太刀魚の漢字は「魛」と「鱭」|魚へんに刀の字と江戸の取り違え
この字、読めますか?
魛
- 訓
- たちうお
- 音
- トウ
- 画数
- 13画
この記事の目次
太刀魚の漢字は、ふつうは「太刀魚」の三文字で、一文字で書くなら魚へんに刀の「魛」です。魛の読みは訓がたちうお、音がトウ。毛利梅園が描いたタチウオの図には、この魛をふくめて九つの名前が書き込まれていて、どれがこの魚の正しい字なのか、江戸の学者たちがまとまらずにいたことが、一枚の絵の余白にそのまま残っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・毛利梅園 撰輯・天保6年序・NDL PID:1287112 コマ48・著作権保護期間満了)
いちばん大きな字で書かれた名前は二つで、右端の「帯魚」には『閩書』から、その次の「鱭魚」には『本草綱目』と『多識編』からという出どころが添えてあり、鱭魚の横にはタチウヲ、タチイヲと二通りの読みがあります。その下に小さく、鰽魚、鮆魚、鮤魚、鱴刀、魛魚、望魚の六つが並び、魛魚の脇にはタウと音が振られています。最後に『大和本草』の名として「太刀魚」。図の横の書き入れは「形状刀ノ身ニ似タリ故名」、形が刀の身に似ているから名づけたと由来を書き、遠くから見れば「サナカラ刀ヲ抜タルガ如ニ」、まるで刀を抜いたようだとも書いています。日付は甲午の年の七月で、魚屋で求めて写したと記されています。
「魛」の基本データ
- 読み
- たちうお(訓)・トウ(音)
- 画数
- 13画(魚へん11画+刀2画)
- 形
- 魚へんに「刀」
- 中国の字書
- 『康熙字典』は魛を鮆魚の字とし、『正字通』を引いて「本作刀」、もとは刀と書いたとする
- 江戸の字
- 貝原益軒は「太刀魚」、寺島良安は「鱭」の見出しに魛を別名として並べ、小野蘭山は鱭をタチウヲと読むのは誤りとした
- 難易度
- 上級
読みと画数は Unicode の Unihan Database(U+9B5B)による
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『梅園魚品図正』巻一・NDL PID:1287112 コマ48・著作権保護期間満了)
中国の字書の魛は、刀に魚へんを足した字
魛という字そのものを、清の字書『康熙字典』を安永9年(1780年)に日本で刊行した本で引くと、魚へんに二画の字を集めた箇所、コマ4の右ページの左寄りに見出しが立っています。振り仮名はタウ、音は「音刀」で、刀と同じ音です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『康熙字典』魚部・安永9年刊の和刻本・NDL PID:2562615 コマ4・著作権保護期間満了)
説明は短く、音のあとに鮤、鱴魛という名を挙げて「今鮆魚也」、今の鮆魚のことだとし、『玉篇』から蔑刀魚という名も引いています。そのあとに置かれた『正字通』の一節が、この字の成り立ちを言い当てていて、「本作刀」、もとは魚へんのない刀の一字で書いたのだと言い、「言魚形似刀也」、魚の形が刀に似ていることを言ったのだと続け、最後に「改作魛非」、魛と書き改めるのは誤りだと締めくくっています。刀のような魚だから刀と呼び、あとから魚へんが足されて魛になった、というのが中国の字書の見立てでした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『康熙字典』魚部・安永9年刊の和刻本・NDL PID:2562615 コマ4・著作権保護期間満了)
ここで魛が指している鮆魚は、タチウオではありません。中国の本草書の代表である明の李時珍『本草綱目』では、鮆も魛も、鱭魚という魚の別名の一つとして出てきます。
『本草綱目』では、川や湖にいる鱭魚の別名
承応2年(1653年)に日本で彫り直された『本草綱目』の巻四十四を開くと、コマ65の左ページの終わりに見出しの「鱭魚」があり、その脇にタチウヲ、上の余白にタチノウヲと読みが添えてあります。この本で鱭魚の項を読んだ日本の人は、これをタチウオだと思って読んでいたことになります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四・李時珍・承応2年和刻・NDL PID:2556596 コマ65・著作権保護期間満了)
