、俗字の名簿に鰒

明治の大槻文彦の『言海』は、「ふぐ」の見出しに漢字を河豚の一つだけ掲げています。

『言海』コマ520の「ふぐ」の項の大写し
中ほどの「ふぐ(名)河豚〔脹ルル意〕古名ハ、清音ニ、フク。又、フクト。海産ノ魚、形、蝌斗ノ如ク……」の項。右は前の項の終わり、下の段は「ふく-いく」などの次の項目。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『言海』大槻文彦・明治22〜24年・NDL PID:992954 コマ520・著作権保護期間満了)

名前の意味には「脹ルル意」、ふくれるという意味だと短い注をつけ、「古名ハ、清音ニ、フク」と、昔は濁らずにフクと言ったことを添えています。形はおたまじゃくしのようで、大きいものは一尺あまり、物にふれると怒って腹を毬のようにふくらませる、という説明は、時珍が吹肚、氣包の名前で言ったことと同じ姿を見ています。

では鰒はどこへ行ったかというと、農商務省が明治19年(1886年)に緒言を書いた『水産俗字集』の、カナの見出し「フグ」の下にいました。先頭は河豚で、鯸、魨、西施乳と字が続いたあとに鰒があり、その横には(早)の印がついています。

『水産俗字集』コマ21の「フグ 河豚、鯸…」と「鰒(早)鯸鮐、鯢魚…」、コマ4の凡例「(早)早引節用集 改正増補」の大写し
右がコマ21の「フグ」の見出しと、その下の「河豚、鯸(四)……魨、西施乳」。中がその続きの「鰒(早)鯸鮐、鯢魚(訓)氣包……」。左はコマ4の引用書目の「(早)早引節用集 改正増補」。二つのコマから切り出して並べた。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『水産俗字集』・農商務省農務局 編・大日本水産会刊・NDL PID:842637 コマ21・コマ4・著作権保護期間満了)

(早)は、巻頭の引用書目によれば文化6年板の『早引節用集』の改正増補版です。本草書や字書がアワビの字として載せた鰒が、節用集の類ではフグの字として出ていた、ということになり、『語録譯義』が「俗ニ」と書いた世間の使い方が、そのまま明治の名簿に流れ込んでいました。

筆者が市場で見てきたこと

市場で見るフグは、養殖のトラフグ、天然のトラフグ、そしてマフグやショウサイフグなどトラフグ以外のものの三つともです。呼び名はただ「フグ」で、入ってくる形は、下処理を済ませた身欠きと、活けの二通りあります。身欠きは身の色と張りを見て、活けは泳ぎ方を見て選びます。値がいちばん動くのは、冬の初め、11月ごろから上がっていくところです。

梅園が書き入れに「河豚種類多シ」と書いたとおり、筆者の見る市場でもトラフグだけでなく、マフグやショウサイフグまで入ってきます。江戸の本は字の取り違えを何度も書き留めましたが、市場での呼び名は、フクでもテッポウでもなく、ただの「フグ」です。

関連する漢字

中国の本では別の魚を指していた字には鮭(魚へんに圭)や鯥(魚へんに陸の右側)があり、鰒がもともと立っていたアワビの字の話は鮑(魚へんに包)で読めます。フグのことわざは「河豚は食いたし命は惜しし」の記事に、ほかの字は魚へんの漢字一覧と魚へんの漢字の由来の索引にまとめています。

この記事でわかったこと

  • ふつうは「河豚」と書き、魚へんに复の「鰒」でも書きます。

    明治の『言海』は「ふぐ」の見出しに河豚だけを掲げています(NDL PID:992954 コマ520)。明治19年の『水産俗字集』では、フグの項の先頭が河豚で、鰒は『早引節用集』から採った字として並んでいます(NDL PID:842637 コマ21)。

  • 『本草綱目』は「豚言其味美也」、豚は味のよさを言ったものだとしています。

    河については、集解に「志曰」として「河豚江淮河海皆有之」、長江や淮水、川にも海にもいると引いています(承応2年和刻本、NDL PID:2556596 コマ91)。

  • 清の『康熙字典』では、鰒は「鰒似蛤偏著石」「鰒無鱗有殼一面附石」と、蛤に似て片側を石につける殻のある生き物の字で、「一說石決明」ともあります。

    アワビのたぐいの字です(安永9年和刻本、NDL PID:2562615 コマ26)。

  • 江戸の写本『語録譯義』は鰒魚の項で「俗ニ河豚ト心得タルモノアリ」と書き、鰒の音と河豚の呼び名が同じために取り違えたのだろうとしています(NDL PID:2554084 コマ52)。

    一方で、文化6年板の『早引節用集』は鰒をフグの字として載せていたことが、『水産俗字集』の引用からわかります。

この記事で開いた原本

どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。

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