鱚の漢字の由来 江戸の学者は「正字未詳」「漢名未知」と書いた
この字、読めますか?
鱚
- 訓
- きす
- 画数
- 23画
この記事の目次
毛利梅園の魚の図譜で、二匹並んだキスの片方には「鱚(キス)又鼠頭魚」と見出しが立ち、もう片方の横には、この魚は中国の本に載っていないので漢名がわからない、という長い書き入れがあります。キスを漢字で書くと「鱚」、魚へんに喜ぶの「喜」というおめでたい字ですが、その由来を江戸の学者に尋ねても、正しい字はわからないという答えがいくつも返ってきます。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ21・著作権保護期間満了)
寺島良安(てらじま・りょうあん)の絵入り百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』では、海のうろこのある魚を集めた巻四十九のコマ27にキスの項がありました。国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーで、本文の読み取りテキストを「きす」で引いて見つけたページです。
「鱚」の基本データ
- 読み
- きす(訓)
- 画数
- 23画(魚へん11画+右側12画)
- 形
- 魚へんに「喜」
- 江戸の字
- 寺島良安は万葉仮名の「幾須吾」で「正字未詳」、貝原益軒はカタカナの「キスゴ」
- 由来
- 益軒は「中華ノ書ニテ未見之、故ニ漢名未知」。なぜ喜なのかは、開いた本に書かれていない
- 難易度
- 上級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9C5A)による
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ27・著作権保護期間満了)
百科事典の見出しは万葉仮名の「幾須吾」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』巻四十九・寺島良安編・江戸時代刊・NDL PID:2596381 コマ27・著作権保護期間満了)
見出しは「幾須吾」。漢字で書いてはあっても、字の意味ではなく音だけを借りて「き・す・ご」と読ませる万葉仮名の書き方で、その横に「正字未詳」と添えてあります。良安の百科事典は中国の本にある名前を見出しに立てるのがふつうなので、キスについては音で書くしか手がなかったことになります。同じ見開きのコチやエソの項にも、同じ「正字未詳」が並んでいました。
益軒は「キスゴ」とカタカナで書いた
貝原益軒の『大和本草(やまとほんぞう)』(宝永6年=1709年刊)では、キスの項の見出しはカタカナの「キスゴ」です。魚の巻である巻十三のコマ40にあり、柱には日本の産物を示す「和品」の印がついています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ40・著作権保護期間満了)
益軒はキスゴの大きさや味を書いたあと、中国の本との関係に話を移します。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ40・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
ハ少ク夏秋多シ。本草ニ不載。凡中華ノ書ニテ未見之。故ニ漢名未知。國俗鱠殘魚ヲキスゴト稱ス。甚誤レリ。本草鱠殘魚ノ集解ヨク見ルヘシ。無鱗魚ナリ。キスゴニハ鱗多シ。鱠殘魚ハ俗ニシロウヲト云モノ也。
現代語訳
(キスゴは冬と春に)は少なく、夏と秋に多い。『本草綱目』には載っていない。およそ中国の本では見たことがない。だから漢名(中国での名前)はわからない。世間では鱠残魚をキスゴと読んでいるが、たいへんな誤りである。『本草綱目』の鱠残魚の集解をよく見るべきだ。(鱠残魚は)うろこのない魚である。キスゴにはうろこが多い。鱠残魚は世間でシロウオと呼ぶものである。
「本草ニ不載。凡中華ノ書ニテ未見之」とあり、『本草綱目』には載っておらず、およそ中国の本で見たことがない、と言っています。続く「故ニ漢名未知」は、だから中国での名前もわからない、という結論で、良安の「正字未詳」とほぼ同じところに着地しています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』第7冊 巻13・14・貝原篤信・宝永6年・NDL PID:2557359 コマ40・著作権保護期間満了)