めくった次のコマ66の右ページが、名前の由来を説く「釋名」です。鮆魚、鮤魚、鱴刀と並んで「魛魚」があり、音刀と注がついています。梅園が鱭魚の下に小さく書いた六つの名前は、この釋名と同じ顔ぶれでした。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『本草綱目』巻四十四・李時珍・承応2年和刻・NDL PID:2556596 コマ66・著作権保護期間満了)
ところが姿と産地を書いた「集解」は、時珍の言葉として「鱭生江湖中」、鱭は江や湖の中にすむと始まり、三月に出はじめて、体は細長く薄く、削った木の片のようで、また「亦如長薄尖刀形」、長く薄く先のとがった刀の形のようだ、と続きます。刀に似た細長い魚という点はタチウオと重なりますが、川や湖の魚だという一点が合いません。
益軒は「相似テ不同」、良安は鱭の見出しに太刀魚
このずれをはっきり書き残したのが、宝永6年(1709年)の貝原益軒『大和本草』です。巻十三の魚類のコマ40で、益軒は日本の魚として「太刀魚」を立て、中国の字を見出しに使っていません。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・貝原益軒・NDL PID:2557359 コマ40・著作権保護期間満了)
書き出しは「形刀ニ似テ長クウスク背青ク腹白シ」で、長いものは二、三尺、くちばしはサヨリのように長く、その内側はのこぎりのようだと続きます。味はよくない、骨が多く脂があってなまぐさい、と益軒の評価は厳しいのですが、肝心なのはそのあとの一句で、「本草綱目ニノセル鱭魚ニ相似テ不同」、『本草綱目』の鱭魚に似ているが同じではない、と書いています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『大和本草』巻十三・NDL PID:2557359 コマ40・著作権保護期間満了)
翻刻と現代語訳をテキストで読む
翻刻
太刀魚 形刀ニ似テ長クウスク背青ク腹白シ長キ者二三尺 横セハシ 其觜鱵ノ如ク長クシテ上下齊ク觜ノ内鋸ノ如シ 味不好 骨多クアフラアリ腥シ 性不好食フヘカラス 本草綱目ニノセル鱭魚ニ相似テ不同
現代語訳
太刀魚(タチウオ)。形は刀に似て長く薄く、背は青く腹は白い。長いものは二、三尺。幅はせまい。くちばしはサヨリのように長く、上下がそろい、くちばしの内側はのこぎりのよう。味はよくない。骨が多く脂があってなまぐさく、性もよくないので食べるべきではない。『本草綱目』に載る鱭魚に似ているが、同じではない。
ところが、その数年あとにまとまった寺島良安の『和漢三才図会』は、逆の道をとりました。巻五十一の江海無鱗魚の部で見出しに立てたのは「鱭」の一字で、読みはたちいを、別名に鮆、鮤、鱴、魛、鰽、望魚を並べたうえで「俗云太刀魚」、世間では太刀魚と言う、と添えています。添えられた図も、波の中で細長い体をくねらせる魚です。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『和漢三才図会』中之巻・寺島良安 編・中近堂 明治18年刊・NDL PID:898161 コマ235・著作権保護期間満了)
良安は時珍の文をそのまま引いたあとで、自分の考えを書く「按」の欄に、鱭は海の中にいるもので、「言生於江湖者非也」、江や湖にいるというのは誤りだと書きました。そして「八九月與鰯同時盛出泉州播州特多」、八、九月に鰯と同じころ盛んにとれ、和泉と播磨にとくに多いと、日本の海の話に置き換えています。益軒が「似ているが違う」で止めたところを、良安は中国の本のほうを直して字を当ててしまったことになります。
蘭山は「鱭魚ヲタチウヲト訓ズルハ非ナリ」
この当て方をはっきり退けたのが、小野蘭山の『本草綱目啓蒙』でした。弘化4年(1847年)の重訂版の巻四十、コマ12の右ページで、蘭山は鱭魚の読みにタチウオではなくエツ、ウバエツを掲げています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『重訂本草綱目啓蒙』巻四十・小野蘭山 口授・弘化4年刊・NDL PID:2555647 コマ12・著作権保護期間満了)
説明の終わり、左ページに移ったところに「鱭魚ヲタチウヲト訓ズルハ非ナリ」とあり、鱭魚をタチウヲと読むのは誤りだと言い切っています。続けて「タチウヲハ形長クシテ」と姿を書き、タチウオに当たる中国の名は「閩書ノ帯魚ナリ」、『閩書』に出てくる帯魚だとしました。梅園が図の書き入れで帯魚をいちばん右に置いたのも蘭山と同じ判断に見えますが、梅園は次の鱭魚にもタチウヲの読みを残していて、どちらか一つに決めてはいません。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『重訂本草綱目啓蒙』巻四十・NDL PID:2555647 コマ12・著作権保護期間満了)
