魚へんに冬の読み方はコノシロ 鮗は江戸で「誤り」とされた字
この字、読めますか?
鮗
- 訓
- このしろ
- 画数
- 16画
この記事の目次
安永年間に芭蕉の『おくのほそ道』へ注をつけた蓑笠庵梨一(さりゅうあん・りいち)は、魚へんに冬の「鮗」を、世間の書き誤りだと言い切っていました。読みは「コノシロ」、寿司屋でおなじみのコハダが大きく育った魚の名で、冬の字がついているから冬の魚だと思いたくなりますが、江戸の学者の本草書や百科事典は、コノシロの見出しにこの字をそもそも使っていません。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・NDL PID:1287112 コマ20・著作権保護期間満了)
上は毛利梅園の図譜のコノシロで、背に黒い点の列が並び、背びれの後ろが糸のように長くのびています。この図の見出しも、魚へんに冬ではありませんでした。
「鮗」の基本データ
- 読み
- このしろ(訓)
- 画数
- 16画(魚へん11画+右側5画)
- 形
- 魚へんに「冬」
- 江戸の字
- 見出しは「鰶」や「鱅」。江戸の本草書や百科事典は、鮗を見出しに使わない
- 由来
- 『奥細道菅菰抄』は「俗間ニ鮗ト書ハ鰶ノ誤」。鰶の書き誤りとした
- 難易度
- 上級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9B97)による
国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで本文を検索しようとしても、「鮗」の一字で引くと結果は0件で、この検索は一字だけの語では何も返しません(「鯛」の一字でも0件です)。「鮗の」「鮗は」と二字にして引き直すとようやく本が出てきて、ほとんどが明治から昭和の俳句や俳諧の本、そのなかに一冊、江戸時代の注釈書を活字に組み直した本がありました。それを開く前に、江戸の学者がコノシロをどんな字で書いていたかを、寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』から見ていくと、海の魚を集めた巻四十九のコマ32に項があります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ32・著作権保護期間満了)
『和漢三才図会』の見出しは「鰶」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ32・著作権保護期間満了)
見出しの字は「鰶」、魚へんに「祭」で、振り仮名は「このしろ」と「つなし」、音は「際」です。その下に「鯯(音制)」、「鱅(音庸)」と別の書き方が並び、日本での呼び名として「和名古乃之呂 又云豆奈之」、関東では「古波太(こはだ)」と続きますが、見出しにも脇の別の字にも「鮗」は出てきません。良安はページをめくった先、コマ33の自身の説明(按)の書き出しで、字どうしの関係に答えを出しています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ33・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
△按、本草有鱅無鰶。今考合之、鱅鰶一物也。(……)
現代語訳
考えるに、『本草綱目』には鱅はあるが鰶はない。いま照らし合わせてみると、鱅と鰶は同じものである。
「本草有鱅無鰶」、中国の本草書(『本草綱目』)には鱅はあるが鰶はない、と言ったうえで、「今考合之、鱅鰶一物也」、照らし合わせてみると鱅と鰶は同じものだ、と結んでいます。良安が問題にしていたのは、鰶と鱅という二つの字の関係でした。
『大和本草』の見出しは「鱅」
貝原益軒(かいばら・えきけん)の『大和本草(やまとほんぞう)』は宝永6年(1709年)刊の本草書で、魚の巻、巻十三のコマ33にコノシロの項があります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原益軒・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ33・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原益軒・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ33・34・著作権保護期間満了)