益軒はさらに、世間の字の当て方を「國俗鱠殘魚ヲキスゴト稱ス。甚誤レリ」と正しています。鱠殘魚は『本草綱目』に載る別の魚で、「無鱗魚ナリ」とうろこのない魚なのに対し、「キスゴニハ鱗多シ」とキスゴにはうろこが多い。そのうえで「鱠殘魚ハ俗ニシロウヲト云モノ也」と、鱠殘魚の正体を世間でいうシロウオに当てています。中国の本に載らない魚に、中国の本にある別の魚の字を借りてしまっていたのを、益軒はうろこの有無という見ればわかる違いで退けたのです。
梅園は「鱚」を立てながら「漢名不詳」と書いた
冒頭の梅園の図に戻ると、見出しの一つにはたしかに「鱚」の字が立っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ21・著作権保護期間満了)
左の見出しは「鱚(キス)」で、続けて「又鼠頭魚」と別名も添えてあり、魚へんに喜の字がここでは堂々と見出しの位置にあります。ところが、もう一匹のキスの横の書き入れは、益軒とほとんど同じことを書いていました。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ21・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
國俗鱠殘魚ヲ以テキスト訓ス。非也。鱠殘魚ハシロ魚ト云者也。別物也。……此者中華ノ書ニ不載。故ニ漢名不詳。キスニ青白ノ二種アリ。
現代語訳
世間では鱠残魚の字をキスと読むが、誤りである。鱠残魚はシロウオという魚で、別のものだ。……この魚は中国の本に載っていない。だから漢名はわからない。キスには青と白の二種類がある。
「國俗鱠殘魚ヲ以テキスト訓ス。非也」で始まり、鱠殘魚はシロウオで別のものだと続く筋は、益軒の『大和本草』と同じです。そして「此者中華ノ書ニ不載。故ニ漢名不詳」。梅園は「鱚」の字を見出しに使いながら、同じ見開きで漢名はわからないと書いているので、少なくともこの図譜では、鱚は中国の本から来た漢名として扱われていなかったことになります。
喜の字の理由は書かれていない
益軒は1709年の『大和本草』でカタカナを使い、良安は万葉仮名を使い、梅園は「鱚」を見出しに立てつつ漢名不詳と添えました。三人とも、キスを中国の本に載らない魚として見ていた点では一致しています。魚へんに「喜」がなぜキスなのかという肝心の点については、今回開いた江戸の本はどれも理由を語っていませんでした。
鱚
- 読みは「きす」。魚へんに喜、23画
- 寺島良安の見出しは万葉仮名の「幾須吾」。「正字未詳」
- 貝原益軒は「中華ノ書ニテ未見之、故ニ漢名未知」
- 毛利梅園の見出しには「鱚」が立つが、「漢名不詳」と添えてある
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この記事でわかったこと
江戸の学者は、キスの正しい字はわからないと書いています。
寺島良安『和漢三才図会』は見出しを万葉仮名の「幾須吾」とし「正字未詳」と添え(NDL PID:2596381 コマ27)、貝原益軒『大和本草』は「凡中華ノ書ニテ未見之。故ニ漢名未知」と書いています(NDL PID:2557359 コマ40)。魚へんに喜がなぜキスなのかは、これらの本には書かれていません。
本によって違います。
『大和本草』はカタカナの「キスゴ」、『和漢三才図会』は万葉仮名の「幾須吾」、毛利梅園『梅園魚品図正』は「鱚(キス)又鼠頭魚」を見出しにしています(NDL PID:2557359 コマ40、PID:2596381 コマ27、PID:1287112 コマ21)。世間では「鱠殘魚」の字も当てていましたが、益軒と梅園はどちらも誤りとしています。
貝原益軒は「國俗鱠殘魚ヲキスゴト稱ス。
甚誤レリ」とし、鱠残魚はうろこのない魚で世間でシロウオと呼ぶもの、キスゴにはうろこが多いと書いています(NDL PID:2557359 コマ40)。毛利梅園も「鱠殘魚ハシロ魚ト云者也。別物也」と書いています(NDL PID:1287112 コマ21)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 和漢三才図会 : 105巻首1巻尾1巻.[34]
寺島良安尚順 編 [江戸時代]
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[7]
貝原篤信 宝永6 [1709]
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