明治の俗字集では、魛に「節」の印
本草学者が帯魚を当てるようになっても、魚へんに刀の字は別の道筋で日本に残っていました。明治19年(1886年)に緒言の書かれた農商務省の『水産俗字集』は、カナの見出しごとに、いろいろな本で使われた字を出典の印つきで並べた名簿で、コマ14の「タチウヲ」の項には、鱭や刀魚、帯魚、鮆などに混じって魛が載っています。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『水産俗字集』・農商務省農務局 編・NDL PID:842637 コマ14・著作権保護期間満了)
魛の横の丸囲みの印は「節」で、巻頭の引用書目を見ると、節の印の本は「明應年間板」とされた『節用集』です。中国の字書が「改作魛非」と退けた字を、日本の古い辞書はタチウオの字として載せていて、それが明治の名簿にも拾われていた、ということになります。
出典:国立国会図書館デジタルコレクション(『水産俗字集』・NDL PID:842637 コマ14・コマ3・著作権保護期間満了)
筆者が市場で見てきたこと
市場で見るタチウオは、和歌山、愛媛、大分などから来る国産の丸と、輸入の冷凍ものの両方です。市場での呼び名は「タチウオ」です。良し悪しを見るのは、銀色がはがれていないか、幅が指何本ぶんあるか、そして目の澄みと身の張りの三つです。
益軒が「形刀ニ似テ」と書き、梅園が刀を抜いたようだと書いた体の、銀色と幅が、市場ではそのまま品定めの目印になっています。
魛
- 読みは「たちうお」、音はトウ。魚へんに刀、13画
- 『康熙字典』は魛を鮆魚の字とし、「本作刀」「改作魛非」と『正字通』を引く
- 『本草綱目』の鱭魚は「鱭生江湖中」、川や湖の魚で、魛はその別名
- 益軒は「相似テ不同」、良安は鱭の見出しに「俗云太刀魚」、蘭山は「鱭魚ヲタチウヲト訓ズルハ非ナリ」
- 明治の『水産俗字集』は、明応年間板の『節用集』の字として魛を挙げる
UOMEDIA|uomedia.jp
関連する漢字
中国の本では別の魚を指していた字には鮭(魚へんに圭)、鰒(魚へんに复)、鯥(魚へんに陸の右側)があります。ほかの字は魚へんの漢字一覧と魚へんの漢字の由来の索引にまとめています。
この記事でわかったこと
魚へんに刀の「魛」です。
読みは訓がたちうお、音がトウで、画数は13画です(Unicode の Unihan Database、U+9B5B)。明治の『水産俗字集』は、タチウヲの字の一つとして、明応年間板の『節用集』から魛を挙げています(NDL PID:842637 コマ14・コマ3)。
「たちうお」と読み、音読みは「トウ」です。
清の『康熙字典』も魛の音を「音刀」、刀と同じ音としています(安永9年和刻本、NDL PID:2562615 コマ4)。
形が刀に似ているからです。
『大和本草』は「形刀ニ似テ長クウスク背青ク腹白シ」と書き(NDL PID:2557359 コマ40)、毛利梅園は図の書き入れに「形状刀ノ身ニ似タリ故名」と記しています(NDL PID:1287112 コマ48)。
『康熙字典』は魛を「今鮆魚也」とし、『本草綱目』では魛魚は鱭魚の別名で、鱭は「鱭生江湖中」、川や湖の魚とされています。
小野蘭山は「鱭魚ヲタチウヲト訓ズルハ非ナリ」と書き、タチウオは『閩書』の帯魚だとしました(NDL PID:2555647 コマ12)。
この記事で開いた原本
どれも国立国会図書館デジタルコレクションで、無料・登録なしで読めます。コマ番号から該当ページが開きます。
- 梅園魚品図正.巻1
毛氏梅園元寿<毛利梅園>//撰輯 天保6(1835)序
- 康煕字典42卷附字典琢屑1卷字典初學索引1卷.[40]
清凌紹〓等奉敕撰・都賀庭鐘校・附都賀庭鐘撰 安永9
- 本草綱目卷1-17,19-52,瀕湖脈學1卷奇經八脈攷1卷脈訣攷證1卷.[30]
明李時珍撰 承應2
- 大和本草 16巻附録2巻諸品図2巻.[7]
貝原篤信 宝永6 [1709]
- 和漢三才図会.中之巻
寺島良安 (尚順) 編 明18
- 重訂本草綱目啓蒙 48巻.[17]
蘭山小野先生 口授・小野職孝士徳 録・井口望之蘇仲 訂 弘化4 [1847]
- 水産俗字集
農商務省農務局 編 明20.5
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