益軒の見出しは、良安が脇に置いたほうの字の「鱅」です。項の書き出しで、日本では昔この魚を「ツナシ」と呼んでいたと書き、「コノシロ(子の代)」の名の由来の話を続けたあと(その話はコハダとコノシロの記事で読んでいます)、項の終わりで字の話に戻ってきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原益軒・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ33(「ルヘシ」は次のコマ34)・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
○本草綱目ニ曰、海上鱅魚其臭如尸、海人食之ト。今案ニ、ヤキテ其臭如尸ナルモノ別ニナシ。鱅ハコノシロナ(ルヘシ)
現代語訳
『本草綱目』に、海の鱅魚はその臭いが屍のようで、海辺の人が食べる、とある。考えるに、焼いて屍のような臭いがするものはほかにない。鱅はコノシロであろう。
『本草綱目』には海の鱅魚は臭いが屍のようだとあるが、焼いて屍のような臭いがする魚はほかにないので、「鱅ハコノシロナルヘシ」、鱅はコノシロであろう、という筋です。益軒も字を選ぶ根拠を中国の本草書に置いていて、ここにも「鮗」は出てきません。
冒頭の梅園の図、『梅園魚品図正(ばいえんぎょひんずせい)』巻一のコマ20も、大きなコノシロの横の見出しは「本草綱目曰 鱅(コノシロ)」でした。その下の書き入れには、中国の地方誌『閩書』から「鰶」、平安時代の辞書『和名抄』から「鯯」と字が次々に挙がり、最後は「皆一物也」、みな同じものだ、と結ばれています。三冊が使う字は鰶・鱅・鯯の三つで、どの本にも魚へんに冬はありませんでした。
「俗間ニ鮗ト書ハ鰶ノ誤」
「鮗」が出てきたのは、検索で見つけた『奥細道菅菰抄(おくのほそみちすがごもしょう)』でした。梨一が『おくのほそ道』に注をつけた本で、自序の日付は「時は安永申の夜長月末」とあり、安永年間で申の年は安永5年(1776年)だけです。開いたのは、明治42年(1909年)にこれを活字に組んだ本です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『奥細道菅菰抄』上之巻・蓑笠庵梨一・安永5年自序/明治42年活字本・NDL PID:888896 コマ15・著作権保護期間満了)
『おくのほそ道』の室の八島(むろのやしま)のくだりには、この地でコノシロという魚を食べることを禁じている、という一節があり、梨一はそこに小さな字で注をつけました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『奥細道菅菰抄』上之巻・蓑笠庵梨一・安永5年自序/明治42年活字本・NDL PID:888896 コマ15・著作権保護期間満了)
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『奥細道菅菰抄』上之巻・蓑笠庵梨一・安永5年自序/明治42年活字本・NDL PID:888896 コマ15・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
コノシロハ鱅鰶等ノ字ヲ用來レリ。俗間ニ鮗ト書ハ鰶ノ誤ニテ、鮗ハ字書ニ(ナシ)
現代語訳
コノシロには鱅・鰶などの字を使ってきた。世間で鮗と書くのは鰶の誤りで、鮗という字は字書に(ない)。
「コノシロハ鱅鰶等ノ字ヲ用來レリ」、コノシロには鱅・鰶などの字を使ってきた、と前置きして、「俗間ニ鮗ト書ハ鰶ノ誤ニテ、鮗ハ字書ニナシ」、世間で鮗と書くのは鰶の誤りで、鮗という字は字書にない、と断じています。鰶(魚へんに祭)と鮗(魚へんに冬)は、筆で書けば右側の形が似ていなくもないので、梨一は鮗を鰶の書き誤りと見ていたわけです。注は次の列でも続き、誤りの出どころまで名指ししていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『奥細道菅菰抄』上之巻・蓑笠庵梨一・安永5年自序/明治42年活字本・NDL PID:888896 コマ15・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
ナシ。是等ノ類ハ多ク小野篁歌字盡ト云書ノ過失ヨリ出。是書ハ童子ノ手ヘ授クベキモ(ノニ非ズ)
現代語訳
(字書に)ない。こうした類(の誤り)は、多くが『小野篁歌字尽』という本の過ちから出ている。この本は子どもの手に渡すべきものではない。
「是等ノ類ハ多ク小野篁歌字盡ト云書ノ過失ヨリ出」、こうした類の誤りは多くが『小野篁歌字尽(おののたかむらうたじづくし)』という本の過ちから出ている、と言い、さらに「是書ハ童子ノ手ヘ授クベキモノニ非ズ」と、子どもの手に渡してはいけない本だとまで書いています。
名指しされた『小野篁歌字尽』を開く
梨一が名指しした本も国立国会図書館にあり、開いたのは寛文2年(1662年)刊の版です。国立国会図書館の目録には、このあと江戸時代を通じて出た版がいくつも並んでいます。形の似た漢字が一列に五字ずつ大きく並び、その脇に覚えるための歌が添えてある本で、巻頭の列はこうでした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『小野篁歌字尽』・寛文2年刊・NDL PID:14671288 コマ3・著作権保護期間満了)
椿・榎・楸・柊・桐と、木へんに春・夏・秋・冬の字が並び、歌は「春つばき、夏はゑのきに、秋ひさぎ、冬はひゝらぎ」です。季節の字を木へんに組み合わせて覚えるという、魚へんに冬と同じ形の遊びが、この本の最初のページにありました。魚の字はというと、この版ではコマ15の見開きとコマ16の最初の列に魚へんの字が並んでいます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『小野篁歌字尽』・寛文2年刊・NDL PID:14671288 コマ15・著作権保護期間満了)
鯨、鮫、鯰、鰤、鮭、鯖、鮒、鱒、鯉と一字ずつ追っていきましたが、この版の魚の字の並びに鮗はありませんでした。梨一が見ていたのがもっと後の版だったのか、それとも「是等ノ類ハ多ク」とあるとおり、鮗に限らない誤り全般をこの本のせいにしたのかは、今回開いた寛文2年の版からはわかりません。
俳諧の活字本には「鮗」がある
検索で出てきた本の多くは、芭蕉の一門の連句集『冬の日』の付句、「箕に鮗の魚をいたゞく」を引いていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『俳諧註釈集』第一冊・佐々醒雪、巌谷小波校・大正元年・NDL PID:950162 コマ89・著作権保護期間満了)
大正元年(1912年)の『俳諧註釈集』は、この句に江戸時代のいくつもの注釈をまとめて載せていて、そこでも字は「鮗」です。ただ、これは明治・大正の活字本の字であって、江戸時代に刷られた『冬の日』の本でこの字がどう書かれていたかは、今回は確かめていません。
冬の字の理由は見つからない
魚へんに冬と書いてコノシロと読む字は、良安の「鰶」、1709年の益軒の「鱅」、梅園の「皆一物也」と並べてみても、江戸の学者の本では見出しに使われない字でした。世間では使われていて、1776年の自序をもつ注釈書で梨一がそれを見とがめ、鰶の書き誤りだと言い切っています。なぜ「冬」なのかを書いた本は、今回開いたなかに一冊もなく、冬においしい魚だから、という説明を見かけることはあっても、それを書いた原本にはまだたどり着けていません。
鮗
- 読みは「このしろ」。魚へんに冬、16画
- 江戸の本草書や百科事典の見出しは「鰶」や「鱅」
- 『奥細道菅菰抄』は「俗間ニ鮗ト書ハ鰶ノ誤ニテ、鮗ハ字書ニナシ」
- なぜ冬なのかを書いた江戸の原本は、まだ見つかっていない
UOMEDIA|uomedia.jp
ほかの魚へんの字は魚へんの漢字の由来の一覧へ。
この記事でわかったこと
「鮗」はコノシロと読みます。
ただし江戸時代の本草書や百科事典は、コノシロの見出しに「鰶」(『和漢三才図会』NDL PID:2596381 コマ32)や「鱅」(『大和本草』NDL PID:2557359 コマ33)を使っており、「鮗」は使っていません。
江戸の注釈書『奥細道菅菰抄』(安永5年=1776年自序)は、「俗間ニ鮗ト書ハ鰶ノ誤ニテ、鮗ハ字書ニナシ」と書き、鮗を鰶(魚へんに祭)の書き誤りとしています(明治42年活字本 NDL PID:888896 コマ15)。なぜ「冬」なのかを説明した江戸の原本は、今回は見つかっていません。
江戸の本では「鰶」「鱅」「鯯」が使われ、『和漢三才図会』は「鱅鰶一物也」(NDL PID:2596381 コマ33)、『梅園魚品図正』は「皆一物也」(NDL PID:1287112 コマ20)と、同じ魚の字として扱っています。「鮗」は『奥細道菅菰抄』が世間の書き方として取り上げ、誤りとしています。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 和漢三才図会 : 105巻首1巻尾1巻.[34]
寺島良安尚順 編 [江戸時代]
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[7]
貝原篤信 宝永6 [1709]
- 奥細道菅菰抄
高橋梨一 (蓑笠庵) 著 明42.6
- 小野篁歌字盡
寛文2 [1662]
- 俳諧註釈集. 第1冊
佐々醒雪, 巌谷小波 校 大正1
ほかの記事で使った本もあわせて見るなら記事で開いた原本の一覧へ。



